西武新宿駅が開業 1952.3.25 実は「西武池袋線」の誕生日でもある?

西武新宿駅が開業 1952.3.25 実は「西武池袋線」の誕生日でもある?

西武新宿駅(乗りものニュース編集部撮影)。

70年前のきょう、西武新宿駅が開業しました。各線新宿駅から離れた立地を解消しようと、延伸を模索した70年。その歴史は新たなステージへと移行しつつあります。また西武新宿駅の誕生は「西武池袋線」にも影響を与えています。

西武新宿駅の開業は西武線全体の画期に

 70年前のきょう、1952(昭和27)年3月25日、西武新宿駅が開業しました。

 現在の西武新宿線はもともと高田馬場駅が起点でしたが、戦前は山手線以外に乗り換え路線がありませんでした。このため、当初は東京市電(のちの都電)に接続すべく早稲田までの延伸を考えたものの、戦後は新宿を目指すこととなり、山手線に並行して南進しました。

 西武新宿駅は都バスの車庫跡地に建てられましたが、国鉄新宿駅からは直線でも400mほど離れており、現在に至るまで乗り入れ各線を含めた「新宿駅の北端」です。この位置自体は現在も変わっていませんが、当時は“仮駅”とされており、駅舎も簡素なものでした。後述するように、国鉄新宿駅への乗り入れを企図していたからです。

 ところで、70年前のきょうは、実は「西武池袋線」が生まれた日でもあります。

 といっても、西武池袋線が開業した日というわけではありません。「池袋線」、そして「新宿線」という路線名が誕生した日です。

 それまで、池袋線は前進である武蔵野鉄道に由来して「武蔵野線」と呼ばれていました。また新宿線は、東村山~本川越間の後から高田馬場~東村山間が開通しており、こちらは「村山線」との名称でした。

 西武新宿への延伸を機に、西武鉄道は池袋と新宿という2大ターミナルを得たことから、どちらの路線も都心側の行先に合わせる形で「池袋線」「新宿線」としたのです。

3度目の正直? 西武新宿駅を“近く”する策

 念願である西武新宿から国鉄・JR新宿駅方面への路線延伸は、開業から70年のあいだに2度計画されています。

 1度目は1964(昭和39)年に国鉄新宿駅東口へ開業した新宿ステーションビル、現在の「ルミネエスト」への乗り入れです。このビルは西武線の乗り入れを前提としており、2階部分に駅施設が設けられる予定でした。

 ただ、その規模はホーム1面に線路2本、最大6両までという小さなものでした。当時、新宿線の沿線人口は急増し、すでに6両の運転も始まっていました。新宿駅乗り入れは、輸送量増強を難しくする非現実的なものとなっていたのです。

 1977(昭和52)年には、西武新宿駅前に地上25階建ての細長い茶色いビル「西武新宿ビル」が建てられ、プリンスホテルや商業施設のPePeがオープンします。これにより、西武新宿駅は名実ともに本駅となったのです。

 バブル期の1980年代には、抜本的な輸送力増強策として、複々線化が計画されます。これは上石神井から西武新宿まで、途中駅を高田馬場だけに絞った地下の急行線を設ける構想でした。急行用の西武新宿駅ホームは、地上の西武新宿駅よりもJR駅に近い靖国通り直下に計画されました。しかし、バブル崩壊後の建設費高騰などから、またしても中止になっています。

 それから26年を経た2021年、事態が動きました。残存していた急行線地下駅の都市計画が廃止され、地下ホーム予定地は、別の都市計画で「地下通路」とすることになったのです。

 今後は、この都市計画に基づき、靖国通り直下の地下道「サブナード」と、その南側に並行する地下鉄丸ノ内線上の地下道「メトロプロムナード」をつなぐ地下通路が設けられる予定。西武新宿駅から丸ノ内線新宿駅を経て、JR新宿駅までが地下で直結します。

 これは新宿区が掲げる、新宿駅の各ターミナル間の移動性を向上させる「新宿グランドターミナル構想」の一環です。各線の新宿駅から離れた西武新宿駅が、いまより“近く”なるかもしれません。

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