働いていて良かったと思ったとき 1位は給料、ボーナスをもらったとき

働いていて良かったと思ったとき 1位は給料、ボーナスをもらったとき

働いていて良かったと思ったとき 1位は給料、ボーナスをもらったとき

総計で見ると、1位は「給料、ボーナスをもらったとき」で44%、2位は同率「貴重な経験ができたとき」と「「ありがとう」を言われたとき」で38%、4位も同率で「人から頼られたとき」と「自分がつくった商品、システムが完成したとき」で26%でした。

■男性は自分の成長に対して、女性はお金をもらったときに良かったと思う
男女別を見ると、「給料、ボーナスをもらったとき」は9%、「好きなモノを大人買いできたとき」は7%女性の方が高く、女性はお金をもらうor使うときに良かったと感じることが多いよう。対して「自分がつくった商品、システムが完成したとき」や「社会に貢献できたとき」はそれぞれ10%以上男性の方が高く、男性は自分の成果に対して良かったと感じる傾向にあるようです。

年代別だと60代以上の人がほぼすべての選択肢で高い回答率でした。良かったと思うことが多いから満足度もきっと高いんですね! 私は「ありがとう」を言われたとき、良かったなと思います★ なので、いつも調査団員の皆さんの声がとってもうれしいです>▽<

アンケート実施日時:2014年10月17日〜2014年10月23日/有効回答数:4,336

掲載情報の利用についてお問い合わせの方はこちら
https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

何といっても、仲間がいて、自分の働く居場所があることです。私が、顔面大怪我をして、とても人前には出れないと気が滅入っていた時に、職場の社長はじめスタッフや同僚が、ピンクのカードに一筆づつしたため、ピンクの封筒で郵送してくれた時は、涙で一杯になりました。貴女の声が聞けないと寂しいです!とか、早く戻ってきて!とか、貴女の机を毎日拭いてるよ!とか、リハビリのつもりで!とか、居てくれるだけで良いから出て来て!等々…とても嬉しく、勇気が出ました。早く、復帰ができたのも、やはり「働いていて良かった」と思えたからです。
65才 北海道 既婚 女性

い…いい仲間だー(;▽;)居てくれるだけで良いからなんて言われたら嬉しくて泣きます!
調査団編集部: カワンヌ副団長

IT業界の者です。過去にお客様先でシステムの操作やトラブルに関する問い合わせをうけ、実際に現地へ出向くことが多々ありました。そこでお客様の疑問やトラブルを解決し「ありがとう、おかげで助かりました」と言っていただけたとき、ああ、お役に立ててよかった、感謝される仕事ができて、働いていてよかった、と思うことがありました。そのときの経験から、他の方から何らかの計らいをしていただいた時には必ず「ありがとうございます」とお礼を申すよう心がけています。
36才 東京都 未婚 男性

仕事をしてもらう「ありがとう」ほど嬉しいものはないですよね(*´▽`*) ですので、いつも編集部にいろいろいただく声、本当に嬉しいです! ありがとうございます〜!
調査団編集部: マリカナ団長

家の前にいたとき、就職して一番最初に担任した教え子が突然車から降りてきて、「先生がいるのが見えたから」と駆け寄ってきてくれた。そして、「先生に憧れ現在自分も同じ職業についている」と嬉しそうな表情で伝えてくれたこと。
55才 大阪府 既婚 女性

わー! これはうれしい!( ;□;) 憧れることはあっても、憧れられることはあまりないので、私もいつか誰かの「憧れの人」になれるといいな>//<
調査団編集部: カワンヌ副団長

取引先の設計部門に「この製品にはこの部品がどうしても必要」と見せられた図面に絶句!でもこちらもプロ。作れそうな仕入れ先に談判。で、仕入れ先と設計を交えて打ち合わせ、何とか作り上げ、取引先に納入、ホッとしたのもつかの間、その製品が何と「世界中」で大ヒット、今度は生産が追い付かず、納期に追われることに。ホントに大変だったのですが、取引先もウチも仕入れ先も儲かった。でも何よりも店頭の製品を取り上げ、その部品がついているところを見て「これぞ営業の醍醐味よ!」一人ほくそ笑むのでした。
49才 東京都 既婚 男性

