スマホや携帯がなかった時代、不便だったことランキング

スマホや携帯がなかった時代、不便だったことランキング

スマホや携帯がなかった時代、不便だったことランキング

1位は「待ち合わせで遅刻しそうな時や緊急時、連絡ができない」で67%、2位は「待ち合わせでなかなかその人が見つからない」で45%、3位は「電話をする時、自宅にかけなければならない」で28%でした。

■女性は長電話ができないのがつらかった?
男女別で見ると、女性は男性に比べ「電話が1つしかないので、長電話がしづらかった」「自宅の電話なので、電話代が自宅について怒られた」などの長電話に関する選択肢の回答率が高くなっているのが特徴的でした。

年代別で見ると、「情報を調べられない」や「暇をつぶすことができない」は若い世代の方が多いですね。私も道に迷いやすいので、道を検索できないのはつらかったなぁ…

アンケート実施日時:2014年2月28日〜2014年3月6日/有効回答数:5,007

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https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

多分他の人も書いているだろうけど、学生の頃の好きな人に電話するのに家族が出たりとかのドキドキは忘れられない。連絡網に書いてある好きな人の電話番号とか覚えたりとか、今思えばストーカーですね(笑)でも今の学校はプライバシーとかで自分の前後しか番号を教えてもらえないらしい。あのドキドキはもう味わえないみたい(´・ω・`)
25才 群馬県 未婚 女性

電話に親が出ちゃうのはあるあるですよね! 昔は好きな人に連絡とるのもハードル高かったんだなぁ。今はちょっとメールすれば本人にすぐ連絡とれちゃうし、簡単にアタックできるようになったものですね!笑
調査団編集部: カワンヌ副団長

連絡が取りにくいので、約束の時間に間に合わそうという気持ちが必要だったし。そういう気持ちになることが大事だった。いま携帯電話やスマホをみんなが持つようになり、時間にルーズになったり、いわゆるずぼらになったと思う。情報もなんでもすぐに手に入り、便利になったが、悪いうわさや風評も世間にすぐに広まり、それが固定観念になってしまうことが残念。もう少し携帯電話やスマホの使い方を間違った方向にいかないように、努力する必要もあると思う。
42才 京都府 未婚 男性

そうですよね、私もとにかくその時間に遅れたら会えない、っていう強迫観念(笑)で何としてもその時間に行く! ってがんばってました。今もそういう気持ちでいたいですけど、やはりそれほどの強迫観念はなくなってしまっているなぁと感じます(´・ω・`)
調査団編集部: マリカナ団長

あったらあったで便利なスマホ(携帯)ですが、なければないでなんとか過ごしていたと思います。今は便利さを感じるからあった方がいいと思えますが、無くても待ち合わせはできるし、連絡だって家に電話があればできたし、話がしたければ地元の友人なら家の近所まで会いに行ったりしてました。今はスマホ(携帯)に頼りすぎてますよね。とか言いながら、今は家族との連絡に欠かせないものなのでスマホを忘れると不安になります(笑)仕事や子供の学校からの帰るコールに毎日使用していますので。
47才 神奈川県 既婚 女性

私は高校生のときから携帯電話を持っていたので、もうスマホや携帯なしの生活なんて考えられないなぁ。でもそんなものなくったって、ちゃんと過ごせる人でいたいですよね!('>ω<`)
調査団編集部: カワンヌ副団長

アナログな工夫をしなくなったのは、発想や行動力の向上を考えると、人間にとってはむしろ退化のような気がします。駅の伝言板の活用、事前のコンタクト、資料の整理と活用、いろいろありますが、今は「スマホが使えなくなった!」というだけで大パニック。だからなんだと思います。一時的に連絡がつかないくらいで右往左往するのは、弱さの証ですし、そんな状況に対応できないのは退化の証でしょう。
44才 東京都 未婚 男性

