世界が注目する日本人の女性監督「障がい者という言葉を変えたい」

世界が注目する日本人の女性監督「障がい者という言葉を変えたい」

HIKARI監督

 先日、「The Alice Initiative」(映画スタジオの幹部とプロデューサーからなる女性グループが女性映画人を支援する組織)が「The Alice List」を発表し話題を集めた。

 このリストは毎年注目すべき女性映画監督をピックアップするもので、本年度の長編映画部門では、ゴールデン・グローブ賞史上初めてのアジア系女性として映画部門女優賞(コメディー/ミュージカル)をオークワフィナにもたらせた『フェアウェル』の監督、ルル・ワンを含む10人の女性監督がリストアップされている。なんとそのなかに、大阪市出身の日本人監督がその名を連ねたのだ。

 彼女の名前はHIKARI。ジョージ・ルーカス監督を輩出した名門・南カリフォルニア大学(USC)の映画学部を卒業したHIKARI監督の初長編作品は『37セカンズ』(2月7日公開)といい、2019年のベルリン国際映画祭で「パノラマ観客賞」と「国際アートシネマ連盟賞」を映画祭史上初のW受賞という快挙を遂げた傑作である。

 しかも、本作は早くもハリウッドの目に止まり、彼女にはオファーが殺到しているという。取材部屋に入ってくるなり、部屋の雰囲気をパッと明るくするポジティブなオーラと生き生きとした笑顔をまとったHIKARI監督に、本作にかけた想いからハリウッド事情までざっくばらんに語ってもらった。

【『37セカンズ』あらすじ】

 23歳のユマ(佳山明)はシングルマザーの恭子(神野三鈴)と二人暮らし。恭子は身体に障がいを抱えるユマを過剰に面倒を看ることがあり、それがユマには少し疎ましい。実は、親友の少女漫画家SAYAKA(萩原みのり)のゴーストライターをしているユマだが、それは二人だけの秘密だ。でも、自分の名前で漫画を書きたいユマ。アダルトコミック誌に作品を持っていくと、「妄想だけで書いたエロ漫画なんて面白くない」と言われ、あることを決意する……。

◆「障がい者という言葉を変えたい」

――英語では障がい者のことをdisable peopleといいますが、監督はdifferently abled people(異なる能力をもった人々)と呼んでいます。

HIKARI監督「differently abled peopleというのはここ数年使われ始めた言葉です。私達のひとりひとり、顔や身体が違えば、生き方も違う。障がい者は私達とできることが違うだけ。だから、とってもよい言葉だなと思って使っています。そもそも、日本語の『障がい者』という言葉もおかしいですよね。もっと他によい言葉を考えたいです」

――本作は、昨年のベルリン国際映画祭で2冠を制したわけですが、ドイツでは障がい者専門のキャスティングエージェンシーや演技のワークショップなどもあると聞きました。

HIKARI監督「障がい者のためのキャスティングエージェンシーはLAにも日本にもありますよ。ただ、本来は、わざわざ障がい者専門のエージェンシーを作らなくてもよいと思うんですよ。障がいをひとつの個性と捉えて、一般のエージェンシーが障がい者と契約するべきなんです」

――だから、ユマ役に障がいをもった佳山明さんを起用したのですか?

HIKARI監督「私の祖父は鉄工所をしていたので、身体の不自由な人たちが周りにたくさんいました。だから、障がい者が特別な存在と思わずに育ってきました。本作も女優をユマ役に起用することに違和感を感じて、一般の人に向けてオーディションを開くことにしました。書類選考から50人ぐらいに絞り、面談しました。

 明ちゃんはオーディションの最後の最後に来てくれましたが、セリフ一言目の『すみません誰かいませんか……!』と言う彼女の声を聞いたとき、何かがピンときました。なんというか、彼女には赤ちゃんのような純粋さがあって、その場にいたスタッフ皆が彼女に心を奪われたんです。明ちゃんは“演技をする”のではなくて、物語をすべてそのまま彼女のまま、彼女らしく受け入れてくれて素直に反応してくれました。だから『直感を信じて意思を貫く』という、主人公ユマのモットーに最適だったのだと思います」

――そして、明さんとの出会いが脚本をさらに発展させたとか。

HIKARI監督「物語の3分の1は彼女の出会いから生まれたもので、当初ユマは交通事故で下半身付随になった女性という設定にしていましたが、明ちゃんと同じ脳性麻痺に変え、映画のタイトル『37セカンズ』も明ちゃんのお母さんから伺った話にインスパイアされたものなんです」

◆「これは心のバリアをフリーにする物語」

――カメラの位置を車椅子の高さにして、明さんの目線を体感できる映像が印象的でした。監督は日本とアメリカの違いを感じたそうですね。

HIKARI監督「日本ではアメリカよりも車椅子ユーザーの人をあんまり見ないですね。特に都心はバリアフリーであるようでない。それは大都会に住む人々と同じで、どこかに目には見えないバリアがあるというか。車いすユーザーにとっては生きにくい街だと思います。

 だからまずは、『車椅子で生活するのはどういうことか』を伝えるところから始めたくて、カメラの目線を車椅子の高さに設定し、表情のクローズアップを撮ったりして、観客が主人公の生活の一部になれるように映像で表現しました。それから、やはり彼女の成長をきちんと映像で映し出したかったので、撮影もほぼ順撮りにしたんです」

――確かに、映画の冒頭とエンディングで見せる彼女の表情は、全く違います。

HIKARI監督「『障がいがあろうがなかろうが、あなた次第』という劇中のセリフがありますが、これは障がい者の映画ではなくて、人は自分を信じればどんどん可能性が広がっていくという物語なんです。それには、私達のひとりひとりが心にもつ色んなバリアをフリーにすることが大事なんじゃないでしょうか」

――今回の映画体験は明さんにどのような影響を与えたのでしょう?

