屋外で道具を使わない遊び、約9割がやっていたのは「鬼ごっこ」

屋外で道具を使わない遊び、約9割がやっていたのは「鬼ごっこ」

屋外で道具を使わない遊び、約9割がやっていたのは「鬼ごっこ」

総計で見ると、1位は「鬼ごっこ(色鬼、高鬼、氷鬼、影鬼、ドロケイも含む)」で87%、2位は「かくれんぼ(かくれんぼう)」で83%、3位は「缶蹴り、ポコペン(ポン蹴り、ペコタン)」で79%とココまでが7割超えでした。

■男性より女性の方が屋外で道具を使わずいろいろな遊びをしていた
男女別を見ると、ほとんど女性の方が高い回答率となっており、男性より女性の方がいろいろな種類を楽しんでいたようです。特に差が出たのは「はないちもんめ」や「ケンケンパ」「だるまさんがころんだ」「グリコ」などで、いずれも20%以上の差がありました。

年代別で見ると差が出たのは「グリコ」でした。30代以下と40代では50%超えなのに、60代以上では20%以下ということは、流行ったのは40代の人が子どもの頃なんでしょうか?

アンケート実施日時:2014年10月3日〜2014年10月9日/有効回答数:5,194

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ドッジボールが嫌いで、とにかく嫌いで、当てられないように逃げ回っていたら、最後の一人になって、それでも逃げ回って、早く当たってしまえとみんなに怒られた。
42才 京都府 未婚 男性

アハハッ! 嫌いなのに、ドッジボールの才能ありだったんですね^▽^ でも当たると痛いから私も必死でよけたなー。キャッチできる子はカッコよく見えたっけ。
調査団編集部: カワンヌ副団長

鉄棒でスカート回りと言うのが(女子の間で)流行って、鉄棒にスカートを絡ませてクルクル回るのですが誰が一番回るか?!というだけなんですが、スカートが破ける子が続出で保健室の先生に縫ってもらう列が出来てました。暫くして禁止令が出るほどでした。鉄棒に順番待ちの列が出来てたんですよ!
48才 愛知県 既婚 女性

懐かしいです〜! 私の子どもの頃もスカート回り流行ってましたよ〜(*´▽`*) スカートを絡ませると普通に回るよりもスムーズに回転できるので癖になるんですよねw
調査団編集部: マリカナ団長

かくれんぼをしていて、みんなバラバラに隠れたのに、私と同じところに当時好きだった子も隠れていて、誰にも知られることなく、初めてのチューをした。
73才 島根県 既婚 男性

キャー! 甘酸っぱい(>///<)なんですか、マンガですか! 想像するだけで胸きゅんなシチュエーションですね///
調査団編集部: カワンヌ副団長

ある時、近所の子と、うちのきょうだいとでかくれんぼをしていたとき、鬼が何度も交代しているうちに飽きてしまい、もう鬼になりたくないので、絶対に見つからないようにと、自宅の塩ビの波板でできた物置のようなところに隠れました。そこは、一度隠れて見つかってしまったので、置いてあった新聞紙の束の陰に隠れていました。結局どんなに探しても見つからず、お姉ちゃん、どこ行ったんだろう?と、かくれんぼは終わりになり、みんな、家に帰りました。あとでこっそり家に帰り、きょうだいにはびっくりされました。
44才 富山県 未婚 女性

「戦争ごっこ」という、平和ボケ日本人らしい遊びがありました。イベントのようなもので、いまでいうサバイバルゲームの子供版といったところです。武器は爆竹・水風船・エアガンなど。爆竹が手の中で爆発してしまったり、エアガンを打ち損ねて友達が失明しかけたり…といろいろある中「さすがにヤバイ」と子供心に思って身を退いたのですが、それを友達は勝ち逃げと解釈し仲間はずれに…。大小関わらず、ケンカ(戦争)というものは、勝っても負けてもロクなことは待ってないようですね…。
45才 東京都 未婚 男性

近所に雑草だらけの大きな斜面があり、近所の子供がみんなダンボールなどを敷いて滑っていたので草がみんな下を向いてつるつるになっていた。滑り降りた先にはコンクリートの土留めがあったため、そこに全速力でつっこむと危なかったが、大きな事故は一度もなかった。
51才 東京都 既婚 男性

