沖縄の魅力といえば…1位は「海がきれい」2位は「豊かな自然」

沖縄の魅力といえば…1位は「海がきれい」2位は「豊かな自然」

沖縄の魅力といえば…1位は「海がきれい」2位は「豊かな自然」

総計で見ると、1位は「海がきれい」で85%と断トツ。次いで2位は「豊かな自然」で48%、3位は「温暖な気候」で39%、沖縄といえば「海」「自然」「温暖な気候」がトップ3のようです。

■女性はリゾート気分や異国情緒が味わえることを魅力に感じている
男女で比較すると、女性は「温暖な気候」よりも「リゾート気分や異国情緒が味わえる」の方が高く、3位に。お土産でも人気だった「琉球ガラス、紅型(びんがた)などの工芸品」はココでも女性の回答率が高く26%、男性が11%なので15%の差が出ました。

うんうん、「海がきれい」は魅力ですよね♪ 沖縄といえば、青い空〜青い海〜! というイメージです。特に泳ぎたい願望はないんですけどね(笑)

アンケート実施日時:2014年8月1日〜2014年8月7日/有効回答数:4,891

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https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

若かりしき頃、SPF50の日焼け止めもない時代、沖縄は日焼け止めをぬっても焼けるから気をつけろと言ったのに、「私は焼きたい!」と同行した友人が日焼けオイルをぬってすごしたら、その日の夜中にチャプチャプと風呂場から音がするので、もう一人の友人と恐る恐る見に行ったら、日焼けした友人が真っ赤に腫れた身体で水風呂に入っていた。あまりの赤さと真夜中ということもあり、悲鳴をあげそうになった。
43才 東京都 未婚 女性

ひえ〜( ;▽;) そ、そんな恐ろしいことに…もはやそれは日焼けではなくやけどですよね…ご友人はさぞおつらかったことと…でも私も生で見たら恐怖で泣き出しそうです><
調査団編集部: マリカナ団長

(1)那覇空港から一歩出たら、太陽の熱波に押された頭が地面にめり込みそうになった。(2)現地の結婚式に出席した。呼ばれた人数の多さ。花婿側だけで300人。(3)結婚式での余興、力の入り具合。(4)結婚式で踊ったカチャーシー。杖をついて足取りもおぼつかないおばぁが杖を預けて踊り出したら、腰が入って誰よりも上手かった。(いつも踊っていたら、杖はいらないと思った)
51才 東京都 未婚 女性

私も沖縄の結婚式いきました! 余興がいっぱいあったり、全員でカチャーシーって踊りを踊ったりして面白いんですよね〜!>▽<
調査団編集部: カワンヌ副団長

初めて沖縄に行ったのは、復帰直前の2月でした。パスポートのような「身分証明書」が必要で、まるで海外旅行でした。通貨もドルで、お店のおばさんは3ドル50セントを請求するのに「3円50銭だよ」って言ってました。その年は「40年来の大寒波」とかで、沖縄では石油ストーブが売り切れる騒ぎでした。でも気温は20度以上あり、真冬の本土から行った我々には暑いくらいで、半そでのTシャツで過ごしていました。観光バスのガイドさんが寒さに凍えながら、「本当に寒くないのですか?」って聞くので、我々は真面目な顔で「本当に寒いのですか?」って聞き返したのが思い出です。
65才 宮崎県 既婚 男性

身分証明書が必要で、通貨がドル…歴史を感じます〜! そして20度でも沖縄の人にとっては寒いというのもびっくりですが、そういえば北海道の人は25度くらいでも暑くてつらいって言ってたのでやっぱり普段過ごしている環境に人は適応していくものなのですね。
調査団編集部: マリカナ団長

沖縄(宮古島)に子連れで行き、台風に直撃された。風力発電の風車が倒れる被害が出た程の記録的な巨大台風で、3泊4日ほとんどホテルに缶詰となり、海には一度も入れなかった。最終日の朝ようやく台風が去り、徐々に被害があきらかに。宿泊客、ホテルスタッフ、皆が海を見に行き、「あ、ビーチが無くなっている…」とあまりの惨状に唖然、呆然 …(O_O;)台風体験ツアーだったね、とガックリしながら空港に着くと、ロビーは飛行機の欠航で帰れなくなり、飛行機のキャンセル待ちの人で埋め尽くされていた。予約していた便に乗れて帰れた私たちはまだ運が良い方だった…。以来、沖縄へは(雨男の)お父さん抜きで行っている。

