「幸せそうな女性を殺したい」歪んだ心理はどこから?専門家に聞く/小田急線刺傷事件

「幸せそうな女性を殺したい」歪んだ心理はどこから?専門家に聞く/小田急線刺傷事件

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8月6日、成城学園前〜祖師ケ谷大蔵間を走行していた小田急線の快速急行で、乗客10人が男に刃物で切りつけられ重軽傷を負った事件が起きました。

 20代の女子大学生の胸や背中を刺して殺害しようとした容疑で逮捕された自称・派遣社員の対馬悠介容疑者(36)は、取り調べに対し、「幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思った」、「(女子学生が)勝ち組の典型にみえた」「誰でもよかった」などの供述をしていると報道されています。

 逮捕以降、犯行前日に万引きで通報されていたことや、かつてナンパ師を自称していたことなども報じられています。

 また、SNSを中心に「ミソジニー(女性嫌悪)が犯行の動機となった?」や、「フェミサイド(性別を理由に女性を標的とした殺人)なのでは?」といった声も上がっています。この事件にはどのような背景があるのでしょうか。

 精神保健福祉士・社会福祉士として長年依存症治療や加害者臨床に携わり、これまで著書『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』、そして9月には新刊『盗撮をやめられない男たち』を上梓する斉藤章佳氏(大船榎本クリニック精神保健福祉部長)に話を聞いてみました。

◆臨床で出会う“性暴力の加害者”との共通点

「直接本人に会ったわけではないので決して軽率なことは言えません。ただ、報道ベースのみで分析すると、女性を意図的に狙っていた点や、『誰でもよかった』などと供述している点などは、加害者臨床の現場で接している性暴力の加害者と共通していると思いました」(以下、斉藤氏)

 一連の事件報道を受けて、こう話す斉藤氏。特定の個人を狙ったわけではない、通り魔的に行われた犯行には、容疑者の自暴自棄な心理状態が垣間見えると言います。

「自分の置かれてる現状が不本意に思えてならない状態のとき、また社会から排除され慢性的な孤独感を抱えているとき、たとえ自己責任でそうなったとしても『自分は(男として)こんなはずではない』『もっと(男として)自分にふさわしい場所があるはずだ』と感じる人がいます。

 特に、過去に成功体験の蓄積があり、もともと自己評価の高い男性の場合、そういうタイプの人が劣等感に日々苛まれ極限まで追い詰められたとき、自分よりも弱い立場の人への加害行為か自死か、二者択一の反応のパターンに至るーーそういう経験を持つ加害者に臨床場面ではよく出会います」

◆「他害か自死か」二者択一に陥る心理とは

 対馬容疑者が社会でどのように排除されてきたのか具体的に知ることはできませんが、斉藤氏は臨床の現場で出会った性暴力の加害者を例に「男性特有の認知の歪みがあるのでは」と推察します。

「私が今まで受け持った数多くの強制性交の加害者を例に言うと、『どうせ死ぬならレイプしてから死のう』と考え、女性をレイプしたあと自殺を図ろうとして結局死ぬことができなかった加害者が複数人います。こうした特性は性加害者に限らず、男性特有の共通した心理特性ともいえるのではないでしょうか。

 つまり『他害か自死か』の二者択一の反応パターンです。他者を傷つけることで自身の自尊感情を回復させる、という心理特性を、私は加害者性と呼んでいます。加害者性は人間であれば誰しも内包しています」

◆「元ナンパ師」ともつながる、歪んだ女性観

 対馬容疑者には過去にナンパ師を自称していた時期があると、『文春オンライン』などが同級生へ取材をもとに報じています。その点について、どのような心理が垣間見えるのでしょうか。

「ナンパをしている人の中には、女性をモノ、つまり自分のステータスを充足させるためのアイテムのように捉える傾向があります。また、射精するための『的(マト)』という表現を使っていた人もいました。『男性としての価値を上げるために、女性を消費する』といった、男性コミュニティ特有のホモソーシャル(有害な男らしさ)的思考に支配されている可能性があります。