子供の頃、家の裏が原っぱで、そのすぐ向こうが田んぼでした。そこで虫やらカエルやらザリガニやら、色々捕って遊んだ覚えがあります。今も割と虫や爬虫類が平気なのはそのせいなのかも。ゴキとか毛虫は苦手ですが、時々家の中にいるヤモリ、ハエトリグモなんかは結構可愛いと思ってます。
47才 大阪府 未婚 女性

近くの池でザリガニ釣りをした時、すごくたくさん釣れたのが嬉しくてバケツ一杯持ち帰ったら、「家で飼うにも程がある!」と母親に困った顔をされてしまった。仕方なく、元の池に半分近く戻しに行きました。ほめてもらえると思ったんだけどなー(笑)
49才 東京都 既婚 女性

子供の頃は浜辺の漁師小屋の廃屋が遊び場だった。廃屋の周囲に生えている植物が邪魔で、よく千切ったり抜いたりした。大人になって、その植物が貴重種と判明し、一帯が天然記念物に指定された。今でも罪悪感を感じる。
50才 京都府 未婚 男性

2歳年上のリーダーに連れられて山に行き、木の上に今でいうツリーハウスのようなものをこしらえて遊びました。仲間は10人くらいで大人には絶対に見つからないようにして学校が終わるとみんな急いで集合したものです。そこで季節の木の実(コクワ、ヤマモモなど)とったり、当時流行っていたターザンごっこをしたり、ときには宿題もやりました。60年以上も前のことです。テレビも普及しておらず、もちろんゲームなどもありません。私の宝物といえば小さなナイフでした。祖父に教わってつりざおやタケトンボ、パチンコをつくったり、ツリーハウスづくりにも使用しておりました。いまでは当時の仲間と出会う機会もなく賀状の交換のみですがみんな元気にしているようです。今年の夏、孫に私の体験を教えようとキャンプに行ったのですがいまどきのキャンプ場はあまりにも便利になりすぎてワイルド体験のあてがはずれました。
72才 広島県 既婚 男性

私が育った長野県佐久地方は、内陸性気候から、冬は本州で一番冷え込む所と言われ、冬は水を引いた水田にはりつめた氷の上でのアイススケートです。冬の遊びはアイススケートにつきていました。そのスケートも今では考えられない、木の下駄にエッジを取り付けた下駄スケートです。当時の下駄スケートは長野県佐久地方独特のもので、下駄スケートからオリンピック選手になった人も何人かいます。
66才 大阪府 未婚 男性

靴隠しという遊びがあって、片方の靴を隠して、鬼がそれを探す遊びなんですが、みんな手の込んだ隠し方をしている中、一人の子が堂々と腰の高さ程度の芝生の柵の上においていたら、鬼もその他の子も誰も気が付かないで、タイムリミットになったときに、柵の上の靴を「ここだよ」と言われて唖然としたことがあります。灯台下暗しを実感。
58才 東京都 既婚 女性

小学3年ごろ、自分の家の前の側溝を使って、友達とグリコをしていた。でも、私がじゃんけんに勝ちすぎて、30マス以上の差がついてしまい、じゃんけんのたびに、曲がり角まで走っていき、お互いへとへとになった思い出がある。
22才 埼玉県 未婚 女性

なんといっても、ドジョウを追っかけたことかな。親の転勤の関係等で小学校は3校行っているけれど、最初の学校は学校の中を川が流れていて、2校目は学校の隣に川があった。それでお昼休みや授業終了後、その川でドジョウを追って、学校帰りの道すがらは、やっと道路側溝にコンクリートが使われ始めた頃だったので、側溝で待っているとドジョウが流れて来るのを待って捕まえた。靴は汚すし、入れ物がなくて帽子の中に入れたりで、年中親に怒られていたが、それも子供と思っていた。この川は今もあるけれど、護岸がコンクリートでゴミだらけの排水路、ドジョウも雑魚も見かけることもなくなり、自然相手のこんな遊びもできなくなった今の子がかわいそうになってきた。そうか、今では、カブトムシやクワガタも、早起きして自分で捕りに行くものからデパートに買いに行くものになったのだっけ。
63才 群馬県 未婚 男性