スマホや携帯は基本的には好きではない。こんなものが無い時代の方がのんびりしていたし、ふりまわされずにすんだと思う。いちばん腹立たしいのは、車を運転しながら電話しているヤツ! 以前、ベビーカーを押しながら横断歩道を歩いていて、車に轢かれそうになった相手が運転席で携帯をしていた。以来、車で携帯・スマホをしている人間をみたら、憎しみのビームを送っている(笑)。
44才 岡山県 既婚 女性

家族でも恋人でも友達でも、「連絡のつかないときがある」のがあたりまえでしたよね。不便なようですが、そう思えば納得できることも多く、心穏やかに暮らせていたように思います。いまのように「連絡はつくはずだ」という前提のもとに人間関係がなりたっているのは、便利なようでそうではないのではないでしょうか。ラインのように、既読までわかってしまうと、無為の行為=メッセージを返さないことさえ、ものすごく大きな意味をもってしまう。心配することもうっとうしいことも増えている気がします。
52才 東京都 既婚 女性

スマホや携帯が普及して、確かに待ち合わせに遅れても連絡は取りやすくなったし、何でも直ぐ調べられて便利になったけど、スマホや携帯がなかった時の方が気が楽だったなぁって思うこと良くあります。今はメールも電話も24時間ひっきりなしに来て、ちょっと答えるのが遅くなると催促され、常に仕事に追っかけられているという感じがしてしまいます。まあ、そんな状況に対してささやかに抵抗するため、スマホの充電をワザと忘れて週末放置したりしているんですが(笑)
47才 東京都 既婚 男性

やっぱり待ち合わせ時間になっても会えなかった時は心配ばかりしていましたが、その分打ち合わせをしっかりしたり、余裕時間を持って家を出たり、決めた時刻はきちんと守るといった「お互いへの信頼性」はもっと強固だったような気がします。今は「ちょっと予定と変わっちゃったけど連絡すればまあいいや」どころか連絡すらしてこないというナアナアな人たちが増えたような…。
42才 埼玉県 未婚 男性

昔は、交換日記や手紙を渡す、靴箱などに忍ばせるなどの時、ドキドキ感を味わったことが懐かしいです。今は、クリック一つで何でも発信されてしまい、相手に届くので、ドキドキ感はなく、逆に、リターンが遅いと、イライラ感が心を占めてしまいます。これって、やはり、人間性の変化に悪影響をもたらしているかもと思うと、いろいろ心配が増えます。

20代前半なので携帯電話はもう小学生の時からありましたが、今テレビ番組とかを見ていると、子ども(4〜5歳くらい)のおつかいとかでも携帯を持たせていたりしますよね。さすがに私が4〜5歳の頃は携帯がなかったので、はじめて一人でおつかいをする時は母親がずーっと後ろから見ていました。おつかい先も自宅からまっすぐの坂を下ったところにある雑貨屋(ずっと見ていられるから)。今となってはおつかいをさせることすら危ない世の中になってしまいましたが……それはある意味、携帯電話などが普及したせいなのかもな、と思います。
24才 神奈川県 既婚 女性

電話は家に一台で玄関かリビングにある、のが平均的な頃に中高生時代を過ごしたので、友達の家に電話をかけるというのは一大事でした。ふだんは名前を呼び捨ての仲良しの子でも、家に電話をする時には「○○さんは御在宅でしょうか」など失礼のないように呼んで取り次いでもらうなど、ドキドキした記憶があります。簡単に本人と繋がる今そうしたことを思い出すと、ちょっとくすぐったいような懐かしい気持ちになります。
50才 神奈川県 既婚 女性

私達世代の若かりし頃は、彼女との連絡手段はもっぱら自宅固定電話=「家電(いえでん)」でしたよね。なので、彼女と取りついでもらうためには「お母さん」「お父さん」の壁を越えねばなりません。私の友人の中には、彼女の頑固親父の分厚い壁に泣かされていたヤツもいましたが(笑)。幸い私自身は付き合った彼女の親御さんにウケが良かったようで、連絡を取るのに支障はあまり無かったですけどね。しかしよく考えてみると、こういう環境って親にとってはおのずと我が子の交友関係を把握出来る状態だったんですよね。今となっては、携帯端末を持っていれば直接連絡が取りあえるわけですから、親の目が届かない世界が広がってしまったわけで。。。そういう意味では、子を持つ親には怖い世の中になったものですよね。
45才 埼玉県 既婚 男性

