夏季五輪で印象に残る、日本人選手の名言ランキング

夏季五輪で印象に残る、日本人選手の名言ランキング

夏季五輪で印象に残る、日本人選手の名言ランキング

総合ランキング 1位は「今まで生きてきた中で、一番幸せです(岩崎恭子/1992年バルセロナ五輪)」で48%、2位は「チョー気持ちいい(北島康介/2004年アテネ五輪)」で44%、3位は「こけちゃいました(谷口浩美/1992年バルセロナ五輪)」で37%でした。

■北島康介関連の名言は男性より女性の心に残っている
男女別で見てみると、「チョー気持ちいい(北島康介/2004年アテネ五輪)」「なんも言えねぇ(北島康介/2008年北京五輪)」「康介さんを手ぶらで帰すわけにいかない(松田丈志/2012年ロンドン五輪)」など、北島康介関連の名言はいずれも男性より女性のほうが高い、という傾向がありました。

どれも、実際に見ていなくても知っている名言ばかりですよね! リオ五輪ではどんな名言が生まれるのか、今からとっても楽しみです★>▽<

アンケート実施日時:2016年07月22日〜2016年07月28日/有効回答数:3,098

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前回の夏のオリンピックでの「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」が、なぜか一番印象に残っています。オリンピックメダリストたちのほとんど全部のコメントが、自分自身に関するコメント「うれしい」「やりました」なのに、このコメントだけが「××さんのために」、つまり他者に関するコメントでした。北島康介さんの偉大さがよくわかるエピソードだったと思います。
53才 千葉県 既婚 男性

「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」コレはしびれましたね(>//<)おっしゃるとおり、自分自身じゃなくて他者へのコメント、というのも印象に残る名言でしたね!
調査団編集部: カワンヌ副団長

柔道の野村!オリンピック三連覇の偉業を達成しながら田村(谷)の裏にあたってしまい、新聞一面大々的の扱いを受けられなかったが、野村の勝負強さは超一流であった。オリンピックでの勝ち方を知っていたとしか思えない。
57才 埼玉県 既婚 男性

これ、私も見ておりました〜! 柔道の野村選手、柔道の中では小柄なのに、すごくカッコよくて、記憶に残ってます(*´▽`*)
調査団編集部: マリカナ団長

子供の頃水泳選手でした。当時はソ連・東ドイツが世界に君臨、日本なんて足元にも及ばない時代でした。ソウルオリンピックで鈴木大地(同い年!!)が金メダルを取って、表彰台の一番高いところに立って、日の丸が上がって君が代が流れた時は大号泣しました。
49才 東京都 未婚 女性

競泳ってずっと強いイメージがあったのですが、昔はそうじゃなかったんですね! 足元にも及ばないところからの金メダル…それは泣きますね(;▽;)
調査団編集部: カワンヌ副団長

バルセロナでの谷口浩美選手は、確か後続の選手にスパイクを踏まれ、スパイクが脱げ転倒したと思いますが、ゴール後のインタービューでは「こけちゃいました」と笑顔での返答は、言い訳もなくすがすがしい態度での言葉で、これぞスポーツマンシップを抱いている人と思わされ、強く印象に残っています。以来、谷口選手は最高のスポーツマンと私は思っています。
68才 大阪府 未婚 男性

東京五輪のマラソン選手、円谷幸吉さんです。4歳の時にテレビで観戦してました。国立競技場内でイギリスのヒートリーに抜き去られ3位に…(子供ながらに悲しかった)。よくやった円谷!つぎは金メダルだ!の国民の声。そして身体の不調と国民の期待、そして自分自身の責任感、重圧に耐えかねてメキシコ五輪の前に自ら命を絶った。いまだに心に残る出来事です。
57才 和歌山県 既婚 男性

岩崎恭子さんの、人生の一番幸福を味わったのが、中学生時代。その後記録的にはめざましくなかったのだが、着実な人生を進み現在は日本水泳連盟で幹部として、次世代選手を見守っている。そして今回リオ五輪では、水泳女子で中学生と高校生(1年生)達が、とても元気に記録向上を目指している。日本人のオリンピックでの快進撃を象徴していると感じる。
76才 福岡県 既婚 男性

なんと1936年のベルリンオリンピックの棒高跳び決勝での西田・大江選手のエピソードです。日没になり記録で西田銀・大江銅となりましたが、二人とも納得せず、帰国後メダルを2つに切って分け合って持ったというお話です。これを学校の教科書で読んだ事で強く印象に残ったのです。この後、大江選手は太平洋戦争に出征し戦死しますが、その遺品の中にあったという銀と銅の半分ずつ組み合わさったメダルが、それを見た事もない私にも見えるような気がするのが、不思議です。 
72才 東京都 既婚 男性