親戚みんな薄味の顔立ちなのになぜか父だけが突然変異のように濃い顔なのですが、沖縄に初めて上陸したときから道行く人、バスの運転手さん、ベンチで休んでいる人いちいち父にそっくりでびっくり。しかしその後与那国島に渡って観光客の寄りそうにない雑貨屋に入るとお店のおばあさんに「あんた大きくなったなあ」と言われたり、食堂に入ると何も頼んでいないのに黙って刺身定食が出されたり。これしかメニューがないのかと勝手に納得して食べたら地元の常連さんと間違われていたそうです。父は何者なのだ。
44才 東京都 既婚 女性

4年前、子供と日ハムの沖縄キャンプへ。練習場で『ダルビッシュいないね』などと子供と話しながらグランドを見てたら、グランドへ行く通路から『誰を探しているの』とご本人から声を掛けられ更にサインを頂き、一日中超興奮の親子でした。本命は子供と同姓同名の『齋藤佑樹』だったけど…
29才 埼玉県 既婚 男性

初めての沖縄は石垣島でした。飛行機から見たサンゴ礁の美しさに感激!石垣島や船ですぐの竹富島のビーチで泳ぎましたが、暖かく遠浅の海で色鮮やかな小魚が足元を泳いでいるのが見えました。夜はビアガーデンでオリオンビールを飲んだり、イカ釣りに挑戦したり…と楽しく過ごしました。もう30年近く前になるので、また訪れたいです。
47才 埼玉県 既婚 女性

いとこ夫婦が結婚して数年後に、サーフィン好きが高じて沖縄に移住。ところがです。ほんの数年で離婚してしまい沖縄で別々に暮らしています。いとこは、どうも男運がないようで、今の彼もう〜んって感じ。前夫も今の彼も都会からの沖縄移住組み。のんびりとした風土で暮らし始めると、男ってダメになるのかなぁ〜なんて勝手に思っています。
58才 東京都 未婚 女性

大学受験で初めて沖縄に行った際、宿泊したホテルのベッドには、カバーが掛けてありました。ベッドカバーをしているようなホテルに泊まるなど初めてだった自分は、使い方がわからず、「そうか、沖縄は温かいから、掛布団は使わないのか」と変に納得(バカ)。カバーの上にそのままゴロン。でも、沖縄と言っても『冬』であり、空調は効いていたものの少し寒かったので、バスタオルに包って寝たのでした。翌日、大学試験が終わり、もう一泊するのでホテルの部屋に戻ると、ベッドカバーの一部が捲れているではないですか。従業員の方が、乱れていないベッドカバーを見て気を効かせてくれたのだと思います。今でも、ホテルでベッドカバーを見るたびに、沖縄のその日の事が思い出されます。
39才 熊本県 未婚 男性

ゆったりと時間が流れ、沖縄特有の異国情緒に癒されます。ただ、戦争の傷跡が生々しく(ひめゆりの塔や万歳クリフ等)戦後生まれの私がどれだけ暢気な生き方をさせて戴いてるかを40年余りを経た今も痛感しています。戦争は人を変え、殺しあう…。守りましょ!平和を!地球が壊れる前に、リミットは長くは無い気がして怖いのです。
58才 北海道 未婚 女性

一回目の家族旅行(といっても長女が3歳のころの二人旅)、荷物をもって長女を背中におぶって、ゆいレールに乗ったところ、いつの間にやら長女はぐっすり、荷物をもって車両から降りるに降りられず、近くの乗客の方が手伝ってくださり、無事に駅を出ることができました。それからバスに乗り換える予定だったのですが、その乗客の方はバスに乗るまで手伝っていただき、感謝感謝でした。そのバスから降りるときにも、別の方が手伝ってくださり、長女は現在小学校六年生になりました。 沖縄には、大和んちゅが忘れかけた相互扶助の風を感じます。来年は、また、沖縄に行って、海の風に吹かれながら三線を弾きましょう。
54才 鹿児島県 既婚 男性

小学3年生の時の夏休み、父親が母親と離婚して父と兄と俺の3人家族だった時期なのだが、父が俺たちを沖縄旅行に連れて行ってくれた。しかし、父はとても忙しくしていたので、時間があまりとれず、なんと沖縄に日帰り旅行をしたのだった。アサイチの飛行機で那覇に着いた時、CAさんが「何泊するの?」と尋ねてくれたのだけど、さすがに恥ずかしくて日帰りとは言えなかった(苦笑)。でも離婚して、仕事も忙しいのに俺たちを沖縄旅行に連れて行ってくれた父に今でも感謝しています。
46才 埼玉県 未婚 男性

