クリスマスの過ごし方は「自宅で家族と過ごす」が断トツ1位

クリスマスの過ごし方は「自宅で家族と過ごす」が断トツ1位

クリスマスの過ごし方は「自宅で家族と過ごす」が断トツ1位

総計の1位は「自宅で家族と過ごす」で64%と断トツ。2位は「普段と変わりなく過ごす」で26%、3位は「1人で過ごす」で10%となりました。

■既婚者の7割以上が自宅で家族と過ごしている
「自宅で家族と過ごす」と答えた既婚者は76%と多く、未婚者が34%なのに対し2倍以上という結果になりました。

■60代以上はクリスマスに関心がない人も多い?
「普段と変わりなく過ごす」と答えたのは、30代以下は26%、40代、50代は24%でしたが、60代以上は30%と他の年代に比べ多かったのが特徴的でした。

■「子ども、孫と過ごす」という意見も
「その他」のフリーアンサーでは、「子どもの家に行く」というコメントがいくつかありました。子どもの家に遊びに行き、孫たちと一緒にクリスマスをお祝いしている人もいるようです。

「自宅で過ごす」が64%ですか! 皆さん、あまり外出はしないのですね、ふむふむ。今年は24日が三連休の最終日ですし、それまでに出かけてのんびり過ごすという方も多いのかもしれませんね。

アンケート実施日時:2012年12月7日〜12月13日/有効回答数:3,528

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https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

かみさんと二人きりで過ごす最後のクリスマスの夜。相も変わらず貧乏な僕は手紙を添えた小さなバラの花束を手に帰宅した。火の車の家計をやりくりしているかみさんは、それでも何とか手に入れたトリのもも肉をローストしてくれていた。僕にとってのクリスマスの御馳走は、小さな頃からもも肉のローストだということを覚えていてくれていて。嬉しかったなぁ。持ち手にトリコロールの紙を巻いてくれていた。身ごもっていたかみさんはグレープジュース。僕にはミニ缶のビールを一つ付けてくれた。あれから17年経って、子供が3人。貧乏人の子だくさんと言われれば仕方ないけれども、相変わらずの貧乏所帯をやりくりしてくれているかみさんに感謝。この季節になると、いつもこのときのクリスマスを思い出します。我が家は今でもトリのもも肉がクリスマスの最高の御馳走です。きっと、子供たちも受け継いで行くのだろうな。
52才 大分県 既婚 男性

とても温かいご家庭なんだろうな、と目に浮かぶようです…。今年も、来年も素敵なクリスマスになりますように!
調査団編集部: マリカナ団長

私の誕生日が24日(12月ではありません)。会社の遊び仲間の他の女性は全員誕生日パーティーをしたのに、私の時はスルー。当時仲間内のリーダー格の男性に冗談半分で文句を言ったら「じゃぁ、クリスマスの時に俺の家でやればいいんだろうが」と投げやりな態度。「おごってやるから、好きにしろ」と言われ、その言葉に本気でムカついた私は、有名店のケーキや食べ物を予約。彼の家に持ち込んだのですが、家に居るのは彼一人。「どういう事?!」と詰め寄ると「普通考えれば、クリスマスに会社の人間とパーティーとかするか?バカか」もう、怒りで「帰る!」と大騒ぎしていたら「全くよ〜」と私の前に小さな箱が突き出されました。その箱には私の誕生石のネックレスと指輪。ポカンとしていたら「お前、俺んとこ来いよ」とプロポーズされたのです。付き合ってもいないし、告白もされてない。でも、考えてみると「女子は残業なんてしないで帰れ」っていう人が私だけには「お前は女じゃないから付き合え」って残業一緒にしては、ご飯御馳走してくれて家族や学生時代の話、昔の恋愛話とか沢山聞かされてた…あれ、必死にアピールしてたんだ!!と思うと、もう可笑しくて。仲間内で「ジャイアン」と呼ばれる彼の精一杯のアプローチに、思わず「いいよ」で、次の年の秋に結婚、来年で20年になります。
47才 北海道 既婚 女性