たぶんモントリオール五輪だったと思いますが、男子バレーボールチームが金メダルを取った時が印象に残っています。当時ポーランドかドイツか忘れましたが、この試合に勝てば金メダルだったと思います。2セットをとられてもうだかと思ったのですが逆転で金メダルを取ったときは、自然と涙が出てきました。当時は朝早くからの放映で結局その日は会社を休んでしまい、余韻に浸っていました。
66才 奈良県 既婚 男性

1984年ロサンゼルスオリンピック女子マラソンのガブリエラ・アンデルセン。ふらふらになりながらゴールする姿をハラハラしながら観たのを覚えている。最後まで見守っていた係員にも感動した。
49才 北海道 未婚 女性

競技じゃないんですけど、ロサンゼルスオリンピックの開会式でのロケットマンが印象に残っています。オリンピックという大イベントの演出でしたが、人が空を飛んだんです。もう目はテレビに釘付けでした。リオのオリンピックではどんな演出が用意されているのか、競技だけでなくセレモニーも楽しみにしています。
52才 長野県 既婚 男性

フェンシングで太田雄貴選手が銀メダルを取ったこと。まさか、この競技で日本人がメダルを取るなんて思わなかったので、このお陰でフェンシングが注目されたのが嬉しかった。
52才 広島県 未婚 女性

ロサンゼルスオリンピックの開会式のNHKの中継で入場行進の音楽をアナウンサーが一つずれで案内していたが、ゲストの長嶋茂雄氏が正しい曲名と「いい曲ですねー!」「いかにもアメリカという感じの曲だ!」と感想を言っていたのに感動しました。
57才 神奈川県 未婚 女性

92年当時、バルセロナに住んでいました。スーパーで買い物をしていたら、やたらと背の高い一団が。何とドリームチーム(バスケットの選手)のご一行で、特に護衛がついてる様子もなく「大丈夫なの?」と思った記憶が・・・。
48才 東京都 未婚 女性

1964年の東京オリンピック当時は、都内に住んで居ました。開会式当日、自衛隊ブルーインパルスが、国立競技場の上空に五輪の輪を描いていました。早速、兄弟で近所の小高い丘に登って確認しました。私のところからも、その五輪の輪が見ることが出来ました。これには、小学生の頃でしたが、感動しました。
63才 埼玉県 既婚 男性

古い所ではマラソンのアベベ。近年ではやはり北島康介と高橋尚子かな。その活躍は名言と共に歴史に残るだろう。実は、Qちゃんの直筆サインがあって今でも神棚(違うけど)に飾ってあるんだな。2000年シドニーの時のだ。けっこう大事にしている。
56才 埼玉県 既婚 男性

有森裕子、高橋尚子の女子マラソンの印象が大きい。期待の大きい中で、結果を残しました。レースの最初から最後まで手に汗握って見ていました。最近はあまり期待できないのが残念です。
61才 岡山県 既婚 男性

ミュンヘン五輪の男子バレーボール。松平康隆監督のもと、選手たちが大活躍した。その様子は「ミュンヘンへの道」というアニメにもなった。時差で生中継は見れなかったので、NHKニュースの後の特集番組がとても楽しみだった。センターポールに日の丸が掲げられ、君が代が流れたときは感動して、本当にうれしかった覚えがある。
56才 京都府 既婚 男性

東京大会での100メ−トル優勝者の「ボブ・ヘイズ」。それまでは細く華奢に見える位のスマ−トな体の選手が速いといわれていたのに、ガッシリとしたダンプカ−の様な選手が10秒0と言う記録を作ったこと。また後にアメリカンフットボ−ルの選手になったのも、彼の体つきを良く表していると思う。
71才 兵庫県 既婚 男性

2004年アテネオリンピックの男子体操・富田選手の鉄棒演技。「…栄光への架け橋だ」の名アナウンスとともに強く印象に残っています。この瞬間は観光バス車内のテレビで見ました。その日、日帰り温泉ツアーに参加していて、出発から2時間くらいかな、ウトウトする人が増えてガイドさんがテレビをつけたのです。起きてる人用?(笑)音声低めで見てる人も少なくて、その時はそれほど盛り上がらなかったですけど、後々なんども見ることになりました。そのたびに温泉旅行のことも思い出されてセットでの記憶になりました。
68才 大阪府 未婚 女性

2004年アテネでの体操、男子団体競技。冨田選手が最後に鉄棒で着地成功し、金メダルを決めたときは、涙が止まりませんでした。本当に「美しい体操」でした。
52才 東京都 未婚 女性

柔道の篠原さんが、明らかに審判のミスなのに金メダルを取れなかったことですね。この疑惑の判定は、政治的か作為的かわかりませんが、違和感をいただいたままです。
49才 兵庫県 既婚 男性

