みんなの介護経験調査「家族・親類と分担して介護した」人は22%

みんなの介護経験調査「家族・親類と分担して介護した」人は22%

みんなの介護経験調査「家族・親類と分担して介護した」人は22%

総計で見ると「家族・親類と分担して介護したことがある」が22%と最も多く、「介護サービスを活用したことがある」は18%でそれ以下。介護サービス利用よりも、まだ家族・親類で介護する人のほうが多いようでした。

■通算介護期間が10年以上、という人は3%
また、介護期間を見てみると、「通算介護期間は、1年以上5年未満」という人が最も多く10%、「通算介護期間は、10年以上」という人は3%で、年代が上がるほど回答率が上がる傾向がありました。

職業別で見ると、ほかの職業の人はみんな10%以下だったのに対し、専業主婦のみ26%が「同居していない人を介護したことがある」と答えていて、専業主婦の方の苦労が見える結果でした。

アンケート実施日時:2015年8月14日〜2015年8月20日/有効回答数:3,248

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88歳の父は足が悪くなり、自立歩行が段々と難しくなってきた。ある日通院介助をしているとき大便をもよおしたのでトイレに連れていったが間に合わず、娘である私の前で失敗してしまった。初めてのことに父も私も戸惑ったが、娘の前で下部をさらし、しかも失敗してしまった恥ずかしさを思い、何でもない体を装って後始末をした。父はとても恥ずかしそうに「ごめんね」と謝るので、「私は子供3人も育てたんだもん、うんちもおしっこも全然平気だよ」と答えたときの父がホッとした顔が忘れられない。介護はする方も大変だと思うが、される方にとっても精神的な苦痛は大きいと思う。
55才 兵庫県 既婚 女性

娘の前で失敗というのは本当につらかったと思いますが、その後の言葉がとても素晴らしくて、私もホッとしてしまいました。介護する側とされる側、双方が思いやることの大切さが身に染みる経験談ですね。
調査団編集部: マリカナ団長

父は心臓で入院している最中に脳梗塞を起こし、言葉が不明瞭になりました。意志の疎通ができず、ただこちらから話しかけるだけで、好物の食事を差し入れるのが唯一の楽しみでした。当時は看護の目が不足していたため殆ど兄弟で毎日見舞いに行き、その時にノートを皆でつけて、今日はどうだったか、どうしてあげてほしいと書いたものです。今それを見ながら、も少し一生懸命にしてあげなかったかと悔やまれます。ノートに“最近哀しそうな顔をする”という私のメモがありました。寝たきりだったら、背中をさするとか、今なら車椅子に乗せて外気に当てるとかできますが、その頃は病院不足、人手不足で家族さえ車椅子で外に連れ出すなどできなかったのです。自分が病気になり、ベッド生活をした時、看護士さんで体をなでてくれるとこれほど安心するものかと気付きました。正に、これが手当てであると痛感しています。病人をお持ちの方、話相手だけでなく、体に触れ、手足をさするなどスキンシップをしてあげる事がとても大事であることをお伝えします。家にいたら、添い寝をしてあげてください。
58才 東京都 既婚 女性

話相手だけでなく「手当て」、大事ですね! まだ介護の経験はありませんが、介護することになったとき、誰かの看病をするときにもできる限り「手当て」してあげたいな、と思いました!
調査団編集部: カワンヌ副団長

認知症の重度な母親をやむを得ず介護施設に入所させた。住居から30km程の所で、月一〜二の頻度くらいで面会に行った。母が同じ事を連続して数度も言うのにいらだって「さっきそれは聞いたよ!」と声を大にしたものだった。あるとき婦長さんから呼び出され、「御本人は何度同じ事を発言しても、初めての発言と意識しているのだから、初めて聞いたつもりで、何度でも同じに応じてください。」と強く言われた。ハッと悟り、そのとおりに行動した。母は以前にも増して幸せそうに何度も同じ事を繰り返した。それでいいのだった。
75才 福岡県 既婚 男性