行動の計画性について。今より昔の方がしっかり立ててから行動していたように思う。たとえば、旅行やドライブの時。昔は必ず「○○時に集合」とか「○○まで移動して休憩」とか、最初にしっかりとしたプランを立ててから動いていたのに、今は大体のルートさえ決まれば後はその時々に携帯で連絡を取りながら行き当たりばったりで決めることが多くなったと思う。
42才 山形県 未婚 男性

映画館など、マナーモードの必要性を訴える事もなく静かだった。便利ではあるけれど、注意が散漫して危険だなと思う時が結構ある。運転中のみならず、歩行時にもすべきではない。喫煙と同じくらい条例で取り締まっても良いくらいだと思う。当時は当時で「なかった」ものなので、大変ではなく、それが当たり前であった。ある意味、今の電車の風景はちょっと怖いと思う時もある。(自分も含めて)
41才 東京都 未婚 男性

いわゆるネットというものに触れたのはJUNETの時代。ネットの利便性を享受するには、ネットの仕組みを学ばないといけない(初心者に全然優しくない)上に、すべての発言は所属機関と本人の実名を露わにしてのものだったので、発言に責任が伴い、品位のある電子空間でした。現在の、スキマ時間のみならず信号を渡っているときも人と会話しているときもずっといじり続けて依存するような使い方は、あの時代にはなかったものなのです。
44才 東京都 既婚 女性

番組制作の仕事をしています。1日のロケで朝から7〜8軒を撮影しながら回るのですが、1軒に掛かる時間が読めないもしくは大幅にずれる事が多々あり、2番目以降にお邪魔するお宅なりお店なりに多大なご迷惑を掛ける事がしばしば。それが移動しながら小刻みに連絡が取れるので、先方にご迷惑を掛ける事がほとんどなくなりました。ロケに行ったのに先方が忘れていたり、準備ができていなかったり、お願いしておいた人が来なかったりと、先方の様々な理由で遅れる事、または順番の入れ替え等々が頻繁に起こり、非常に心苦しかったのですが、携帯のお陰で番組の内容に専念する事ができるようになりました。
61才 愛知県 既婚 男性

私は趣味のウェブサイトを持っていて、時たま問い合わせが来る。意外と多くが腹の立つメールだ。「何々をしたいのですが、出来ますか?」のような1行メール。本名どころか、ハンドルネームさえも書いていない。「初めまして。何々と申しますが、これこれについてお尋ねしたいのですが」くらい、書けよっ!短文の携帯メールしか打った事の無いお子様、もしくはお子様だった大人だ。(子供かと思ったら、会ってみると20代の社会人だったりする)ちっ、と腹を立てつつも、「ご連絡ありがとうございます。これこれについてご説明いたしますと」と返事を書いている。また、携帯電話しか使っていないお子様は、電話の掛け方も知らない。高校生の息子へかかってきた友人の電話でも、「何々です」と自分の名前だけ。おい、それで?「クラスメイトの何々と申しますが、太郎くんはご在宅ですか?」くらい、言えよっ! 高校生だろっ!…コミュニケーション能力が低すぎる。携帯電話が与えた便利さは大きいが、弊害として他者に対する想像力が低すぎる。こう書いたら、答えたら、相手がどう受け取るのか、想像できないのか。
49才 栃木県 既婚 女性