私が高校受験を目前にした夏休み。鈴木大地さんが金メダルを取った瞬間。塾からの帰り、父の迎えの車の中で二人でラジオを聴きながら、学生時代に背泳をしていた父がはじけたことを覚えています。こっちは数学で頭がいっぱいだったけれど、そんなことはおかまいなしに本当に父が大興奮でびっくりしたけれど、そんなふうに応援できる父も応援される鈴木大地さんもすごいと思いました。これからは長官としてスポーツの発展貢献に頑張ってほしいなぁ。
41才 東京都 未婚 女性

谷口浩美選手の「こけちゃいました」。それ以前の日本選手だったら、転倒したその場で走ることを諦めたと思いますが、痛みをこらえて完走した後に残したこの言葉。人間は「気持ちの余裕」が大切と思い知りました。
72才 兵庫県 既婚 男性

柔道で優勝した山下選手。決勝の相手選手、山下選手の負傷した部分を攻めず負けましたがスポーツマンとして立派な態度でした。また日本柔道が完敗し続けたヘーシンンク選手、日本の国技が世界の柔道になったのを実感しました。
74才 大阪府 既婚 男性

男子マラソンのエチオペア代表「裸足のアベベ」選手。ローマ・オリンピックの時、正に”裸足”で走って優勝した。
68才 東京都 既婚 男性

子どもの頃メキシコオリンピックの3位決定戦で、釜本が2得点してメキシコに勝った銅メダルが忘れられない。当時サッカーは人気はさほど無かったが、私の住んでいた静岡県は盛んで授業でもよくボールを蹴ったものだ。サッカーの地位は、それ以降ずっとオリンピック、ワールドカップに長く出られず、Jリーグ発足まで弱かったのが思い出だ。
57才 千葉県 未婚 男性

古い話で恐縮ですが、1972年ミュンヘン大会の男子バレーボールで、金メダルを獲得したのが特に印象に残っています。「ミュンヘンへの道」というテレビ番組もしっかり見ており、私は大古選手と猫田選手が気に入っていました。家族揃って応援し、優勝が決まった瞬間は、家族みんなで喜んだ懐かしい思い出です。
55才 埼玉県 既婚 女性

東京オリンピックの女子バレーボールのソ連との決勝戦です。回転レシーブを考案し相手のスパイクを拾いまくる日本女子のプレーにクギ付けになりました。
63才 千葉県 未婚 男性

1996年のアトランタで銀メダルを取った重・木下アリーシアペア。金は諦めたものの銀を死守して奪取した。セーリング部門でのメダル争いは他の競技以上にルールに沿った中での執拗な追い込みとそれに対するストラテジーが半端ではない。ほんの一瞬しか報道されなかったが、あの重さんが泣いてたなぁ。
56才 大分県 既婚 男性

1968年のメキシコ五輪で、表彰台に上がった黒人選手二人が、国歌が演奏される中、拳を高く掲げて人種差別に抗議した事件。当時、大きなニュースになり、中学生だった私にも衝撃的なシーンだった。
60才 東京都 既婚 男性

もう何十年も前の五輪ですが、男子マラソンでエチオピアのアベベ選手が靴も履かずに裸足で走り、優勝しました。ショックを感じたことを覚えているのと、エチオピアという国名を初めて知りました。
75才 兵庫県 既婚 男性

前回のロンドン大会でバレーボール日本女子が3位と銅メダルを獲得し、セッターを努めていた当時選手であった竹下佳江選手が銅メダルに輝いた瞬間他の選手達や監督と抱き合って嬉し涙を流している姿を見て感動しました。
25才 愛知県 未婚 女性

前回の東京オリンピックの時は3歳で、国立競技場のそばに住んでいてベランダから聖火が見えていました。意味が全然分かっていなかったので、毎日見ていたのに、ある日突然消えてしまって、寂しかったのを覚えています。
54才 東京都 既婚 女性

体操の塚原光男選手がミュンヘンオリンピックの鉄棒で演じた月面宙返りは当時大絶賛され、演技後にはアンコールが出て演じるなど日本の誇りとなる多大な足跡を残したものである。
68才 大阪府 既婚 男性

岩崎恭子が金を取ったときは、リアルタイムで見ていた。すごいことなんだなと、あとで分かった。空港でお父さんが両手を広げて出迎えたが、岩崎さんは嫌そうな顔をして横をむいたのが印象に残ってる。年頃の子だなと思った。ロスオリンピックのアンデルセンがゴールするシーンもリアルタイムで見ていた。競技場の客全員がゴーッ、ゴーッと連呼してゴールシーンは感動的であったが、非常に危険な身体状態だったことをあとで知った。
52才 埼玉県 未婚 男性

