平成に海外で起きた災害で印象的なもの 1位 スマトラ島沖地震 55.7%

平成に海外で起きた災害で印象的なもの 1位 スマトラ島沖地震 55.7%

平成に海外で起きた災害で印象的なもの 1位 スマトラ島沖地震 55.7%

平成の時代に海外で起きた「災害」について、印象に残っているものについて調査しました。総合ランキングで1位は「スマトラ島沖地震(平成16年)」で55.7%、2位は「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」で27.6%、3位は「中国:四川大地震(平成20年)」で27.1%、4位は「米国:カリフォルニア州の山火事(平成30年)」で26.1%、5位は「ニュージーランド:カンタベリー地震(平成23年)」で24.4%という結果でした。

総合ランキングの詳細は以下のとおりです。
1位 「スマトラ島沖地震、マグニチュード9.1の巨大地震で津波などにより約22万人が犠牲となる大惨事(平成16年)」 55.7%
2位 「米国:ハリケーン「カトリーナ」、米国南東部を中心に甚大被害、政府が非常事態宣言(平成17年)」 27.6%
3位 「中国:四川大地震、死者6万人以上となり文化財など観光資源にも被害(平成20年)」 27.1%
4位 「米国:カリフォルニア州の山火事、死者・行方不明者多数、予想を超える長期化・被害拡大(平成30年)」 26.1%
5位 「ニュージーランド:カンタベリー地震、日本からの語学留学生らも犠牲に(平成23年)」 24.4%
6位 「ハイチ地震、死者22万人以上とされる大惨事(平成22年)」 14.0%
7位 「ネパール地震、死者約9,000人にのぼり世界遺産の寺院なども大損壊(平成27年)」 13.3%
8位 「バングラデシュ:サイクロンが発生、高潮などで13万人以上が死亡(平成3年)」 9.6%
9位 「インド:インド西部地震、建物倒壊などで約2万人が死亡(平成13年)」 7.8%
10位 「パキスタン地震、パキスタン・インド両国で7万人以上が死亡(平成17年)」 6.9%

■すべての世代で1位はスマトラ島沖地震

年代別にみてみても、すべての世代で1位はスマトラ島沖地震でした。2位は30代以下が「ニュージーランド:カンタベリー地震」、40代・50代は「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」、60代以上は「米国:カリフォルニア州の山火事」と異なる結果になりました。

年代別ランキングの詳細は以下のとおりです。
【30代以下】
1位 「スマトラ島沖地震(平成16年)」 37.9%
2位 「ニュージーランド:カンタベリー地震(平成23年)」 17.2%
3位 「中国:四川大地震(平成20年)」 13.8%
4位 「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」 10.3%
4位 「米国:カリフォルニア州の山火事(平成30年)」 10.3%
4位 「ハイチ地震(平成22年)」 10.3%

【40代】
1位 「スマトラ島沖地震(平成16年)」 48.4%
2位 「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」 27.4%
3位 「中国:四川大地震(平成20年)」 21.9%
4位 「米国:カリフォルニア州の山火事(平成30年)」 18.1%
5位 「ニュージーランド:カンタベリー地震(平成23年)」 17.7%

【50代】
1位 「スマトラ島沖地震(平成16年)」 50.6%
2位 「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」 28.0%
3位 「中国:四川大地震(平成20年)」 23.1%
4位 「ニュージーランド:カンタベリー地震(平成23年)」 21.4%
5位 「米国:カリフォルニア州の山火事(平成30年)」 19.2%

【60代以上】
1位 「スマトラ島沖地震(平成16年)」 61.8%
2位 「米国:カリフォルニア州の山火事(平成30年)」 35.2%
3位 「中国:四川大地震(平成20年)」 32.6%
4位 「ニュージーランド:カンタベリー地震(平成23年)」 29.1%
5位 「米国:ハリケーン『カトリーナ』(平成17年)」 28.2%