大きな団地に住んでいた時のことです。団地の中に、少し広い公園がありました。そこで自分の兄弟とその友達5〜6人で缶けりをして遊んでいたのですが、そのうち公園にいた子どもたちが次々に仲間に入ってきて、最後には50人くらいにはなっていたと思います。それぞれ、誰かの兄弟だったり、友達だったりと、何らかのつながりはあったのでしょうが…。大勢になったので、缶と鬼を増やして遊んで、すごく楽しかった記憶があります。後にも先にもその公園でそんな大人数で一つの遊びをしたことはなかったので、今でもたびたび兄弟が集まるとその話が出ます。
42才 新潟県 既婚 女性

木登りして遊んでいて、足場にした枝が腐っていて折れ、腐った木片が膝の側面内側に刺さった。ほうっておいたら翌日には足が1.5倍に腫れ病院に駆け込むと、刺さったところの中に、まだ多くの木片が残っていて炎症状態ということが判明。さくっと麻酔して切開して取り除き、ちくちく縫ったわけだが、まだ小学2年生で女子なのに動きのある場所ゆえかなり大きな傷跡に。ほどなくしてすっかり治り、おてんばもほどほどにしないと…と遊びに行った先で登ったびわの木から落っこちて女の子っぽく可愛らしいセーターを破いてこっぴどく母に叱られた。無鉄砲でずっとそんな調子で野生を保って幼少を生き抜いてきたが、とりあえず現在も危なっかしくもなんとか生きている。
42才 神奈川県 未婚 女性

「だるまさんがころんだ」を私の地元(大阪全般かは不明)では「坊さんが屁をこいた」と言って遊んでました。子供のことだから男も女も誰も恥ずかしいなんて思いません。大学時代のクラブ合宿でこの遊びをやった時、地元出身者は女の子でもこの言葉を連呼するものですから、他地方出身者(特に男子)は、「なんと下品な…」とひいていたのが思い出されます。
54才 大阪府 未婚 男性

川に架かる橋の「直下」を、川向こうの岸までの5、60メートルくらい、鉄骨を伝って渡る肝試し的遊び。今から考えるとすごく危険なことと思うが、当時は全く怖くなかった。小学校6年の頃。大人に知れたら大変なことになっていただろう。落ちたら流されてたね。これは遊びではないので、よい子のみなさんは絶対にまねをしないでください。
54才 兵庫県 既婚 男性

私の生まれ育った東京都下は、嘗て養蚕が盛んな地域だったので、昭和40年代までは桑畑が沢山あり、良い遊び場でした。春には美味しい実(「どどめ」と呼んでいました)が生り、おやつ代わりに食べ、服を汚し母に叱られました。手入れされていない大木は、木登りに最適でよく登りました。
53才 神奈川県 既婚 男性

福岡で東京かくれんぼという遊びをしていました。土に円を書いてそれを8等分して、それぞれに遠い場所を書き、そこに石を投げて当たった所まで鬼が行き戻って来るまでにかくれる遊びでしたが、当たった場所が遠すぎて、鬼が返ってこないので他の遊びをしていたら戻ってきたのですが、相当切れていました。戻って来るまでに30分以上かかったと思います。
51才 福岡県 既婚 男性

自転車で知らない人の後をつけていく「探偵ごっこ」が流行った。5分くらい遅れてもう一人が出発し、地面にチョークで書き残した暗号をヒントに追いかけたり…今考えると子どもだけで遊んでいられる平和な時代だった。
48才 東京都 未婚 女性

僕たちは『どろけい』ではなく、泥棒と巡査から『どろじゅん』と言っていたが、小学校の周辺、半径数百メートル程度まで次第に逃走及び捜索の範囲が拡大して行き、今では決して登れないブロックで固められた垂直に相当近い5メートル程もある壁をフリークライミングのようによじ登ったり、家屋の2階から飛び降りたりすることもあった。そんな中、数名のメンバーが、小学校の近所にあった広大な敷地のお屋敷の金網の隙間から、その中に入ってしまったことがあり、奥にあった家屋にまで到達したところ、お手伝いさんらしき女性に遭遇し、『入ったらダメだよ』と注意され、照れ笑いで誤魔化しつつ、といった風情で、謝りつつ、出口に向かっている最中に、植木職人に遭遇し、今度は、『こらぁ!』という怒鳴り声とともに追い立てられ、何とか出口にたどり着いたということがあった。自分としては、それほど昔のこととも思えないながら、40数年も時が経過してしまっているのだなあとしみじみしてしまう、そんな遊びにまつわる思い出です。
56才 愛知県 既婚 男性