同じことを何度も言って…って思ってしまいがちですが、本人にその気がないのが認知症なんだ…と私もハッとしました。忘れがちなことですが、頭に刻み込んでおかねば、と思いました。
調査団編集部: マリカナ団長

家族は先の見えない介護に疲れ果てている。ヘルパーの仕事で利用者宅に入ると、疲れて精神的にまいっているご家族をよく目にする。訪問すると、まず、ご家族の愚痴や怒りの聞き役からサービスを始めることが多い。ヘルパーは、決められた時間だけ介護を行うが、家族は終わりが見えない介護を続けている。介護保険の負担が増加するこれからは、自宅介護を基本にしようとしているが、家族が疲弊しないよう、公的介護を整備しなくてはならないと痛感する。
68才 東京都 既婚 女性

姉は病気知らずで70歳まで女子大の教壇に立ち、3年後癌で夫を見送りました。その後実家で一人暮らしが6,7年になったころから言動に異変。電車を乗り間違える。得意の料理が億劫になる。感情表現が露骨になる。東京住まいの長男、二男が仕事をやりくりし合って電車で1時間の距離を様子見に通い始めるも、二人は50代働き盛りのことで妹の自分が応援に加わり、3人で5年間の介護通勤。昼、夜問わずの一人歩きが始まり保護されてからデイサービスのお世話になり2年、やがて寝たきりになり2年目の冬に風邪がもとで老人ホームの入院施設に入り半年で逝きました。健康で専門分野では真面目に活躍した姉でしたが、今にして思えばリタイア後、趣味を持たず地方の一人暮らしが姉を変えたかと思います。老後の趣味と程よい人との交流は必須だったかと。介護に関しては、身内だけの介護には限度があり、時期や症状次第で、専門家やその施設の助けが必要なことを感謝と共に実感しました。仲の良い甥兄弟と叔母と三人での介護通勤体験でした。
78才 東京都 既婚 女性

昨年12月末、父親が入院。付添と認知が出ていた母親の介護にぶち当たった。父親に数年前から介護サービスを受けるよう再三勧めたにもかかわらず拒否。おかげでこんな事になってまず「介護保険」の手続きをしないと預かってもらえない事につまずいた。更にし27日仕事納め2日前の出来事でホントてんてこ舞いだった。以後3ヶ月娘のところで母をみたが、認知の現実に何回もヒートアップして母に向かって叫び声さえ出た。これがまだ娘とみたから保てた方だ。テレビで見る殺人、罵倒の場面やら見たときはなんてかわいそうだと思ったが、今回の体験で実を持って体験して同感だと分かった。

本人に自覚がないので、介護申請するまでに時間がかかった。認定がおりてからも、デイサービスを申し込むのにも抵抗があり、容易ではなかった。金銭面でも、食事や洋服など、形あるものにお金を払うことに抵抗はないが、介護タクシーや外出介助などにお金を払うのは「もったいない」と思い、家族が行ってくれたらいいのに、家族がしてくれたらいいのに、といつも愚痴をこぼし、「家族はタダ」という感覚が根強くて困る。自分はボケていないと思っているので、認知症対応のサービスを受けさせたくても、運動中心のリハビリ型サービス以外は必要がないといって、行こうとしてくれない。
53才 大阪府 未婚 女性

25年ほど昔、認知症で放浪癖のある母の介護に手を焼いた。当時私は現役だったので、妻が中心になって面倒を見てくれたが、母の死後、疲労困憊で妻が寝込んでしまった。ところが10年ほど前から妻が難病に罹り、徐々に進行して歩行や入浴が困難になって来た。リハビリの訪問サービスを受けているが、ケアマネさんも療法士さんもいい人なので助かっている。ただ、殆どの時間は妻と二人きりなので日常生活の介助は私が担っている。縁あって結婚した二人。最後の最後までお互いに助け合いたい。
85才 京都府 既婚 男性

