お年玉をあげる年齢「高校生まで(だいたい18歳まで)」39%

お年玉をあげる年齢「高校生まで(だいたい18歳まで)」39%

お年玉をあげる年齢「高校生まで(だいたい18歳まで)」39%

総計で見ると、最も多かったのは「高校生まで(だいたい18歳まで)」で39%、次いで「大学卒業の年まで(だいたい22歳まで)」で20%、「中学生まで(だいたい15歳まで)」で12%でした。

■50代は「大学卒業の年まで」あげる割合が多い
年代別で見てみると、「大学卒業の年まで」お年玉をあげる割合は、30代15%、40代と60代以上は18%だったのに対し、50代では25%と多くなっていました。レポート03のボーナスの使途の質問で、50代は趣味より生活に費やすと回答していました。他の世代より他人のためにお金を使う傾向があるのでしょうか。

ちなみに男女別で20歳以上までお年玉をあげる割合を見てみると、男性31%に対し、女性38%と、女性の方が上の年齢まであげているようですね〜ふむふむ( ・ω・)φ

アンケート実施日時:2015年11月20日〜2015年11月26日/有効回答数:3,095

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姉が15年前に男の子を出産し、叔母になった。それ以後、甥にお年玉を渡している。この時期になるとスーパーマーケットでも「ぼち袋」が売っているので、いつでも使えそうな柄の「ぼち袋」を選んでかごに入れたところ、レジの店員さんから笑いながら「恐怖の季節になりましたねえ」と言われて「本当に!」と回答してしまった。「恐怖」の季節、納得できるものがある。姉の出産は1度きりの為、それほどの恐怖ではないが、兄弟姉妹が5〜6人いて、全員に子供がいた(私のいとこ)父母を考えると「恐怖」の季節かもしれない。
44才 静岡県 未婚 女性

兄弟姉妹が多いとそれだけお年玉をあげる相手が多くなる可能性があるわけで…確かに「恐怖」の季節ですねw(´▽`)私は幸いにもまだあげる相手が1人もいなくて、なんだかさみしいような、ほっとするようなw
調査団編集部: マリカナ団長

働くようになって最初の正月、両親にそれぞれ「お年玉」をあげてみました(1万円+買物すると必要になる消費税で1万500円ずつ)。父は「お前(子供)から貰うなんて」と中身も見ずに固辞しましたが、母は父の態度を気にしながらも「あら、私は欲しいわぁ」と先ずはとにかく中身が見たい、更には受取って何か形のあるものを買って記念にしたいようでした。結局バッグを買ったように記憶しています。
54才 東京都 既婚 女性

子供から両親へのお年玉ってなんだかステキ! 私もすればよかったなー。お父様とお母様で反応が正反対なのは、性格の差でしょうかw^▽^私はお年玉もらったら、お母様と同じ反応するなーw
調査団編集部: カワンヌ副団長

息子が社会人となって、初めて幼い従姉妹たちにお年玉をあげたとき、思わず涙が出た。
72才 東京都 既婚 男性

お年玉をあげる立場になるって「大人になった」って実感する出来事の一つですよね。私も就職した年、弟にお年玉をあげたとき、大人になったな〜って自分で思ったものです(*´-`*)ましてやそれが自分の子供ってなると感慨もひとしおですね。
調査団編集部: マリカナ団長

小学校5年生のお正月にいただいたお年玉で、日本の有名な話100という、分厚い本(500ページ以上ある・・)を買いました。当時の1500円ですので、お年玉+お小遣いで、3が日が明けて本屋さんへダッシュで行ったことを思い出します。欲しくてたまらなかった本なので、読むのにずいぶん時間がかかったけれど、5年生のうちに1回目は読破、それから何回読んだことか…40ウン年たった現在でも、本棚の指定席に住んでいます。子供たちに読むように勧めたのですが人気薄で、ちょっと寂しそうに居座っています。時々読み返してみると、書いてある内容と現在の解釈に変化があることがわかり、時代の流れを実感できますね。
55才 鹿児島県 既婚 男性

