離婚後子どもに会えない父親たち。その悲しみをマンガに描いた理由を作者に直撃

離婚後子どもに会えない父親たち。その悲しみをマンガに描いた理由を作者に直撃

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夫婦の些細なすれ違いが亀裂となっていく様子をリアルに描いて話題を呼んだ前作『妻が口をきいてくれません』(集英社)は、第25回手塚治虫文化賞「短編賞」を受賞した。

 その著者・野原広子さんが新たに手がけたのが、『今朝もあの子の夢を見た』(集英社)だ。

 妻が書き置きひとつ残して7歳の娘を連れて出ていき、離婚したのは10年前。元夫で父親の山本タカシは、スーパー勤務の42歳、今も娘のさくらを思いながらひとりで暮らしている。バツイチ男の日常が描かれ、読む側もすんなり物語に入っていくと、徐々に娘に会えないタカシのつらさが伝わってくる。娘が妻に連れ去られた天気のよかった日、雨の日が大好きな娘と一緒に遊んだあの日……。

 本記事では、1話と10話を紹介。また、作者の野原広子さんにお話を聞いた。

◆誰もが「悪い人」じゃないのに、みんなが苦しい

「以前から、離婚後、養育費も支払っているのに子どもに会えない父親がいることは知っていたんです。そんな話をしてくれる人が身近にいたので、いろいろ聞いてみたら、会いに行ったら逮捕されてしまう、裁判をやっても会わせてもらえないなど、どうしてと思う内容で。

 わからないから描いてみました。彼らに聞くと、子どもの夢を見て朝起きたら涙が出ているという経験をしているんですね。起きたら泣いていたって、とてもつらいんだろうなと」(野原広子さん。以下カギカッコ同じ)

 そんな話を箇条書きにしていった。「別れた子どもと同年代の子を見ると泣きそうになる」「朝4時に目覚めると顔が涙で濡れている」「眠れない」。そうした「別れた子どもに会えない親たちの声」がプロットになっていった。

「最初は父親側と母親側の両方の視点を書くつもりでしたが、そうしてしまうと闘いの話になってしまうと思い、母親側の話は少しにして、娘の視点を入れました」

 ギャンブルにはまって悲惨な離婚をした家庭でも、父親と子どもが会えている場合もある。それほど揉(も)めずに離婚しても、会えない家庭もある。いろいろ調べながら描いていった野原さんだが、話が進むにつれ葛藤(かっとう)が深くなっていったという。

「もちろんフィクションなんですが、一家庭のプライバシーに踏み込んでいるような気がして、描いている自分がつらくなって……。家族の形や関係には正解がないから、いろいろな方向から読んで、何かに気づいてもらえたらいいなと思っています」

◆何かを封印することってあると思う

 野原さん自身、子どもが成長してから離婚をしたが、それでも子どもが親の離婚を受け止めきれていないのではないかと感じることもあるという。ただ、離婚はしないが両親の不仲を見ながら育ったことで傷つく子どももいる。確かに何が正解かはわからない。子どもの特性もあるだろう。

 作品の中の娘であるさくらは、親の離婚を自分の中で封印してしまった。

「何かを封印することってあると思うんです。私自身、両親が亡くなっているのですが、写真を飾っていないんです。あるときふと、私は親の死を認めたくなくて封印しているんだと気づきました」

 それは自己防衛なのか、周りを傷つけまいとする配慮なのか。ただ、封印した事実には、本人がいつか気がつくかもしれない。さくらもきっといつか…となるのか気になるラストになっている。

◆誰もが一生懸命生きている。けれども…

 タカシも元妻も、娘のことは大事に思っている。それなのに娘は父に会えない。そして父は、毎日のように娘を夢に見て苦しんでいる。

「“離婚するときは共同親権にしたほうがいい”とか、“いや、そのほうが問題が生じる”とか、法律的にはいろいろ賛否があると思うんです。でも私がこれを描いていて思ったのは、そんなむずかしい話ではないんじゃないか、もっとシンプルなところに答えがあるのではないか、ということでした」

 印象的だったのは、元妻が娘に対して元夫(父親)の悪口は言わないものの、表情や態度に本音が出てしまうところ。メッセージは言葉だけでないと気づかされる。だからといって元妻が「悪い」わけではないのだ。

「誰もが一生懸命生きている。父も母も娘のことを思っている。それなのに、こういうことになる現状がある。それをなるべく淡々と描くよう心がけました」

 だからこそ、離婚家庭で育った人だけではなく、誰にも「思い当たる」作品となっている。

◆娘が『漫画を描いてみたら?』と言ってくれた

 小学生のころから、将来は絵を描くことを仕事にしたいと思っていたと野原さんは言う。イラストレーターとして仕事をするようになったが、漫画は合わないと思っていた。

「東北の大震災があったり母が亡くなったりしたころ、なんだかやる気が出なくて1年くらい仕事をしていなかったんです。そうしたら娘が『漫画を描いてみたら?』と言ってくれた。娘が小学生のころ不登校になったことがあったので、そのことを描きました」

 それが『娘が学校に行きません 親子で迷った198日間』(KADOKAWA)だ。2013年に刊行されたこのコミックエッセイが話題となり、以来、『離婚してもいいですか? 翔子の場合』『消えたママ友』など、女性たちの心を揺さぶる作品を発表し続けている。

 前作を発表してから、更年期症状に悩まされていると苦笑する野原さん。今後も、気になることを漫画にしていきたいと言う。

「今はとにかく、今後の目標と聞かれたら健康維持としか答えられないんですが(笑)、いずれ更年期の経験もまた、漫画にできるかもしれません。私自身は子育てを楽しみとして生きてきたところがあるので、逆に子どもがいない独身女性にも関心があります」

 どんな生き方も否定しない姿勢が、野原さんの作品からは伝わってくる。特に本作は、今まで以上に世代も性別も生育歴も問わず、人の胸を打つはずだ。

(C)野原広子『今朝もあの子の夢を見た』集英社

<文/亀山早苗>

【亀山早苗】

フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio

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