実際に両親を介護中です。両方とも寝たきりではないのですが、正直辛いことが多いです。特に軽度の認知症である父は傍目には普通に見えても実際面倒を見る側は大変です。夜中に外に出て行ってしまうこともありますし、家族には暴言、暴力をふるうこともあります。いつそうなってしまうのか見当もつかないので、なかなか気が休まりません。母はリウマチであまり家事ができないので家事もほとんどやってます。父だけ週3日でデイサービスに預けている時間が唯一の息抜きといった感じです。
47才 宮城県 未婚 女性

父を介護する母は「他人様の世話になるのは申し訳ない」という気持ちから、デイサービス等の利用を断っていた。初めは子供の私達が押しつけるように施設を利用させ、今ではすっかり公の世話になっている。特に年配の方は責任感や使命感から「自分が全部やらなきゃ」という思いの人が多く、結果、介護疲れしてしまうのではないかと思う。周りに手伝ってもらう事は決して弱い事でも悪い事でもない。介護は「頑張り過ぎてはいけないもの」と思う。
47才 神奈川県 既婚 女性

祖母を連れて山間部の墓参りをした時に、おぶってお墓まで連れて行ったが、夕食の時に、今日のお墓参りは親切な職人さんがお墓まで連れて行ってくれた。と言われて呆然とした^^;しかしこれを介護というのか?そこは不明。
47才 長野県 未婚 男性

私は十数年前難病になり、今でも要介護度3の被介護者である。過去には寝たきり状態で5であった。家族はもちろん医師の往診や訪問看護,訪問ヘルパー,訪問リハビリを受けている。私の住む市の介護福祉は、訪問してくれる方々は「まだまだ充実していない」と言うけれど、介護を受けている私から見るととても良いと感じる。ケアマネはじめ関係者の方々が大変誠実で信頼できていることが、その理由だと思う。おそらくこれらの方々に助けて頂かなければ私の命も危なかっただろうけど、家族にかかる負担が重く倒れていたに違いない。
54才 静岡県 既婚 男性

母がひとり暮らしになり、誰かが介護をしなければならなかった。私は遠方で仕事をしていてシングル。弟2人は近くに住み家族を持っている。私が介護を続けるために少しの間、介護をしてみたがあまりの我儘に私が壊れると感じた。それから母を巡って3人の子供たちは四苦八苦の結果、有料老人介護施設に入った。母と一心同体のような末の弟が勝手に全てを仕切り、結果、私の住むはずだった家屋敷は売り払われ、母の死後は全ての財産を自分のものにしてしまった。今もその後始末で精神的に大変苦しんでいる。
67才 東京都 未婚 女性

二階で寝たきりの男性が通院の為、私が背負って、階段降りて、一階の玄関の車イスまで移動したことがあります。家の構造で一階に介護ベットが置けないらしく、ガタイだけイイ私が、初めて人の役にたった瞬間でした。家の方曰く、女性のヘルパーさんだったら絶対できないと感謝され、その後通院のたびにお声がかかりました。高齢になれば足腰は当然弱る。それが要介護になる根本原因と痛感。自分もそろそろそういう年齢だと思いつつ、今からでも遅くない、足腰はきっちり鍛えとこう、そう思った次第です。
50才 東京都 既婚 男性

父と夫の介護経験あり。近所でも高齢の方の介護をされている方や友人もたくさんいます。ケアマネさんは、デイサービスなどの利用を勧めてきますが、とても高齢の方など、ほんとうは家にいたい方もいるだろうな、連れていかれているような方も見受けられます。が、経験上、家族としては出かけて欲しいのも事実です。このような介護をしていたら、高齢化が進んできるのでいずれ破たんするのではと思います。介護保険の使い方は難しいです。
57才 千葉県 既婚 女性

