東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いから』著者・姫野カオルコが語る“嫌な気持ち”とは…

東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いから』著者・姫野カオルコが語る“嫌な気持ち”とは…

姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』文藝春秋



 姫野カオルコさんの最新刊『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)が大きな話題となっています。

 この小説のモチーフとなったのは、2016年に起きた「東大生強制わいせつ事件」。サークル仲間の5人の東大生が女子大生を酔わせ全裸にし、胸を触ったり殴る蹴るの暴行を加え、さらにはドライヤーの熱を陰部に当てたるなどして辱めた、あの事件です。

 幼稚で卑劣で残虐な犯行、それを行ったのが東京大学の学生ということで、事件は大きな注目を集め、そして……被害者の女子大生は「東大生を陥れた勘違い女」として世間からバッシングを受けました。

 この事件に何より「違和感」を抱いたという姫野さん。伝えられている事実のみを大きな骨組みに、ひとつの「青春小説」として本書を書きあげました。

◆これは「ミラー小説」だとする著者・姫野カオルコさんにきく

 主人公の一人は、横浜市郊外のごくごく平凡な家庭に生まれ育ち、女子大に進学した神立美咲。そしてもう一人は渋谷区広尾在住、官僚の父と専業主婦の母のもとに育ち、国立付属高校から東京大学理科T類に進学した男子学生・竹内つばさ。

 この2人がたまたま出会い、確かに「恋」と呼べるようなものがあったにもかかわらず、物語は事件へと進んでいきます。

 どんな悲劇が美咲を襲うのかを知ったうえで、鼻持ちならないエリート東大生に憤りを感じつつ読み進めると、徐々に自分の中で膨らんでいくモヤモヤ感――。姫野さんはこの小説を、「ミラー小説」と称します。その真意を伺いました。

――まずは、“あの事件”の印象からお聞かせください。

姫野:「東大生強制わいせつ事件」のことを知ったのは、ラジオから流れる短いニュースでした。学生のグループが少数の女性に性的な嫌がらせをするという事件は過去にもいくつかありました。でも、この事件は何かが違うと思いました。

 それで、週刊誌のより詳しい記事を読んだり、事件を取材した記者さんを紹介してもらったり、裁判の傍聴にも通いました。でも、それは「なんで、そんなことが起こったんだろう?」というのが知りたかっただけで、これを小説にしようという考えはその時点ではまったくありませんでした。

――「小説にしよう」と思ったきっかけはなんだったんですか?

姫野:1970年代の田舎ののどかな高校生を主人公にした短編を「オール讀物」に書いたことです。

 青春時代って、光と影――明るく楽しいキラキラした部分と自意識が肥大した気持ちの悪い部分で構成されていますよね。光の面ではなく、あのような事件を起こしうる自意識がドロドロした時代、影の部分に自分の気持ちが向いていったのです。

――美咲やつばさ、登場人物一人ひとりの生い立ちや環境がとても緻密に描かれていて、その言動のリアリティが物語だとうっかり忘れてしまうほどで。

姫野:まず、取材をしました。取材というのは、実際の事件のことではなく、今の若者や学校についてです。自分ではついこの前のような気がしていても、私がテストを受け部活をし、友だちと話していたあの頃から、ずいぶん時間がたっている。

 今の高校生はどんな勉強をしているのか? 歴史の教科書はまだ山川(出版社)なのか? 世界史の問題集を買って解いてみたりもしましたし、予備校に行って偏差値について調べたりもしました。小説とは全然、関係がないんだけれど、実際にやってみないと、当時、迷っていたこと、悩んでいたことに気持ちが向いていかなかったので。

 若者のダークな部分に意識がいったときに、じゃあ、こう書こうって、すぐに書けるわけではない。創作というのは妊娠のようなもので、まず受精をして産み月になって生まれてくるまでにだんだんと育っていくもので。

――取材をして、どんな発見がありましたか?

姫野:自分が高校生だったときと今とでは、全然ちがいました。私は滋賀県出身ですが、私立高校の数自体少なかったですし、塾に行く子は京大を目指すような子たちだけ。受験直前まで平和堂というスーパーの中にあるおそば屋さんでバイトしていたりしてましたから。でも、今は母校近くに塾ができ、いたるところで大手予備校の看板やポスターを見るようになりました。

 次第に高校生や大学生の自意識というものは、学校の成績や受験して入った大学、体育や部活での活躍、そうしたことが非常に大きなウエイトを占めていることがわかってきました。そんな自意識がどんどんと大きくなっていく中で、こうした事件も起こりえるであろうと思ったのです。

◆事件を起こした東大生たちの内面は“ピカピカつるつる”

 つばさをはじめ、事件を起こす東大生は自分が優秀であることに圧倒的な自信を持ち、東大ではない人、そして女性を徹底的に見下します。

「どこでも、複数の人間がいるかぎり、序列ってのはできるよ。序列の最上段にすわりたいって、そう思うのを否定するのはおかしいよ」

「女にとっては、結婚は最大のビジネス」

「下心があるのは女のほうなんだよ、東大男子を見るときはね」

 そして事件後も、ある一人は「なにが悪いの、俺? 人類に必要とされてる人材なんだけど」と語るなど、5人が5人、その優越意識はまったく揺ぎません。

――つばさや事件を起こす東大生について、「ハートがピカピカでつるつる」と表現していたのが印象的でした。

姫野:美しいじゃないですか、彼ら。美しくて優れている。個体として優秀なんです。だから、つるつるとしてキレイ。本当にそう思います。

 ただ、それは諸刃(もろは)の剣でもあって。例えば、洋服には「好感度の高い服」というのがありますが、一方でそれが野暮(ヤボ)ったいのも事実だと思うのです。そういうことです。