沖縄に2月に行ったのですが、でも夏?と感じるくらいに暖かくて、お店で、冬なので、氷ぜんざいではなく、ホットぜんざいが売っていて、ホットぜんざいを頼むと、お店の人が本当にホットでいいの?と何度も確認してきたのがおもしろかったです。たしかに暑くて、ホットぜんざいでなく冷たいのがいいかもしれないけれど、ホットぜんざい売っているのは自分でしょ!と笑ってしまいました。
40才 東京都 既婚 女性

色々なところで、レンタカーを借りましたが、沖縄の人はいい人というおおざっぱな見方をしてましたが、停めておいたレンタカーのタイヤに穴をあけられて、大変困りました。親切な運転手さん達が予備タイヤを取り換えてくれて感激。でもレンタカーの修理工場は保険外とお金を取り、間に入ったレンタカーを貸してくれたオバサンは困った顔をして負けてくれました。レンタカーと言えば、西表のレンタカー屋さんは、おおらか。帰る時は港に置いていってくださいと言って後はさよなら、考えてみれば島ですからね。因みにレンタカーの中は空き缶やらなんやらでおおざっぱ。本土のように、やれどこに傷があるのなんのとはいいません。南国ですね〜。
57才 東京都 既婚 女性

日焼けとクラゲ。太陽の強さに正直ビビった。初めて石垣島に行ったときは日程の2日目以降ほとんどホテルで寝てた。熱いのと痛いのとで。幸い病院に行かなくて何とかなったがその時の日焼けのあとが今でもシミとなって体中に残ってます。それからどういうわけかクラゲに好かれるようで、ネットを張っているビーチでも毎回高確率で遭遇してしまう。これも痛いよー! 日焼けとダブルパンチだとほとんど生命の危機さえ感じてしまうよ。そんな目に合いながらでもまた行くけどー。
52才 群馬県 既婚 男性

30年近く前、その時の勤務先の10周年記念で、沖縄旅行に連れて行ってもらい、ホテル前のビーチで泳いでいたら、そこのホテルの海岸に面したチャペルで結婚式が行われていて、突然 花嫁さんがドレス姿で出てきて、同僚達と海の中から「おめでと〜!」と思わず叫んで、テンションが上がったことを覚えてます。
49才 岡山県 既婚 男性

那覇でふらっと入った琉球居酒屋(店名忘れた)があまりにも大家族的な雰囲気なので、ついつい飲んで歌って騒いでいるうちに記憶喪失。。。。買ったばかりの高級な三線を忘れてきてしまった。(なぜか朝にはホテルにいたのですが?!)おそらく今でもその店の「家宝」として三線は使われていると信じているのだが、場所も店名も記憶にないので…。
59才 三重県 既婚 男性

約60年前の事です(沖縄が日本に返還される前)中学生の時です。沖縄から中年の先生が一年間「留学生」として我々の中学校に実習に来られました。未だ、沖縄の事が殆ど知らなかった時ですので時々生徒の前で沖縄の事を話してくれましたが「沖縄独自の風景」「沖縄自体の歴史」を色々教えて頂きました。戦時中の話は未だ米軍が占領中のためか余り話してはくれませんでしたが「本土の人は沖縄の人と比べて幸せだ」と言われた事が未だ記憶に新しいです。
73才 長野県 既婚 男性

年末年始を日本最西端の島、与那国島で過ごした時のこと。ダイビングショップのスタッフに誘われて島の小学校の体育館で行われた年越しイベントに行き、泡盛を飲んで、地元の方とエイサーを踊って盛り上がったのですが。。。その2日後、地元新聞のお正月特別号の一面に自分がエイサーを踊っているアップ写真が使われててビックリしました。あの新聞、何度か引っ越している間にどこかにいってしまいました。
48才 東京都 既婚 男性

慶良間で体験ダイビングをしたときのこと、水中用写るんです27枚撮りを夫婦それぞれ手に持って潜ったのに、最初の方ではしゃいでしまい、最後の水中記念撮影の時にはフィルムを使い切っていて撮れず、さらにウミガメに遭遇したのに撮れず、あとで写真を見たら魚が小っさく写った写真ばかりで…笑ってしまいましたが思い出になりました。
48才 東京都 既婚 女性

