妊活は一番初めに男性の「精子検査」をやるべき理由

妊活は一番初めに男性の「精子検査」をやるべき理由

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 誰にも聞けない、教えてくれない「妊活」に関する素朴な疑問。第4回目は「精子チェック」について、産婦人科医で臨床精子学研究の第一人者でもある黒田優佳子先生(黒田インターナショナルメディカルリプロダクション院長)に話を聞きました。

 黒田先生は『本当は怖い不妊治療』(SB新書)の監修者でもあり、精子の知識が不十分なままに行われている不妊治療に、警鐘を鳴らしています。

◆男性不妊の9割は、精子がうまく造れない障害

Q:先日、NHKスペシャルで「日本精子力クライシス」(2018年7月28日)が放送されて、話題になっています。最近、精子について注目されてきましたね。

黒田先生(以下、敬称略):これまで泌尿器科や婦人科で、男性の不妊治療における「精子に関する問題」を研究する専門家はごく少数でした。その結果、ヒトの精子に関する研究は出遅れてしまい、さらに顕微授精(※)の登場によって「一匹でも精子がいれば妊娠できる」というイメージが先行して、ますます精子の研究は停滞してしまいました。

 男性不妊の90%は精子が上手に造れないという「精子形成障害」なのですが、その原因が明らかになる場合はむしろ少なく、今でも精子形成障害の根治療法は確立していません。そこで、対症療法として顕微授精に頼る現状にあって、顕微授精が生殖補助医療(不妊治療に用いられる生殖を補助する技術)の80%以上を占めています。

※顕微授精=体外に取り出した卵子に、顕微鏡を使って極細のガラス針で人為的に1匹の精子を注入し、受精させてから子宮に戻す。

Q:精子形成障害を治す根本的な治療がまだないのですね?

黒田:精子形成障害の原因は多岐にわたります。その多くに、遺伝子の問題が関係している可能性が高くて、薬剤の開発を含めた「根本的に精子を良くする治療法」は、まだ確立されていないのです。

◆女性より前に男性の精子検査をするほうが効率的

Q:子どもが欲しくてもなかなかできない男性は、一度精子の検査を受けた方が良いとのことですが、女性側が説得することは難しそうですね。

黒田:そうですね。男性のプライドもあるので、クリニックに行くことをためらう方も多いことでしょう。

 奥様が何とか説得して ご主人を連れて来る、言い換えれば しぶしぶ来るという感じの男性もいらっしゃいます。その場合は、当院の初診カウンセリングの時に、ご主人は私と目を合わせないことが多いです。

 それでも じっくり話し合いを進めていくうちに心を開いてくださり、1時間のカウンセリングを終了する頃には、ご夫婦と私の3人で それぞれの立場を尊重できるまでになっています。

 なかなか赤ちゃんを授からない場合、不妊原因は女性側にあると思われがちですが、実は、約半数は男性側の精子にも原因があるのです。

 また、あまり知られていませんが、精子の機能を正確に把握することによって、女性側の不妊検査の項目(どの検査をやるべきなのか)と治療方針(どのような不妊治療技術を試みるべきなのか)を見通すことができますので、最初に精子の検査を受けていただく方が大変効率が良いのです。当院では精子の検査(精子機能の精密検査:後述)を最初に実施しております。

Q:精子の検査では、どのようなことを調べるのですか?

黒田:多くの施設では「精子数と運動率」を重視していますが、実は精子を正確に評価するために一番重要なのは精子の「質」なのです。言い換えれば「精子の機能」を見極めることが大事なのです。

 わかりやすく言いますと、精子数や運動率は良好であっても精子の機能を精密に検査してみると、精子DNAに損傷があったり、受精する機能が障害されていたり、精子頭部に穴が空いていたり…様々な異常が隠れていることが多々あります。

 最近、これまでに何度も顕微授精を受けても一度も妊娠できなかったご夫婦の精子精密検査をお引き受けすることが増えました。すると、上で述べたような機能異常がいくつも見つかることが多く、この精子機能異常が主な不妊原因である可能性を否定できません。精子機能異常が不妊原因にどのように関与しているか、さらに細かく研究する必要があります。

◆精子の質が悪いなら顕微授精はすべきでない

Q:精子形成障害(精子が良くない)とは、具体的にどのような場合でしょうか。また、その場合には根本的な治療がなく、現状では顕微授精に依存しているということでしたが、黒田先生は どのように治療をされますか?

黒田:精子形成障害ということは、単純に精子の数が少ないとか運動率が低いと言うことではなく、ほとんどの場合、質の劣化、すなわち機能異常を伴います。そして異常の種類は、十人十色、極めて多様です。

 ここでお話しておかなくてはならないことは、顕微授精はあくまで精子の量が少ないのに対処する方法であって、精子の質の問題に対処することはできません。実は、このことが顕微授精のリスクそのものであり、顕微授精には受精してはいけない精子を授精させてしまうリスクがあるのです。

 不妊治療は、ただ妊娠すればいいのではなく、生まれた子どもさんが心身ともに健康に成長できることが優先されなくてはいけません。ですから、最初に精子機能の精密検査を受けていただき、不妊治療が可能か否か、さらに顕微授精を含めてどの治療法がふさわしいかを事前確認しておくことが安全性向上につながります。

 私のクリニックでは、精子側の努力より、なるべく自然に受精できる環境を作ります。

◆男性が自宅で採取してくる方法ではダメ

Q:最後に、自宅で採精(精液の採取)して持ってくることを許可しているクリニックも多いですが、どのように採取するのが良いのかを教えてください。

黒田:おっしゃるように、一般の施設では、自宅での採精を許可していますが、感染予防の観点から自宅での採精はお勧めできません。とくに夏場は、自宅から持参する間に精液内の常在菌が繁殖するというリスクもあります。逆に、冬場は、精液を冷やさないように注意(30℃から体温程度を保持)しなくてはなりません。

 また、自宅での採精を避けていただきたい最も重要な理由は、精子という細胞の特性(特徴)にあります。精子は、体外に出た瞬間から機能が変化していくデリケートな細胞ですので、高品質の精子を確保するという観点からも、その生理学的な変化をも含めて慎重に管理して高品質の精子分離(選別)をしなくてはならないのです。

 ですから、私のクリニックでは院内の採精室を利用していただき、自宅での採精を認めておりません。

 ただ、院内での精液の採取は心理的に難しい方もいらっしゃいます。その場合は、ご自宅または近隣のホテル等で採精いただき、容器に何種類かの抗生物質を含む培養液を加えて1時間以内にお持ちいただきますように指導しています。

 以上の点を理解している医療機関は極めて少ないのが現状です。

【黒田優佳子(くろだゆかこ)医師】

医学博士。慶應義塾大学医学部、同産婦人科学教室大学院卒業。ヒト精子研究の第一人者。東京大学医科学研究所研究員、女性初の慶大産婦人科医長を経て、2000年 自身の基礎研究に基づいた最先端の知識と技術を駆使した不妊治療を実現するため、独立。現在、黒田インターナショナル メディカル リプロダクション院長

<取材・文/ジャーナリスト・草薙厚子>

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