以前、あるテーマパークで、仕事をしていました。私は、基本的の自分に自信がなくて、どうかすると、後ろ向きになりがちですが、そこで働いていたとき、「あなたに会えてよかった!今日、とてもいい思い出ができたよ!」とお客様から言っていただけたことがあります。涙が出るほどうれしくて、そこで働いている自分を、心から誇らしく思いました。
48才 千葉県 未婚 女性

仲良く暮らした夫でしたが、60歳前、在職中に病を得て他界。私は50代初めでしたが、仕事があったお陰で苦難の時期を乗り越えることができました。夫の闘病中、何度か仕事を辞めることを考えました、その都度、病床の夫が「仕事があってよかった、と思う時がくる。頑張れ」と。夫には先が見えているのかと、つらい励ましでしたが、その通りになりました。20年も昔の話です。
77才 東京都 既婚 女性

登校拒否をし始めた子どもの家に、早朝に押しかけてたたき起こし、朝食が済むのを待って一緒に登校しながら、彼の思いを聞けたとき。その後彼は二度と登校することを嫌がらなくなりました。(中学高校と進んでも)
75才 京都府 既婚 男性

某国際的な音楽コンクールの審査員付き通訳を仰せつかり、世界的に有名な音楽家たちと言葉を交わすことができたり、サッカーの某国のナショナルチームの監督付き通訳を仰せつかった時は、試合前のピッチや選手控室にも入ることができ、医者や医療機器の技術者について通訳していた時は、臨床の現場などにも入ることができたりして、通訳ってすごい特権階級だなぁと思った時(笑)。
46才 埼玉県 未婚 男性

夢とは違うIT業界にいたが、顧客先がたまたま科学系の研究機関だった時期があり、いつにもましてノリノリで仕事ができたことは良い思い出。職員・研究員の人たちが「同じ分野に関わりがあった仲間」として見てくれて、他の社員とは違う対応をこっそり(もちろん問題のない範囲で)してくれていたのはうれしかった。こちらもこっそり喜んでいた。
45才 大分県 既婚 女性

仕事を終えることを日本語では「あがる」ということがある。これは日本人の先祖が田んぼで働いていたときに出来た言葉だという。はい、今日の仕事は一丁上がり。このあと御飯と睡眠があれば、もう人生は最高だ。
64才 鹿児島県 未婚 男性

自分の訳した作品が本になったとき。翻訳の仕事ができるようになるまで、役者やお笑いタレントのように、他の仕事をしながら、自分を信じて続けてきました。あきらめずに夢を追い続けてよかったと思います。
53才 大阪府 未婚 女性

まだ入社間もないころでした。時の上司から、「えっ! 明日○○君って出張で居ないんだっけ…!? 痛いな〜…」って言われたことがありました。たかだか一日ぐらい居ない自分を「痛いな〜」と言ってくれた上司の言葉が本当に嬉しかった記憶があります。
50才 長野県 既婚 男性

年度の終わりごろ,担任していた子どもから「来年も先生が受け持ってくれるといいな」と言われた時。あるいは保護者から「この1年で,こんなことができるようになった。こんな成長があった」と教えてもらったときに,この仕事をしていてよかったと思います。
50才 静岡県 未婚 女性

医療従事者ですが、退院して育児患者さんにお礼のメッセージなどをいただけることがうれしいです。とくに、法律関係で働いていた患者さんに、『男性のナイチンゲール』とメッセージをもらった時が一番うれしかった。
58才 福島県 既婚 男性

自分のやりたい職業でかなり好きなことが出来た事。それだけに失敗も多かった。あまりに上司の愚痴を言う後輩たちを前に、「俺は、退職勧告2回、戒告3回、その他多数。でも、好きな事をやってきた。先輩や同僚の愚痴なんて、小さな事は忘れてしまえ」とぶったら、大うけ。ひどい社員だったねえ。
71才 東京都 既婚 男性

初月給をもらった時は、経済的に自立できたことがうれしくて、お札を机に並べてしみじみながめた。職員に給料を配るのも仕事だったので、新採用の初月給には新札を入れてあげたら、「これは使わずにとっておく」と言われ、気持ちが通じた気がした。
58才 東京都 既婚 男性