私はお年玉が嫌いだ。子どもの頃、お年玉は一部の親戚しかくれなかった。しかし正座して「いただく」それは、他の親戚によりその親戚が上席である事を見せつけるための行事であった。そして少額を与えただけで偉ぶる親戚を私は好きになれなかった。高校に進学した時、その親戚に「高校生にお年玉はない」と断言された。言い方に大人の身勝手を感じたが、その時はかえって楽になると思った。私は年末、バイトに精を出した。だが友人の年始の話題は相変わらずお年玉の金額自慢である。私はそれに人間の卑しさを感じた。お年玉制度は、日本人に幼少から人に金を「頼る」「たかる」心を植え付け、さらに金で人を判断する、金額で人を差別するというを植えつける悪制である。孫が人前で祖母に「お小遣いちょうだい」と平気で言う。成人しても親の金を頼る。これこそお年玉の弊害だ。こんな制度なんて止めてしまえばよい。私はお年玉を渡さない、くれないから親戚の子は私になつかない。子どもにして卑しい行動に私は蔑むが、私は子どもに限らず、金で人をなつかせる気はさらさらない。なつくなら私の人間性になつけば良い。それだけだ。
50才 東京都 既婚 男性

今50歳になる息子が中学生の頃、友達3,4人で松の内に明治神宮に初詣したときのこと。新宿で乗った山手線が大混雑、やがて 代々木駅で目の前の席が空いたそうです。背中合わせに高齢の女性が居ることが分っていて咄嗟に「どうぞ」と譲ったそうです。座りながら「ありがとう」と言ってその高齢女性から手の中に渡されたものが。あっという間のことで次の原宿駅で降りるまで手に握ったまま。ホームに降り立って友人達に囲まれて手を開いてみると、正方形の小さなポチブクロで、表には「おとしだま」と書かれて500円硬貨が一枚。息子は「これは本物のお年玉だね」と言って、使うことなく机の曳きだしに長いこと大事にしていました。
78才 東京都 既婚 女性

お年玉は、子供にとっては、もはやお小遣いのボーナスでもらってあたりまえ、集金と思っているらしい。私の兄弟が親のところに新年の挨拶に来て曰く、甥が”おじいちゃん、おじちゃんからのお年玉、代わりにもらってきておいて」と云ってたという。よく聞いたら、年末年始で友達と遊びに行っていて、来られないからだった。これには、さすがにカチンときて、”本人が遊びに行っているのなら、もうあげない!”。ついでに、おじいちゃんの分も止めさせた。でも、後日、本人があわてて来た時には、かわいそうだから、お小言付きであげましたけれど。
65才 群馬県 未婚 男性

20年近く前の話です。夫の甥へお年玉をあげるのに、小学校に上がるまではお金を渡すのもどうかな...と思ったのでずっと玩具を買って渡していました。そして、彼が小1のお正月にポチ袋にいれた現金を初めて渡してあげたところ「わぁ〜お金入ってる〜!500円玉やで〜!やったぁ〜!!」ととても喜んでくれました。でもそれ、今までのお年玉の方がずっと金額が高いんだよ...?こんなことならもっと早くから現金にすればよかったかなと一瞬思ってしまいました。
48才 大阪府 既婚 女性

新年の挨拶回りが面倒で、母方の親族一同で新年会をすることに。5年前まで10年間続いたのだが従兄弟が12人いる。その子供たちにお年玉を配るとどうなるか?最初の内は新婚さんも居て頭数が少ないし小さいから金額もそれ程ではなかった。しかし5年もすれば成長するし数も増える。ポチ袋を皆30個用意するに至り、子供のいない世帯から苦情が出て新年会そのものが中止になった。
55才 埼玉県 既婚 男性