きゃー、何ですか、このまるでドラマみたいなエピソード>///< わ、私もこんな恋がしたいです!!
調査団編集部: カワンヌ副団長

夏に体調を崩した夫が10月に入院、医師の「年は越せないかも」との内密の話に、覚悟の看病中12月20日のこと、朝からうつらうつらしていた夫が「クリスマスが近いだろう。新しいセーターでも見てこい。具合は大丈夫だ。夕方まで銀座にでも行ってこい」と。戸惑いと躊躇いを何度も目顔で促されて銀座へ。出がけに「明るい色が似合うぞ」とも。家族連れ恋人同士で賑わう銀座の雑踏は心底寂しかった。自分を励ましたくて、銀座三越で思い切ってセーターを買いました。身ごろにも背中にも、袖にまで華やかに花が刺しゅうされた紺地のセーターは、平素には無い贅沢な買い物でした。夫からは「よく似合うよ」と四月最後の日まで、何度も言われた「悲しくて嬉しかった」クリスマスプレゼントです。その後数年身に付けるのがつらかったそのセーター、今では寒くなると大切に着て十年以上にもなります。私の冬の晴れ着です。
75才 東京都 既婚 女性

涙で前が見えません(´;ω;`)
調査団編集部: マリカナ団長

30年ぐらい前に親が持ってきた本物のモミの木のクリスマスツリー。庭に植え替えられて今では庭で一番高い木に育った。
40才 三重県 既婚 男性

子供がまだ小学校に上がる前、サンタさん宛の手紙を書いてクリスマスイブの夜、枕元に置いていた。私は何とかサンタらしさを出そうと返事を英語、それもちゃんとした文章になっているかどうかかなり怪しい英語で書いてプレゼントと一緒に添えたら「本物のサンタさんからお返事が来た」と大喜び。そこまでは良かったが、幼稚園にその手紙を持って行って先生たちにまで大威張りで見せて回ったらしい。あぁ、あんないい加減な英文を見られたかと思うと恥ずかしい。
46才 千葉県 既婚 男性

そんなにシリアスな思い出ではありませんが、オーストラリア留学中向こうで知り合ったオーストラリア女性がクリスマスに電話をくれて、「クリスマスに一人ぼっちなんて気の毒でたまらない。私一人だけでも気の毒に思っているオーストラリア人がいるとしってほしくて」とのこと。よくよく聞いてみれば、ご主人から高価なプレゼントをもらったのに自慢できる相手がいないため、私に電話しただけのこと。さんざん自慢して「バーイ、ビーハッピー」だって。
71才 東京都 既婚 女性

仕事が忙しくストレスをためながら帰ってきたら彼がクリスマスの準備を整えて花束とタキシードで迎えてくれた。大泣きをした。

クリスマス直前に子どもを叱りました。その年のサンタさんからのプレゼントはなし!その代り、サンタさんからのお叱りの手紙が…それを読んで息子も反省した様子。でも、息子の落ち込んだ姿を見た私も、大人気なかったと反省…。なので大みそかにプレゼントを届けました。息子は、サンタさんがお休みなのに来てくれた!!と大感激。それ以来、イブの日は、サンタさんにココアやお菓子、ワインまで用意してベッドに入ります。
43才 兵庫県 既婚 女性

学生時代にバイト先の友人ら4人くらいで飲んだ時のこと。酔っ払った帰りに駅前にあった大きなクリスマリツリーが目に入ってしまい…。飾りという飾りをあらかた取ってしまった。翌日自分の部屋にはクリスマスの飾りがいっぱい。そして駅前のツリーはただの木になっていました。あの頃はイルミネーションなんてなかったので…・。今思えば申し訳ないことをしたと思います。
45才 埼玉県 既婚 男性

結婚式をクリスマスイブに挙げた。友人から「家族を捨てておまえの結婚式に参列している」と言われた。
50才 千葉県 既婚 男性

うちの子供たちは、かなり大きくなるまでサンタを信じていましたが、近所の悪ガキから「サンタなんていない。その証拠に、うちには来たことがない」と大声で喚かれ、戸惑っていたように見えました。ところが、その子が帰った後に「かわいそうに。あの子はサンタが来ないほど悪い子だったのね」と大真面目に同情していたので、あまりにもほほえましくて笑ってしまいました。
54才 石川県 既婚 女性