川で釣りをしていたお兄さんを見ているとき、手元にカラフルな玉を発見!軽そうだったから《ぽいっ》て川に投げて流れていくのを見ていたら、お兄さんにすごく怒られた、それはお兄さんの大事な釣り用の《浮き》でした、だって初めて見るものだったんだもん
45才 奈良県 既婚 女性

大きい子がいるときは、裏山に行って良いことになっていた。遊び方はいろいろで、木に登ることもあれば、枝をぶらんこにすることもあり、虫取りになったり、「たんけんごっこ」になったりする。特に自分の親に言って出かけなくても、どの家も帰ればお風呂が沸いていて、「先にお風呂に入りなさい」と言われた。子どもも多かったし、親もおおらかだった時代だ。。。
49才 神奈川県 未婚 女性

冬の寒い時期は よくおしくらまんじゅうをしてお互い体を暖めて居ました。今の様に暖房器具も無くて、有るのは唯一練炭火鉢が1つ有るだけで、それもその上に煮炊きをしているので我々子供は近くに行けなかった。今から思うとそれでも元気で殆ど風邪等は引いたことは無かった。当時を思い出して懐かしく思います
69才 大阪府 既婚 女性

お隣がお寺さんだったので、寺の息子ともども近所の子供たちは境内や墓地をかけずり回ってました。結構広い敷地だったので、かくれんぼしたらそのまま迷子になりそうに…墓地をめぐる冒険は、今でもたまに夢に見ます。おかげさまで墓場=怖い・気味が悪い、という感覚はありませんね。
43才 山形県 未婚 女性

幼稚園の頃までは、まだ近所に田畑や空き地が多く、母がよく遊びに連れて行ってくれた。母がレンゲやクローバーで編んでくれる冠や首飾りがとても嬉しかった。母は四つ葉のクローバーを見つけるのが上手で、私も大人になったら見つけられるようになるのかなと思っていたが、いまだに、母の方がよく見つけている。
48才 愛知県 既婚 女性

三人きょうだいだったのですが、我々が小さい頃、家の庭に父が張り切ってジャングルジムやブランコ、シーソー、鉄棒など公園顔負けの遊具をとりつけたので、友達は皆ウチに遊びに来たがった。私はもっと違う公園などで遊びたかったのに…。
47才 兵庫県 既婚 女性

雪国育ちなので、冬は雪遊び。楽しかったのは「かた雪」です。気温が下がった朝は降り積もった雪が固くなるので、その上を歩いても足が沈みません。通学のときは、学校で決められた道を通らずに、広大な田んぼを友達と「かた雪」しながら学校に行ったものです。それと、もうひとつ楽しかったのは、屋根から積もった雪にダイブすること。家業が工場をやっていて工場の屋根は大きな三角のトタン屋根。晴れた日は、その上を走り回ったり、滑り台みたいに滑ってダイブしたり。すぐに靴下の底に摩擦で穴が。あんなふうに思いっきり遊べた子ども時代が懐かしいです。
58才 東京都 未婚 女性

近所のお寺にあった大きな枇杷の木に登って遊ぶのが好きだった、実をとって食べたりまんがを読んだりしていたが、ある日住職に見つかり怪我したらどうするんだ〜!とお御堂でお説教(~_~;)それでも隠れて登っていました。大人になって久しぶりに住職にお会いした時、枇杷がなってるから持って行け!と言われ苦笑い(^◇^)
53才 栃木県 未婚 女性

田舎で育ったので、道具ではなく、自然の中で遊ぶことが多かった。昔は年長のリーダーが遊びの方法を一緒になって教えてくれた。自分が泳げるようになったのは、上級生が川の深みに手を繋いで行き、川の中の石で足を滑らせ、手を持ってバタ足を教えてくれたからです。感謝!してます。
66才 広島県 既婚 男性

野球をやっていた時のこと、バウンドした球が鳩尾に当たり、息ができなくなって気を失ったことがある。寝転がった状態のまま目が覚めた時、みんなの顔が輪っかのように覗き込んでいて、その顔が安心したように一斉にニヤッと笑いかけてくれたのを覚えている。
72才 東京都 既婚 男性

戦隊者ヒーローになって ブロック塀から飛んだりしていましたが それでは物足りなくなって屋根に登ろうとしたら 落ちてしまい瓦を割った事にショックを受けて…親はケガの心配をしていましたが アザだけで済みました〜!次の日近所の大人が同じ高さから落ちて骨折したのを見て「そんな大怪我するんだ〜」とドキドキしたのを覚えてます(笑)それから屋根には登ってません(笑)
50才 埼玉県 既婚 女性