なんといっても恋愛を含めて男女の関係でしょう。大変だったのかどうか当時はそれが当たり前で気にならなかったんですが。固定電話というか、電話。彼女と話したくても、向こうのお父さんが出て「君、〇〇の何なんだ?」とか「いないよ」←ウソ、とか。恋愛の告白がメールだなんて信じられません。会って直接、ズトんと告白。もしくはラブレター。大変だったし、いいこともあったように思います。どれも「即」ではないですから、準備して、ワクワクして時間が過ぎて行くのが感じられて。私の場合はほとんど撃沈でしたが。好きな人と言葉を交わすのが週末のうち一日だけなんて、今から考えたらいつも新鮮ですね。「想いがつのる」時代でした。

結婚して社宅に住んでいて家電が無かった時の話です。高校時代の仲間と飲みに行きお開きの後そのうちの1人が「うちへ来て飲みなおさないか!」と誘われて行き、おまけに図々しく泊めてもらいました。まあそこまでは良かったのですが住まいには電話がないので連絡できず。でもよくよく考えれば私の実家(社宅から歩いて行ける範囲)には電話が有り妻は実家へ私からの連絡確認を何回か入れました。翌日何気ない顔つきで帰ったら妻はかなり心配していたようでドアを開けた瞬間に泣きつかれたことを覚えています。そして私も妻に言われて「ああそういう連絡方法があったな」と思いました。その当時は結婚1〜2年目だったのでそれで済みましたがもし今の歳で同じようなことになったらおそらく家に入れてもらえなくなると思います。
63才 東京都 既婚 男性

20年程前のことです。夫と遠距離恋愛中だった頃、海外出張先から帰国する日が休日だったので、せめて夕食でも一緒に食べようと、空港で待つこと2時間以上。その日はたまたまダブルブッキングでファーストクラスで帰国するとの事、きっと一番先に出てくるはず…が、しかし。結局会えないまま、翌日も仕事があったため伊丹から新大阪までタクシーを飛ばして、最終の新幹線で帰宅。現在ならありえないシチュエーションです。せつなくも甘い、いい思い出ですけどね。
49才 兵庫県 既婚 女性

よく複数の車でつるんでキャンプに行くのですが、昔はアマチュア無線を使っていました。空いている周波数を探して、コールサインを呼び合って少しずつ話していました。資格も申請も必要で、特別な道具を持っているという優越感がありました。そもそも通話料タダですし。災害時に携帯電話が使えないときがありましたが、無線があれば…と、正直思いました。その携帯電話の普及でもう機器は捨ててしまいました。
52才 埼玉県 既婚 男性

昔は一回外出すれば「自由」が基本だったのに。携帯を持ってからは映画を観ていようが図書館にいようが、まず「なんで出なかったよ(怒)!」って怒られるようになりました。。携帯を持って出ないと、「なんで持って行かんよ!?携帯の意味ないじゃん!!」てもっと怒られるし…。それが。皆段々私と同じような(縛られている感)を経験をするみたいで、経験後はだいぶ「縛り」は楽になりました。良かったです。
48才 静岡県 既婚 女性

台風・大雨等で電車が不通になってしまい駅で足止めされてしまったとき、連絡を入れようとしたら6〜7台あった公衆電話には長蛇の列が出来ていた。順番待ちの時間に呆然となった。できるだけ早く連絡を入れたかったので、風雨の強い中、駅を出て近所の公衆電話を探したら、電話だけが濡れないようになっている公衆電話を見つけたが、そこですら4〜5人の順番待ち。その公衆電話でやっと電話連絡が出来たが、代わりに自分はずぶ濡れになっていた。冬でなく、晩夏であったのがせめてもの救いだった。その日は電車が不通となってしまい、運航が再開したのは夕方だった。その日の予定はすべてキャンセルになってしまった。今から20年以上前の話。
42才 静岡県 未婚 女性

人と待ち合わせの時、電車が遅れたり、遅れる理由がわからず喧嘩になったことがある。駅の伝言板に書いても、相手が読まなかったら意味ないし、公衆電話を探すのも大変だったし、今は考えられない苦労をしてきた。しかし、今は公衆電話は汚くて触りたくないし、ボックスは暑いし、携帯電話が手軽で便利な世の中になったもんだ…とつくづく思う。
63才 大阪府 既婚 女性