クリスマスプレゼントの相談を受け、てっきり、自分へのプレゼントと思って、24日まで、浮き浮きしていた自分のアホサかげん。
58才 千葉県 未婚 男性

わたしの幼いときはあまり裕福ではなかったのですが、おふくろや、親父が精一杯のことをしてくれたことに今では感謝感謝の気持ちでいっぱいです。幼い時にこま回しがはやり親父が鉄の喧嘩ゴマを買ってきてくれたのを、今でも鮮明に覚えています。そのこまを自慢げにかんぶたの上に乗せ走り回ったり、たらいの中で回しこま同士喧嘩させたことを今でも脳裏から離れません。
73才 大阪府 既婚 男性

1ヶ月前から予約して手に入れたクリスマスケーキを受け取って、いざ家に帰ろうとしたところ、お店から数歩離れたところでいきなり箱の底が抜けました。地面に無残に落ちたケーキを見る、お店の人やすれ違う人たちの顔が忘れられません。
40才 千葉県 未婚 女性

子どもも巣立ってしまい、クリスマスだからといってパーティをすることもなくなった近年。チキンも混雑の中を買いに行ってまで食べようとも思わない年齢となり、昨年は夫婦2人でちょっと価格帯が高めの回転寿司店に行ったところ、次々と年配の男女2人連れが入店してきて、店中『老カップル』だらけとなり、「みな考えることは同じなのねぇ」と、おかしくなりました。
52才 福岡県 既婚 女性

我が家の子供たち(男2人兄弟)がサンタを疑い出したのは…プレゼントに「トランシーバー」を希望したのに、朝起きてみたら、枕元に手作りの「糸電話」があったから…
56才 埼玉県 既婚 男性

小学校1年のクリスマス、滅多に家族サービスをしなかった父親がドライアイスの入ったアイスケーキを買ってきてくれました。ドライアイスを見るのも初めて、アイスケーキを見るのも食べるのも初めて、そして父親の意外な側面を見るのも初めてでした。本当は優しかったのですね。「お父さん!」でもその父親も亡くなってから今年で三十三年になります。
50才 愛知県 既婚 男性

社会人になった頃は、まだクリスマスは街に繰り出してどんちゃん騒ぎの時代傾向が残っていた。(クリスマスは飲み会で、紙の三角(円錐形)帽子をかぶった酔っぱらいが群れをなす時代があったなんて、ホームパーティー世代の若い人は知りませんよね。)スナック等で、パーティ券をよく買わされたけれど、こういう行動様式が好きではなかったので、大体行かずにすっぽかし。その後あるスナックに云ったら、高さ1mほどの大きなぬいぐるみの招き猫をプレゼントされ、捨てることもできずやむなく家に持ち帰ったけれど、家族の???の説明だけは困った。(まるっきりバツゲームみたいだった。)
62才 群馬県 未婚 男性

薬学部大学院生時代、クリスマスイブの夜、1人研究室で、ラットとにらめっこ。。。ラット脱走!!!!捕まえるのに必死で、クリスマスイブの24時は過ぎました。。。笑
28才 東京都 未婚 女性

昔の家に暖炉があったが、ある年のクリスマスに風来坊の叔父が、サンタのフリをして煙突から入ろうとして身体が抜けなくなり、消防署の方に助けに来ていただいたことを想い出す。その時消防士の方にえらく怒られ煙突も暖炉も壊れしばらく使えず寒い新年を迎えた。新年あけて出初式の時に、お詫びとお礼を兼ねて父が樽酒を贈ったことを想い出す。
56才 東京都 未婚 女性

私が小学校6年の時、父が入院してて、母は看病で、家族全員精神的にも経済的にもとても大変な時でした「クリスマスなんて…」と妹と諦めていましたが、24日の夕方、病院の帰り、母が突然、洋食屋さん(ファミレスではない)に連れて行ってくれて「今日はここで好きなものをいっぱい食べなさい」と言われました。その時食べたチーズハンバーグ、本当においしかったなぁ…。今でも忘れることのできない、最高のクリスマスプレゼントです。
47才 東京都 既婚 男性