川の上流までいって台所用洗剤の容器を放流し、下流に流れ着くまで見届ける。途中、岩に引っかかったり、小さい滝の滝つぼに入ってぐるぐる回るだけになったりするので、それを救助しながら進みます。2kmくらいだったと思いますが、3時間くらいかかったと記憶しています。今となっては何が面白かったんだかまったく思い出せませんが、当時は夢中になっていたように思います。
48才 大阪府 既婚 男性

近所に、いつも家に入れてくれるご夫婦がいました。かくれんぼや鬼ごっこの時の、いい隠れ場所だったのですが、みんなその家に行くので、いつの間にか、遊びは終わっていて、そのままみんなでテレビを見ておやつをもらってました。今では考えられないですね〜
55才 福岡県 既婚 女性

かんけりをしていて鬼になったとき、30分以上、経っても一人が現われず、みんなで探しても見つからなかったが、1時間以上たった時にひょこっと現れた。みんなで理由を聞くと悪びれもせずごはんを食べてたと、みんなあっけにとられ、遊ぶ気力もそがれ、みんなちりじりに帰っていった
40才 宮城県 既婚 男性

小学5年生位の頃、学校の3階の窓から隣の教室の窓に飛び移って遊んでいたが、落ちてしまった。銀杏の木に引っ掛かたのと地面が花壇で柔らかかったので、打撲の痣くらいで済んだ。今も小学校の隣のお寺に行くとその時の銀杏の木が見える。40年経って4階建の学校よりさらに大きく見上げられる。
55才 埼玉県 既婚 男性

印象に残っていると言えば、「仮面ライダーごっこ」でしょうか。本郷猛や一文字隼人の時代です。大きめの団地だったので、放課後に集まるでもなく集まっても野球くらいは出来る人数はすぐに集まったのですが、団地と団地の間が狭くて野球とかは出来ませんでした。そこで始まったのが、仮面ライダーごっこだったのですが、これがどういうわけか、配役がいつも決まっていました。本郷猛役は(リーダー格の)A君、立花籐兵衛はB君、死神博士はC君、怪人役はD君(今日は○○ねー、とA君に決められていました。)、他は全員ショッカーの戦闘員。私はもちろん戦闘員役。今考えると、よく不満が出なかったものだと思うのですが、みんなそこにいないカメラマンが撮影しているノリで楽しくやっていた記憶があります。今現在、こんなことがあったら学校で大問題になりそうですね。
52才 千葉県 既婚 男性

やっぱり夏にカブトムシを採って喧嘩させたり美しさを競ったりしたことが忘れられません。裏山って呼べるぐらいの場所にカブトムシが集まる木々があって、それこそ小学校の放課後は運動会(走って誰よりも早く木を調べに行く)状態でした。懐かしいな〜 むせるような暑さの中で独特な匂いにカブトムシの有無を判断する。普通の人には分からないでしょうね〜 (^^;
50才 長野県 既婚 男性

実家は農家でした。空き地がないことから稲刈りの済んだ田んぼで野球をしたのを覚えています。社会人になってから母に「うちの田んぼでよくみんなと野球やってたね。おかげで土が踏みしめられて耕すのが大変だったよ。」と言われました。母のやさしさを感じました。
59才 福島県 既婚 男性

冬、外が雪に覆われると、子供にはそれだけで遊び場の宝庫。ビニール製の米袋をそり代わりにして公園の小山や坂道を滑り降りるのが楽しかった。子供が持ち寄ってくる米袋に、それぞれの家庭の食卓が見えてくる。「ウチのはどこどこの○○米だぜ〜」などと高級米の袋を持って来ても、袋もお上品?なのか、滑りがイマイチだったりするのがおかしかった。
44才 北海道 未婚 男性

北国育ちで新興住宅地というか郊外に住んでいたので周りには田畑が多かったから、一面雪に覆われた田んぼで友達と走り回ったり基地作りをしたり雪合戦をしたりした。そんな帰り道、ちょっと遠出をして大きな川のほとりで遊んでいたら、ズボッと川淵にはまってしまい下半身ずぶ濡れ状態になりめっちゃ冷たく凍りつくような状態で泣く泣く家に帰ったことがあった…
58才 千葉県 既婚 男性

