“マスク育児”が子どもの発達に影響?親・先生の表情がよめないリスク

“マスク育児”が子どもの発達に影響?親・先生の表情がよめないリスク

※画像はイメージです(以下、同じ)

新型コロナウイルスの感染症対策で、マスクをつける生活が当たり前になりました。それは、保育や教育の現場でも同じです。

 子どもからすると、常に周りの大人の表情が読めない。この状況が続くことについて、ヒトの心の発達や進化を研究する京都大学大学院教育学研究科の明和政子教授は「子どもの発達に影響する可能性」を指摘します。

 マスク育児がどのような影響を及ぼすのか、またその対策や、親子のコミュニケーションを深める効果的な方法について明和先生に聞きました。

◆マスクによる、赤ちゃんの発達への影響は?

――子ども達と長時間接する保育士さんや学校の先生たちが、マスクをつけざるを得ない状況が続いています。マスクで表情が見えづらいことは、子ども達の発達にどのように影響すると考えられるのでしょうか?

明和政子先生(以下、明和):子どもの脳が発達する過程では「感受性期」という、とくに環境の影響を受けやすい時期があります。そのうちのひとつが乳幼児期です。この時期は、相手の感情を理解したり、ことばを身に付けたりする重要な時期ですが、マスクをした他者との日常が、こうした能力の発達に影響を与えるリスクは否定できません。

 たとえば、生後半年前後から就学前頃までは、脳の視覚野という部分の発達の感受性期にあたります。他者の目や口の動き、口元から発せられる音声など、顔全体の豊かな動きや音を見聞きする経験が重要です。しかし、今、多くの人がマスクをしていることで、子どもたちはこうした経験を得ることが難しくなっています。

――そのことで、どのような影響があると考えられるのでしょうか?

明和:現時点で言えるのは、「脳の発達の最中である赤ちゃんの心に、何らかの影響が出てくる可能性は否定できない」ということです。さきほどお話したように、この時期の赤ちゃんは、目や口全体が豊かに動く表情を見ることで、相手の気持ちを理解していきます。また、口元から発せされる音声も同時に見聞きすることで、それを真似しながらことばを獲得していくのです。

 マスクによって、口の動きを見る機会を奪うと、何が起こるかを実験的に検証することはできませんが、たとえば保育現場からは「コロナ以前に比べて、子どもたちの笑顔が乏しい気がする」「人見知りが起こりにくくなっている」「ことばの獲得もいつもと比べて遅い傾向にある気がする」などといった報告を実際にいただいています。とても気がかりです。

 赤ちゃんは、まだストレスを意識すること、ことばで表現することができません。ですので、このようなリスクがある可能性を意識しながら、子どもたちのようすを見守ることは必要ではないかと思います。

◆4歳ごろから“相手の視点や立場”に立てるように

――0〜4歳以降は、何歳くらいに脳が環境の影響を受けやすい時期がやってくるのでしょうか?

明和:4歳以降、「前頭前野」とよばれるもっとも高度な情報処理をする脳領域の感受性期を迎えます。いわゆる「イヤイヤ期」から卒業しはじめる年齢です。「イヤイヤ」は、前頭前野がいまだ未成熟なために「自分の心と相手の心は異なっている」ことが理解できないことに起因します。4歳の誕生日を迎えるころから、ヒトの前頭前野は環境の影響を受けながら急激に発達し、相手の視点や立場に立って物事を理解するようになります。

――その時期に、周りが常にマスクをしていたり、ソーシャルディスタンスをとることは、どのような影響があると考えられますか?

明和:前頭前野を急激に発達させる段階にある幼児期から就学期の子どもたちは、脳の中に「豊かな表情を経験して発達してきた」過去の記憶があります。ですから、教師や同級生がマスクを付けたり、ソーシャルディスタンスを守ることに違和感を感じます。そうした日常の制約は、彼らに意識的なストレスを生じさせやすくなります。しかし、ストレスをことばで表現する力もまだ発達途上にある彼らは「自分がなぜ辛いのか」を説明することも難しいでしょう。

――そういう時に、大人はどうサポートすればいいのでしょうか?

