元うたのおねえさん・茂森あゆみが語る子育て「今思えば産後うつだったかも」

元うたのおねえさん・茂森あゆみが語る子育て「今思えば産後うつだったかも」

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第17代「うたのおねえさん」として、1993〜1999年まで『おかあさんといっしょ』(現・Eテレ)に出演し、「だんご3兄弟」の大ヒットで『第50回NHK紅白歌合戦』にも出場した茂森あゆみさん(49歳)。

 現在は17歳と12歳の男の子、10歳の女の子のママとして子育てをしながら芸能活動をしています。前編では、『おかあさんといっしょ』時代や子育てについて話を聞きました。

◆大学4年生で「うたのおねえさん」に

――茂森さんは、いつ頃からうたのおねえさんになりたいと思うようになったのですか?

茂森あゆみさん(以下、茂森):私はオペラ歌手を目指して音大に通っていて、大学院に進もうと考えていたんです。だから、うたのおねえさんになることを意識したのはオーディションを受けてからでした。

 当時、うたのおねえさんは音大生の中からオーディションで選ばれていたのですが、私が大学3年生のときに募集があって、恩師の教授に「オーディションの練習になるから受けてみなさい」と勧められて受けることにしました。クラシック音楽しかやっていませんでしたし、受け答えの練習もしていなかったので、質疑応答でもトンチンカンなことばかり言っていた気がします(笑)。あとからディレクターの方に「他の人とは違う感じがすごくよかったよ」と聞きました。

 自分の中では「オペラ歌手を志望していたのに、こっちに進んでいいのかな?」「選ばれてすごく嬉しいな」という両方の気持ちがあって揺れていました。

――うたのおねえさんになる決心した理由は何だったのでしょうか?

茂森:周りの方に聞くと100人が100人とも「絶対になるべきだ!」と背中を押してくださったんです。就任した当時は大学4年生だったので学校に通いながら出演することになりました。

◆体力をつけるためにジム通いも

――学業との両立は大変だったのでは?

茂森:当時のスケジュールは、日曜と月曜は東京のスタジオで3本ずつ収録があり、火曜は次の週のレコーディング。水曜日は翌週のリハーサル。そして木金土で地方での番組収録に行ったりしていたので、お休みが無いことがよくありました。NHKと音大で話し合ってくださって、火曜と水曜の午前中は学校に行かせてもらって、終わってから撮影に行っていました。

――かなりハードなスケジュールですね。

茂森:最初の半年で体重が大幅に減りました(笑)。うたのおねえさんに決まったとき、プロデューサーの方に「うたのおねえさんは、1に体力、2に気力、3・4も体力。5で歌かな」と言われていたんです。絶対に風邪を引いてはいけないので、体力を付けるために大学を卒業してからは時間が少しでもできたらジムに通っていました。

――番組収録での苦労はありましたか?

茂森:お子さんたちとのスタジオの現場は本当に楽しくて、みんなが心癒されるひとときでした。いつもテレビで見ているので、子どもたちにとってスタジオは初めての場所ではなく、“ホーム”なんです。「おにいさん、おねえさんとお友達になろう!」とテンションを高めてきてくれるのでとてもやりやすかったです。

 収録中は私もテンションを上げているのですが、終わると疲労困憊で帰りの電車でもフラフラ、玄関についた途端倒れこむことがよくありました。

◆1週間分の衣装を抱え、地方の収録へ

――そんな苦労があったんですね、電車通勤していたことも驚きです!

茂森:「うたのおにいさん、おねえさんは事故などにあったら困るので電車で通ってください」と言われていて、NHKから渋谷駅まで歩いて電車に乗っていました。

――番組時代にとくに大変だったことはありますか?

茂森:地方での番組収録です。水曜に1週間分の衣装合わせをして、木曜にそれをすべて持って地方へ行っていました。私はなぜかスーツケースを使うことを思いつかなくて、10kg超えの荷物を背負って行っていたんです(笑)。それで肩を痛めてしまいました。

 また、今だったらあり得ないことですが、コンサートのときに私もけんたろうおにいさん(速水けんたろうさん)も体調を崩し、ギリギリの状態でコンサートをしたこともあります。

◆歴代おにいさん、おねえさんと再会して感じたこと

――本当に大変なお仕事なんですね。楽しめるようになった時期はありましたか?

