人間より猫が好き?世界的ピアニスト「フジコ・ヘミング」の知られざる素顔

人間より猫が好き?世界的ピアニスト「フジコ・ヘミング」の知られざる素顔

『フジコ・ヘミングの時間』より



 こんにちは、映画ライターの此花さくやです。

 クラシック音楽ファンでなくとも、ピアニストのフジコ・ヘミングの名前は知っていることでしょう。1999年に放映されたNHKのドキュメント番組が大反響を呼び、デビューCD「奇蹟のカンパネラ」は空前の大ヒット。型破りなフジコ・ヘミングの演奏は賛否両論の意見がありながらも、多くの人々の心をうつのはなぜでしょうか?

 6月16日に公開される『フジコ・ヘミングの時間』は、彼女の波乱万丈の生涯をたどり、今を生きるフジコ・ヘミングを追った感動のドキュメンタリー。映画公開の前にフジコ・ヘミングの過去のエピソードをご紹介します。

◆国籍がないまま海外へ

 イングリット・フジコ・ヘミングはヒトラーが政権を掌握する前のベルリンで生まれました。父親はスウェーデン人のアーティストで、母親はベルリンに留学中の日本人ピアニスト。2人はベルリンで結婚し、フジコが5歳のときに第二次世界大戦直前の日本に戻ります。けれども、幸せは長く続かず、いつか迎えに来ることを約束して父親はスウェーデンに帰国してしまいました。

 生まれたときはスウェーデン国籍をもっていたフジコですが、一度もスウェーデンの地を踏まなかったことから、当時の法律で国籍が抹消されてしまうことに。国籍がない状態では海外へ行くことができず、音楽留学をあきらめていたところ、彼女の演奏を気に入ったドイツ大使が、赤十字の難民としてドイツに渡れるように手配してくれたのでした。

 劇中では、厳しい母の下で小さな頃からピアノのレッスンに励む毎日、外国人扱いをされてイジメられた日々や楽しかった思い出など、フジコの少女時代がロングインタビューや絵日記を通して語られます。小さな頃から絵や文才に長け、オシャレだったフジコの可愛らしい子供時代ものぞけますよ。

◆聴覚を2度失う

 2度も聴力を失う悲劇に襲われたフジコ。最初は、16歳のときに中耳炎をこじらせてしまい、右耳の聴力がなくなりました。

 次に起こったのは、ベルリン留学が終わる頃。35歳を目前としたフジコは一流の音楽家に実力を認められながらも、コンサートを開催できずにいました。なぜなら、ピアニストがデビューするには、音楽会社や興行会社などのサポートが必要だったから。そんなときに、フジコは指揮者の巨匠、レナード・バーンスタインと出会い、彼の推薦でウィーンでコンサートを開けることに。

 ところが、コンサートの1週間前、高熱に襲われて左耳の聴力も喪失してしまいます。治療後、左耳の聴力は半分ほど回復したものの、ピアニストにとっては致命的な出来事でした。

◆恋多き人生、でも伴侶に選んだのは猫

 耳の治療のためにストックホルムに引越し、音楽教師の資格を得た後は、ピアノを教えながらドイツの都市を転々としました。とはいえ、それは生活のための引越しではなく、恋のためだったのだとか。自伝『フジ子・ヘミング 魂のピアニスト』(求龍堂刊)によると、男の人に夢中になっているときはピアノの音はさんざん……。でも、恋に破れて無心でピアノに向かうと不思議と音がよくなったといいます。

「恋をした人は、みんな、ろくな人じゃなくてね。猫のほうが信じられます」と語ったフジコ(映画資料より)。この度公開される映画『フジコ・ヘミングの時間』では、フジコが飾りつけた世界中にある美しい家で、猫と共に生活している姿を見ることができます。現在は東京の家に25匹、パリに2匹、サンタモニカに3匹の猫と、犬が2匹いるそう。

◆苦境に立たされても、自分を信じ続ける

 日本のドキュメンタリー番組をきっかけに話題の人となったフジコは、60代後半で遅咲きのデビューを果たし、人気ピアニストになりました。世界を股にかけて行われるコンサートの数は年間約60本。お気に入りのアンティークと猫に囲まれた家で過ごす微笑ましいフジコと、ステージ上で神がかったパフォーマンスを見せるフジコは、同一人物とは思えません。

 映画では、2017年12月1日に東京オペラシティで行われたソロコンサートで撮影された「ラ・カンパネラ」をほぼフルバージョンで聴くことができます。父との別れ、母との確執、日本やヨーロッパで受けた差別、貧しい不遇時代、聴力の喪失……と、様々な困難に立ち向かいながら、純粋無垢に生き抜いた魂の音色。私たちはその音色にフジコの生きざまを感じるからこそ、彼女の演奏に感動するのではないでしょうか。

「その日その時の出会いを大切にして、こころからピアノを弾いていこうと思う」と自伝で語るフジコ・ヘミング(『フジ子・ヘミング 魂のピアニスト』)。いくつになっても、どんな苦境に立たされても、自分を信じ続ける――そんな希望と勇気がもらえる作品です。

<文/此花さくや>

(C) 2018「フジコ・ヘミングの時間」フィルムパートナーズ

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