フリーランスのライターを長年しているので、多様な人たちと出会うことができます。普通は会うことのできない著名人や自分の人生では接点をもてない人たちとかと話をする機会が多く、ときに含蓄のある言葉に触れることも。また、組織に属さず複数の会社の人たちと仕事をするので、人間関係が広がります。人脈から新たな仕事に発展することも。真面目に誠実に仕事をしていると、新たな仕事という形で評価してくれるのが、私の仕事だと思います。
58才 東京都 未婚 女性

元々はレストランの料理人から始め、量産部門の商品開発を担当するようになったが、自分が生み出した商品が日本全国で販売されることもあり、大きな達成感を得ることができた。また自分の家族にも食べさせたりすることもあり、お父さんとしてはチョット鼻が高く誇らしい気持ちになれた。
63才 埼玉県 既婚 男性

日本で一つしか無い、金融機関のシステムを無理だとも言われていた期日までにサービス提供出来た時。当日は普通の顔を保っていましたが、心の中では「良かった」とうれし涙がとまらない状況でした。
71才 埼玉県 既婚 男性

大学卒業後、研究開発からスタートし、辛いこともありましたが、楽しいことワクワクすることがたくさんありました。また、40代からは企画に替わり、数多くの病院を訪問ることになりました。これまで全く知らない世界(医療の現場)を垣間見ることができ、人間関係も格段に広がりました。
62才 神奈川県 既婚 女性

小生の場合は転勤です。最初は転勤なんてする気も無かったし、もしそうなったら仕事を辞めてもいいかな的な考えでいました。その時点で何の勝算があった訳ではありません。ただただ漠然とです。しかし、いざ転勤が決まり、当時の上司に転勤してみてからやめてもいいんじゃないかと勧められて、何となく納得したので転勤したら、今まで閉塞感にさいなまれていた地元での仕事が、環境が変わって激変!販売店さんやお客さんに恵まれ、とんとん拍子にうまくいっちゃったんです。勿論、転勤してから嫌なことやむかつくことも多々ありましたよ。ただ、がんばってとんとん拍子を進めていたら、嫌な人間関係やむかつく原因となっていたものは、いつの間にかなくなっちゃいました。これは不思議でも何でもなくて、勢いをもった者が勝ちなんですよね。結果、仕事はさらに良く回るようになりました。そんな社会の縮図を転勤によって経験出来たことが生涯の宝物になっています。
58才 大阪府 既婚 男性

肉牛を飼っている農家です。最近、自家産の牛を牛肉としても売る店を作りました。精魂こめて育てた牛を、「おいしい」といって、何度も買いに来て頂けるのを見ると、牛を育てている甲斐があるなと思えます。 また、繁殖もしているので、種付けした牛が妊娠し、事故なく出産し、子牛が大きく育っていくのを見ても仕事のし甲斐があります。
43才 広島県 既婚 女性

働いて得られた給料やボーナスから少額ながら母に仕送りをして、それを感謝されたときでしょうか。やっぱり働いていないと、仕送りは無理ですからねぇ。ちなみに、父は「おまえなんかの世話にはなりたくない」と、今でも仕送りを受け取るのを拒んでいます。その分貯金しろとの親心なのでしょうけど。
52才 千葉県 既婚 男性

本音を云えば「ボーナスをぐーんと貰ったときと昇進(昇給)したとき」です。聞かれて表面上のお体裁は何とでも言えますが、究極のサラリーマンの喜びはそれしかありません。
83才 北海道 既婚 男性

トレーラーの運転手をしていた時、とてつもなく難しい所に入れなければいけない場面ですんなり入れられた。普段では(やったぁ!すんなり入れられた!俺凄い!)って自己満足していますが、たまたま見ていたそこの人が、(上手いねぇ運転手さん!ここ下手な人が来ると2,30分切り返ししてるよ!)なんて言われた時。
46才 千葉県 未婚 男性

学歴のない自分でも努力と反骨で本社勤務が経験でき、それなりに実績を残す事ができたことかな。生き甲斐、行き甲斐ともに充実した日々を送っていたな〜。結果、無理して身体は壊して、今は、工場で閑職ですが…。
50才 神奈川県 既婚 男性