ちなみに男女別の1位をみてみても1位はいずれもスマトラ島沖地震でした。

「調査団員の声」では平成の時代に国内・海外で起きた「災害」について、印象に残っていることを教えていただきました〜。

アンケート実施日時:2019年02月01日〜2019年02月14日/有効回答数:2,258

掲載情報の利用についてお問い合わせの方はこちら
https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

地元で起きた阪神淡路大震災。まさか自分の住んでいる地域に突然あんなに大きな地震が来るとは想像もしておらず、自宅半壊という現実を受け入れるまでに数日かかった。まだ幼かった3人の子供がいる中、ライフラインが途絶え、毎日救援物資の長い列に並ばなければならない状況が長く続いたが、たくさんの方々が懸命な復旧作業に尽力していただけて、自宅で暖かいお風呂を沸かすことが出来たときには感謝の気持ちで涙が出た。
58才 兵庫県 既婚 女性

人のために尽くす人とそれに感謝する人!不幸な出来事ではありましたけれど、多くの人のやさしさにも気づく出来事だったかもしれませんね>▽<
調査団編集部: カワンヌ副団長

私が上京して5年後に阪神・淡路大震災が起きているのですが、その時は、やはり、他人事だったのです。その16年後に、東日本大震災があって、初めて被災するとはどういうことか、明日何が起きるのかわからないのだから、今を丁寧に生きなくてはならない、と、思い知らされました。今、本当に国内外で、あまりにも大きな災害が続発しています。一部の人間の欲で、愚かな権力争いをしている時代ではない、と、強く思っています。
52才 千葉県 未婚 女性

そうですよね、あの時のことを思い出すと、改めて毎日を丁寧に生きねば!と思います。
調査団編集部: マリカナ団長

阪神・淡路大震災では、妹夫婦とその家族が神戸在住中に被災したことでしょうか。銀行マンのため、転勤が多くまさに赴任して間もなくのことでした。神戸市内の社宅住まいでしたが、幸いにも建物は無事で難を逃れましたが、被災した周辺住民の方のために、飲み水の供給やお風呂を解放したそうです。小さかった姪や甥は、東京に戻った今でも地震があると当時のトラウマのため恐怖を今でも思い出すそうです。
69才 東京都 既婚 男性

被害の少なかったかたが、被害のあった方にできることを提供する助け合いの精神が、ステキです>▽<
調査団編集部: カワンヌ副団長

平成の災害と言うと国内外含め「大地震」のイメージが強いですが、忘れてはいけない災害のひとつに、去年「平成30年7月豪雨」があります。西日本を中心に襲った集中豪雨による、不幸にして亡くなられた方は200人以上。雨だけでこれだけの災害って尋常じゃない。その後8月の酷暑を含め、去年の気象は世界的にも異常だった。今、間違いなく地球全体がおかしくなってる。これは人類に対する地球の警告ではないでしょうか。自国の利益を優先している場合ではない、人類全体が一丸となってこの危機を乗り越えるなければならないと思うのです。子供たちの未来の為、今こそ人類がお互いの手を取り合い、ボーダーレスで話し合う時です。地球が本気で人類の排除を始める前に、地球と子供たち未来のこと、人類全体で真剣に話し合って欲しい!そう思います。
53才 東京都 既婚 男性

東日本大震災です。2012年3月11日、南相馬市の取引先に出張中でした。地震でヘルメット渡され、外に出ました。その後に本震があって、もう立っていられませんでした。事務所の天井は落下し、工場は一時砂煙で見えなくなる程でした。幸い、その会社の重役さんが来ていて、東京へ帰る車に同乗出来ました。車内で外の景色も、付近の川を渡った時に川面が瓦礫で水面が見えませんでした。何かすごいことが、起きていると感じられました。常磐道がダメで、郡山方面に山越えでした。その最中も停電で真っ暗な集落をいくつも過ぎて行きました。なんとか宇都宮まで行って車内で仮眠しました。その後、栗橋まで行って東武鉄道で埼玉に帰って来られました。あの異様な体験は、忘れたくても忘れられない思い出です。起きていると
65才 埼玉県 既婚 男性