両親の意向により、介護のために配偶者は仕事を辞め、両親からの小遣いという形で収入を得ています。私も収入があるため生活には困りませんが、社会で活躍できない配偶者の姿を見るのが不憫です。それなりに覚悟を持って取り組んでいますが、私には親の勝手としか思えません。自分の子供にはそういう思いをさせたくないので、施設に入りたいと思っています。
48才 東京都 既婚 女性

妻と二人で親の介護を始めたのは20年ほど前でした。乱暴さ、徘徊、日常の介助で私達は睡眠もとれず疲れ果てました。介護施設を利用できるようになった時、周囲の認知症の理解度が非常に低く、親を施設に入れるひどい息子との噂が流れていたようです。
60才 福島県 既婚 男性

私の職場の友人は、病気がちの両親を既婚の姉と面倒をみていた。その彼女が40歳を過ぎて初めて結婚した。ご主人が彼女の両親の看護を手伝ってくれると聞いて、『いい人に巡り合えて良かった。』と思った。その後、遠くに住んでいたご主人のご両親が体調をこわして、彼女の近くに移住して来られた。彼女は働きながら、4人の病気がちの親の面倒をみることになった。介護は彼女一人ではなく、彼女の姉妹・ご主人の兄弟と一緒だった。それでも、彼女の休日はもっぱら介護に時間を費やした。私にできることは、たまに会ってその話を聞くことだけだった。
59才 大阪府 未婚 女性

私が二十代の頃、母が祖母(母の実母)の介護をしていたのですが、そもそも祖母は長男一家と暮らしていたのに、お嫁さんにいじめられ、色々あって私の家の近所に自ら引っ越して来ました。当時父も母も私も会社勤めをしていて、私も少しは手伝いましたが、特に母は頑張って、色々なサービスの助けを借りながら介護していました。長男一家に介護放棄されたのは腹が立ちますが、幸い問題のある認知症は出なかったので、施設に入ってからも穏やかで、毎年ケーキを持って行ってお誕生会をしたり、そこまで悪くない思い出となっています。
46才 東京都 未婚 女性

母親の介護を自宅で1年、介護施設併用で約5年介護した、最近亡くなり正直ほっとしている。色々と介護保険や行政の活用もしたが申請は大変だった。平行して友人の(末期肺がん)の介護にも携わった、こちらの方は親族なく、家族も居ない人でしたのでもっと大変だった、委任状を作って行動した。行政は門前払い仕方がないことだが大変だった、母が亡くなる5ヶ月間くらい並行した。自分とも何の関係もないが元同僚、部下だっただけ3年位同じ部署だったかな?程度。
66才 岐阜県 既婚 男性

自分の母の場合は子ども達がまだ中高生で、自身もフルタイムでの仕事を持っていたので、介護施設や病院などほぼ他人任せになってしまい、もっと何かしてあげられたのではないか、すべきではなかったのかと今でも心が痛みます。一方で、夫は彼の母親を最後まで家で介護し、その最期を看取ったので、ほんとうに偉いなと思いました。(あらためて、見直しました!)ずっと家にいたい、施設には入りたくないと言っていた義母にとっては、文字通りの孝行息子でした。
63才 神奈川県 既婚 女性

私の母は、25年くらい前、脳内出血で倒れ、たまたま実家に帰省した私が第1発見者でそのまま入院。思い返してみるとそれからずっと、病院やら家庭やらヘルパーさんに来ていただいたり、結婚して妻が介護してくれたり、私が単身赴任生活となったりと様々な介護のバリエーションを経験してきたのですが、今年のお正月に天国へ召されました。今頃は近くの方と介護や息子(義娘)の自慢?話に花を咲かせていることでしょう。最近くしゃみの回数が増えましたもの…
55才 鹿児島県 既婚 男性