以前勤めていた病院で(当時理学療法士として勤務)かなり状態の悪かった担当患者が手術などせずに理学療法だけで完治してとても喜んでいただきものすごく感謝されたときは「ああ この仕事やっててよかった!!」と思った。なかなか完治するまで治療に通ってもらえないことが多かったのですごく印象に残った。
44才 大阪府 既婚 女性

一人暮らしをしていますが、車や家具や家電など家にあるものの9割以上が自分が仕事をして買ったものなので、家にある物を見ると「全部自分が頑張って買ったものなんだなぁ」と自分が稼いだという実感がわくことがあります。その時に、働いていて良かったと思います。
36才 静岡県 未婚 女性

お客様から、成果に対する感謝状をいただいたり、実際に笑顔で喜ぶ姿を見たとき、それはもう、何も言い尽くせないほどの幸せを感じる。これは、達成した人間にしか味わえない最高の幸福だろう。
55才 千葉県 未婚 男性

保険会社のコールセンターで働いていたとき、お客様から、よく話を聞いてくれて、気が楽になった、ありがとう、と、再度お電話をいただいたり、会社へ直接お便りをいただいたりしたことです。
45才 富山県 未婚 女性

当時の会社は代表電話制で,交換台を通して内線につないでもらっていた。出張が多かった私は,しょっちゅう交換台を通して電話していた。そのうち交換台の皆さんは私の声を覚えてくれて,名乗らなくても「誰々さん」と言ってくれるようになった。そのうち,交換台のリーダーが私を気に入ってくれて,女の園の交換台に招き入れてくれるようになった。何度か出入りしているうちに,交換手の一人と気が合うようになり,こっそりと交際をするようになった。足かけ2年ほど,誰にも気づかれず交際を続け,結婚を決意。一部の人は薄々気づいていたようだが,結婚を発表したらみんな祝福してくれた。お互いの顔立ちが似ていたので,兄弟か友達のような夫婦と言われたのが記憶に残っている。
63才 神奈川県 既婚 男性

女性には珍しくないのですが、最大の関心事がチヤホヤされることであり自分の地位を脅かす女性を排除することに情熱を注ぐ人が結構います。自分より若い、かわいい、あるいは目立つと認識したらもう敵対行動を取られます。私の場合は「一人だけ仕事が多いのは上司に取り入るのがうまいからだ」と嫉妬による作り話を社内で言いふらされました。しかーし、幸いなことに言いふらした相手の中に「仕事が一人だけ多くなっている理由」を理解している人がいてそこからすぐに上司の耳に入り、その人は即刻他部署に飛ばされました。世の中に理不尽ばっかりじゃない、結果を出している限りは正義が発動されるんだと嬉しく思いました。
45才 東京都 既婚 女性

退職の時に、たくさんの品物をたくさんの人がくださったことや30人ほどの方の、可愛い寄せがき、大きな花束をいただいた時にはとても感激しました。家にいたらこんな体験は出来なかったと思うと働いてよかったとおもいました。
68才 埼玉県 既婚 女性

長年勤めていたので 会社から労いの言葉と記念品を全社員の前で 戴いたのが 本当にうれしかった 又私からは貴重な経験と成長をさせて頂いた事へのお礼を申し上げました
69才 大阪府 既婚 女性

昔は営業職で関東の色々な地域を同僚と持ち回りで担当しました。独特の社風のせいで営業車がなく、得意先へは公共交通や徒歩での移動のみ。時には一時間以上田舎道を歩くこともありしんどかったですけど、色々なバスや電車に乗れたり様々な街並みを歩けてまるでTVの「旅番組」のようで楽しかった部分もあり、良い思い出です。
51才 神奈川県 未婚 男性

きびしく、がみがみうるさいトップだったが、特殊な企画で孤軍奮闘していたとき、「誰かあいつを手伝ってやらんか!!」と、周囲を叱りつけていたと、後で知ったとき。それまでは、やかましいだけの上司だと思っていたが、意外に評価してくれていることを知り、やる気が出て、それが今に続く原動力にもなっている。
54才 京都府 既婚 男性