明和:学校の先生方の中には、これまでの経験の中で、子どもたちに生じ始めている変化を感じられている方も多いのではないでしょうか。表情だけに頼らないやりかたで自分の内面を伝えたり、相手の気持ちを理解する機会を作るために、ボディランゲージを積極的に使うことを試みられている先生もいます。また、喜怒哀楽をイラストで表現した「表情カード」のような視覚的媒体を独自に作成し、子どもたちに使わせる工夫をされている先生もいらっしゃるようです。

◆家庭では、できるだけ豊かな表情を子どもに見せる

――子どもたちの発達への影響を考慮した上で、どんな対策が必要だと思いますか?

明和:感染症対策との両立を図りながら、できるだけ、できる範囲で豊かな表情を子どもたちに見せることは重要です。家庭では、コロナ禍以前よりも意識して、子どもと表情や身体を介してコミュニケーションする機会を作ってもらえたらと思います。

――豊かな表情を見せるために、最近増えているオンライン保育などで画面越しに顔の動きを見せることは、子どもたちの発達に効果的なのでしょうか?

明和:オンラインでコミュニケーションを取ることと、身体を接触させた現実世界でのコミュニケーションとでは、脳の情報処理が異なっています。たとえば、現実世界では、赤ちゃんは抱っこなどの身体的接触を大人から受けることで、脳からオキシトシンやドーパミン、セロトニンが分泌され、体の内部に「心地よい感覚」を得ます。また、それと同じタイミングで、大人から笑顔で声を積極的にかけられます。こうした育児をするのは、ヒトという生物だけです。

 赤ちゃんは、身体接触をともなう大人とのコミュニケーションを日々積み重ねていくことで、体の中に沸き立つ心地よさと、その人の表情や声を結びつけて脳内に記憶していきます。すると、赤ちゃんは、その人の表情や声を見聞きするだけで心地よさを感じるようになるのです。

――身体接触をともなうことが重要なのですね。

明和:はい。しかし、身体接触をともなわないオンラインというバーチャルな世界で赤ちゃんが経験するのは、視覚と聴覚に偏っています。身体接触がないオンラインによるバーチャルなコミュニケーションだけでは、赤ちゃんは、その相手に対して心地よさ、安心を得ることはできません。私たちヒトは、こうした体のしくみをもって生まれ育つ生物なのです。オンライン、情報技術を育児に活かす際には「省力化・利便化」を図るだけでは不十分であることを認識すべきです。

 これまでお話ししてきた科学的知見から、身体の触れ合いと微笑み、声かけを子どもと共有できる時空間として、絵本の読み聞かせの機会はとても重要だと思います。

◆親子が触れ合う絵本の読み聞かせを

――絵本の読み聞かせは、子育ての中でどんな効果があるのでしょうか?

明和:絵本という媒体を使うことによって、親子のコミュニケーションが持続します。何も使わないで長時間子どもに声をかけ続けるのは大変ですよね。でも子どもをお膝に抱っこして読み聞かせをすることで、体を触れ合わせながら声や笑顔を交わすことができます。子どもと体を触れ合わせると、大人の体にもオキシトシン分泌が高まることがわかっています。心地良い感覚が、読み聞かせる側、聞かせられる側の双方に起こるのです。

――親も子供も心地良くコミュニケーションが取れるのは理想的ですね。どんな絵本がいいのでしょうか?

明和:絵本はたくさんありますが、私が見てきた中でも『いないいないばあ』(童心社)は、本当によくできたつくりの絵本だと思います。1歳前の赤ちゃんは、眼の動きをうまく制御することがまだ難しいのですが、この本はページをめくると、視点を動かさずとも次のページの絵が視野に入るよう配置されています。また、やわらかなタッチの背景に対して、登場する動物の目の黒目・白目のコントラストがはっきりしているので、そこに注意が引き寄せられます。

――何度も同じ絵本を読むと赤ちゃんが飽きてしまうかなと思うのですが、どうなのでしょうか?

明和:『いないいいないばあ』の大きな魅力のひとつは、いつも同じ人でなくても、誰もがこの絵本を通じて赤ちゃんとコミュニケーションしやすい点にあります。お母さん、お父さん、お兄ちゃんやお姉ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、保育園の先生…いろいろな人が、この絵本に巧みにつくられた絵や語りにしたがって読み聞かせると、赤ちゃんの注意を持続的に引くことができるからです。違う人の表情や声で、読み聞かせを多彩に色付けしていくことは、赤ちゃんの脳と心の発達に有効だと思います。