私(男)が母の介護を一人でしていた時、隣に住む姉がなんだかんだ言い訳ばかりして全然手伝ってくれず、それどころか母にご飯を作ってほしいとお金までもらってたのに全く作ることもなく、臨終の時も飯を食いに家に帰ってしまうような人間のクズだということが分かった。だた友人、知人、親戚には、立派に介護した話をしていた。そして何よりもその様子を見てた、比較的頭のはっきりしてた母が、とても可哀想だった。
55才 長野県 未婚 男性

祖母をずっと母が面倒見ていました。大変なことがたくさんあって、時間も心にもあまりゆとりはなかったと思います。でも母は本当に大切に祖母を守り、面倒を見ていました。今になって、もっともっと自分にできることを手伝ったり、愛情をもらった祖母に恩返ししておくべきでした。おばあちゃん、ずっとありがとうって。車いすを押したり、お見舞いや施設のお祭りにいったりすることしかできなかった自分がとっても情けないです。
40才 東京都 未婚 女性

母の介護を兄嫁がしました。施設に入れることに抵抗感があったのか 自宅でと頑張ってくれました。素人が看れる間はよいのでしようが、もっと重くなったら看る方も、看られる方も大変だろうと思いました。期間の決まっていない介護は頑張りだけでは辛いのでは?私に介護が必要になった時は 身内の人に辛い思いをさせないように、また気兼ねしなくて良いように施設に入ろうと思いました。
72才 埼玉県 既婚 女性

母は脳溢血で半身不随となり、自宅介護はとても無理な状態で早くから介護施設に入り10年間お世話になりました。父も本人の意思で一人暮らしを諦めケア付き老人ホームに入居しましたが、途中から癌になり入退院を繰り返しながら亡くなりました。結局両親ともに早めに施設を忌避することがなく入所してくれたので子供としては大変助かりました。施設でやってくれるようなことを自分でやるのはとても無理だと感じました。
66才 大阪府 既婚 男性

訪問看護、訪問介護、姉妹、親戚等、協力体制は整っていたし、自分自身愛護についての知識はあったが、やはり中心的に介護をしていると、精神的に追い詰められることがある。自分の場合は3ケ月という短い期間だったが、それは痛感した。介護をする人は、周りの協力を求めること、自分自身のケアもきちんと考え、実行することが、結果的に介護される人にとってもいいケアになると思う。
58才 東京都 未婚 女性

ボランティアでいざ介護をしてみると色々な事との両立は無理だと感じます。よほど蓄えがあるか公務員並に手当て・休暇が得られないと仕事と介護の両立は不可能でしょうし、パートナーがいなければなおさら厳しいでしょう。施設に運よく預けれたとして働いたほとんどのお金を支払いに回すとなれば人生あきらめられますね。子供を作らなくてよかったと言う人が多いのも負担がそれだけ重い事の裏返しでしょう。
26才 高知県 未婚 男性

自分が子供の頃、今とは違い介護サービスがあまりなかった時代です。 母が祖母を介護してました。高齢で痴呆もあり母以外の人誰もわからない状態で、寝たきりでした。毎日食事や体を拭いたり、下の世話本当に大変そうでした。祖母が大往生(94歳)したとき、親戚一同が本当にお疲れ様でしたと母に言っていました。
53才 神奈川県 未婚 男性

祖父がアルツハイマーでボケボケになって3年、途中、祖母の死を挟んで、完全に寝たきりになったのは最後3ヶ月だけでしたが、日中おもに介護にあたっていた母は、更年期障害とも重なり、かなりきつかったようです。言動がどんどんキツくなってゆく…デイサービス施設、ケアマネージャーさんが親身になって相談にのっていただけたので、ありがたかったです。
44才 山形県 未婚 女性

義父が認知症で身体は元気で一人で勝手に出て行ってしまうのが頻繁になり、嫁一人では面倒を見ることが出来なくて会社を退社して夫婦で両親の面倒を見ていた。一時はGPS装置つきの簡単携帯を持たせたが何度も探しに行き連れ戻したことが有った。戦時中や鉄道職員の頃に記憶が戻ってしまうとすぐに出かけてしまうのでついていくのが大変だった。
65才 千葉県 既婚 男性