中学生になって初めてのお正月に父から貰ったお年玉がなんと一万円。あまりの高額にびっくりしていたら、父から「学校に行っている間はお年玉をやる。但し、ずっと一万円しかやらないから」と宣言された。もうちゃんと色々考えてやっていきなさい、ということだったんだなぁと今になってようやく判りました。
50才 北海道 既婚 女性

小学生の頃、両親に連れられて田舎に行った際、遠い親戚のおじいさんが、私と同世代の見知らぬ地元の女の子を私と勘違いし、間違えてお年玉を渡しているのを偶然見かけました。おさな心に損した気分になって悔しかったのを覚えています(笑)
28才 東京都 未婚 女性

私は、子供が好きでしたが恵まれませんでした。おりましたが3歳で亡くしましたので、姪に対しては、年々再々言葉を添えて渡していました。その子達も今では、2人の子持ちになり、それ以後のお年玉は、親に譲りました。役目完了です。
80才 愛知県 既婚 男性

母親の女学校の先輩で面白くて愉快な方がいた。年末、お年玉用に銀行で新札に交換するのならわかるが、お札を硬貨に交換していた。私の手にはずっしりと重いお年玉が乗った。一部の大人には「ふざけてる。」と不興を買ったらしいが、子供にとってはたくさん貰ったようで、使いやすかったと思う。
59才 大阪府 未婚 女性

沖縄では、親戚の子供(社会人で無い)全員に配るのがルール。親戚の範囲も本土より広いので、ポチ袋は30袋位容易する。但し中身は「守礼の門2000円札」と決まっている。本土では銀行の窓口でもATMでも「守礼の門2000円札」は扱っていないが、沖縄では普通にピン札の「守礼の門2000円札」がでる。親戚の子供全員にお正月中に会うとは限らないので、そっち方面に行く親戚に預けて置く。当然我が家の子供達も30袋位貰っている。人によっては,道路であった子供にも配っている方もいる。所謂、お大尽である。
56才 埼玉県 既婚 男性

高齢になった今ではもらう側の状況は全く覚えていません。あげる側では僕が肺炎になり暮れの29日からお正月の8日まで入院した時に元日に孫4人が見舞いに来てくれてお年玉を渡しました。妻はそれを知らず5日に気が付いて現金為替で4人に送りました。ダブったので息子達の奥さんから電話があり後日返還して貰いました。大体暮れから入院するなんて医者も手薄になり軽い入院患者は皆帰宅させられるのです。僕の病棟では2人しか居ませんでした。重ね重ねの不都合にガックリです。
84才 神奈川県 既婚 男性

正月に親戚に必ず行くんだが、母や父の在所(親戚)等だったが、お年玉をもらうよりも、毎年、いろいろな家に新年のご挨拶に行くのが楽しかった。私の家だけ父が早世したため、母や父の兄弟姉妹達は、皆優しくて、いとこたちと一緒にトランプや百人一首、人生ゲームなどをして楽しい日々だったことを思い出します。今考えてみると本当に幸せな時間を過ごさせていただいたなと思いますね。その伯父伯母達はすでに亡くなっておりますが、今でも感謝しております。
56才 千葉県 未婚 男性

30年ほど前に亡くなった父方の祖母からのお年玉はいつも千円でした。小学生の頃は急にお金持ちになった感じで天にも昇る気持ちだったのですが、中学、高校と時が経つにつれ、物価も欲しい物の値段も上がってありがたみも薄れ、大学生になった頃には「ないよりはずっとましだが、何が買えるかな」と思うようになっていました。働いて給料をもらっている今、多くもなかったであろう年金の中からお年玉をくれた祖母のことを思い出します。
53才 福岡県 未婚 男性

