少女漫画界の生きる伝説・山岸凉子、初のトークショー。生の姿を拝んできた

少女漫画界の生きる伝説・山岸凉子、初のトークショー。生の姿を拝んできた

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 マンガ家、山岸凉子さんをご存じでしょうか。

 代表作はバレエを題材とした『アラベスク』や『テレプシコーラ/舞姫』、聖徳太子を主人公に奇抜な発想で飛鳥時代を描いた『日出処の天子』などです。現在はジャンヌ・ダルクを描く『レベレーション(啓示)』を「モーニング」で連載中です。

 山岸さんの漫画には、女であることの息苦しさや社会の理不尽さ、生きることの業のようなものを描いた作品が多く、胸に深く刺さるものばかりです。どれも文学的要素が強くて、多くのファンを魅了しています。

 かくいう私も、中学生のころに『日出処の天子』を読んでアンニュイな厩戸王子に猛烈に胸を痛め、なんとかしてあげたくてのたうち回り、授業も聞かずにノートに似顔絵描いてボンヤリ過ごしていました。

 そんな山岸凉子先生が、初のトークショーを開くというではないですか。少女漫画コンシェルジュである私、和久井香菜子の思考の原点とも言える大先生の生声を聞く機会を逃すわけがありません!10月6日、北海道の上砂川町へ行ってきました。

◆旭川から函館本線30分で滝川駅へ。さらにバス40分で上砂川町に

 トークショーは14時からですが、町民専用席以外の一般席が最大で300席。会場の体育館がオープンする10時前にすでに100名ほどの人が並んでいたとTwitterで読み、ハラハラしながら現地に向かいました。現地に着くのは12時過ぎの予定です。これで「満席です」とか言われて入れなかったら、悲しみのあまり超能力で大地をビキビキと割ってしまいそうです(※編集部注:『日出処の天子』のシーンのひとつ)。

 函館本線の滝川駅からバスに乗ると、何人か、トークショーに向かうであろうグループがいました。12時を少し過ぎて体育館に到着、焦ってしまってものすごく不自然にせかせか歩いて受付に行きましたが、問題なく入れました。ああぁぁぁよかった!

 受付ではビニールを渡され、中にはトークショーのチラシと番号の書いてあるシール、入場のシルシであるリストバンドが入っていました。この番号シールを会場の椅子に貼り、席を確保できる仕組みです。イベントに向けてかなりしっかりと準備をされていた様子がうかがえました。大きな混乱もなく、有料でもよかったと思うくらいです。

◆炭鉱資料館でめちゃくちゃ上砂川に詳しくなった

 開演までの時間、少し時間があったので、元上砂川駅と炭鉱資料館に行きました。

 上砂川は、炭鉱で栄えた町だそうです。鉄道は廃線になってしまい、今はバスが唯一の交通機関です。残された上砂川駅の駅舎は『昨日、悲別で』というドラマのロケ地として使われた資料館として開放されています。

 炭鉱資料館では上砂川の歴史を紹介するビデオが上映されていました。なんとなく見始めたら上映時間が30分以上もある大作で、めちゃくちゃ上砂川に詳しくなりました。

 炭鉱の立坑跡は、その垂直に長いトンネルを活かし、無重力状態を作る装置が作られて各種実験が行われていたそうで、最近では貯留された地下水の水深を利用して、ハイパーカミオンデ保護レンズの評価試験なども行われたそうです。

◆いよいよ山岸凉子先生が登場

 定刻になりトークショーが始まると、町長さんの挨拶がありました。うう、お偉いさんの長々しい話を聞くのか……と思いきや「私の話などは短めにして」と、サクッと終わらせ、開会してくれました。なんだかものすごく好感度の高い町です!

 進行役の瀧晴巳さんが舞台に上がり挨拶を済ませると、「先生〜!」と舞台の袖をのぞき込んで呼んでいて、ちょっとかわいかったです。会場からもドっと笑いが起こっていました。

 町外の人の席は後ろのほうだったので、ちゃんとは見えなかったのですが、登場した山岸先生は和装ではなく洋装(なんとなく和装でいらっしゃると思ってた)で、会場は録音・撮影が禁止のため先生のお写真は残念ながらお届けできないのですが、とても若々しくてかわいらしい方でした。ああ……この方の手からあの厩戸王子が生まれたんだ……!

