和歌山「車庫ないのに"車庫前"バス停」消滅 実はラーメン業界の歴史変える一大画期?

和歌山「車庫ないのに"車庫前"バス停」消滅 実はラーメン業界の歴史変える一大画期?

車庫前バス停と和歌山バス(宮武和多哉撮影)。

和歌山市にある「車庫前」バス停が改称します。近くに車庫がないのに「車庫前」の状態が50年越しに改称される形ですが、このことが和歌山のラーメン業界に大きな影響を与える可能性も。ハナシは、かつての路面電車時代にさかのぼります。

かつては車庫があった「車庫前」50年越しの改称

 和歌山市近辺で路線バスを運行する和歌山バスが2021年6月23日(水)にダイヤ改正を実施し、市内9か所の停留所名を変更します。その対象のひとつに、和歌山市内の「車庫前」バス停があります。

「車庫前」を名乗りながら、このバス停の周囲にバスの車庫はありません。実は、1971(昭和46)年に廃止された南海電鉄の路面電車、和歌山軌道線の車庫(高松検車区)に由来する名称で、道路上には路面電車の「車庫前」停留所もありました。路面電車の施設の名残を留めていたものが、50年の時を経て今回、町名に合わせた「高松北」バス停に改称されます。

 和歌山軌道線の全線が廃止・バス転換となり車庫まで売却されてもなお、周辺一体の通称として「車庫前」という通称が定着していたこともあって、バス停は車庫がないまま「車庫前」として営業を続けてきたのです。なお、実態にそぐわなくなっても路線バスの停留所名が変更されないケースは、全国でも多々見られます。

 しかも今回の改称は、いまやご当地ラーメンの代表格でもある和歌山ラーメンにも影響を与えるかもしれません。というのも、この「車庫前」は、和歌山ラーメンの分類で用いられる「車庫前系」の発祥の地として知られているからです。

 和歌山ラーメンは、市内の「井出商店」の流れを汲む「井出系」と、この「車庫前系」に大別されると言われます。実際にはこの2分類で全く括れないほどの多様さがありますが、この呼び方が定着したのは平成以降、新横浜ラーメン博物館の広報をされていた武内 伸さん(故人)から広まったものです。「車庫前系」は、路面電車の車庫周辺で営業していた屋台の流れを汲む店がそう呼ばれています。

 ではなぜ、和歌山市内でも路面電車の乗降客が集中する場所が多数あったなか、車庫前にラーメン屋台が集まり、かつ全国に知られるほど独自の進化を遂げたのでしょうか。

「車庫前系ラーメン」なぜ生まれた? 現在は車庫前にラーメン店もほぼナシ

 和歌山の路面電車の歴史は古く、1909(明治42)年に開業しています。昭和20年代から30年代前半までは多くの乗客で賑わい、運転士や整備士など、早朝から未明まで働く鉄道関係者のために、路面電車の周りに深夜まで営業を続けるラーメン屋台が増えてきました。また和歌山県内には醤油発祥の地とも言われる湯浅があり、周辺の地域から豚骨・鶏ガラ・魚介類などを仕入れやすい環境も整っていました。

 そうしたなか、車庫の裏手に店を出していた屋台が評判を呼ぶようになります。その秘密は調理法にあり、鍋一杯の醤油で煮込んだ豚骨を取り出し、それを煮込んでスープをとるという手間をかけたものでした。冷蔵庫がまだ普及していない時代に編み出した苦肉の策とも言えるものでしたが、当時の店主が惜しげもなく手法を広めたことから、瞬く間に後の「車庫前系」につながる、同じ手順でラーメンを作る屋台が増えていったと言われています。

 路面電車の全線廃止、車庫の売却とともに人の流れは変わり、それぞれの屋台は市内各地で「元車庫前」という看板を掲げた固定店舗を構え、それぞれの地で顧客をつかんでいきます。いまや県外にも「元車庫前」と掲げた店舗を見かけるほどで、バス停の名前が消えても「車庫前系」の名前は残り続けることでしょう。

 ただ、こうした経緯のほか、車庫前バス停のある道は500mほど西側にバイパスが開通したため旧道化していることもあり、「車庫前系」に分類される店舗は、ほとんど他地域に移転しています。ここに飲食店が軒を連ねていたことは、現在では想像もつかないほどになっているものの、発祥の地ゆえにわざわざ車庫前バス停まで車庫前系ラーメンを探しにくる人もいたのだとか。

 今回、改称される9つのバス停の中には、「公園口→和歌山城前」など観光客に向けたケースもあります。「車庫がない車庫前」として50年が経過してからの名称変更は、勘違いをさせないための配慮と言えるのかもしれません。

「車庫前系」はいまいずこ?

 2021年現在の車庫前には、ラーメン専門店などなく、路面電車の車庫跡地もビルなどが建ち、その名残はほぼありません。今回のダイヤ改正では、朝1本だけ残っていたJR和歌山駅から車庫前までの区間便(26系統)も廃止に。ただ「高松」へ改称した後も、ここを経由するバスの系統は多く、朝方には上下線合わせて40本ものバスが通るほどで、バス通りとしての賑わいが消えることはなさそうです、

 もし車庫前系ラーメン発祥の地として、この場所を訪れた際は、市内各地の「車庫前系ラーメン」を巡るのも良いでしょう。市内の「車庫前系」としては、戦前から車庫前で営業し、現在は新内(あろち)町に店を構える「本家アロチ丸高中華そば」や、戦後創業で毛見に移転した「元車庫前丸宮中華そば本店」などが挙げられます。和歌山バスの路線網はことのほかキメ細かく、食べ歩きに使うはうって付けです。

 一方、井出商店をはじめとした「井出系」のラーメンは、スープの味わいや豚骨の扱い方などが異なるため、こちらもぜひハシゴしたいもの。また、現在の車庫前近くにはラーメンの専門店はありませんが、バス停近くには長らく営業している中華料理屋さんがあります。そこでは穴場の絶品メニューとして、中華そばや焼き飯を堪能することができます。

 余裕があれば、和歌山港からフェリーで紀淡海峡を渡り、「徳島ラーメン」を食べに行くのも良いでしょう。和歌山と徳島は、両都市とも近くに大規模なハム工場があった関係で豚骨が安く流通していたという共通点もあり、またそのハム工場どうし(和歌山の鳥清ハムと徳島ハム)が合併し、現在の「日本ハム」となるなどの経済的な縁もあります。

徳島ラーメンの中でも「茶系」(「いのたに」など)の醤油豚骨スープは、見た目が和歌山ラーメンと似ています。定期航路でつながった和歌山と徳島、2つの街のラーメンは、もしかしたら不思議な縁を持っているのかもしれません。

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