 ナンパの場合、性交渉した数を稼ぐ目的が大半で、相手と親密になり人として対等な関係を育むことが目的ではない場合が多いです。私が知っている加害者も、手帳に性交渉した人の数を『正』の字で記録している人がいました。報道によれば、容疑者は決してモテない人ではなかったようで、ナンパでの成功体験が多数あったであろうと想像できます。その経験から学習したことがきっかけとなり(代表的な認知の歪みは「嫌よ嫌よも好きのうち」など)、男性コミュニティにありがちな偏った思考が育まれてしまったと考えられます」

◆「対象をモノ化する」痴漢との共通点も

 斉藤氏はクリニックで痴漢や万引き(窃盗症)、アルコール依存症の治療に携わってきました。対馬容疑者は事件前に万引きで通報されたといいますが、事件との関連性をどのように見るのでしょうか。

「万引きの常習犯、つまりクレプトマニア(窃盗症)の患者さんが今回のような重大な他害行為に及ぶケースは、見たことがありません。そもそも、報道から容疑者の場合は経済的な事情(生活保護受給中)から万引きに走ったとも考えられ、クレプトマニア(窃盗症)の患者さんとは厳密に分けて考えるべきだと思います」

 一方で、痴漢との共通点に関してはこう指摘します。

「性暴力の加害者は、状況や条件付けによって対象をモノ化する傾向があります。電車内は匿名性が高く、多くの人を狙いやすため、容疑者が供述したという『誰でもよかった』という考えと合致した可能性もあります。

 人の顔や名前、属性はどうでもよくなる、つまり匿名性が高いという意味で電車は象徴的な場所です。容疑者と直接面談したわけではないので、彼にどういう性的嗜好があるかはわかりません。ですが、かつてモノ化された人ほど、自分より弱い存在をモノ化する特性を持ちやすい、と考えられます。本人の生育環境で、モノとして扱われていた時期があったのではないか…といった考察もできるでしょう」

◆誰もが“自身の加害者性”に鋭敏になるべき

 一連の報道を受けて、SNSでは、男性を中心に容疑者に共感する声も一部上がったことからも、潜在的に女性蔑視・嫌悪的な考えを持つ男性は少なくないのでしょう。そういった人々と、女性あるいは社会はどのように向き合い、対処すべきなのでしょうか。

「先ほども触れた“加害者性”という観点から考える必要があるでしょう。容疑者は状況的に女性を狙ったといっていますが、犯行時は男性も含め何の抵抗もできない、明らかに自分より弱い立場の人を狙っている。包丁を持った人からしたら、もちろん相手は皆、“自分より弱い人”になります。多くの人が逃げ惑うでしょうから。

 私たちは、自尊感情が傷ついたり、自己否定的な感情に苛まれていたりするときほど、自身の加害者性に鋭敏になる必要があります。成熟した大人とは、自身の加害者性に自覚的になりながら、それをしっかりとコントロールできる人だと私は考えています」

◆誰もが被害者にも加害者にもならないために

 斉藤氏は加害者性は「男女問わず、誰もが潜在的に持っている特性」だと言います。最後に、一部でミソジニーやフェミサイドと称される事件をこう総括します。

「容疑者の供述から読み取れる男尊女卑の価値観ですが、こうした価値観をどのように学び、内面化して今回の事件に至ったのかを考えていかなくてはなりません。

 もちろん加害行為をした容疑者に責任はありますが、こうした価値観を無自覚に学んでしまうこの社会にも責任の一端はあると感じています。彼は、この事件の背景にある男尊女卑的価値観をどのように学習し、内面化していったのか。そのプロセスを今一度検証することで、誰もが被害者にも加害者にもならない社会にしていくにはどうすればいいのか、を考える必要があると思います」

<取材・文/目黒川みより>

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