「被害者」で終わらない人生を描きたかった/燃え殻×おかざき真里対談<後編>

「被害者」で終わらない人生を描きたかった/燃え殻×おかざき真里対談<後編>

原作の燃え殻さん(左)と作画のおかざき真里さん(右)

十年前に、とある事件がきっかけで高校を去った臨時の英語教師の女性と、そのとき教室にいた生徒たち。彼らの十年間の挫折、喪失、そして再生を描いた青春漫画『あなたに聴かせたい歌があるんだ』が3月24日に発売されました。本作は、5月24日から配信されるHuluオリジナルドラマのために燃え殻さんが書き下ろした原作を漫画化したもの。漫画の刊行を記念して、原作の燃え殻さんと漫画を担当したおかざき真里さんの対談が実現! 後編ではお二人の好きなシーンや漫画化にあたってのアレンジなどについてお伺いしていきます。

◆現在過去未来に時空が飛ぶ燃え殻原作の魅力

――今回の作品は、おかざきさんにとって初めての週刊連載ですよね?

おかざき:はい。それはもうテンパりました。月刊連載と週刊連載って、例えるなら手のひらに収まる小さな絵を描くのと壁一面の大きな絵を描くのと同じぐらい違うわけです。子供もいるなかで、家事をしながらどうやって週刊連載をやろうって。

――その上で納得がいくものを追求しようとすると、ご苦労なさった点も多かったのでは?

おかざき:取りかかってからわかったんですけど、今回の作品に限らず燃え殻さんの小説って、3ページに1回は時空が飛ぶんです。文字で読むと、夢の中にいるような不思議な混成が起きて、余計に自分のイマジネーションを掻き立てられるんですけどね。漫画の世界では、16ページの中で3回も4回も時空が変わることはNGとされていて。だから、今回の漫画は新人マンガ家さんは読んじゃいけない。漫画編集者に見せたらボツになるかも(笑)。

――たしかに、チャレンジングな構成ですよね。舞台が2年後の未来に飛んだかと思ったら、10年前に戻ったり。

おかざき:そうそう、最後の1コマだけ今になっていたり、過去だったり。そこは力技なんですけど、絵で頑張ろうと思って。

――情報量は多いですけど、印象に残る決めゴマもバーンとあって。

おかざき:改めて読むと、自分でも詰め込んだなと思います。でも、燃え殻さんの原作も小説も全部そうなんですけど、いろんな事象があって、現在過去未来に飛んでも、そこに流れている感情はずっと一緒なんですよね。そこを信じて描くと、ごちゃごちゃせずワントーンでまとめることができるんです。16ページって読者の方はだいたい3分ぐらいで読んじゃうんですけど、その間は同じトーンで見せてあげたいな、ブレはなくしたいなと思いながら描きました。

――燃え殻さんも『ボクたちはみんな大人になれなかった』の後に週刊SPA!で書かれた『すべて忘れてしまうから』が初めての週刊連載だったんですよね?

燃え殻:実は『僕たちは大人になれなかった』を書いた後、最初に思ったのが「これで(書くことを)やめよう」だったんです。そのほうがきれいな気がしたし、いろいろバレないで済む。このままテレビのバックヤードに帰っていくほうがいいなって。だけど、「SPA!でやらないか?」って声をかけていただいたとき、やろうと思ったんです。週刊連載なんて無茶だなとも思いましたが、もうすこし自分を追い込みたくなったというか、人から何を言われようと自分のなかで「俺にはそういう覚悟があった」と感じたかったというか。

◆夢をあきらめた先にあるもの

――これはお2人にお伺いしたいのですが、作品のなかでお気に入りのシーンあれば、ぜひ。

燃え殻:僕は8話目、ラーメン屋の話がすごく好きです。インスタグラマーとラーメン屋が出会う話なんですけど。

――音楽の道をあきらめた青年が実家のラーメン屋を継いだものの、これでいいのか悩んでいるときに、インスタグラマーの女性が店に訪れて、そのときのしばしの交流によってお互いが力をもらう。とてもシンプルな話なんだけど、読むほうも小さな力をもらえる回になっていますよね。