 また、初めて赤ちゃんを育てる親御さんにとっても、非常に良い本ですね。語りにしたがって読んでいく、ページをめくっていくことで、赤ちゃんとのコミュニケーションが展開する。こうした機会を得ることで、子育てに対する自信と達成感、喜びを高めていくことができるでしょう。

◆家族間のスキンシップを大切に、お互いを癒すことが大切

――主に小さな子どもについての話を聞いてきましたが、コロナ禍では思春期の子どもたちのストレスも大きそうです。

明和:思春期は、前頭前野の感受性期の第2期にあたります。この時期、前頭前野は環境の影響を受けながら変化するのですが、第二次性徴、性ホルモンの分泌の影響を受けることで「大脳辺緑系」と呼ばれる脳の奥のほうにある領域も急激に成熟します。

 大脳辺縁系は、自分では抑えられない感情を沸き立たせる働きがあります。よくわからないけどイライラする、腹が立つ、こうした衝動にかられるのは、思春期特有の脳の発達が関係しています。その衝動を抑制する働きをもつのが前頭前野なのですが、前頭前野が成熟するまでには25年かかります。思春期の子どもたちは、自分の感情をうまくコントロールすることがまだできないのです。

 コロナ禍で日常生活が大きく変化したことで、小さな子どもたちだけでなく、この時期の子どもたちも大きなストレスに晒されているはずです。私の子も思春期真っ只中なので、日々衝動性が起こります(笑)。そんなとき、自分の前頭前野を活性化させて「ハグをしてオキシトシンを高めよう!」と思うようにしています。そうすると、子どもも親も不思議と気持ちが落ち着くんですね。体を使ったコミュニケーションのもつ力の大きさを実感します。

――身体接触は思春期の子にも効果的なんですね。コロナ禍では、子どもたちだけではなく親もストレスが溜まったり、不安になったりしがちです。

明和:ヒトは他者との「密・身体接触」を基本とする社会的環境のなかで、長い時間をかけて進化してきた生物です。子どもも大人も、コロナ禍による環境の激変にストレスを感じて当然です。

 家族の中で、例えばお母さんなど誰か一人が頑張るのは不可能です。家族みんなが子育てに手応えや喜びを感じるためには、お互いにドーパミンを高め合うコミュニケーションを取る工夫をすることが重要です。例えば、「よくやっているね」とお父さん、お母さん、家族が互いに褒め合ったり、ハグなどの体の触れ合いを意識的に増やすことで、喜びや達成感を効果的に高めあうことができます。

◆フランスでは透明マスク80万枚を配布

――日本のコロナ対策についてはどのように考えていますか?

明和:日本では科学的エビデンスに基づき、子どもたちの脳と心の発達をどのように守っていくことができるかといった科学的議論が行われていません。それぞれの現場の先生方が、子どもたちにとって必要な環境を保障するため、独自に試行錯誤、模索を続けられているにとどまります。

 フランス政府は昨年9月から、保育園、幼稚園や聴覚障害者の学校の教員、託児所のスタッフに向けて、口元が透明になっているマスクを80万枚を配布したそうです。なぜ、そうしたことが実現できたのかというと、幼児教育や保育現場のスタッフ、労働組合などが、科学者と一緒になって、新聞などのメディアを通じて、その必要性を強く社会に訴えた。その結果、政府もそれにこたえ、一斉配布を決めたそうです。

 その後、現場からは、「子どもたちが表情を一生懸命見ようとする」とか、「これまでみられないほどの、満面のほほえみを見せてくれた」など、かなり、よい成果が得られていると聞いています。

――現場で働く人たちや、科学者による社会への働きかけが実現したのですね。

明和:マスクをした他者との日常化がもたらすリスクについては、実験的に検証することはできません。しかし、たとえば原発事故が起こった場合の想定と同様に、科学は事前に起こりうる「リスク」を エビデンスにそってあらかじめ提示することができます。100年に一度あるかないかという事態が今起こっているわけですから、子どもたちの脳と心の発達にどのような影響が起こりうるかを提言することは、私たち科学者の責務だと思っています。

<明和政子教授 取材・文/都田ミツコ>

【明和政子 教授】

みょうわ・まさこ/京都大学大学院教育学研究科教授。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現職。専門は比較認知発達科学。主な著書に『まねが育むヒトの心』(岩波ジュニア新書)『なぜ「まね」をするのか』(河出書房新社)『ヒトの発達の謎を解く』(ちくま新書)などがある

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