顔に青あざがある少女を描く漫画『青に、ふれる。』が伝えたいこと<鈴木望×水野敬也対談>

顔に青あざがある少女を描く漫画『青に、ふれる。』が伝えたいこと<鈴木望×水野敬也対談>

『青に、ふれる。』?鈴木望/双葉社

『青に、ふれる。』というコミックが話題になっています。

太田母斑という大きな青あざが顔にある女子高生・瑠璃子と、人の顔が見分けられない相貌失認という症状を持つ神田先生の物語です。

「顔の大きな青あざ」といっても、自分には関係のない話と思う人もいるかもしれません。でも、主人公・瑠璃子の抱える見た目のコンプレックスは、実は誰もが抱えている悩みです。「あと少し目が大きかったら」「小鼻がもう少し小さかったら」「あと3kg痩せないと」……私たちはどうしても「見た目」にとらわれてしまいますよね。ときには心を病むほどに。

『青に、ふれる。』は、そんな「見た目」の問題に真っ向から取り組む、画期的な作品です。顔のあざに悩む瑠璃子と、瑠璃子の大きなコンプレックスであるあざを認識することができない相貌失認の神田先生。絶妙な組み合わせで物語が成り立っています。

 今回は、『青に、ふれる。』の作者である鈴木望さんと、見た目に傷やあざなどの症状を持つ当事者への取材をまとめた『顔ニモマケズ』の著者である作家の水野敬也さんに対談いただき、二人の作品を通して、見た目問題とコンプレックスとの向き合い方について語っていただきました。短期連載にてお届けします。

◆“見た目コンプレックス”とどう付き合うか

――おふたりはもともとお知り合いだそうですが、どちらで出会われたんですか?

鈴木:私自身、もともと顔に太田母斑というあざの症状があったので、いつか顔にあざがある女の子を主人公にした漫画を描きたいと思っていたんです。でも企画の段階でなかなかうまくいかなくて。そんなときに水野さんの『顔ニモマケズ』を見つけたんです。

 衝撃であると同時に創作の後押しをしてくれました。そしてこの本をきっかけに、本の制作に協力していたマイフェイス・マイスタイルというNPO団体(顔や体に生まれつきあざがあったり、事故や病気によるキズ、ヤケド、脱毛など、先天的や後天的な「見た目(外見)」の症状がある人たちが、差別や偏見のせいでぶつかってしまう問題の解決を目指す団体)を知りました。

 でも連絡を取って交流会に行ったりする勇気はなくて。あとは、実際に漫画を形にしてからお会いしたかったということもあり、『青に、ふれる。』を描きはじめた後に、マイフェイス・マイスタイルさんが主催するアート展の場で水野さんをご紹介いただいたんですよ。

水野:『青に、ふれる。』は、あざがコンプレックスの女の子と、相貌失認の教師という、物語としてすごく面白くなる装置、というと語弊がありますが、絶妙な組み合わせの二人じゃないですか。なんでそんな設定が浮かんだのかと以前聞いたら、相貌失認の方と出会っていたんですよね?

鈴木:実は、『青に、ふれる。』を描く前にちらっと婚活していたんですよ。婚活の場で顔のあざの症状のことを聞かれることが何度もあって、コンプレックスが再燃していたときに相貌失認の方と出会ったんです。

 最初は私の顔を気にしない人がいてラクだなあって思ったんですけど、でもその考え方って何か違うなと思い始めて。それから多くの相貌失認の方に取材させていただいて、「あぁ、そうか。見た目を気にしすぎる生きづらさもあるけど、見た目で人を判別できないせいでコミュニケ―ションがうまくはかれないっていう生きづらさもあるんだ」と気付きました。

 自分のコンプレックスと向きあうのって、自分一人ではなかなか難しくて、他者との関係性で自分を見つめ直して、コンプレックスがちょっとずつ解消されていくものだなと思うんです。私はやっぱりずっと見た目にコンプレックスがあったので……。でも、自分のコンプレックスだけにとらわれるんじゃなくて、(自分とは違うけど)「こういうコンプレックスを持つ人もいる」「こういう生きづらさを抱えている人もいる」って、多角的に見ていくことで、自分のコンプレックスを相対化していけるんですよね。そのことに気づいて、漫画の設定に取り入れることにしたんです。

◆「気にしてないよ、って嘘だよね」

――「私の顔を気にしない人がいてラクだなあ」と思ったということは、普段は周りが「気にしている」のを感じているということですよね?