HIKARI監督「明ちゃん本人からは、映画を通し色々な人と出会うことで、とても刺激的で新たな人生経験ができた、と聞いています。それもただ『楽しかった、スゴい経験だった』というだけではなく、また今まで経験したことのない分野にもチャレンジできたと。 だから、明ちゃんも、皆さんにも、自分にとって一番ピンと来るものを選んで進んでほしい。自分の勘を信じて。いつか答えが必ず出てくるから」

◆あえて日本人のいないユタ州へ留学

――監督は幼い時から 「とにかく日本を出たい」と思っていて、18歳の直前にアメリカへ留学されました。私も同じ年頃にアメリカに留学したのですが、監督の英語は非常に流暢で元留学生のレベルを超えていますね。

HIKARI監督「ハハハ(笑)それは、あえて日本人のいないユタ州を選んだからじゃないですか? 今でこそユタ州には色んな人種の人がいますが、当時は白人ばかりでアジア人は私だけ。母国の人たちがいない街に住むのが英語力が上手になる一番の近道だと思います。あと、小さな頃から合唱、ミュージカルやオペラをやっていたので、色々な言葉の歌を歌っていたから耳が外国語に慣れていたのかもしれませんね」

――日本語を話せない環境にあえて飛び込んで行ったのですね。ユタ州の大学では舞台芸術、ダンスや美術を学び卒業後は、LAへ移られたとか。

HIKARI監督「はい、LAでダンサーや女優として働いていました。ミュージックビデオで踊ったり、TVコマーシャルに出たりするうちに、カメラの勉強もしてないのにミュージシャンの写真も撮るようになり(笑)。エミネムなどヒップホップアーティストの撮影もしていたんですよ」

――それはスゴい! それから映画監督になったきっかけは何だったのでしょう?

HIKARI監督「28歳ぐらいまでは女優やダンサーとしての仕事がバンバンあって結構稼いでいたんです。ところが29歳になった途端、仕事がなくなったんですよ、ほんまに! あの当時、ハリウッドで30歳手前のアジア人の女優に来る役柄は銀行員とか医者ばっかりで、それは私とは全然違うし……。そこで日本の母親に電話で相談したんです。そしたら、『少中高と舞台の脚本や演出をしていたんだから、そういう方向性は?』と言われ、『面白いかも!』と。国内でトップのフィルムスクールをPCで検索したら南カリフォルニア大学(USC)が出てきたので、受験してみようと。それでカメラマンと監督の勉強をすることとなり、今に至りました」

◆ハリウッドでは今、アジア人が熱い!

――本当に直感で進む道を選んでこられたわけですね。近年、ハリウッドでキャストの大半をアジア人やアジア系米国人が占める『クレイジー・リッチ!』が画期的なヒットを飛ばしましたが、ハリウッドにおけるアジア系映画人の立ち位置はどんな風に変わったのでしょうか?

HIKARI監督「『今、ハリウッドではアジア人が熱くなってきている』というのは、アメリカに住む白人よりもアジア人のキャラクターのほうが歴史的・文化的背景を深く掘り下げられるので、物語にも、より面白さや、厚みが出る部分もあるんじゃないでしょうかね。アジア人のフィルムメーカーも増えているし、なによりも、映画でもテレビでも女性監督がどんどん増えているんです。私の肌感覚で言うと、今や監督の10〜20%が女性かなと。それでもまだまだ少ないですけどね」

◆「嫌いなことは、やらんでいい」

――ユニバーサル・ピクチャーズとの大型映画のプロジェクトも進んでいて、今まさに世界へ羽ばたこうとしている監督から、人生に悩んでいる女性に何かメッセージはありますか?

HIKARI監督「目の前にあることだけで判断せずに、その瞬間に感じる直感を信じて好きなことだけをやってほしい。嫌なことはやらんでいい。好きなことをどんどんやって行ってたらそのなかに、また色んな道が置かれているので、そこで『うん、そっか、自分はできる』と思って前向きに好きなことだけを選んでほしい。『チャンスはピンチ、ピンチはチャンス』という言葉が私のモットーなんですが、例えば『ここはお金がないけど、どうしよう』と『無』から知恵を振り絞ったりすることで、そこから新しいことが生まれたりするから。

 それに、好きなことをしていたら、自分自身ハッピーになれるし、どんなにしんどいことも頑張れる。 人に迷惑さえかけないで、感謝の気持ち(愛)を伝えれば、少しぐらいワガママになってもいい。 そしたら、周りにもそのエネルギーがどんどん伝わって、みんなが幸せになれる。そうやって一人ずつの繋がりで、本当に皆が幸せになれるんですよ。そう、無限にね!(笑)」

(C)37 Seconds filmpartners

<文/此花わか>

【此花わか】

映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバー、ライアン・ゴズリング、ヒュー・ジャックマン、デイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など多数。Twitter:@sakuya_kono Instagram:@wakakonohana

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