10数年前に携帯そのものはあったが自分は持っていなかった頃、自衛隊機が墜落して送電線を切断してしまい関東一円に停電被害をもたらせた時、泊まり勤務の出勤中に電車が止まってしまい、連絡が取れずに苦労した。それを機に携帯を持つようになった。その時のパイロットさんは住宅地を避け河川敷へ墜落させようと最後まで頑張って脱出せずに命を落としたという話を聞いた時、涙が止まらなかった。。
55才 埼玉県 未婚 男性

阪神大震災の日、職場が徒歩圏内だった私は、あんな大規模な災害とは知らぬまま普段どおり出勤した。着いた職場には誰もいなくて、しばらくすると電話があちこちで鳴り始めた。受話器を取ると、「やっと公衆電話の順番が回ってきた。今は〇〇駅まで来ました。この先電車は動いていません。」と皆が皆、開口一番に言っていた。あの頃は、携帯電話はそんなに普及してなかったんですよね。ちなみに数年後に発生した大雪の時からは、携帯電話から連絡が入るようになりました。
57才 大阪府 未婚 女性

我が家は 父が倒れてしまい入院したので 家族全員 病院からと家族からと緊急に連絡できるように購入しました。もし 携帯がなかったら 誰か家にいなくてはならないし、もしもの時の連絡が出来ないので 外出も ままならなかったと思います。あれから16年 父は昨年他界しましたが 82歳の母は 携帯でメールや写真などの機能も使いこなし 同年代の方にビックリされるそうです。(他の方は電話のみみたいで…(笑)) 母は 鼻高々〜♪(笑)
49才 埼玉県 既婚 女性

連絡しようと思えばいつでも連絡できることが常識をなって以来、人への感情の伝え方をどうするか?ということに時間を費やさなくなってしまっている気がします。それがどういうことかと、問われると難しいのですが、頭の中でいろいろ思いを馳せて相手からどう思われるか、とか どう語れば想いを正確に伝えられるか、といったことを熟慮しなくなっている時があるかも知れないと感じています…リアルタイムがすべて、それが「ありのままだから、いいんだ!」と思い込んでいる場合があったような気がします。しかし、頭によぎったことをそのまま伝えることが自分の求める伝達の仕方でない場合もままあります…もっとじっくり頭を冷やしてからの自分の言葉を伝えるべきだった、という思いはいくつもありますね…抽象的ですみません。
53才 千葉県 既婚 男性

兎に角相手と簡単に連絡がとれなかったことが大変だったことです。しかしそれが逆に多くの人生の悲喜劇が生まれ、また多くのドラマが生まれたと思っています。悪いことばかりでなく簡単に会えなくてむしろ燃え上がる恋もあったでしょうし、連絡が取れなくて何時間も相手が待っていたとき、その気持ちが愛おしくて実った恋もあります。今はすぐ連絡出来るので「待てど暮らせど来ぬ人」をひっそり待つなんて、そんな1情緒的なものは、完全に死滅です。
83才 北海道 既婚 男性

異性の友人に電話するとき、はじめに電話を取るのが両親のいずれかだったので、こちらの電話の対応やマナーがその場で評価された(と思う)。「こいつなら、我が子の友達として安心」とか「こんなやつとつきあうな」と子供に言っていただろうとも思う。こちらはド緊張状態だったけど、親にしてみれば良い判断材料になっていたのではなかろうか。高評価をもらったときなら、家に遊びに行くことにも抵抗なく受け入れてもらえることもあるが、低評価なら露骨にいやな顔をされる。ずっと後になった今から思うと、それが道を逸れそうになったときの歯止めになっていたのは間違いない。
51才 広島県 未婚 男性

逆パターンですが、僕が中学生の頃にクラス全員が仲が良く、そして「はじけちゃってる」クラスでした。全員で授業をさぼっちゃったりするようなクラスだったんで、その当時の友人と「あの頃、携帯電話が無くって本当に良かったよね。携帯なんて持ってたら、毎日がどうなっていたか分からないよね」なんて笑い話になります。う〜ん、あの頃みんなが携帯持ってたら、寝る暇無かっただろうな〜 (^^;
49才 長野県 既婚 男性

