関西の鉄道「どんどん増える停車駅」事情 熾烈なライバル競争にも時代の変化?

関西の鉄道「どんどん増える停車駅」事情 熾烈なライバル競争にも時代の変化?

京阪神間のスピード競争の切り札となった、JR西日本の新快速223系2000番台(画像:photolibrary)。

関西の鉄道は、JRと私鉄で熾烈な利用客獲得競争が行われてきました。かつては都市間を最低限の停車駅で結ぶ優等列車が走っていたものの、停車駅は年々増加しています。その背景には、各社の鉄道需要に対する意識の変化がありました。

速い速い電車、その興亡の過去

 関西では大都市間のルートに複数の鉄道会社がまたがり、古くから利用客の獲得にしのぎを削ってきました。中心になったのは京阪神間の国鉄・JRと私鉄との競争で、「速い列車」を競い合ってきた歴史があります。

新快速

 1970(昭和45)年にデビューした「新快速」は、阪急や京阪など、京阪神間で並行する「ライバル」に対抗するための新兵器として誕生しました。現在に至るまで大都市圏を結ぶ最速達列車として、特急並みの所要時間で運行されていきます。

 当初の停車駅は京都、大阪、三ノ宮、明石、西明石のみ。東海道新幹線との連絡駅である新大阪駅さえも通過となっていました。

 その後、1978(昭和53)年に神戸駅、1985(昭和60)年に新大阪駅が追加。さらに、駅利用者の増加に伴い、1990(平成2)年に高槻駅と芦屋駅が(当初は日中のみ)、1997(平成9)年には尼崎駅へも停車するようになりました。

 停車駅が増加する一方で、JR西日本は高性能の新型車両221系、223系を順次投入。スピードアップを続け、都市間輸送で優位に立っていきます。2000(平成12)年には終日にわたり最高速度130km/h運転を開始。京都~三ノ宮間の所要時間はわずか約50分となり、ライバルの私鉄各社に対して、スピード競争で完全に引導を渡した形になりました。

 2011(平成23)年には琵琶湖線の南草津駅が加わりました。この駅は周辺で宅地開発が進み、大学の最寄り駅でもあることから、隣の草津駅よりも利用者が多く、要望が高まっていました。新快速停車後は、琵琶湖線内で最も利用者が多い駅となっています。

 今後も新快速の停車駅は増加するのでしょうか。2014(平成26)年には、JR西日本が周辺再開発の進む茨木駅への新快速停車を検討しているとの報道がありました。しかしその後の進展はなく、普通列車と新快速の間を補完する「快速」が、今もその役割を担い続けています。

新快速に「敗北」? ノンストップをあきらめた「ライバルたち」

 当初は最低限の停車駅で都市間の速達性を保っていた私鉄の優等列車も、次第に停車駅を増やしていきます。

阪急京都線・特急

 京阪神輸送におけるJRのライバルのひとつ阪急は、最速達列車である特急が「京阪間ノンストップ運転」で対抗していました。当初の停車駅は、梅田を出ると十三、大宮、烏丸のみ。

 しかし、1997(平成9)年に高槻市が終日停車になったあと、2001(平成13)年に茨木市、長岡天神、桂の3駅、2007(平成19)年には淡路が追加。今や、かつての「急行」と同程度の停車駅となっています。

 停車駅が増加した背景には、新快速の時速130km運転により、京阪間の速達性でもはや対抗できなくなったため、ベッドタウンとなる中小都市を中心とした地域需要の利便性に軸足を移していったことが考えられます。

京阪本線・特急

 同じく京阪間で、JR・阪急と熾烈な利用客獲得競争を繰り広げていた京阪。1971(昭和46)年にデビューした初代3000系は、「全座席クロスシート」「テレビ・公衆電話設置」という豪華設備。1995(平成7)年には2階建て車両も導入され、無料特急としては破格の車内サービスで対抗していました。

 日中の京阪特急は長らく、大阪・京都それぞれの玄関口である京橋~七条間がノンストップでした。

 背景として、阪急京都線やJR京都線が高速運転に適した線形だったのに対し、京阪は一部区間で路面電車を発祥とする背景もあり、カーブが多く不利だったことが挙げられます。そのため、ノンストップ運転によって少しでも京阪間の移動時間を短縮しようとしたのです。

 2000年(平成12)年に中書島、丹波橋の2駅が特急の終日停車駅となり、京阪間ノンストップ運転は終わりを迎えました。さらに2003(平成15)年には枚方市、樟葉の2駅も追加。現在に至ります。

 停車駅の増加の背景は先述の阪急京都線と同じく、京阪間輸送から地域輸送へのシフトでしょう。

 こうしていったん姿を消したノンストップ特急ですが、2011(平成23)年、快速特急「洛楽」がデビュー。往時の特急と同じ「京橋~七条間ノンストップ運転」が復活します。当初は臨時列車の扱いでしたが、2017年からは毎日運行となりました。

特急が「消滅」した路線も

 阪神間の特急停車駅も、ライバル間を取り巻く状況によって少しずつ変わってきました。また、かつて全線で特急が走っていたものの、一部を残し廃止されてしまったケースもあります。

阪神本線・特急

 阪神間の鉄道輸送も京阪間と同じく「三つ巴」状態で、阪神・阪急・JRがしのぎを削っていました。「速いが高いJR」に対抗していたのが「遅いが安い阪神」で、カーブの多い路線条件ながら所要時間を短くするため、梅田から三宮までの途中停車駅は長らく西宮・芦屋・御影のみとなっていました。

 その後、一部の時間帯での停車駅増加を経て、2001(平成13)年には基本ダイヤで尼崎・甲子園・魚崎にも停車する、現在のパターンが完成します。JRの新快速が130km/h運転を拡大し、スピードの優位性を強めていった時期でした。

 特急に次ぐ優等列車である「快速急行」も、当初は尼崎を出ると甲子園・西宮・魚崎のみの停車(特急が停車する芦屋・御影は通過)でしたが、現在は昼間と土休日に武庫川・今津、平日に芦屋にも停車するようになりました。

 2006(平成18)年には長年のライバルであった阪神と阪急が経営統合し、かつての阪神間輸送の客の奪い合いから、阪神が通る海側、阪急が通る山側の地域需要を相互に補完する様相へと変わっています。

阪急宝塚線・特急

 阪急宝塚線にはかつて特急が走っていました。1995(平成7)年の登場時の途中停車駅は、十三・豊中・石橋(現:石橋阪大前)・川西能勢口のみ。その後、雲雀丘花屋敷・池田・山本が順次停車駅に設定されたのち、2003(平成15)年に廃止。宝塚乗り入れの特急はわずか8年の短命に終わりました。

 2020年現在における阪急宝塚線の宝塚行き最優等列車は急行で、豊中から終点まで各駅停車です。宝塚~大阪(梅田)間の所要時間はJR宝塚線の快速が約15分も速く、スピードでは太刀打ちできません。その代わり、急行はきめ細やかに郊外の中小都市を結んでいくことで、JRに対し独自の優位性を保っています。

 一方、能勢電鉄の日生中央駅を発着し、川西能勢口から阪急宝塚線へ乗り入れる形で、特急「日生エクスプレス」が今も平日朝夕に運行されています。宝塚線内の途中停車駅は十三・石橋阪大前・池田・川西能勢口。JRというライバルのいない能勢電鉄沿線は、密集するラッシュ時のダイヤを縫うように走る特急の速さを享受しています。

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