従兄の子供が小さかった頃、うちの両親からからあげる分とは別に、私からも小さいぽち袋に500円硬貨を入れてあげたら、「うわぁーすげえ、お金や!ありがとう!!」と大喜びでした。両親があげたお札入りの方は、普通に「ありがとう」ってお礼を言ったあと、お母さんに渡していました。お札もお金だということは分かっているのでしょうが、普段お小遣いとして見慣れているからか、硬貨の方がテンションが上がるようでした。
48才 大阪府 未婚 女性

姪の高校入学を控えた年のお年玉は、現金のほかにちょっと大人っぽいペンをプレゼント。その弟(甥)がひがんではいけないので、現金のほかにちょっとフォーマルなシャーペンをプレゼント。二人ともすごく喜んでくれてうれしかった。
47才 埼玉県 未婚 男性

子どもが生まれたとき、きょうだい間で、お互いにお年玉はあげないようにしようという協定を結びました。我が家はひとり娘なので、他のきょうだいに比べ、あげる金額がかなり多くなってしまうため、とっても助かりました。
59才 東京都 未婚 女性

甥が小さかった頃、1000円札を入れたら硬貨(100円玉)の方がほしかったと言われたこと。可愛かったです。
61才 東京都 既婚 女性

小学生のとき(3年生か4年生だった)親類のおばさんからもらったお年玉袋を開けてみたら、1万円札が入っていた。その当時の相場は多くても数千円だったので驚いて、思わず母親に報告。母親がおばさんに確かめたら、千円札と万札を間違えていたと判明。母親は、小躍りして喜んでいた私からお年玉袋を取り上げて、おばさんに返却。数分後に千円札が1枚入ったお年玉袋が戻ってきた。母親に報告するんじゃなかった、と後悔したのは言うまでもない。
61才 東京都 既婚 男性

兄弟・姉妹では年齢が違うのは当然なのですが、お年玉では年齢によって札の枚数が違っていて、末っ子の私としては寂しい思いをしました。あげる立場になると 皆に沢山では懐に響きます。最近は兄弟の数も少ないので、あげられるお年玉額÷兄弟数ということで全員同じ額にしています。悩むことなく気が楽ですよ。
73才 埼玉県 既婚 女性

一万円札が発行されるようになった小学生の頃、羽振りの良かった叔父からもらった一万円のお年玉。駄菓子屋で使おうとしたら、そこののおばちゃんから、小学生が持つものでは無いって親に文句言ってきました。もう半世紀前でも、はっきり覚えています。
62才 埼玉県 既婚 男性

子供が誰もきていないと思って親戚を訪ねたところ、なんと3,4人も来ていた。お年玉を持ってこなかったこちらの準備不足に、大いに慌てた。結局帰る事にしたが、その時のパニックぶりは自分でも気恥ずかしく思い出される。
72才 東京都 既婚 男性

戦後まもなく両親からもらったお年玉で、鉱石ラジオの部品を買って、組み立て、NHKラジオを聞くことができた時。イヤホンで聞こえた音声が忘れられない思い出になり、通信関係に進むきっかけになったと思う。
76才 東京都 既婚 男性

嬉しかったですね。あの赤い100円お札。親戚から頂いたお年玉は母が管理、自分が使った記憶がないのですが、どこへ行ってしまったのでしょうかね。
62才 千葉県 未婚 男性

私の場合、お年玉の思いでは、あげた思い出でももらった思い出でもなく、貸した思い出があります。子供の頃は、父は零細企業の社長をしていました。あまり儲かっていなかったので、家は決して金持ちではありませんでした。親からもらうお年玉は、将来のためと称して、そのまま(と言うより、はなから)私の銀行口座に入り、全然使った思い出がありません。親戚や、父の取引先への年始回りについていったときにもらうお年玉も、すべて銀行にプールしていました。塵も積もれば山となるのたとえ通り、高校の時には、預金額はけっこうな額になっていました。それに意味が出てきたのはその頃でした。父の会社が手形の不渡りを一回だし、もう一回出したら倒産という時に、50万円現金が足りなくなったときがありました。父は、泣きべそをかきながら、私に頭を下げて、私の銀行口座から50万を出して、手形支払いに充てました。50万円は、半年後くらいに私の銀行口座に戻りましたが、プライドの高い父のあのときの顔は一生忘れないと思います。
53才 千葉県 既婚 男性