学生時代の寮生活でPさんという行事があり、寮の全員の誰かが誰かに3日間匿名で親切を尽くすというもの。3日間が終わると全員が集まり「私のPさんだ〜れだ?」と皆の前で呼びかけ「は〜い私でした。」と手作りのプレゼントをもって名乗りを上げるというもの。3日間気づかれないようにしたり、誰だろうとドキドキしたり、楽しい行事でした。
47才 京都府 既婚 女性

私も、双子の子供にサンタさん役をしていました。子供が小3の頃いつものように枕元へプレゼントを置きに行ったところ、子供が起きてしまいました。偶然その日、私は妻の赤いパジャマズボンを履いていたので、翌朝「サンタさんを見た!!」と大騒ぎでした。高1になった今でも、伝説の笑い話になっています。
48才 奈良県 既婚 男性

当時、東京でSEをしていた時、クリスマスに寮で一人寝込んでいた社員がいました。2〜3日経ってもよくならないのは知ってましたが、ちょうど、クリスマスが土曜日で、別の人と部屋で一緒にすきやきでもやろうかと準備した時に、前述の人が起きてきてやっと熱が下がったとのことで、腹が減ってるだろうから一緒にすきやき食べようと誘いました。本当はおじやのほうがよかったのかもしれませんが。。。すきやき+残り汁で雑炊にしました。彼は、しっかり食べて全快し、その後、今までで一番おいしかった食べ物はと他人から聞かれると「人生で一番おいしかったのは、あのすきやきだ」と言ってくれます。材料は有り合わせでしたし、肉も普通のものでしたが、喜んでくれて幸いでした。
53才 千葉県 未婚 男性

小学校高学年の時、サンタさんに風景写真のテレホンカードをお願いしたのですが、枕元にあったのは営業で配られたと思われる某車メーカーの広告テレホンカードでした。父には「使えれば何でもいいだろ!」と怒鳴られ、色々なショックが重なって大泣きしたのを今でも覚えています。
33才 秋田県 未婚 女性

学生の時友人が彼女との初めてのクリスマスプレゼントを高価な物をあげるべく、休みなしでバイトを入れてた頃、その友人の彼女から「クリスマス前に彼と別れたい」と相談を受け両者の板挟みになり、独り身の自分のクリスマスの心配より友人たちの恋模様が気になっていました。
40才 青森県 既婚 男性

年齢は忘れたが、サンタが来るから靴下を持って寝るようにと執拗に迫る母に私は反抗して要らないと言い続けた。深夜、早く寝るよう注意しに来た母が、「ハイ靴下」と言って差し出したのはプレゼントの方だった。翌年から、クリスマスの話題は出なくなった。
48才 京都府 未婚 男性

児童館でサンタクロースの役を頼まれた時のことなんですが、3歳以下の子供たちにはプレゼントあげようとしたら怖がられて泣かれちゃった。喜んだのはお母様方だけ。綺麗なお母さんがいてね恋をしたくなっちゃったこともありましたよ。それから、小学生相手となると状況は一変する。「サンタさんは何できたの?」って聞くから「ソリできたんだよ」って答えたら「見に行こうよ」って言うんですよ。シャラクセェじゃないですか。悔しいからね外へ出てから言ってやったよ「駐車違反で連れて行かれちゃったみてえだ」ってね。
70才 東京都 既婚 男性

我が娘が小学校3年生の時、朝方悲しい悲鳴が〜〜〜。夫婦で飛んでいくと泣いている。「サンタさんのお礼に手作りのお人形、持って行ってくれなかった〜〜」。暗闇なので夫は気が付かなかったとのことでした。ジャンジャン。
70才 愛知県 既婚 女性