沖縄滞在中はお天気に恵まれましたが、帰りが台風の影響で飛行機がどうかな…と、言うのがありました。ホテルフロントが親切で、「前日宿泊のお客様が優先ですので、もし飛行機が飛ばない時はご連絡ください。お部屋はおさえておきます。台風料金で半額です。」と、言ってくれたので安心でした。子供の同級生とそのママとの4人でしたが、飛行機は条件付き。神戸に着陸の場合もあります。とのことだったので、「よし。じゃあUSJで遊んで帰ろう。」と、盛り上がったのですが、無事に予定地へ着陸。ちょっと残念だった…かな。
49才 福岡県 既婚 女性

沖縄がまだ米国占領下にあった頃、水泳部(中学校)の指導者として現糸満市の中学水泳部との親善交流に生徒を引率して出張したことがあった。沖縄復帰運動を兼ねた訪問だったので勤務校所在地の町会議員数名との同行で、米軍基地を見学するプログラムも組まれていた。48年前のことだが、当時の米軍のレーダー防衛力を知って更に想いは遡り、日本が太平洋戦争に勝てるはずがなかったと思い知った。
74才 福岡県 既婚 男性

復帰直後の昭和47年6月に沖縄担当として四年間、首里松川に暮らしました。当時まだ電話はダイヤル即時では無く、申し込み後2〜3時間後に通話出来るという状態でした。石垣空港の待合室でNHKの大相撲をTVで見ていたら、どうも見たような取組。なんと一日遅れの録画放送と後から判りました。勿論車は右側通行、タクシー代わりの軽貨物、商売の話も金額ベースはドル換算じゃないと相手に通じないというような今では考えられないような体験をしました。そんな沖縄に25歳〜29歳の4年間を暮したことは、何にも代えがたい思い出です。
67才 千葉県 既婚 男性

主人の仕事の関係で、沖縄で4年間生活した。那覇市内で日当たりのいい角部屋を借りていたが、夏はとにかく暑いし周りは家がぎゅうぎゅうで風が通らないし、目の前が県道で車の往来が激しくてうるさく、窓を開けて寝られないしで、一年中除湿機をかけていた。しかも台風が来ると角部屋なので直撃で、サッシの隙間から雨が吹き込んできて、台風が通り過ぎるまで寝ずに雑巾で拭いていた。沖縄で部屋を借りるなら、日当たりより日陰ができて風が通り抜ける部屋のほうがいいと思った。
50才 福島県 既婚 女性

豊かな自然・美しい海・温かい気持ちの人達・おいしい食事やお酒等良いとこだらけのこの地にあの戦乱で傷付いた後は今ほとんど残っていないが、沖縄の人達が受けた苦しみを決して忘れない様にしてもらいたい。ひめゆりの塔へ行った時は同道した孫達(小・中学生)も涙していた事に、戦争を知らない人にも感動を与えられたと深く感じました。
84才 東京都 既婚 男性

随分昔の話だけれど、仕事で数ヶ月滞在していて聞いた話で『男一人食わせられない女は(うちなーの)女じゃない…』って言い切った女性が居た。いやはや脱帽でした。それから、『沖縄の人は本土に行っても、最後はやっぱり沖縄に帰って来る…』って言い切った人も居ました。郷土愛が極薄の自分には???でしたが、其れもアリかななんて思いました。
51才 大阪府 未婚 男性

1回目は船で北海道苫小牧港より船で名古屋港に名古屋港から沖縄行きのフェーリに乗り船で沖縄上陸しましたが、前日から台風が発生して荒れ模様の中レンタカーを借りて台風の中走り回りました(南の島の台風も)経験2回目は飛行機で、離島・宮古島・石垣島・与那国島等を回ってきました沖縄の海の奇麗なのは、サンゴ島だと思いました、石垣港で飲んだオリオンビールとカジキマグロの天ぷらおいしかったです。
64才 北海道 未婚 男性

自分自身の思い出は「行ったことが無いので」何も無い。ただ、母親が職場の同僚と1985年ころに沖縄を旅行し、同僚とともに宿泊した宿の夕食の時に「沖縄を返せ」を歌ったところ、現地の人(ただし、40歳代以上)に感激された、とのこと。今になって思うことは、沖縄の日本への復帰からすでに10年以上経過していても、戦争の記憶が強く残る地であること実感させられるエピソードである。
42才 静岡県 未婚 女性