我が子が1歳頃…兄嫁との会話で『この子達…今年のお年玉は\500にしない?』と話したら、兄嫁がそのまま姑に話したため『そんなのダメよ?』とくぎを刺されてしまった。 当時我が子1歳…兄嫁の子3歳…だれも使わない『お年玉のやり取り』なのに、何千円もやり取りするのはムダと思うのだが…見栄っ張り?エゴ?意味の無い、見せ金のやり取りじゃないかしら… 子達が小学校以上になってからは、ちゃんと\5000程度は渡しています。年齢と共にアップを余儀なくされる『お年玉』 我が家は一人っ子だから、ズ〜っと出金額の方が多いんですよ☆ 20歳になった年からは、辞退させました。…逆に、年下の子達に渡す様にさせています。
57才 奈良県 既婚 女性

実家は祖父母と3世代で住んでいたのですが、祖父母が内孫にはお年玉をあげない主義だったので、実家の祖父母からはお年玉をもらえない、親もお年玉をくれない、父方の伯父叔母もお正月に会わない場合はお年玉をあげない主義だったので、お正月に母の実家に行ってしまうウチの兄弟は父方の親族からは一切お年玉をもらえませんでした。母方の祖父母や伯父さん・伯母さんはお年玉をくれましたが、母方の祖父が早く亡くなってしまったので、毎年お年玉は少額でした。私の通っていた小学校では、なぜかお正月明けにいくらお年玉をもらったのか、クラスで発表することになっていたのですが、そういうわけなので、毎年クラス一お年玉がもらえない子になっていました。
37才 静岡県 未婚 女性

小学生低学年の頃でした。当時「1,000円」のお年玉を「うわ〜嬉しいな〜」なんて喜べる金額だったんですが、親戚の叔父さんが「5,000円」が入ったお年玉をくれたことがありました。子供心に「こんなに貰っちゃまずいでしょ…」なんて意識がはたらいて、そのお年玉を笑顔で貰うことをためらった瞬間がありました。叔母さんからは「くれるっていうんだから貰っときなさい」と言われ、ようやくポケットにしまった思い出があります。それから40年ほど経った今でも「小学校低学年に5,000円」って結構な金額だと思えるだけに、当時の驚きがわかるかと思います。
51才 長野県 既婚 男性

私が小学校5年の時、電車やバスを何本も乗り継いで普段めったに会えない叔父と叔母の家へ母と出かけ、その帰りの駅のホームで従兄(当時確か22〜24歳位)から、五千円札1枚を受取り、母に見つからない様に手に持っていた引出し式のアーモンドチョコの箱の底にお札を小さく折畳んで大事にしまっておいたら、家へ着く前に母に見つかり1円も使わせて貰えずに取上げられとてもショックだった事。
46才 静岡県 既婚 女性

50年前親について年始のあいさつ回りに行くと方々でお年玉をもらった。百円札か、50円玉がほとんどだったが、なじみの無い札が出てきて親に見せると、大騒ぎで、どこの家からもらった袋か聞かれ、その札を持ってその家に出かけて行ってしまい、お金は帰ってこなかった。今から思うと千円札で、今に換算すると一万円以上の価値があったらしい。5歳の子供に…入れ間違いだったのだろうか?
56才 秋田県 既婚 男性

上に姉が居るので田舎とかで親戚等の大人から貰うと折半にされてしまったり、母親に「貯金しておく」と没収されてしまう思い出ばかりです。社会人になってからは、両親に(あげなくても良いけど、一年の初めとして胡麻をする必要ありで)あげる立場になって、毎年12月の薄給(長いことボーナス停止続き)から捻出と「お年玉」は、子供の時も大人の時も苦い思い出になっております。
40才 東京都 未婚 男性

