「命を大切にする特攻兵器」が一度も成功しなかったワケ アメリカ的無人誘導爆弾の顛末

「命を大切にする特攻兵器」が一度も成功しなかったワケ アメリカ的無人誘導爆弾の顛末

第2次世界大戦終結後の1946年、ニューメキシコ州上空を飛ぶQB-17無人機の編隊。武装がすべて撤去されている。BQ-7とQB-17は基本的に同じB-17流用のリモコン機(画像:アメリカ陸軍)。

飛行機の遠隔操縦が飛躍的な発展を遂げたのは第2次世界大戦においてです。なかでもアメリカは4発エンジンの戦略爆撃機を転用した無人機を実用化。しかし実戦ではすべて失敗に終わりました。

「百発百中」を追求し、大型爆撃機を改造

 SF映画の名作のひとつとして知られる『2001年宇宙の旅』。冒頭のオープニングで、原人(人類)が道具として初めて手にした骨。彼はやがてその骨を空に投げ上げます……。

 映画ではこの骨を空に投げるのを、人類が初めて「飛び道具」を用いるようになった瞬間として描いていますが、それ以来、人間は飛び道具の「百発百中」を夢見て様々な“技術”を生み出します。その結果、2020年現在、完全に百発百中というわけではありませんが、命中精度がきわめて高い「飛び道具」として誘導ミサイルや誘導爆弾を用いるまでに至っています。

 誘導兵器の雛型が生まれたのは、今から70年以上前の第2次世界大戦の頃です。しかし、当時は試行錯誤の状態であり、なかには有人飛行機を改造して無人誘導爆弾に仕立てるようなことも行われました。

 そのようななか、なんとアメリカでは贅沢に「空の要塞」と形容されたB-17大型爆撃機の無人爆弾仕様が作られています。これは、誘導装置を積みやすいから単に大型機を選んだというわけではなさそうです。

 そもそも爆弾を搭載した航空機を誘導して目標に突っ込ませるというのは、単に命中確率が高まるだけでなく、搭載している爆弾の爆発力に加えて、突っ込んだ航空機の慣性の法則によって生じる破壊力と、残っている燃料から生じる火災という点も加味されるので、アメリカとしても大型機転用の誘導爆弾の開発は「兵器」として魅力的だったようです。

 ただし当時、科学先進国であったアメリカの技術力をもってしても、気象条件などに合わせて飛行機をうまく離陸させ、搭載されている爆弾の安全装置を解除するというような込み入った作業を遠隔操作で行えるようにするのは難しかったようです。

中古のボロボロ4発重爆を転用すればコストも安い!

 そこでアメリカが考えたのは、体当たり用航空機を離陸させ搭載している爆弾(爆薬)の安全装置を解除する作業までは人間(パイロット)が行い、機内での作業終了後は基地のそばでパラシュート降下して帰還するという、「命」を無駄にしない人間と遠隔操作のコラボ、つまり「人間を誘導装置の一部に組み込む」ことでした。

 これは、アメリカ陸軍航空軍と海軍航空隊の双方で計画され、前者は「アフロディーテ」、後者は「アンヴィル」とそれぞれ作戦(プロジェクト)名が付けられます。

 1943(昭和18)年末、アメリカ陸軍は体当たりに使用する航空機には、出撃回数の過多で酷使されたり、大損傷を被って修復こそしたものの通常任務には用いることが難しかったりするような4発重爆撃機、ボーイングB-17「フライングフォートレス」やコンソリデーテッドB-24「リベレーター」を充てることを決めます。

 これら中古の機体を無人誘導爆弾へ改造するにあたっては、機関銃などの火器や銃架、機体各部の装甲板、操縦席以外の全座席、爆弾ラック、旋回銃座用の駆動装置、そのほか体当たり攻撃に不要な装備すべてを撤去して大幅に軽量化。この状態にしたうえで、積めるだけの爆薬を搭載すると、その量は10tから12tにもなったといいます。

 そして、離陸操作と爆薬に対する安全装置の解除が終わり、パイロットが脱出した後の遠隔操作をするために、2つのTVカメラが取り付けられました。ひとつはコクピットの計器類を監視するもの、もうひとつは遠隔操縦のための情報として機外を監視するものです。また操縦装置には、電波で制御する遠隔操縦装置が取り付けられています。

 こうして改造された無人のB-17は「BQ-7」と名付けられ、それを誘導する母機で、やはりB-17から改造された「CQ-17」も造られました。

すべて失敗に終わった「アメリカ流特攻作戦」

 一方、アメリカ海軍の「アンヴィル」作戦用には、B-24大型爆撃機の海軍型PB4Y-1が用いられました。とはいえ、改造の方法はB-17をBQ-7にしたのとほぼ同じです。こちらは「BQ-8」と名付けられました。アメリカ海軍が陸軍と違いB-17を用いなかったのは、海軍パイロットが陸軍機であるB-17に慣れていなかったからです。なおアメリカ海軍は、誘導母機にPV-1「ヴェンチュラ」哨戒爆撃機を流用しており、その点でも我が道を行っていました。

 なおBQ-7とBQ-8の機内には爆弾ではなく、「トーペックス」と命名された、TNTよりはるかに強力な爆薬が設置されました。とはいえ太平洋戦域には、これほど大きな「無人誘導爆弾」を一気に用いて破壊すべき目標がほとんど見当たりません。一方、ヨーロッパ戦域にはドイツ軍の堅固な各種軍事施設が多数存在しており、特にV1飛行爆弾の発射施設や、潜水艦「Uボート」のバンカー(鉄筋コンクリート掩体)の破壊は急務でした。

 そこでアメリカ陸海軍の超強力な「無人誘導爆弾」は、イギリスに展開してドイツ本土やその占領下の地域に対して用いられることになったのです。

 しかし、離陸および爆薬の安全装置解除後に機外へパラシュートで脱出するというのは、あまりにも高難度だったようです。人間がかかわる部分でのトラブルで何人ものパイロットが殉職。その中には、後にアメリカ大統領となるジョンF.ケネディの兄、ジョセフ・パトリック・ケネディ海軍大尉も含まれていました。

 しかも人的犠牲が多いわりに、遠隔操縦はいまいちで信頼性に欠け、結局、何回かの実戦出撃こそ実施されたものの、1度も成功せずに終わりました。

 とはいえ、アメリカは第2次世界大戦後も無人標的機(ターゲット・ドローン)としてBQ-7(のちにQB-17に名称変更)を用いたほか、より大型のB-47ジェット爆撃機までも各種訓練や試験のための無人標的機「QB-47」として転用しているのですから、スゴイとしか言いようがありません。

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