小さい頃、毎年、父親がお菓子の入った長靴を買ってきてくれたのでした。入っていたお菓子はとってもうれしかったけど。その他に、その厚紙で出来ていた長靴を履いて家の中を歩き回るのが楽しみの一つだったのでしたが…・ある年、それが履けなくなったのだ。「えっ!なんでっっっ?」そうなんです成長して、足が大きくなりサイズ?が合わなくなりました。泣きはしませんでしたが、子供心にとても悲しく感じた。良い思い出の出来事でした。

医師をしているが、クリスマスの頃になると、寒さがきつくなることも関係するのかもしれないが、亡くなる患者さんが増えます。クリスマスの楽しい家庭と亡くなられた家族の悲しさの両方を一挙に味わう複雑な時期に遭遇します
47才 兵庫県 既婚 男性

クリスチャンの友人とキャンドルを持って駅前で聖歌を歌い、病院にも慰問。浮かれている自分が恥ずかしくなった。クリスマスを自宅で過ごせない子供がいる事を知り切なかった。それ以来クリスマスは静かに過ごすようになった。
33才 東京都 既婚 女性

付き合っていた人と、クリスマスにデートした帰りに教会から流れる歌声に誘われて入りましたが、とてもいい雰囲気だったのに、彼につまらないと言われ、ガッカリしたのと感性が違うと思い別れました。
60才 兵庫県 未婚 女性

*物心つかないうちに横浜より高崎へ疎開して、父方の祖母と同居しましたが、恐い祖母で母も私も委縮していました。小学校4年のクリスマスの朝、目が覚めると枕元に純毛で織ったローズ色のスカーフがプレゼントされていました。(祖母より)と…。*クリスマスツリーを飾るために大切に育てていたもみの木の鉢と姫林檎の鉢が、クリスマス間近に盗まれてしまいました。丹精していた亡母のがっかりした顔が忘れられません。
69才 群馬県 既婚 女性

雪が降り出してホワイトクリスマスだと喜んでいたら、停電になるくらいの大雪になり、仕事帰り自宅まで歩いて帰ったうえに、停電でレンジが使えず出された夕食はガスでできるカレーでした。
50才 宮城県 未婚 女性

大学時代(80年代初頭)にサークルのクリスマスパーティと称するコンパが毎年あった。これは正装必須のものだったが、就活前に親にスーツを買ってと負担を願うわけにもいかず(決して貧乏ではないがそんなことで負担をかけたくなかったので)高校の制服の上着(ブレザー)を来ていった。紺色だし気付かないよね、と内心ドキドキで参加した。わかる人にはバレていたんだろうけど。あとでその集合写真を親に見られてしまって、親も察したのか何も言わず、親の有難味を感じた。18〜19歳の頃の苦い思い出です。
51才 宮城県 未婚 男性

イルミネーションの写真を撮ろうと1人で一眼レフを構えていると、シャッターを押してもらうよう複数のカップルから頼まれ、自分の写真を撮るどころではなかったこと。
42才 北海道 未婚 男性

わが青春時代にはその時期になるとクリスマスパーティ(ダンスパーティ)を自分達の手で企画し開催する事が流行っていた。ある年の事、私はその時期に盲腸を患い入院していたのだが、悪童が私をパーティに誘い出し、私も遂、尻馬に乗せられて病院には内緒でこっそりと抜け出しパーティに出かけた。ベットの布団にはいかにも私が寝ているかの様に中央を枕などで膨らませいざ出陣!会場ではお目当ての彼女も参加して居たまでは良かったが、他の男と親しげに話しているのを見て嫉妬と術後5日目のために、お腹が痛くなり病院に戻ったもの看護婦さん(当時の呼称)に抜け出した事を見破られ、しっかりと大目玉。正しく、その日は「苦しみます」の夜だった。
72才 北海道 既婚 男性

クリスマスを前に彼女がやけに優しくなった。あぁ、これは高いプレゼントをおねだりするつもりだな?と思ったら、婚約指輪が欲しいと言われた。
49才 北海道 既婚 男性