――小説の中でも、「人やものごとのありようというのは、プラスとマイナスの両方に形容できる」というフレーズがありましたね。

姫野:事件を起こした東大生にしてみれば、「俺らが一生懸命勉強していたとき、お前ら、ダラダラとゲームして遊んでただろ」「もっと勉強すればよかったじゃん」と言う気持ちもあると思うんです。美しくて優れている、それでいて嫌な面もあるということです。

――“ピカピカつるつる”な5人と対照的なのが、つばさのお兄さんです。中高一貫の私立男子校から東大文Tに入り司法試験を目指すも、突如、北海道の田舎町で教師という道を選んだ彼は、登場する東大生の中で一人、異色です。

姫野:彼も最初はつばさ側だったんでしょうけど、挫折をした。挫折って、しないほうがいいのかもしれませんよね。でも、つばさのお兄さんは挫折を知って、変わっていった。彼の存在は私にとっては救いでした。

 例えば、この本『彼女は頭が悪いから』は、天(本の上の切り口)の部分が不揃いなんです。製本の仕様でこうなっているんですけど、乱丁だと思って問い合わせる方もいる。本の切り口もキレイなほうがいいのかもしれないけれど、私はこの不揃いの感じがすごく好きです。素敵じゃないですか。

◆書いている間、ずっと嫌な気持ちでした

――つばさらの言動に憤りを感じつつ、自分が格差意識を持っていない! と自信をもっては言えません。

姫野:加害者側の言っていることを、「なに言っているの? 全然、わかんない」と言える人はいないと思うんですよ。そして、被害者の気持ちや言い分もよくわかる。すべてが、自分の中にある。

 この本を読むと、すごく嫌な気持ちになると思うんです。なぜなら、自分の中の嫌な部分を見せつけられるから。書いている間、ずっと嫌な気持ちでした。担当編集者、編集長、校正者と嫌な気持ちになってもらい、本が完成して、次は買ったあなたが嫌な気持ちになる番です(笑)。

――だから、鏡のような“ミラー小説”だと。学歴に限らず、収入や住んでいる町に容姿、着ている服に持っているバッグ、旦那の職業、子どものお受験……。無意識に下にみて貶(さげす)んだり、上に見て妬んだり、大変です……。

姫野:小学校から受験とか、大変だし苦しいよね。子どもを私立中学校に入れている親の86%が経済的に苦しいという回答をしているというニュースも聞きました。住む町にしても、町のブランディング効果をあげようとする人、それを煽(あお)る人がいる。

 ただ、例えば、「横浜のどこに住んでるの?」って聞かれて「戸塚区です」って答えたら、「戸塚区だと郊外だね」「ええ? 郊外じゃないですよ〜」といったやりとりってあるじゃないですか。普通は、そんな会話で笑い合ったりする。その程度のことだったりするんですよ。

 昔だっていじわるな人がいて、いじわるなことをしたりする。私も傷つけたり、傷つけられたりするし、みんな、そう。ただし、限度というものがある。

――姫野さんが、自意識が膨らんで妬み嫉(そね)みに襲われたときはどうされるんですか?

姫野:メソメソしますね。でも、今はそんなふうに思うことはなくなりました。年をとると、そういう気持ちはどんどんなくなるなあ。それよりも、血圧とかのほうが全然、大事。脈拍とか、γGTPとか尿酸値とかに比べたら、どうでもよくなる。

――自意識から逃れられるのなら、年をとるのも悪くないと思えます。

姫野:若い頃は近視眼的になりがちですよね。自分が触れた2〜3の情報や経験をもとに「そういうことなんだ」と思ってしまう。その経験だって本当に“たまたま”で、その次は全然違ったかもしれない。でも、若い頃というのはそう思いがちですよね。

◆インターネットというツールは「銃」のようなもの

――事件のあと、美咲は被害者にもかかわらずネットで「勘違い女」などと誹謗中傷にさらされ、さらに傷つけられます。セカンドレイプ、セカンドハラスメントは大きな問題となっています。

姫野:ネットでの中傷は気持ちが悪いし、ものすごく嫌な気持ちになる。ただ、影で人を中傷することで、うっぷんを晴らす人というのは昔から大勢いたのだと思う。でも、インターネットがこの世に表れて、そういう人の格好のエサになりましたね。

 アメリカでときどき銃乱射事件が起こりますけど、インターネットというツールは「銃」のようなものだと思います。

――どこから誰に撃たれているのかわからない

姫野:女の子だってお酒を飲むし、飲んだらワーって楽しくなって、カラオケに行ってノリノリになって、「楽しかった!」と1日が終わる。本当にたまたま。たまたまこういうことも起こってしまうのだと思います。

――詳しくは語れませんが、物語は最後、ささやかではあるけれどかけがえのない救いがありました。

 姫野:最後、登場人物にこう言わせようと思って書いたわけではないのです。取材をして登場人物ができると勝手に動き出すんです。私はそれを観察して、記録する。すごく非科学的ですが、創作について秘密にするための方便でもなんでもなく、本当にそうなんです。

 教授についても、書き終わったあと一晩寝て、翌日読み返して、私自身、「よくぞ、言ってくださった」と思いました。

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 姫野さんは、「怒りではなく、違和感」を原動力にこの『彼女は頭が悪いから』を書き上げたそうです。

 人は(私は)自然体でジャッジする。“たまたま”の偶然にも背景にも思いは至らず無意識に。自分の中にあるそんな身勝手さのピカピカつるつるっぷりを見せつけられたのが、モヤモヤの正体だったのかも。

 それは、決して心地のいいものではないけれど、見ぬふりしてはいけないものなのだと思うのです。

<取材・文/鈴木靖子>

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