私は一度も行ったことがないけど、主人が春に沖縄出張に行って「ほんとに花粉症が治まった!」と言ったのが印象的。勿論、こっちに戻ってきたら、当然再発したけど、一時期でも逃れられるんだから、沖縄に行くなら絶対春だ!と強く思いました。でも、北海道と違って、沖縄は陸路では行けないから、このまま一生行かないと思う。
48才 愛知県 既婚 女性

沖縄で通信設備関連の工事監理をやったとき工程どおりに工事が進行しないで困ったことがあります。時間を守らない、大雑把、だけど返事は最高! しかし長期間沖縄の人と付き合ううちに人の暮らし方って沖縄の方が人間らしいのでは…。と思うようになりました。40年前の遠い昔の話です。
65才 熊本県 既婚 男性

15年位前に、家族(小学生、中学生、家内)4人でいった。一言でいうと、とてもスバラシかった!北部の国頭村で民宿に泊まったとき、夕食時に囲炉裏がある三角屋根の離れに案内された。我々の家族だけだったけれど、ちょっと薄暗くて、並べられた料理も少しだけ。「これはちょっと失敗したかな」と思っていると、後からあとから料理が出てきて、それがまた旨かった。全部食べきれないほど。女将は、特に言葉数が多いでもなく、しかしきっちりと「おもてなし」を受けた。とても印象に残る夕食だった。 
64才 愛知県 既婚 男性

新婚旅行で、ルネッサンスリゾートに連泊した時のステーキハウスで、ピンヒールのお姉さんが、大きいペッパーミルを持って「胡椒如何ですか?」と言って掛けていたのが凄く印象的だった。ラウンジでもとても気持ちが良かった。タクシーを貸切でずっと案内をしてもらったが、最後に自宅に案内され、サトウキビをその場で食べたのが忘れられない。
50才 北海道 既婚 女性

沖縄には、プライベートと仕事で、ここ40年間で750回程度通っているが、台風で1日間足止めされたことが10数回、最高5日足止めされたことがある。沖縄にも家を購入したので、何日足止めされても平気だが、仕事が山のように溜まってしまう。最近は、NotePCとテザリングがあるのでそれなりにこなせるが、沖縄にいるとわかるとサボっているように受け取られてしまう。 また、台風時にドライブに行くと、道路上を洗濯機や冷蔵庫が飛んでくる。暴風雨警報がでると、学校や会社は休みになり、バスも運休するが、皆、自家用車で遊びに行く。
55才 埼玉県 既婚 男性

大学時代に行ったときはビザがいりました。社会人になって沖縄支店開設を任され東京で履歴書選考を行ってから現地に行ったのですが履歴書選考で落とした人も全部来ており人事部の帯同者も困り果てました。面接は私だけが行うので結局夕方の飛行機には乗れず夜8時ごろまでかかりました。また面接者の家族が多くこれは家族手当が大変だなと思ったものでした。
71才 大阪府 既婚 男性

このテーマが発表される8月15日は「終戦記念日」です。「シュウセン?」と思う人もいるでしょう。半世紀前、日本は戦争をしていた。それが終わった日です。焼け野原の東京で、この日はとても暑かったと祖母は言ってました。そして沖縄はこの日をどういう気持ちで迎えるのでしょう?沖縄は日米両軍が市民を巻き込み、地形が変わるほど激しく戦い、たくさんのものを失った…終戦後、いろいろあって、今は美しい海に囲まれ、たくさんの観光客が訪れる。でもその海やショッピングセンターがある場所は、昔血みどろの戦いが行われた場所であることを忘れてはいけない。多くの犠牲の上に今の平和がある、そしてこの平和が末長く続くことを願う。今日はそんな日であると思い、テーマとちょっとずれますが、あえて書かせていただきました。
49才 東京都 既婚 男性

行ったのは、もう30年くらい前になるので、それこそステーキとか、ブルーシールのアイスクリームくらいしか知りませんでした。覚えているのは、一人が寝坊して飛行機に乗り遅れたのですが、携帯もない時代ですし、旅慣れていないので、飛行機を変えるなどというアイデアもなく、取りあえず他のメンバーで予定通りいきました。心配しながらも誘惑には勝てず、観光しまくってホテルに戻ったら、遅れた彼女は無事着いていて、泣いているかと思いきやグーグー寝てました。
57才 東京都 未婚 女性