以前は雑誌や書籍の編集者をやっていたので、それが完成するとなんらかの充足感はあった。が、売れないとすぐにそんな気分は吹っ飛んでしまうし、売れれば次のプレッシャーが高まって、キツい想いをすることが多かった。それでも、読者からのはがきやイベントなどで声をかけてもらった時は照れくさかったが、とても嬉しく、やってよかったと思えた。
49才 埼玉県 未婚 男性

自分より先にやめてしまった後輩が、自分と離れてしまう事が寂しいと泣いてくれた。仕事を教えるにあたって厳しい事も言ったりしたが、それでも慕ってくれてた事に、よかったなと思えた。
50才 福島県 既婚 女性

仕事を始めた時は、レベルの低い仕事しか与えてもらえませんでしたが、頑張って技術アップして、いろいろな仕事をもらえていますし、技術面で「出来ない」と断る事が無くなりました。
48才 千葉県 既婚 女性

働いていたときではなく、もともと働いていた会社をやめてしばらくしたときに、元の同僚から「あなたがやめた後、社長が『こんなとき彼女がいたらなぁ…』とつい愚痴を言っていたと聞かされたこと。めんどうな仕事をいつも引き受けていたことが少し報われた気持ちになりました。
58才 東京都 既婚 女性

新しい部署に異動になり、仲間もいない環境で不安になりながら仕事をしていたら、新しい上司の引き上げで社内の受賞の機会に恵まれたこと。前の部署と、異動後での自分の行いは無駄ではなかったと安心しました。
37才 東京都 未婚 女性

基本的になまけものなので、働かなくて済むなら働きたくない。今の職場ではみな優しくて心から話を聞いてくれるし、体調が悪い時に病院を調べたり紹介してくれたりして、同僚に恵まれていると思う。
56才 千葉県 既婚 女性

誰も気が付いていない問題で、放っておいたら大きな問題になる事を、先手を打って解決した時。誰も知らない事なので、褒められる事もありませんが、自己満足度は極めて高かったです。
63才 愛知県 既婚 男性

その仕事に関する何らかの特典があった時です。印刷関係の仕事をしていた頃は、超高性能コピー機を使い放題だったり、見本雑誌をもらえたり、そんな、その仕事ならではのメリットが何かしらありますよね。
45才 東京都 未婚 女性

私は放送に携わる技術者でした。放送局が老朽化のため新たな場所に新築し一晩で、しかも放送終了後の深夜に切り替えるわけですが、数年かけて周到な準備をしそれを成し遂げた時は最高の喜びでした。一生のうちそのようなチャンスに巡り合えることは殆どなく、技術者冥利に尽きました。勿論、それには大勢の仲間やメーカーの技術者が携わったわけですが責任者として最高の喜びを得る事が出来ました。
66才 熊本県 既婚 男性

幼稚園から小学生の教諭をしました。親って勝手で、優秀になると自分たち親が良いのだと思い。思うように伸びないと先生が悪いと非難する傾向がありました。お蔭様で私自身の子育てでは 冷静に現実を判断できるようにしました。
72才 埼玉県 既婚 女性

今まで他の人がやってきたことがない仕事に就いた時、考えるのは自分だけであり未知への挑戦という気持ちで実施してきました。自分の気持ちはやる気にあふれ、充実していました。
69才 栃木県 既婚 男性

他の人より仕事がちょっと多く、上司に訴えたら「能力があるやつは働くんだよ」と言われたとき。部下をウマく働かせるテだったかもしれないが、認めてくれたと思い、嬉しかった。
50才 東京都 未婚 女性

金融機関の貸し渋りが横行していた折、小人数私募債制度を条例化して零細企業の直接金融支援の途づくりに参画できた。担当分野の新規政策づくりと制度化を担えるポジションにいてよかった。
65才 千葉県 既婚 男性

小さなことでも自分が誰かの役に立てた。とわかるとき。 例えばATMでの振り込みを横で案内したときでも、教えてもらってよかった。と、笑顔で言ってもらえたとき。こんな私でも、人の役に立てるのだな。と思えること。
50才 三重県 既婚 女性