燃え殻:自分にしてはエンターテインメント性を強く意識して書いた話だったのですが、それをおかざきさんが漫画にしてくれて、こんなふうになるんだ、と改めて感動しました。もうひとつは第4話で、アイドルをあきらめて田舎に帰る女の子の話。おかざきさんの絵が、自分が思い描いていた感じとぴったり重なった感じになっていてうれしかったです。

――アイドルの夢をあきらめて帰ってきた女の子と、高校生のときに文化祭でダンスユニットを組んでいた同級生が再会。最後にふたりで踊るシーンもいいですよね。『ユカは今でもあたしのアイドルなんだよ』という同級生のセリフは、「納得するためにやるんだ人生は」というテーマが凝縮されているし、心の澱がほどけていくような、恩寵のような一言になっています。

燃え殻:この、アイドルを目指していた女の子を、ドラマでは伊藤沙莉さんが演じてくださるんですけど、本当に素晴らしくて……漫画を堪能した後は、映像も是非観てほしいです。

おかざき:ある事件がきっかけで学校を去ることになった27才の女性教師と、17才だった生徒たちの十年間を描いている作品なんだけれど、私が原作を読んだとき、圧倒的に感情移入したのは、先生のほうだったんです。原作では、この先生と小説家が夜の屋上で出会う話が、エピソードのひとつとして後ろのほうにポツンと出てくるんですけど、先生の話を前に持ってきたいと思って順番を入れ替えさせていただいて。

――そのお話に出てくる夜の渋谷もいいですよね。煌めいて見える。

おかざき:この背景を描くために夜の渋谷に出かけたんですけど、ちょうどコロナが騒がれ出したころで、ほぼ真っ暗だったんです……(笑)。夜景を撮りたかったのに全然撮れなくて苦労しました。あんなに暗い渋谷を見たのも初めてでしたね。

◆トラウマに一生捉われることはないと思いたい

――先生に関しては、最終話のセリフについても相当悩まれたとか。

おかざき:学校で起きた事件について考えると、今の価値観で言うと先生って完全なる被害者じゃないですか。その一方で、17歳の何も考えていない子供が加害者になっている。でも、その構図だけで終わらせたくなくて。全てが通過点であり、先生は別に負けても勝ってもいない。事件によって先生のすべてが失われたわけではないんだよ、としたくて、先生のセリフを足しました。

燃え殻:そこは、おかざきさんと僕の間でもいろいろ話をしたところで、おかざきさんが描いた結論をすごくおもしろいと思いました。僕は常々、いま思っていることや感じていること、おもしろいことも悲しいことも全て通過点と思うことによってやりすごせると思っているんです。この作品でいうと、先生にとっては深いトラウマになるようなことが起こる。でも、人にはいろんなトラウマがあると思うんですけど、そのトラウマに一生捉われるわけではないって、思いたい。

おかざき:1話につき1冊分くらいは描けそうな物語を、10話で1冊にぎゅっとまとめたので、私が今までに描いた漫画の中でも圧倒的に濃密な1冊になっていると思いますので、ぜひ手に取ってみてほしいです!

◆Huluオリジナル『あなたに聴かせたい歌があるんだ』あらすじあの時、17歳だった僕らは27歳の大人を冷めた目で見ていた。17歳は、どんな夢も叶うと信じていた無敵で最強の時期だったけれど、時間は誰にでも平等に流れている。僕らはあの時の大人と同じ27歳になった。役者になる夢を諦めきれずにもがく荻野智史(成田凌)、アイドルになりたかった前田ゆか(伊藤沙莉)、小説家志望の片桐晃(藤原季節)、売れないバンド人生に区切りをつけラーメン屋を継ぐ中澤悠斗(上杉柊平)、人気アイドルのモノマネに活路を見出した島田まさみ(前田敦子)、そして17歳だった彼らに27歳という年齢を刻んだ元英語教師の望月かおり(田中麗奈)。27歳だった先生と27歳になった生徒たちの運命が10年の歳月を経て再び交わろうとしていた。

<取材・文/山脇麻生 撮影/増永綾子>

関連記事(外部サイト)