祖母を介護した時のことです。同居している義母がすべきでしたが逃げてしまい全部孫の嫁の私に介護負担がかかりました。24時間介護だったので子供のこと、家のことをしながらはとても大変でした。そして今度はその義母が認知症になり1年くらい介護して今は施設に入ってもらいました。寝たっきりの介護と認知症の介護は全く違うけれど大変さは同じですよ。
58才 山梨県 既婚 女性

現在実父の介護をしています。一昨年大腿骨を骨折・手術・リハビリ退院後介護サービスを使い通所でリハビリで杖を使いながらも歩けていたのに今年の3月に辞めてしまい今は自室から殆ど出ないので、このままでは歩けなくなると不安で仕方ない。休日は主人がいますが平日は一人でみているので先が見えない介護鬱になるのではと思ってしまいます。
50才 群馬県 既婚 女性

父が脳出血で倒れ、以後、入退院を数度繰り返した際、母が面倒を見たが、その母がガンで今年に入り亡くなった。遠方に住む私は仕事柄出張が多く、同居できないため、父を長期施設に入れたいが、環境に慣れるまで怒ったり、介護者を叩いたりするため、スタッフや施設にやっと慣れた「短期介護施設」に事実上、長期滞在している。精神病にかかっている公務員の兄は自分のことで精一杯で、気に食わないことがあると時々両親に暴力をふるっていた。先日も突然、私に飛びかかり殺してやると首を絞められた。兄が先に死んでくれた方が、母も長生きできたと思う。
46才 北海道 未婚 男性

地獄です、家族にとっては。介護なんて言葉が無い40年前、寝たきりになった曾祖母を3年間自宅で面倒を看ていました。介護用品なんて有りません。褥瘡(床ずれ). がひどく、布団が体と一つになった上に排泄はそのまま、、、。死臭とは違う臭気、家族で無ければ耐えられないでしょう。当時は普通の事でした。明治半ばに姥捨て禁止となって以来、、ね。幸い、頭がしっかりしていたので会話可能でした。亡くなる前夜にお休みとの声掛けにしっかりと返事をしました。翌朝、呼吸が止まっていましたが笑顔に見えました、、、。現代の介護で、大変だなんて言う人は経験が浅い。
55才 埼玉県 既婚 男性

知り合いに、発達障害の妹の世話をされている方がいらっしゃる。食事、トイレ、入浴等の補助etc。訪問介護サービスも利用されているが、家庭内を家族不在にするわけにも行かず、いつも誰が外出するかの取り合い、別に云えば妹さんの押し付け合い。時々その知り合いから用件を考えて呼び出してくれるよう頼まれたが、そうしないと、息抜きの時間、自分の時間が取れなかったのだろうと思っていた。
64才 群馬県 未婚 男性

独身者で年老いた母親と同居してたが、仕事で留守にしている間に家の中で倒れていた事が度々あって、そのたびやむなく夜中に『救急搬送』して近所の病院へ!結局『ケアマネージャー』さんと相談の上、預かってくれる老人施設に移ってからリハビリを重ねて何とか元気になりました。施設に移ってからも腸閉塞で何度か入退院を繰り返しましたが、思い切って手術した後元気になりホット一安心。
56才 大阪府 未婚 男性

家内が路上で転び救急車のお世話になり「右大腿骨骨折」で手術し77日間の入院(リハビリ)を終わり数日前に帰宅した。77日間で65日以上様子見に病院に行ったが、リハビリ患者の大半が高齢者で中には認知症の進んだ人もおり、なるべく早く退院させて欲しくなった。午後2時からの総合研修?が余りの幼稚さに、こんなになったら困る、と思った。
90才 神奈川県 既婚 男性