サンタクロースがいくら待っても来なかった小学生のときの衝撃は今でも忘れられない。貧乏人の家には来ないのだと知らされたとき。
64才 高知県 未婚 男性

大学時代、サークルのクリスマスコンパでプレゼント交換のイベントが企画された。私は、インスタントラーメンを大量に買い、それを大きな箱に詰め、いかにもクリスマスプレゼントっぽく綺麗に包装しリボンを付けものをプレゼントとして用意した。コンパ当日、プレゼントはクジによってもらう人が決まり、もらった人はその場で開封し中身をメンバーに披露することになった。私の用意したプレゼントが当たった女性がプレゼントを披露するとプレゼントの外見と中身のギャップからか、結構笑いが取れ、私としては満足であったのだが、ふとその女性の顔を見ると、かなり微妙な表情で不満な様子であったため、少し悪いことをしたかな、と感じた。
45才 愛知県 既婚 男性

クリスマス一色で誕生日ケーキが手に入らない時期があって、子供に誕生日ケーキを食べさせてあげられなかった。
58才 京都府 既婚 女性

高校二年生のころは下宿生だったので、華やかなクリスマスとは無縁だった。今のように友達同士でクリスマスパーティーということもなかったし。それでも少しは気分に浸ろうと思い、24日は前から欲しかった本(安野光雅の「空想工房」だったと思う)を買い、お気に入りの喫茶店に立ち寄り珈琲を頼んだ。そこはジャズ喫茶だったので、マイルス・デイヴィスの「バグズ・グルーブ」をリクエスト。クリスマスに録音された歴史的名盤に耳を傾けていた17歳ってどうよ?今にして思えば噴飯ものなのですが、当時の自分は最高の贅沢をしている気分だった。
50才 北海道 既婚 男性

4から5歳のとき米軍駐留部隊が、列車からクリスマスプレゼントを投下してくれたこと。
71才 北海道 既婚 男性

大学4年生のクリスマス、バイト先の男友達と一緒に横浜にドライブに行きました。二人とも秋にそれぞれの相手から振られ、クリスマスどうしよう…と思っており、傷ついた心で一人でいるのは耐えられなかったので、振られた者同士でその日だけ恋人ごっこしました。元町で買ってもらった可愛いブローチ、まだとってあります。いい思い出です。
48才 東京都 未婚 女性

中3 高3の娘がいますが、未だにサンタさんは存在すると思い込ましているのは良いですが、サンタさんに手紙を書きます。品物を探し値段を調べてビックリ。しかし用意をせねば。私からのプレゼントと毎年計4つのプレゼント、その上お誕生日も11月12月、少しすればお正月、年末はイベントに出費が多いです。友達はサンタさんは存在しない、お母さんが置いてると言ってるが、私の娘たちは毎年来てくれるし、ママはお金無いし買えるわけ無いし、存在すると言ってます。大人になった時の思い出として今迄来ましたが、サンタさんのプレゼントがだんだん高価になっていくので辛いです。
45才 奈良県 既婚 女性

山下達郎という名前を毎年忘れて、「クリスマス男」と言って、ファンの後輩に叱られる。
48才 東京都 未婚 男性

仙台で大学で一人暮らししていたときのことです。クリスマスの1、2日前がちょうど土日で友人たちが遊びにきて、光のページェントなどの観光をし、ちょっと早いけどと言いつつ、ケーキやフライドチキンを買い込んで部屋でささやかなパーティをしました。24日は、ライブの予定でいました。2日目(23日)の朝、実家から電話があり、その日の朝に祖父が亡くなったとの知らせがありました。通夜は24日。友人たちを送ってから、数日をかけて食べるようにと買い込んだフライドチキンをできるだけおなかに詰め込んで、24日に祖父宅へ行きました。ちょうどライブの時間、ライブに着ていくつもりだった黒いワンピースを着てお経を聞いておりました。祖父が亡くなったのが悲しいのか、ライブに行けなかったのが悲しいのかぐちゃぐちゃに混乱していたのを覚えています。
42才 茨城県 未婚 女性

小学校低学年の頃、近所の友達を呼んでクリスマスパーティー。ツリーを飾り、ケーキに蝋燭をたてて火をつけた時、その火がツリーに引火して燃え上がった。すぐに消し止めたけれど、そのあとの記憶がない。
54才 大阪府 既婚 男性