まだ学生時代に占領下のドル経済の時代に行った事がある。パスポートならぬ身分証明書、ドル札、ドル表示の切手、左側通行の道路、ノロのおばあさんがいるお宅に世話になったこと、南から幸福が訪れるという考え、懐かしいという時の流れに自分でビックリしている。最近も何回か行ったが、細やかな気遣い、人とのやさしい接し方は変わっていなかった。
70才 東京都 既婚 男性

現地で親しくなった人たちがみんな本土からの移住者ばっかりで驚きました。聞けば年間に1万人が転入し、ほぼ同数が転出して行くという。転出して行く理由は仕事を見つけるのが難しく、生活苦が理由との移住者の説明だった。
66才 福岡県 既婚 男性

当時小学生の私が、琉宮城蝶々園に家族で行った時のこと。蝶が寄ってくるという赤い色の帽子を家族全員が渡され、わくわくしながら準備万端で蝶が来るのを待っていたのだが、なぜか父の帽子にばかり蝶が集まり、帽子の赤色が見えなくなるくらいのにぎわいだった。一方私のところには蝶が全く来ず、子どもながらちょっと傷ついた思い出。
34才 茨城県 未婚 男性

中学校の修学旅行で、博多港から26時間船に揺られて沖縄に行きました。東風平中学校との交流行事や玉泉洞、グラスボートなどいろいろ満喫しましたが、何よりも予想を超えていたのは、米軍機以外の飛行機が飛んでいるのを見なかったこと。また、当時、沖縄に住んでいた従兄が国際大通りに連れて行ってくれたのですが、帰りのタクシーの運転手が、翌年の道交法改正(右側通行から左側通行に変わる)を嫌がっていたことでした。もうあれから40年近くたってしまい、博多港から那覇行きの船もなくなってしまいました。みんな飛行機ですね。
52才 福岡県 未婚 男性

12月に、新婚旅行で北海道から行きました。事前の忙しさからか風邪をひいていて、挙式、披露宴の間中熱があり鼻水ずるずるで、夫から「真っ赤なお鼻の〜?」とからかわれていたのですが、那覇空港に着いたとたん、スッキリと治ってしまいました。ちょうど12月と1月が冬で海には入れなかったので浜辺で遊ぶだけでしたが、北海道の真夏の海水浴場よりもずっと海水温が高かったです。
59才 北海道 既婚 女性

学生寮の私の部屋に飛び込んできた U 君「わーい! T さん、雪や! 雪や!」と。見れば粉雪がいくつか風で舞っているだけ。「あの、こんなの雪のうちに入らないんだけど」と言っても「雪や雪や! 内地に来てよかったぁ。」と雀躍する彼の耳には入りません。まだ米民政府の施政権下にあった沖縄から国策で「特別留学生」が「本土」の大学に毎年「派遣」されていた頃のお話です。あれから50年近く、パスポートは確かに要らなくなりましたが、沖縄の実態は変わったのでしょうか。
67才 愛知県 未婚 男性

20年以上前ですが、5月連休中に仕事で出勤し、直後に代休を取得して、ストレス発散に初めて沖縄へ行きました。青い空と青い海に感激しました。その印象が忘れられず、のちに何回か行きました。船の底がガラス張りなのか透明で、下に熱帯の魚が見える船に乗った事や、当時はあったハブとマングースの対決も忘れられません。5月連休直後は空いていますが、梅雨の始まる時期なので、天気に恵まれない事もあるので注意が必要です。
53才 北海道 未婚 男性

夏の海で半日遊んだだけなのに、完全に水着のあとが消えるのに一年近くかかりました。もちろん日焼け止めはぬっっていたし、海から上がっているときは、UVカット機能のある上着を着ていたのですが。以前はジャスミン茶は苦手だったのですが、沖縄旅行をきっかけに大好きになりました。最近は沖縄以外でもジャスミン茶のペットボトルは普通に飲まれていますが、当時はまだ沖縄にしかなく、旅行中に沖縄の暑さの中でずっと飲んでいたら、はまってしまいました。今では自宅にも茶葉を切らさないほどです。
36才 東京都 未婚 女性

旅行代金の一番安い2月に3泊だったかな、社員旅行で行きました。帰る日の関東地方が大雪になり、飛行機が飛ばなくなるかも! とのことで、社員一同、「もう一泊だ〜!」と大喜び。結局、飛行機は飛び、延泊できませんでした。その頃、確か沖縄はお酒の税金が安かったので、お土産に買ったウイスキーを下げて、雪の中を帰宅したような記憶があります。30年ぐらい前のことで、おぼろげな記憶です。
57才 東京都 既婚 女性