地震や台風などが次々と起こり、以前の被害が記憶の上書をされて忘れられていく事を感じた。京都兵庫北部から西日本全体に被害をもたらした大雨の被害の時も、初期に甚大な被害を受けた京都・兵庫北部の印象が、その後の中国・四国地方の被害状況の大きさに消され、ほとんど報じられることもなく、人々の記憶の底に沈んでしまった。大阪北部地震も、その後の台風被害などに消されてしまった印象がある。今でも、大阪北部にはブルーシートが目立つし、台風被害の大きかった泉州地方でもブルーシートがたくさん残っている。オリンピックや万国博覧会も大切かもしれないけれど、市民の生活そのものの復旧が急がれるのではないか。行政は、もっと住民(国民)の生活を認識すべきだ。
62才 兵庫県 既婚 女性

東日本大震災の時、中部地方の工場で10トンの工作機械の動作試験をしていたが、かなりの揺れが長時間続いたので恐怖心を覚え中断した。事務所へ戻ったらTVのNEWS番組で車が流されていく場面が報道されていて、とんでもない事が起きたと分った。翌日以降にはガソリン・食料品が品薄になり、東北支社からSOSが入り自宅に有った物を皆で集めて届けたが、カンパや寄付を無私の心で行えたのは初めてだった様に思える。
56才 長野県 既婚 男性

「北海道胆振東部地震」一択です。未明に叩き起こされ、何があった、とテレビを点ければ20分少々で北海道大停電となりました。そんな時に「こういう状況の時に何ができるか。テレビが試されている」とカツラ疑惑の有名司会者Kがそんな趣旨の発言をした、のに対して「ふざけんじゃねぇ」と激高したこともありました。また、売り物を腐らせるより、使った方が良いと炊き出しを行ったり、男性用特殊浴場が無料の銭湯になったり(実話)と、それぞれが「自分が出来ること」を出来る範囲でやっていました。私の地域と震源地の真上に住む友人の所には比較的早く停電が復旧しました。その電気でネットを見ていると、善意からのインチキ、デマ、が多かったのには閉口しました。YouTubeだったかで、知識人ぶって「胆振は胆(たん、肝、体)が振(震える)と書く。過去に地震があったことを示している地名」と書き込んだ人がいましたが、無責任にそんな事を書かれるのは迷惑この上ありません。私は努めて冷静に返信を書こうと努力しましたが、なんとか「松浦武四郎のことを調べてから書いてくれ」とそのようなことを書くのが精いっぱいでした。
48才 北海道 未婚 男性

遭遇したら避けることができない地震が怖いです。阪神淡路の震災は、関西に住んでいる時にかかわりのあった人たちへの被害と、崩落した高速道路に映像に衝撃を受けました。東日本の震災時は、息子が仙台にいたので、テレビに映る津波に次々とのまれる車や、避難している人たちにおそいかかる波にぞっとしました。娘の大学の卒業式も中止になり、しばらくは外出マスクをしたり皮膚をおおったりしていました。先日の北海道の地震では、お嫁さんの1人暮らしのおじいちゃんが心配で息子たちがフェリーで訪れました。いつ何があるかわかりませんが、できる備えをしたうえで、地球上に住まわせてもらっているという意識をもって謙虚に暮らしたいと思っています。
61才 千葉県 既婚 女性

なんと言っても、御嶽山の噴火です。おそらく誰も噴火すると思っていなかった信仰の山ですから。富士山が噴火したぐらいの衝撃がありました。そして、地震の規模がここへ来て格段にレベルアップしてきたと思います。学者の皆さんが懸命に研究してきても、残念ながら私たち素人から見れば牛歩にも届かない,ありの一歩との感あり。天変地変に対しては、予測の通らない世界であると言わざるを得ない。となれば、対策は山、川の近くには住宅はもちろん市街地を作らない。作るならば,山を切り開き開墾しあらたな市街地を形成するしかないと考えますが如何でしょうか。カネが掛かる。くだらない政治家たちに任せるから現在があると思うべきでしょう。
72才 愛知県 既婚 男性

