進次郎&滝クリの結婚報道で「小泉家の闇」にマスコミが触れない不思議

進次郎&滝クリの結婚報道で「小泉家の闇」にマスコミが触れない不思議

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 自民党の小泉進次郎議員(38)とフリーアナウンサーの滝川クリステル(41)が7日、総理官邸で結婚発表を行いました。まさかの大物カップル誕生にマスコミは“祝賀モード”一色に染まっています。

 中でも、進次郎や兄の俳優・孝太郎(41)のパパ・純一郎元総理(77)が愛情あふれるシングルファーザーで、小泉家が輝かしいセレブファミリーのように描かれていますよね。でも、アラフォー以上なら、この美談仕立てに「そうか?」と違和感を持つ人も多いはずです。

◆純一郎氏の離婚、三男への仕打ちはスルー?

「政治家、小泉純一郎のマネはしたくないけど、父親としては小泉純一郎のようになりたい。愛情深く、心から自分が親から愛されていると思わせてくれた」と語った進次郎氏。

 確かに進次郎氏にとっては良きパパだったのでしょう。でも、「純一郎氏が、元妻と三男に対していかに冷酷だったか」という週刊誌報道が、かつて吹き荒れたことがあるのです。純一郎氏が妊娠6ケ月の妻と離婚したこと、そして進次郎議員の下の三男とは26年間会っていなかっことは、これまでに多く報じられており周知の事実です。

 ところが、なぜか今回の報道では、そういった経緯にほとんど触れない美談仕立て。また会見でも、記者から“進次郎議員の母親に報告は?”という質問も出ませんでした。政治家相手に忖度(そんたく)する必要もないのに、「なかったこと」にされているのが不思議です。

 滝川クリステルが親族関係を結ぶ小泉一家とは、どんなファミリーなのでしょうか。

◆小泉家の歴史

 純一郎氏は1978年、当時青山学院大学4年生だった15歳下の一般女性・宮本佳代子さんとお見合い結婚。同年7月に長男の孝太郎が生まれました。81年4月には次男の進次郎が誕生。

 しかし翌82年、純一郎氏と宮本さんは約5年の結婚生活に終止符を打ちます。このとき宮本さんは妊娠6カ月でした。

<日に日におなかが大きく膨(ふく)らむ中で、「ひとりで元気な子を産むことができるのか」という不安――二重の不安に押しつぶされそうで毎日泣き続けていました>

 シニア女性向け雑誌『いきいき』(現・ハルメク)2016年4月号の独占インタビューで、当時の胸中をそう語った宮本さん。

 小泉家は3代続く政治一家で家族の結束が非常に強く、結婚後も義母、義姉たち、義弟夫妻が同居していたそうです。

 一方、エスエス製薬の創業者の孫である宮本さんは、政治家に必要な“票とカネ”を「集める苦労も知らない嫁」として小泉家のメンバーから疎んじられ、また、ただ義家族と同居するだけではなく生活費を夫・純一郎からではなく義姉から受け取っており、20歳も離れた義姉たちに「口答えひとつ許されず服従するしかなかった」と『週刊現代』(2001年8月18・25日号)で報じられています。

 協議離婚後、跡取りとなる長男と次男を小泉家は手放さず、そして83年に生まれた三男・佳長さんも小泉家に引き取られそうになりましたが、家裁の調停で争った結果、親権を勝ち取った宮本さんが育てることになったそう(前出『週刊現代』より)。

 離婚で心身ボロボロになったうえに息子たちと「生き別れ」の状態になり<一生分の涙を流した気がする>(前出『いきいき』、以下角カッコ内は同)と語っています。

◆三男が父に会いに行くも拒否

 前出の『週刊現代』によれば、純一郎氏は「養育費はビタ一文払わない」と言ったそうで、宮本さんは未経験だった不動産業界に飛び込み、ふらふらになりながらも女手一つで佳長さんを育てました。

<私は息子が物心ついた頃から「我が家に父はいない。そして母もいない。いるのは世帯主だ」と言ってきました>

 そうはいっても、父親に会いたいと思うのは人の常。父親そっくりの切れ長の目を持った青年に成長した佳長さんは、『週刊新潮』(2001年5月24日号)で「オヤジや2人の兄とも会いたいし、いずれは会えると思っています」と面会を切望していました。

 2001年夏そして同年11月、佳長さんは純一郎氏のもとへ。しかしいずれも秘書を通じて断られたと言われています(前出『週刊文春』)。

 前出の『週刊現代』でジャーナリストの松田賢弥氏が佳長さんに直撃したところ、父親を一目見ようと、純一郎氏が選挙カーで演説している場へ行ったこともあるそうです。

 父からは待てど暮らせど連絡なし――。この頃純一郎氏はテレビカメラの前で進次郎とキャッチボールをするなど、次男を“小泉家の後継者”としてお披露目できる道を作っているときでした。

◆初対面を果たし、現在は和解

 2007年に大学卒業後、佳長さんは母親と同じく不動産の道へ。そのときのことを母・宮本さんはこう述懐しています。

<同じ不動産業界に進んだときは、うれしかったですね。私の背中を見ていてくれたのかな、と。私は「父親が有名でも、あなたとは関係ない。あなたの母はいちサラリーマン。勘違いしないで生きなさい>

 前出の『週刊文春』によれば、純一郎氏は常々周囲に対し総理を辞めるまでは三男に会わないと宣言していましたが、09年政界を引退したのを機に、先に関係を修復していた長男の孝太郎が音頭を取って初対面が実現しました。

 父と会うまでに26年かかっていますが、時間の長さなど実の親子には関係ないことだったのでしょう。

「和解なんか前からしてますよ」

 2014年に佳長氏が結婚した際に『週刊文春』の直撃取材を受け、そう答えた純一郎氏。三男の結婚の祝いの席には出席したものの、披露宴には来ていなかったと同誌(2016年3月17日号)は報じています。

 進次郎議員が結婚報告をした時も純一郎氏は「一度はした方がいい」という反応だったそう。現在も独身を貫いている純一郎氏にしてみれば、悪いことばかりではないが希望は持ちすぎずといったところでしょうか。

 前述の通り、進次郎議員は純一郎氏のような父親になりたいと語っていました。元妻と三男から見たら「純一郎氏のような父親」ってどうなのよ?とツッコむメディアはありませんでした。

 しかし長期に渡り進次郎議員を取材したジャーナリストに言わせれば、「シングルファーザーの父親が大切に育ててくれたというのは彼の定番ネタ」。自身の祝い事でも政治家として“仕事”を忘れないのは、政治一家の4代目として幼い頃から英才教育を受けてきた賜物でしょう。

<これまで「離れていても、子どもへの愛は伝えられる」と信じて生きてきましたが、孝太郎と進次郎がメディアを通じて発信してくれるおかげで、気がつけば「息子たちに支えられている」と感じられるようになりました>

と語った宮本さんは、今回の進次郎氏の結婚をメディアで知って、どのような思いで見つめているのでしょうか?

<文/女子SPA!編集部>

【女子SPA!編集部】

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