前回の女子バレーボール。最強の時代を知ってる人間としては、弱い日本バレーはなんか悲しい。どんなかなぁと見ていたら、ゲームは白熱、苦戦の連続。必死に戦ってる選手をみて、だんだん力が入り、ガンバレ!とテレビ越しに応援に力が入ってしまった。更に真鍋監督の奇策・番号シャッフル!スゲー!って驚いた。こうして闘い、まさに力で「もぎ取った」銅メダル。色なんか関係ない。四半世紀ぶりのメダルに私も大感動。そしてカワイイ女子選手(ここだけオジサン(*^^*))によくぞ頑張ったと大拍手でした。さて今回の五輪では、どんな戦い方、そして奇策が飛び出すか、今から楽しみです!!
51才 東京都 既婚 男性

東京オリンピックのマラソンは忘れられない。自衛隊の君原や円谷が悲壮感を表して何とか頑張る姿が痛々しい。今の子供は楽しんで競技をするので見るほうは楽。昔は日本を背負っている感じがありありとしていたような感じ
66才 千葉県 既婚 男性

前回の東京オリンピックで、ボーイスカウトのボランティアで五輪会場で国旗掲揚の任にあたったことが、五輪でのすべてに勝る記憶です。
64才 東京都 既婚 男性

オリンピックに熱くなるには年をとりました。ただ、体操の内村選手は世に名が出たときから、終始一貫して応援してきました。何でもないことなのですが、遠くに暮らす次男に似ています。
78才 東京都 既婚 女性

イケメン重量挙げ選手の砂岡選手。無難に銀メダルを取らずに金メダルを狙って、あげられなくて銅メダルに終わった…。でもその精神に感動したことを今でも覚えています。ロス五輪当時販売された「がんばれにっぽん」プリペイドカードを財布に入れていたら、ロス五輪の数年後に付き合い始めた彼氏が私の財布を見て「なんで」「なんで」と大騒ぎ。「なんでってなんで?」と聞くと、実は彼の従兄だったんです。
52才 東京都 既婚 女性

実際にオリンピックに出場した選手から聞いたことがあり印象に残っているのが、メダルも大事だけど、国の代表で「参加することに意義がある」という言葉。メダルは取れなくても、代表になるために半端ない努力をしているので、マイナーな競技でも、大きく取り上げて欲しい!と言っていました。
44才 茨城県 既婚 男性

北京オリンピックの馬術。これだけは香港で開催されました。当時は香港に住んでいたので結構楽に、しかも安くチケットが取れました。ただ、会場に着くとびっくり!日本人学校の運動会で何度か使ったことのあるグラウンドが会場になっていました。
49才 長野県 既婚 男性

男子400メートルリレーで、銅メダルをとったこと。それぞれの選手の持ちタイムでは全然かなわないのに、選手全員の心を合わせたバトンタッチの技術で勝ったこと。
52才 茨城県 既婚 女性

1984年のロサンゼルスオリンピックの開会式で、個人用ジェット推進飛行装置を使って飛んでいる人を見たこと。ほかのシーンは全く記憶にないのですが、白い宇宙服のようなものを着た人がスタジアムの上を飛んでいた場面だけを覚えています。
56才 東京都 既婚 女性

井上康生選手の試合。まったく負ける気配すらしない試合運びに背筋が凍った。こんなにも勝ち以外の結果が見えない選手は見た事が無かった・・・。
47才 東京都 未婚 男性

LAの体操、鉄棒の森末選手。10点満点を続けて出して、その時の笑顔が印象的。ある球技で、高校の部活の先輩が出場するはずだったが、モスクワをボイコットして出場できなかった。
56才 長野県 未婚 男性

柔道・山下さんの重量級の決勝戦。決勝の相手、エジプト選手の対応(山下さんがけがをした右足?を攻めない)には賛否両論あったが、子供心にメダルの色よりも自分のスタイル(道)をより重視した態度に感銘を受けた。
49才 埼玉県 既婚 男性

野口みずき選手。アテネ五輪の女子マラソンの時、好天過ぎて日照りが厳しい大変なレースを、終盤具合が悪くなりながらも、金メダルを獲ったのがとても印象的でした。その前のシドニーで、高橋尚子選手が金メダルだったことで、プレッシャーも大きかった中、本当に頑張っていたと感じました。
47才 東京都 未婚 女性

「こけちゃいました」の谷口。普通なら(他の選手に踏まれて)脱げたスパイクを叩きつけて怒りをぶちまけるんだろうが、ニコニコしながら語った谷口の人柄の良さと無欲さが、TVで観戦していた私たちのカッカした気持ちを鎮めてくれた。
58才 栃木県 既婚 男性

東京オリンピック体操の小野僑選手の鉄棒の演技。同郷で小学校の時に小野選手の実家へ伺い、メダルや外国の蝶の標本を見せてもらい、大変感激しました。
67才 埼玉県 既婚 男性