東日本大震災です。私の自宅も2日間停電し、2ヶ月間断水状態でした。停電している間、テレビも見れないので東北地方がどんな状態にあるのか、全く分かりませんでした。電気が通り、早速テレビを見たときのあの映像は忘れることができません。あの日を境に原発神話は崩壊しました。ゆえに、原発廃止論者が多数を占めていますが、原発を廃止してこのまま地球温暖化を促進させてもよいのか、温暖化を回避するために昭和初期のようなほとんど電気を使わない生活を強いられても不満がでないのか、はたまた原発再稼動を進めて将来の人に放射性廃棄物を残すのか、どれが一番いいのか私の中でも回答が出ていません。
50才 千葉県 既婚 男性

あの「1995年・阪神大震災」が今でも、忘れる事ができませんね。「平成の大災害」の中で、1番印象に残っています。自分は「岐阜市」に済んでいますが、あの日自宅で少しの震動になっているのに、驚いて目が覚めたの今でも覚えています。ただ幸いにも、自分が住んでいた場所には大被害はありませんでしたが、後で「テレビのニュース番組」を見た時に、背筋が「ゾッ」と来たのを覚えています。改めて振りかると、「震災の恐ろしさ」を知りました。ただ、何時起きるのか分からないだけに、「明日は我が身」と言う気持ちを持たないといけないし、「防災の知識」も覚えないといけませんね。
46才 岐阜県 未婚 男性

やはり「東日本大震災」。東京23区在住だが、本棚から本が崩れ落ちるほどの揺れを感じたのは、60年近い人生で初めてでした。またあの時は大病して手術を受け、間も無い頃でした。自宅療養中だったので、交通マヒによる大混乱や、しばらく続いた交通機関の混乱の影響は受けずに済んだのですが、手術の影響で食べられる食品が限られていたのに、それらが店頭から消えてしまって難渋しました。精神的にもせっかく回復基調だったのに、不安と不便で逆戻り。被災地でご病気の方々の御苦労はいかばかりだったでしょう。
60才 東京都 未婚 男性

東日本大震災の時は、丁度日比谷線の時と同じアーティストのライブに行く予定だったのだが、中止になった。そして会社に泊まって、翌朝帰ろうと銀座駅に向かったら結構人がいた。カラオケ店は営業していたみたいでみんなそこにいたみたい。後から聞いたら、ビルのシステム上だかで夜は出ていかなければならないところもあったみたいで友達は避難所(?)で一夜を明かしたらしくて大変だったみたいだ。恵まれてたなぁ。って実感。翌週はJRが止まっていて駅には駅員に状況を聞く人たちが群がっていてあの光景は忘れられない。
53才 東京都 未婚 女性

兵庫県丹波市に実家があります。平成26年8月の豪雨で被災しました。約1週間後に広島で同様の豪雨があり、そちらの方が亡くなられた方が多かったこともあってその後あまり報道されていませんが、道路などの復旧工事は今も続いています。田舎の小さい町でこれならもっと大きい災害の起きたところはどれほど大変なんだろうと思います。各地で起きてその後報道されなくなったところも同様に復旧は続くのでしょう。
48才 京都府 既婚 女性

阪神淡路大震災時 関連企業の長田支店が被災地中心部にありながら比較的無事だったため地域企業による支援活動の一貫として簡易銭湯を駐車場に設置、水の供給が停止していたので生活用水とお風呂用として早朝大阪から約8tを毎日トラック輸送、日中須磨の貯水場まで水汲み夕方帰宅する活動に男子社員のローテーションではあるが約1ヶ月参加していた。
51才 大阪府 未婚 男性