茂森:6年間やっていたのですが、楽しいと思えるようになったのは4年目くらいからです。3年目までは与えられたことをやることで精一杯でした。

 それでも頑張ることができたのは、視聴者の方が本当に温かかったからだと思います。とくにお母様方のお手紙に本当に助けられました。子どもたちが手を振ってくれたりするとすごく嬉しくて、気持ちを支えていただきました。

――番組を卒業してからは、歴代の出演者との交流はあるのでしょうか?

茂森:コロナ禍以降はコンサートなどは難しいのですが、2019年は番組開始60周年のコンサートで歴代のおにいさん、おねえさんたちと会うことができました。

 そのリハーサルがすごく楽しくって! 「このリハーサルが終わらなければいいのに」とみんなで言っていたくらいです。番組スタッフの皆さんがほのぼのとした温かい空気感を守り続けてくださっているからこそ、『おかあさんといっしょ』という番組が続いてきたんだなと思いました。

◆仕事をセーブし、子育てに専念していた

――番組を通して、学んだことも多かったのでしょうか。

茂森:私が就任した頃のスタッフさんは私の両親より年上の方が多くて、言葉の使い方1つから優しく教えてくださいました。番組卒業後に違う現場も経験するようになって『おかあさんといっしょ』は本当にありがたい環境だったんだなと思います。

 自分が子供を産んでからは、時代の変化を取り入れながらも安心して子どもに見せられる番組のすごさを改めて実感しています。そんな番組を6年間もやらせてもらえたことが幸せだし、私の人生において勉強させてもらったことはすごく大きいです。それは私だけではなく歴代のおねえさんたちも感じていることだと思います。

――番組を卒業してからは、結婚されて3人のお子さんがいらっしゃるんですね。お子さんたちが『おかあさんといっしょ』に参加したことはあるのですか?

茂森:うちの子たちは3人とも抽選に外れてしまったんです。どれくらい当たるのが難しいのか分かりますよね(笑)。

――そうなんですね!お子さんが産まれてからもお仕事は続けたのですか?

茂森:『クインテット』(NHK教育・2003〜2013)でパペットの声優をさせていただいて、他の仕事はセーブしていました。2004年に長男を出産したのですが、「子育てがこんなに大変って産む前から知っていました?」と世のママたちに聞きたいです(笑)。妊娠中はみんな「可愛いよ、天使だよ」というけど、産まれてみると「確かに可愛いけど、こんなに泣くの? こんなに眠れないの?」と思いましたね。

◆ワンオペ育児に奮闘、産後うつにも

――それくらい、子育ては大変だということなんですね。

茂森:第1子は出産に2日間掛かって、終わったらなんと、尾てい骨が折れていました。産後はまともに座ることもできませんでした。

 夫はテレビ局に務めていて、当時は2つ大きな番組を抱えてものすごく忙しい時期だったんです。家にいてもずっと仕事をしていたので、子どもの泣き声が聞こえないように気を使いました。私は実家が熊本なのでほぼ1人で育児していました。

――今は「ワンオペ育児」という言葉がありますが、まさにその状況だったんですね。

茂森:今考えると、長男が生まれたあとは産後うつのような状態になっていたのかもしれません。ほとんど外に出ず、子どもが泣くと私も泣いてしまっていました。布団に寝かせると泣くのでずっと抱いていて腱鞘炎になり…。睡眠不足でも子どもを抱っこしたままスーパーに買い物に行って家事もしないといけない。子どもって一瞬目を離したときに怪我をしたりするので、一人目だったこともあって毎日ドキドキして気が抜けなかったです。

 それでも可愛いから、なんとか育てられるんですね。うたのおねえさん時代を振り返ると、そんな大切なお子さんをよく連れて来て私たちに預けてくださったなと思います。3歳くらいの子を渋谷まで連れてくるのは大変だったろうな、その気持ちをもっと当時分かってあげられたらよかったなと。自分が同じ立場になって、親御さんたちへの感謝や尊敬の気持ちが強くなったと思います。

<取材・文/都田ミツコ 撮影/山川修一>

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