子供の頃、お年玉は一切使わず、親に渡して貯金してもらっていた。高校を卒業して奨学金で専門学校に行き始めたので、自分で預金を管理することになり、親から通帳を返してもらった。毎年の合計額からするとかなりたまっているはずだったが、予想外に少なく、不審に思ってよく見ると、何故か出金した形跡もあり、親を問い詰めたら、生活費に使ったと。一気に最悪の気分になった。
51才 大阪府 既婚 女性

毎年正月には家族で夫の実家に行っていた。そこで叔父叔母祖父母からもらうお年玉に関知していなかったが、3人の子どものうち一番下の子が「●ちゃん(長女)はもらっていたのに私は小さい時にしかもらっていない」と言ったのを聞いて、心痛めていたのを知った。祖父が亡くなってから、祖母は財布を気にして、お金をださなくなったとは感じていました。
57才 千葉県 既婚 女性

お正月旅行中、実家から電話があり「遠縁の家族が挨拶に来た」とのこと。何でも近くに来たから寄ってみたらしい。「お年玉を立替て渡しておくから…」との両親の言葉に「必要ない」っといってしまった。私には遠縁すぎて見たこともない人たちだし、なぜこのタイミングで?って、ちょっと疑問をもってしまった。
48才 静岡県 未婚 女性

祖父母は、私たち孫が何歳になってもずっとお年玉をくれていました。毎回遠慮する私たちにお年玉袋を「紙だけよ」と渡してくれたのですが、ある年、姉のお年玉袋が本当に空でした。。茫然とする姉。母が祖母に言ってくれて後日、中身が送られてきました。
36才 東京都 未婚 女性

実はお年玉は貰ったことはいっぱいあるが、あげたことは一度もないのです。独身なので子供がいないし、実家を継いだ弟夫婦にも子供がいない。親戚が正月に集まる機会もないし、職場や近所でも家族がらみの付き合いもない。…ちょっと寂しいですね。
52才 神奈川県 未婚 男性

子供の時、両親の親戚(親兄弟)が遠いが同じ町に集まっているので家族で年末年始に里帰りしたら、たくさんの人からお年玉をもらい、当時では高価なテープレコーダーを買ったのを覚えている。小遣いの2年分以上だった。
61才 栃木県 既婚 男性

同じ年のいとこがいるのですが、私は学生、いとこは社会人。お年玉のかわりといって、クレーンゲームでかわいいぬいぐるみを取ってくれました。嬉しかったけど、ちょっと悔しいような…複雑な気分でした。
31才 宮城県 未婚 女性

親戚の間では、年齢ごとにお年玉の金額が決まっているようで、毎年、「あの子は小学生だから2千円」「あの子は中学生だっけ?高校生になった?」などの親同士のやり取りがなんだかおもしろかった。
29才 静岡県 既婚 女性

うちの親戚には暗黙の了解で、歳はいくつでも学生にはお年玉をあげることになっている。自分は浪人した上に大学院も通っていたので随分長くもらった。年長のいとこからももらっていた。
37才 東京都 未婚 女性

小さい頃、わたしのもらうお年玉はまさしく玉で、5円、10円だった。それが当たり前だと思っていたら、友人たちは、お札をもらっていたこと。
61才 三重県 既婚 男性

実はあげる立場になったことが無いのであげたこと無いです。そして子供時代含めて貰ったこともないです。
48才 福岡県 未婚 女性

5千円甥っ子にあげたとき期待外れの金額だったらしくガッガリした時の顔が忘れられない。
65才 福岡県 既婚 男性

結婚したとたんに貰う側から、あげる側へ移行した。
44才 東京都 既婚 女性

子供の頃、小遣いが少なかった時に、親戚にもらったお年玉がうれしかった。
67才 福島県 既婚 男性

子どもからお年玉をもらった。
74才 鹿児島県 既婚 男性