米軍「飛行機で台風に突っ込むのやめる」 台風観測を引き継ごうとした気象庁 爆撃機ベースで

米軍「飛行機で台風に突っ込むのやめる」 台風観測を引き継ごうとした気象庁 爆撃機ベースで

アメリカ空軍の気象観測機WB-47のベースとなった大型爆撃機のB-47「ストラトジェット」(画像:アメリカ空軍)

気象衛星も富士山レーダーもない時代、日本の台風観測にアメリカ空軍の気象観測機が重用されていました。そこで気象庁は自衛隊と協力して日本独自の観測機を持とうと考えました。その導入計画の顛末を振り返ります。

在日米軍機が台風観測をしていた時代

 昔から台風に悩まされる日本。気象庁の1991年から2020年までのデータによると、上陸する台風だけでも年間で約11個もあるといいます。そのため、上陸せずとも日本列島に接近するものまで含めると25個にものぼるといい、実際2021年8月上旬には3個の台風が同時に日本に接近したのも記憶に新しいところです。

 そのなかで現在、気象庁や民間の気象予報会社なども含め、台風の進路予測に用いられているのが、気象衛星「ひまわり」を始めとした衛星からの観測データです。これにより、かなり精度の高い進路予報が発表され、防災にも役立てられています。では、「それ以前」はどうだったのでしょうか。

 日本で気象衛星による観測が始まったのは1978(昭和53)年。それより以前には、アメリカ空軍が飛行機を台風に突入させて観測する時代がありました。そしてその任務には、長時間、高々度を飛行可能な大型の戦略爆撃機を改造したものが用いられていました。

 今から約60年前、その戦略爆撃機改造の「気象観測機」を日本がアメリカから引き継ぎ、独自に運用する計画が進んでいました。最終的には実現しませんでしたが、どんな機体をどのように運用する予定だったのか、そして断念した理由を見てみます。

気象庁が日本独自の観測機を要望

 観測体制も防災設備も不十分だった1950年代から60年代前半の日本では、「洞爺丸台風」「狩野川台風」「伊勢湾台風」「第二室戸台風」などの大型台風により、幾度となく大きな被害を受けていました。

 年配の方であれば馴染みのある富士山レーダー、これが運用を開始したのは1964(昭和39)年のこと(1995年運用終了)。ということは、それより前の気象観測体制が貧弱だった時代の日本にとって、頼みの綱はアメリカ空軍所属の気象観測機でした。

 当時、アメリカ空軍の気象観測隊は東京の横田基地とグアム島のアンダーセン基地を拠点としていました。ちなみに、1964(昭和39)年時点では、横田基地にはボーイングWB-50Dが12機、ボーイングWB-47Eが3機、それぞれ配備されていたとの記録が残っています。

 WB-50Dのベースは、日本各地の都市空襲で知られるB-29爆撃機のエンジンをパワーアップしたB-50爆撃機でした。WB-47については、より大型のジェット爆撃機B-47をベースとしていました。

 気象観測機の任務は、台風の暴風圏内に飛び込み、中心部にある“台風の目”に「ドロップゾンデ」と呼ばれる観測機器を投下するというもので、大変危険なものでした。そのため、頑丈な機体構造、大きな行動半径と搭載能力を有する大型機でないと務まらなかったのです。

 横田基地の気象観測機は「横田〜千島〜カムチャッカ」または「横田〜沖縄〜台湾〜フィリピン」を定期で飛び、ときには「横田〜朝鮮半島〜沖縄」を不定期でフライトするというもので、台風発生時はさらに臨時便を飛ばして対応にあたっていました。

 しかし1961(昭和36)年頃、この飛行機を使った気象観測を1963(昭和38)年までに中止したいという意向がアメリカ空軍から日本側へ伝えられました。

 一方、日本では以前から気象庁が独自の気象観測機の導入を要望していたことから、アメリカ空軍の気象観測機を引き継げないか検討が始まります。結果、1964(昭和39)年春、航空機による台風観測について気象庁から防衛庁(当時)に協力要請が入りました。大型機の運用は自衛隊でないと無理と判断したのでしょう。

さすが大型機 運用コストが桁違い

 この気象庁の協力要請とは別に、防衛庁でも「気象観測は将来的に検討すべき」という認識があり、ほぼ同時期、1964(昭和39)年3月に防衛庁は幹部5名と空曹3名をアメリカ空軍に派遣して基礎教育を受けさせています。さらに6月から10月の台風シーズンには、WB-50に自衛官を搭乗させての実地訓練も計画されていました。

 機材の購入費はWB-50が1機約4億7千万円、WB-47が1機約12億円と見積もっており、それ以外の周辺装備や整備費用など含め、全部で約200億円が必要と試算されました。なお、この金額は当時の主力戦闘機F-104J「スターファイター」約45機分に相当する巨額です。

 この計画がその後どうなったのか、詳細は不明ではあるものの、日の丸を付けた機体が生まれなかったことなどから中止となったのは確かです。

 また予算面もさることながら、最大で全長23m、離陸重量2tの双発レシプロ輸送機・カーチスC-46までしか運用したことのない航空自衛隊が、全長33m、離陸重量56t以上、ジェットエンジン6発のWB-47を果たして使いこなせたのかというと、怪しかったといえるでしょう。

 一方、WB-50については原型がB-29であるため、WB-47より小さいとはいえ空襲の記憶もまだ生々しい当時、B-29にそっくりの姿である同機に日の丸をつけて飛ばすことに抵抗感がなかったのかというと、これもまた不明です。

 その後、アメリカ空軍機による気象観測はグアムを拠点に続けられましたが、経費と安全面の問題から1987(昭和62)年8月に中止されています。

 現在は、気象衛星の画像から台風の気圧や風速を推定しています。しかし直接観測の方が精度は高いとして、さまざまな国の気象機関や大学による航空機台風観測プロジェクトも実施されています。

 近年は「スーパー台風」など台風の大型化が心配されています。防災・減災のため、ドローンやスーパーコンピューターなどを含め、台風観測のさらなる精度向上が期待されます。


※一部修正しました(8月23日10時22分)。

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