小学1年の時、近所のお友達数人と鬼ごっこをしていた時、とある新築で建売住宅(売出し前)のトイレの蓋(汲み取り式/バキュームカーのホースが入る穴に取り付けてある黒い蓋)が完全に閉まってなく何センチが開いていた?のを知らずにその場所を走り抜けようとしたらその穴に身体の胸(両足は宙ぶらり。両ひじで身体を支える格好)まで入ってしまい自力で出られずにいたら、一緒に遊んでいたお友達が自分のお母さんを呼んできてくれて、そのお母さんが私をその穴から抱き上げてくれて助けて貰った記憶があります。地上へ脱出できた時、その穴に既に溜まっていた雨水で全身びしょぬれでしたが、本物の汚水じゃなくてよかったな〜と思います。
45才 静岡県 既婚 女性

小2の頃、近所の崖になっている砂採り場で遊んでいる時に、砂の崖が崩れてきました。僕は下半身が埋まっただけだったので自力で脱出しましたが、1人の友達が全身埋まってしまいました。慌てて皆で掘り出し、全身砂まみれで出て来た友達の砂を払い落としました。今ではそのスリル満点の遊び場も住宅地になってしまい、昔の「餓鬼ども」の思い出の中にあるだけです。
52才 福岡県 未婚 男性

小学生のころ。男の子用ギア付自転車が流行り、友達はみんなサイクリング三昧でした。私は当時自転車を買ってもらえず、姉の自転車を借りてみんなと遊んでいましたが、程なく「カッコ悪いから…」と言われ…。そりゃそうです、みんなはブラックに輝くギア付自転車カッコイイなのに、僕だけはピンク色の前かご女の子自転車(かわいいイラスト付)なんですもの。あ、しかも、あまつさえ補助輪付だったかも。自分でもわかっていたので、しょんぼり参加することをやめました。みんな、少しの間でも仲間に入れてくれて、ありがとね。(泣けます…)
43才 神奈川県 未婚 男性

昭和の一桁で田舎育ちなので、大抵の遊具は自分か家族の手作りだったが、農家の友から稲を干すハサに使う長い杉の木を貰い、二人で大人の背丈よりも高い処から乗る竹馬を作って得意になって乗り回した。時々田んぼや畑に足を取られてひっくり返り、生傷が絶えず母に叱れていたことを八十路の今も思い出す。
83才 千葉県 既婚 男性

家から2km程離れたところに、僕たちが秘密基地にしていた(我々の世代は秘密基地が大好き)流下式塩田跡地があった。跡地は小屋とため池のようになっており、長いはしごもあったので、はしごを筏代わりにして竹竿で動かしていた。が…バランスを崩してため池に落ち、ずぶ濡れ。秘密基地でたき火をして乾かして証拠隠滅を図ったものの、母親に焦げを発見され御用となった(泣)
54才 鹿児島県 既婚 男性

周囲には雑木林があちこちにあり、隠れ家を作って木登りや探検ごっこを、先頭切って遊んでいた。ある時、スズメ蜂の巣を見つけ突いているうちに、一匹に追いかけられ夢中で逃げる途中 転んでしまったが、起き上がると体の下に スズメ蜂が押しつぶされて死んでいて刺されることなく助かった。
69才 神奈川県 既婚 男性

お寺経営の幼稚園で、遊び場は小さい運動場もありましたがかくれんぼうや鬼ごっこは、お寺の境内で遊んでいました、当然 地蔵の裏や、観音像の回りで遊んでいました。移動する際に地蔵様の台座(地蔵様は踏んでないよ)や、地蔵様を触りながら移動を当たりまえの様にしてました現在なら 恐ろしくて絶対に出来ませんが、その当時は当たり前のように遊んでいました
40才 兵庫県 未婚 男性

近所にある山で結構な横穴を掘り、木枠を組んで秘密基地を作った。学生アパートに行き、当時コカコーラの瓶を2、30円で店に買い取ってもらう瓶をもらい小遣いにしてかなりいい環境の秘密基地だった。夏にそこで泊まって遊んだこともあるが、今考えると相当物騒なことを平気でしたもんだ、、、って思う。先日地元に帰ったとき娘と見に行ったがまだあって懐かしさに娘を入らせて写メしてその頃遊んだ友人にメールしたら懐かし〜!って大騒ぎになった。
41才 東京都 既婚 男性