◆故郷の町からのトークショー依頼を受けた理由は罪滅ぼし?

 山岸先生はまず、なぜトークショーの依頼を受けたのか、という理由をお話しされていました。

 1980年代当時、倉本聰さんの脚本による上砂川駅をモデルにしたドラマ「昨日、悲別で」(日本テレビ系列)がヒットしており、それにあわせて町名をドラマと同じ悲別に改名しようという動きの中、山岸先生のもとにもアンケートがあったそうです。その時、悲しく別れるなどという名前は嫌だと思い反対してしまったが、それで本当によかったのかと申し訳なかったと思っていたとのこと。

 その罪滅ぼしのような気持ちで引き受けたとおっしゃっていました。なんて純粋でいい方なんでしょうか。そんな方の手から厩戸王子が……。

 2歳まで過ごされたという故郷・上砂川の思い出、デビュー当時の様子、大和和紀先生とデビュー前からお知り合いだったこと、手塚治虫先生にマンガ作品を見てもらった話、萩尾望都先生との旅行など、盛りだくさんでした。

◆「明日死ぬと思って生きろ、永遠に生きると思って学べ」

 マンガに人生をかけたいと思うのに「才能がない」と言われ、周囲には才能に溢れ、評価もされている人たちに囲まれ、コンプレックスにさいなまれていたお話をいくつもされていました。ああした葛藤の時期があったからこそ、人の弱い部分に焦点を当てる作品が描けるのですね。今、生きるのが苦しい人も、それがいつか糧になると思えばもうひと頑張りできそうです。

 最後に山岸先生は、「明日死ぬと思って生きろ、永遠に生きると思って学べ」というガンジーの名言を引用されていました。……はい、そうします!

 薄暗い会場で、90分に及ぶ先生のトークショーの最中、私の前の席に座っていた小中学生の女子たちが居眠りもせずに一心不乱に話を聞いていたのが印象的でした。

 山岸凉子先生、私は、先生の作品で育てられました。女としての性を生きる意味や息苦しさ、社会の矛盾を教えられました。登場人物の持つコンプレックスにふるえる程共感しました。それが今の仕事に活きていると思います。行ってよかった!

◆お礼の気持でふるさと納税してみた

 先生のような大作家を生んでくれた上砂川町は、とても穏やかでステキな場所でした。

 よく考えたら、滞在中に全然お金を落とさなかったので、ふるさと納税で支援しました。支援は2000円からと手軽で、道外の人はニジマス燻製がもらえるそうです。ウェブサイトから申請書をダウンロードし、必要事項を書いてメール添付すると、振込用紙が送られてきます。トークショーの入場料の代わりです。

◆講演内容は後日『ハトシェプスト』新装版に収録予定

 このトークショーの内容は後日瀧晴巳さんによってまとめられ、2020年2月に文春文庫より刊行される『ハトシェプスト』新装版に収録されるそうです。

 ハトシェプストは、古代エジプトでトトメス3世とともに国を治めた実在の女性ファラオです。そのハトシェプスト像を、山岸先生ならではのフィルタにかけて、女として生きることへの嫌悪感や違和感を持った女性として描いています。現在の社会状況において、どうしても女性は、性に関して鬱屈した思いを抱かずにはいられません。ああした性に絡めた自己否定の感情は、思春期の多くの女性が抱くのではないでしょうか。

『ハトシェプスト』を含めた、一連の古代エジプトや神話をモチーフにした山岸作品は、どれも胸が詰まりそうなほど「刺さる」名作です。

 トークショーの載録と合わせて、楽しみにしています。

<取材・文/和久井香菜子>

【和久井香菜子】

ライター・編集、少女マンガ研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。英語テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。視覚障害者によるテープ起こし事業「ブラインドライターズ」運営

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