鈴木:態度でわかってしまう方もいらっしゃるし、言葉で何となく伝えてくる方もいらっしゃるし。例えば、メイク道具を買いに行きますよね。そのメイクの売り場の方が気を利かせて「個室のご用意もございます」って言ってくださるんですよ。「いや、私は別にここですっぴんになってもらっても大丈夫だけど」という感じなんですけど、でもやっぱり見せちゃいけないのかなとか。気にする方は気にするんだなっていうのを、周りの言葉や態度でだんだん知っていく感じです。

水野:『青に、ふれる。』で素晴らしいのは、最初に瑠璃子が「顔のあざとはもう長い付き合いだ コンプレックスなんてみんな何かしら持ってるよね」と、自分のあざを気にしていないかのように振る舞うところだと思うんです。でももちろん実際はそんなことなくて、「“何も見てないよ”“気にしてないよ” 嘘だよね 見たし気になったからそういうフリをするんだよね」「写真なんて今も大嫌いだ」と感情が露わになっていく。このグラデーションがすごいなって思うんですよ。

 特に日本人は、外観や行動が均質であることを好んで、異質なものを排除しようとする傾向が強いと言われますですが、そういった圧力に苦しんでいる人もたくさんいて、それがこの作品の感情のグラデーション描写に繋がっているんですよね。

◆社会の空気の中で生まれてきた作品

鈴木:そういう空気が当たり前にあるなかでの、太田母斑がある主人公と、相貌失認の先生の日常を描こうと思っています。だからやっぱり、社会の空気の中で生まれてきた作品ではありますね。

 私は、実は『顔ニモマケズ』を読んで、最初はすごく苦しかったんですよ。この本に出てくる方たちは、自分のコンプレックスと向き合って、親御さんとの関係もしっかりしていて、周囲とちゃんとコミュニケーションが取れていてすごく素敵だなと思って。

 私自身はそうではなかったので、「いやいや、私こんなすごい人になれない」みたいな。自分と比べてしまって、「こういう方もいるのに私は……」と落ち込んだり。「読んではみたけどやっぱりつらいなあ」と思ってしまった。でも、だからこそ「じゃあ、私だったら見た目のコンプレックスをどう描けるかな」と思いはじめました。

水野:取材をOKしてくれて、『顔ニモマケズ』に登場された方たちは、問題を乗り越える強さを持っているんです。でもそれは愛情のあるご両親に育てられているからこそというところもあって、そのエピソードを描かざるを得なかったんですね。そうすると、悩みを持った人にとっては、恵まれた環境にいるスーパーマンみたいに見えてしまうのではというジレンマはありました。

◆「僕自身も醜形恐怖だった」と水野さん

鈴木:水野さんはそもそもどうして『顔ニモマケズ』のような本を書こうと思ったんですか?

水野:たまたまEテレの『ハートネットTV』という番組を観たときに、顔に傷やあざなどの症状があるいろんな方が出演されていて。僕自身、恋愛やモテにまつわる本を出版してきた一方で、自分は醜いんじゃないかという恐怖から逃れられない「醜形恐怖」の症状を抱えていた時期があるので、とても心を揺さぶられました。それで「これは自分も関わるしかねえ!」と思い、いろいろ調べはじめて、マイフェイス・マイスタイルさんにご連絡をしたんです。その後、団体のサポートという立場で関わるようになって、本を出したいとご依頼を受けて出したのが『顔ニモマケズ』です。

 僕自身が抱えていた「醜形恐怖」の症状は、朝、顔がむくんでいるのが気になって、それだけでもう人と話せないし、上を見て歩けないというものでした。瑠璃子の「こっち(あざがないほうの顔)だけしか自信が持てない」というのと同じ、もしくはもっとすごかったかもしれない。症状の重さ=不幸の度合いじゃないと思うんですよね。例えばちっちゃなホクロでも、一個のできものでも、人生でうまくいかないことの原因がすべてそれらのせいに思えて生きづらくなって人もいる。だから、症状の重さとは関係なく、多くの人が抱える見た目のコンプレックスについて考えて、生きるヒントを与える本にしたかったんです。

