お姫様ではなく、かっこいい鬼婆になりたい2人の女性の物語/『ババヤガの夜』

お姫様ではなく、かっこいい鬼婆になりたい2人の女性の物語/『ババヤガの夜』

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王谷晶初の長編小説『ババヤガの夜』は、シスターフッド・バイオレンスという新しいジャンルに挑んだ意欲作だ。

 雑誌『文藝』に掲載当初から話題となり、先月発売された単行本はさらなる反響を呼んでいる。SNSでは、映像化を望む声も多く見られる。

 令和時代の新しいシスターフッド文学。生命力に満ち溢れた女たちの共闘の物語だ。

◆ドライな距離感の女性たちが、一つの目標に向かって結びつく

 シスターフッドとは、もともと「女性同士の連帯」を意味する言葉である。

 1960〜70年代のウーマンリブ運動において、「女性解放」という目標に向けて団結した女性たちの間で使われていた。

 現在、シスターフッドをテーマとした小説や映画が次々と生まれている。

 親友というほど馴れ合わず、恋人というほどベタベタもせず、ライバルというほどいがみ合うわけでもない。

 現代におけるシスターフッドとは、「ドライな距離感の女性たちが、一つの目標に向かって結びついている状態」なのではないかと私は考えている。

◆喧嘩マニアの新道依子

 『ババヤガの夜』の主人公・新道依子の唯一の趣味は、暴力だ。鍛えることも楽しいし、勝っても負けても刺激的で面白い、と思えるような根っからの喧嘩マニア。

 強い女の描写には、たいてい「強くなるきっかけとなった悲しい過去のストーリー」がつきまとうものだが、新道依子にはそうした悲壮感が一切なく、ただただ爽快だ。

 歌舞伎町の乱闘シーンでの「一回は殴られておいたほうが面倒が少ないと思いそれをわざと顔に喰らった」という一文から、新道が殺されかねない状況を冷静に楽しんでいる様子が伺える。

 短く的確な暴力描写がテンポよく続き、映像がありありと目に浮かぶ。監督とカメラマンと演出と脚本を同時進行でこなす作者の技巧に唸るばかりだ。気がつけば、読んでいるだけで手にじんわりと汗をかいていた。

◆タフなお嬢様の尚子

 腕っぷしの強さを買われ、新道依子は暴力団会長の一人娘の運転手兼ボディガードを無理矢理任されることになる。

 父親に支配され心を閉ざした深窓の一人娘・尚子。この物語の2人目の主人公だ。

「女はこうあるべき」という理想を力づくで押し付けられ、鬱屈していた尚子。いじけたお嬢様のように見えて、実はかなり芯が強い。

 ある事件をきっかけに、新道との距離がグッと近づくものの、馴れ合わず甘えもしない。新道と対等な立場で向き合うタフなお嬢様だ。彼女が和弓を使うシーンは、ハッと息を飲むほどかっこいい。

◆お姫様ではなくて強くてかっこいい鬼婆になりたかった

 この作品の重要なファクターとなるのが、新道が小さい頃祖母に語ってもらった鬼婆の話だ。

 いいことも悪いこともして、人間から恐れられたり感謝されたりする鬼婆。新道が、お姫様ではなくて強くてかっこいい鬼婆になりたかったという話をすると、尚子がそれに同意する。

 新道にきつく当たり蔑(さげす)んでいた尚子が、初めて本音を吐いた瞬間であり、後に2人の鬼婆が生まれるきっかけとなる大切なシーンだ。

 新道と尚子の間には、愛情も友情もない。

 しかし、「誰かの何かとして生きたくない」という強い意志で結びついている。

 お互いへと敬意と信頼を保ちながら、長い年月をかけて鬼婆へと変貌を遂げていくその姿は、まさしくシスターフッドと呼ぶに相応しい。

◆作中の仕掛けに脳内審判が「一本!!」と勢いよく旗を上げた

 この作品にはとある仕掛けがあり、ネタバレ厳禁となっている。

 これから読む方は、その仕掛けに気づいた時、読み進めていたページを戻すことになるだろう。私は「こんなところからすでに王谷晶の術中にハマっていたのか!」と悔しく思い、脳内審判が「一本!!」と勢いよく旗を上げた。心地よい敗北を味わった気分だった。

 読了後、仕掛けを意識しながらもう一度読み直すと、そこここに散りばめられたヒントやミスリードに気づいて、より「してやられた!」感を楽しめるだろう。

◆いつまでも熱が胸に残る、静謐なラストシーン

 また、短編集『完璧じゃないあたしたち』もそうであったように、王谷晶の作品はハッピーエンドでもバッドエンドでも、ラストシーンが印象的でその余韻がなかなか冷めない。

(この短編集はどれもオススメなのだが、特に『SameSex,DifferentDay』と『十本目の生娘』はウっと呻いてしまうくらいいい終わり方だった。『ばばあ日傘』も傑作なので、是非)。

『ババヤガの夜』のラストシーンは、序盤の緊張感が嘘のように静謐(せいひつ)だ。「本物の鬼婆になれる頃合い」だと言う新道。笑う尚子。

 エンドロールが終わって明るくなって、家に帰ってもまだ物語から抜け出せない映画のように、いつまでも熱が胸に残る。

◆元気な鬼婆が増えるのではないか

『ババヤガの夜』は、読むだけでエネルギーがみなぎってくる作品だ。たくさん寝て、ガツガツご飯を食べて、身体を動かそうという気持ちになれる。

 この本が多くの女性たちに読まれることで、元気な鬼婆が増えるのではないかとこっそり期待している。

<文/藍川じゅん>

【藍川じゅん】

フリーライター。ハンドルネームは永田王。アダルトサイトにてコラム「鬼性欲ブスのOCCC道場」を連載中。著作は『大好きだって言ってんじゃん』(メディアファクトリー)、電子書籍『女の性欲解消日記』(KADOKAWA)

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