親しく付き合っていた友人の妻が介護を必要になりデイサービスに預けて自分の時間を作っているようだが今までのように自由に会う時間がかなり制約されるようになり苦労している。しかし彼自身がやる気を失わないようにとの理由でわれわれとの遊びの時間を極力確保するように努力している。われわれもたいしたことは出来ないが彼の元気を支えるよう陰ながら応援している。
77才 愛知県 既婚 男性

実家の父の母(祖母)が96歳で亡くなる前まで一時期、父が独りで面倒を見ていた時があり、その頃祖母は、認知症と毎日オムツをつける生活をしていたようです。実家のお手洗いは汲み取り式なのですが、ある日、祖母がお手洗いの便器の中にオムツを落としそれを知らずに汲み取ってもらった所、バキュームカーのホース(?)が目詰まりを起こし、後日父は町役場の方からたいそう叱られたそうです。介護の大変さを垣間見た気がしました。
46才 静岡県 既婚 女性

母方の祖母が認知症になったとき、同居の祖父しか介護する人が居なく、最後は施設に入ることができたようですが、それまで大変でした。幸い自宅が街中でなく山奥だったので、近所などに迷惑をかけることなく比較的ゆったりと介護できたようです。その後、祖父も体が不自由になったようで、一時母親が自宅に引き取ったりなにやらいろいろありました。どちらも今は故人です。当時は介護サービスなんてありませんでした。
47才 福岡県 未婚 女性

故郷で祖母の世話を母がしている。もともと仲良し親子だったので楽しそうに世話しているのが救いだが、体力的にだんだんきつくなっていると思う。今は祖母の入院で物理的には楽になっているが、良くなる見込みもなくただ弱っていく一方の人の世話というのは、今度は精神的にダメージがある。介護する母も日に日に弱っていく祖母も、両方がそのまま将来の自分の姿なので、身につまされるものがある。
49才 愛知県 既婚 女性

自分より体の大きな人の介護であると動かすのに自分も介護される側も両方が楽に負担なく動きが取れるいい方法を見つけたかった。いろいろな方法を見たり聞いたりやってはみたけれどやはり現実は簡単にはいかなかった。食べるものに関しても好き嫌いや食べれるものがその都度変わってメニューや食事の状態(刻みとかミキサーとかそのままとか)の工夫が大変でした栄養のバランスもむつかしかった
55才 長野県 未婚 女性

父母共に八十代の時、同居して面倒を見ていた兄夫婦に敬意と感謝を表します!若い時代からの生活スタイルとはいえ大変ご苦労様でした…。私は弟で、少し離れたところにすんでいました。時どき立ち寄る程度でした。両親ともに、あまり寝込まずに他界しました。それを見送った兄夫婦も今では他界して、諸行無常を感じて生きています!?
86才 兵庫県 既婚 男性

持病があって病院に通っているので、家族や介護サービスの人に付き添われて通院治療しているお年寄りをよく見かけますが、介護している方も病院の看護婦さんもいつも大変そうだなと思います。一人ではトイレに行けなかったり、ベッドに座れなかったり、それだけでも大変なのに、治療を受けたくないと言って暴れたり大騒ぎするお年寄りも多いので、本当に大変そうだなと思います。
36才 静岡県 未婚 女性

弟夫婦が5年ほど母の介護をしてくれている。介護サービスも使っている。今後、特養に入れればいいんだが、難しい、幸い、足腰はいいのだが、目が極端に悪いので心配はつきない。早く田舎に帰って介護してあげたいが田舎に仕事が無い。金銭面でしかフォローできないのが申し訳ない。
56才 千葉県 未婚 男性

母の要介護のレベルが上がれば、私は今の仕事を辞めないとやっていけないと思います。父も後期高齢者なので、これからどうなることやら…という不安はぬぐえません
54才 東京都 未婚 女性

介護をする人は、時間的、精神的、経済的負担があるように思うが、周りの人たちはそのことに対して十分な理解をしていないように思う。特に男性。
46才 東京都 未婚 女性