 本の感想としては、すごく勇気が出たっていう意見もあるし、「ドロドロした部分がない、綺麗な本だ」という当事者の方もいれば、「結構突っ込んで書いている」っていう方もいて。ほんとにいろんな意見、僕が予想していた意見とはかなり違うものもありました。

鈴木:『顔ニモマケズ』は、顔の変形、あざ、麻痺、脱毛……それぞれに異なる症状を持つ9人が登場しますが、それぞれの普段の生活や性格、口調が伝わってくるような文章で書かれていて、そしてそれがその人の魅力になっていますよね。私も、瑠璃子と神田先生の日常を漫画にすることで、彼らの生きづらさも魅力も描けたらと思っているんです。そういう意味では、目指すところは同じといったら変かもしれないですけど、似ているのかなと思いました。

水野:そう思います。症状があるとかないとかは関係なく、その人の日常を丁寧に描いたり、『えっ、そんな考え方もアリなの?』といったユーモラスな部分を描いたりすることで、結果として人間としての魅力が伝わるんですよね。

――コンプレックスと向き合う主人公を描くにあたって、意識していることはありますか?

鈴木:古典的な少女漫画だと、例えばコンプレックスを持った女の子が出てくると、女の子は何も努力していないのに救われたりするじゃないですか。それに対してはずっと「え、なんで?」「それってやっぱりかわいいから?」みたいに、ひねくれてとらえていたので、それだけはしたくなくて。神田先生のことを瑠璃子が好きになるのも、かっこいいからじゃなくて、(瑠璃子の)「笑顔が光る」って言ってくれたところとか、人間性の部分で好きになっていく部分を丁寧に描きたいんです。もちろん、かっこよくは描きたいですけれど。

水野:わかります。結構前の映画になりますが、僕は『ノッティングヒルの恋人』を観たときにふざけるなと思って(笑)。大ヒットした作品だし、名作と言われているんですけど、書店員のヒュー・グラントがいきなり女優ジュリア・ロバーツにバッタリ会って、そのあと家に来てジュリア・ロバーツからキスされるんですよ!? 「嘘つけ!」と思ってDVDの電源切ったんですよね。後から落ち着いて観たらすばらしい映画だったんですけど(笑)。

鈴木:あとは、あざがある主人公と相貌失認の先生の関係を考えると、共依存的な関係になりやすいし、ともするとそこで世界が完結してしまう危うさがあると思うんです。でも、そういう排他的な関係性じゃなくて、家族、友達、学校、地域というように、瑠璃子と先生の社会が広がっていく作品にしたいなとは思っています。

水野:でも『青に、ふれる。』は、鈴木さんがいま話されていたような社会的なテーマも多分に含みながら、少女漫画的な要素、ラブストーリーも軸としてあるんですよね。そこが本当に素晴らしいし、新しいし、見た目の問題を扱ううえでも、すごく重要な要素になっていると思うんですよね。社会性が強すぎても違うし、弱くても違うし、素晴らしいバランスのうえに成り立っていると思います。

鈴木:でも私にとって『青に、ふれる。』はやっぱりファンタジーですよ。神田先生みたいに、私のあざを「オーラだと思っていました」なんて言ってくれる人は実際にはいないし(笑)。

水野:なるほど。ある種のノッティングヒル感もないと描けないみたいな。これは深い話だな。コンプレックスと向き合うには、フィクション、物語を持っていないと生きていけないし、物語だけでは生きていけないんですよね。(第2回に続く)

●鈴木望

漫画家、山形県出身。『月刊アクション』(双葉社)にて、太田母斑の少女×相貌失認の先生の物語『青に、ふれる。』を連載中。同作は現在「次にくるマンガ大賞2020」にノミネートされている

●水野敬也

作家。著書に『夢をかなえるゾウ』、『人生はニャンとかなる!』など。また、恋愛体育教師・水野愛也として、著書『LOVE理論』、『スパルタ恋愛塾』がある

<取材・文/和久井香菜子 撮影/我妻慶一>

【和久井香菜子】

ライター・編集、少女マンガ研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。英語テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。視覚障害者によるテープ起こし事業「合同会社ブラインドライターズ」代表

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