カミサンと付き合っていた時の話。私が仕事の研修で地方の工場へ数か月行くことになり、連絡は夜、時間を決めてすることにしました。社宅に電話はなく、一番近くの公衆電話ボックスまで歩いて20分!雨でも寒くても、彼女の声が聞きたい一心で暗い夜道をてくてく歩き、ボックス入っていそいそとボタンをプッシュ(その時カミサンは電話前でスタンバッてたとのこと)そして声を聞けてホッ…しかし幸せな時間は長くは続かない。その頃の電話代は意外と高かったので、テレホンカードの残度数とにらめっこしながらの電話でした。最後は次、いつ電話するか連絡時間決めて切る…今では思い出ですが、あのときはその電話で辛い研修を乗り越えてた気がします。
48才 東京都 既婚 男性

ガールフレンドに電話をかけるにしても、話が筒抜けになってしまうので自宅の電話は使いにくかった。そのために、テレフォンカードを手に近くの公衆電話を利用することが度々あった。相手が遠距離の場合は小銭やテレカの残数を常に気にしながら話をしなければならず、「今いいところなのに」と思いながら電話を切らなくてはならないこともあった。夜が更け辺りが静かな中にその場を明るく照らす電話ボックス。そこで交わした言葉やその思い出は、電話ボックスが撤去された今も、静かに胸の奥にしまわれている。
43才 北海道 未婚 男性

青春時代を送ったのは半世紀も前のこと。いろいろな連絡は電話もありましたが、個人的な付き合いの時には手紙が普通でした。時間のかかるもどかしさはありましたが、それがまた、思いがけないドラマを生み、その後の展開、発展もありました。未だに手紙は書くのも好き、貰うのはもっと好きです。いつもハガキの人、封書の人、文字も其々の個性。便利、合理的には代えられない時代を生きた思い出は、今の心を潤す宝になっています。
76才 東京都 既婚 女性

中高生だった頃、電話に出る母親には「今、誰と一番仲がいいか(付き合っているか)」がバレバレです。我が家はオープンだったので、よく電話がかかってくる男の子からだと『○○から電話〜』と下の名前やあだ名で取り次いでくれました。逆に彼のお家に電話すると彼のお母さんには毎回『○○とはどういうご関係?』と聞かれました。お家に電話するので、そのお家がどんな家柄かよくわかりました。
47才 東京都 未婚 女性

待ち合わせで相手が来ないとき、帰りたいのに帰られない〜という状況が多々ありました。今どのあたりとか、あとどのくらいとか、いつも早めに行動していらいらすることが多かったので、最近は助かります。あと、道に迷ったとき、すぐに電話をかけて友人の家の場所までの道のりを確認することもできるし、地図で調べることもできるし、迷子にならなくなったので本当に助かります。
39才 東京都 未婚 女性

最近は、多くの人に指示を出すときや案内をするときに実に便利になったと思う。先日ゴルフ場で、プレー中具合の悪くなった人がいて、フロントに電話をしたのだが、すぐに係りの人が来て具合を聞き、その10分後には、すぐ近くまで救急車が到着した。結局、入院3日点滴7本も打つ大ごとだったのだが、連絡が即座にとれることでどんなに安心なことか。最近は国際ローミングでヨーロッパなどで国境を越えるとすぐにその国の電話会社の回線につながり極めて使いやすい。以前、道に迷って公衆電話で目標を聞くのだが、よく似た風景になかなかわからず曲がるポイントを間違え、一晩車で走り回って心細かった事を思い出した。
70才 東京都 既婚 男性

岡山・愛媛の友達3人で、大阪でのライブに行った時。チケットはこっち。時間になっても岡山の子が来ない。連絡もとれずに困り果てた。受付で開演後10分待ったけど来るか来ないかもわからないので、泣く泣く会場入り。閉演後、家に電話したら「電車の中で急に腹痛を催して、途中で下りて休んだ。会場には30分くらい遅れて着いた。ごめんね。」と。公衆電話から、会場に電話かけて呼び出してもらえば良かったのに。「思いつかなかった!」て。もう!ライブも心からは楽しめなかったし、仕方なくても友達を置いて行ったことは、苦い思い出。翌日、PHSを買いました。ああいう思いは二度とごめんです。
36才 愛媛県 未婚 女性

複数家族でスキーへ行った時、他のメンバーと連絡を取るのが難儀だった。仕方なくトランシーバーを購入して各家庭一台で持ち合わせたけど冬はスキーで旅行や遊びなどで有効だった。ただ、操作の時の一時停止(止まって)が面倒で、アメ横の電子部品屋でハンズフリー(ヘッドホーン)タイプを自作して使ってた時が懐かしい。もう25年以上前だけどね。(笑)
52才 岐阜県 既婚 男性

リビングにある電話で話すので、親は子どもの交友関係をなんとなくではあるけれど把握できたのかなぁと思います。いじめは昔からあるけれど、今ほど裏に隠れた陰湿ないじめは少なかったと思います。友達や恋人との長電話は楽しかったけれど電話代を考えると頻繁にはできないので、長い手紙をやりとりしていました。友達からの手紙が残っていて、その頃何に夢中だったのかがわかり、懐かしく読み返すことがあります。
50才 茨城県 既婚 女性

大事な電話のかかってくる日が分かっている時に、1日中外出が出来ない時があった。留守番電話が標準装備されていなく、学校やアルバイトが休みだったから良かったけど、もしその逆だったらと思うと不便な時代でした。地方へ出かけると、公衆電話が見つからなくて大変でした。特に、山にいる時は最悪。逆に、いい事はなかった気がします。
43才 埼玉県 未婚 男性

固定電話だけの頃は、親戚や友人の電話番号をほとんど覚えていたのですが、今は全く覚えていません。歳のせいなのか、覚える必要がなくなったのか、わかりませんが、凄い時代になったなと思います。それと、新婚時代(20年前)の帰るコールは公衆電話からしていました。毎日愛用していたその公衆電話は、いまはありません。時代ですね。
51才 愛知県 既婚 男性

友人などに連絡したいときなど、固定電話でしか連絡手段がなく、大変だった。今は各個人が少なくとも携帯電話を持っているのですぐに連絡できるが、当時は固定電話か手紙での連絡だったので3日〜5日ぐらいと返事が遅くなったり、随分昔の話であるが、デートなどしたい時に携帯電話もなく、前のデートの時に次回のデート日か手紙等での連絡のみで苦労したものだった。同じキャンパス内で偶然の出会いを期待をしつつもなかなか出会えず、出会えた時はお互いハッピーな気持ちになり、その日の講義終了後、一日幸せな気分でデートした記憶が今でも思い出される。
66才 宮城県 既婚 男性

その当時はそれが現実だったので、代替手段を色々考えそれでも駄目ならお互い理解して許し合えたのに、今は詫び言では済まない時代となって却ってプレッシャーが強く感じられる。 携帯を持ち忘れた、電源を入れ忘れた、バッテリーが切れていたなどの理由は通らず、以後軽蔑のストレスに悩まされる。  便利な一方年寄りには半ば無用のものと思うこともしばしば。
77才 東京都 既婚 男性

あのころは電話BOXが町中にあった。突然の大雨で仕方なく電話BOXで雨宿りししようとしたらかわいいお姉さんもそこへ、、、  『どうぞ!』って譲ったら一緒にどうぞ!って入れてくれたけど、お姉さんは彼氏と別れの電話、、、話が少しこじれていた様だったけど、聞いて居ないふりをして背中を向けていたら左手で右手をギュッっと握られた、泣いているのが判ったので軽く握り返した。その後少しの間『彼女』になった。。。
40才 東京都 既婚 男性