距離が近いということで阪神淡路大震災。自宅や身内は無事だったが会社の同僚に何人か被災者がいた。避難所にあてられた小学校から通勤する人もいて「〇年〇組で〜す」と明るく話してたのは地域性もあるかな。緊急物資ではないけど無いと困るものは人それぞれにある。テレビやニュースでは見えない聞こえない沢山のことがあった。
70才 大阪府 未婚 女性

災害全般について思うのは、規模の大きな自然災害が発生するのは環境破壊が手遅れ手前まで進んだからだろうし、(手遅れとは思いたくない)これからもっと大きな自然災害は起こりそう。環境問題は薬を投与してスグ治るもんでもないだけに、一刻も早く手を打たないとマズイ。二酸化炭素大量排出国の中国米国が互いに手を取り環境問題に取り組まないと水や食物にまで影響し結局自分で自分の首を絞めることになるのはわかりきってる。持続性社会とか建前ではいってるけど、次世代のことは本気で考えてないように思う。自然災害の影響で国の経済的損失が黒字以上になればさすがに真剣になるだろうがジエンドかな。
53才 大阪府 既婚 男性

日本では、やはり阪神・淡路と東日本が大きすぎて、他にもたくさんあったが、あまりに映像が印象に残っていて。阪神・淡路のときは、甚大な被害のところではないが、大坂に住んでいたので身近に感じた。東日本は東京におり、離れていながらも影響があったし、日本人として心を動かされずにいられない状況だった。最近は災害が多すぎて、一つ一つを記憶したり、思いをはせているうちに次が来るような状態で、でも、感情が薄れないようにしたいと思う。
61才 東京都 未婚 女性

広島県の相次ぐ大雨災害は日本の縮図の様に思う。都会から離れた田舎は過疎化が進み、限界集落化し住民より狸猪が多くなり、無医村、お店無し、不便この上なし、一方、大都市に近い新興住宅は上に伸び、山を崩して開発が進み想定外?の大規模災害が発生する。先人が住まなかった場所は、過去に何かが有ったはず、無暗な開発は一考を要すのでは。我が実家も人が住まなくなり昨年解体した。少し外れた田舎は無人の空き家、空き地ばかりだ。
70才 東京都 既婚 男性

「阪神・淡路大震災」です。高校生の修学旅行で関西方面に行き、神戸にも観光に行きました。その修学旅行から帰ってきた数か月後にあの震災が起こりました。テレビに映る、ついこの前行ってきた神戸の街の変わり果てた姿に悲しさが止まりませんでした。数年後、再び神戸を訪れる機会があり、あの震災から復興した街を見て、思わず涙があふれてきました。
42才 群馬県 未婚 男性

9.11(同時多発テロ)と3.11(東日本大震災)は今でも映像を見ると気分が悪くなります。9.11はあってはならないと思うし、3.11はいつこういう事態が発生するかと思うと恐怖でならない。人災・天災こういうことを考えながら生きていかなくてはならないことをこの平成の30年間に思い知らされました。
65才 山口県 既婚 女性

東日本大震災・東北で地震があったのは知ってたけれど、たまたま訪ねた実家でついてたテレビ画面に「なにこれ?こんな時間に映画?」津波が襲い掛かっている映像でした。ライブと気付いて呆然。中国:四川大地震・その時新聞の一面に掲載されてた写真が忘れられないのです。今思い出しても涙が出そうになります。
54才 大阪府 既婚 女性

平成7年、阪神淡路大震災の日、海外出張でドイツ、ハイデルベルグのホテルに宿泊、朝起きてすぐにテレビを視たらCNNのトップニュースで大きく報じられ、阪神高速道や西宮神社の倒壊などが映し出されて、驚愕!我が家に電話したが通ぜず、半日後にやっと通じて、家族の無事がわかった。気を揉んだあの半日が忘れられない。
88才 大阪府 既婚 男性

1月17日の朝に茨城県の事務所から京都の工場に納期確認などの通常連絡をしたら、今地震で大変なことになってる、震度7と聞いて、あわててテレビをつけて、阪神淡路の災害の状況を知った衝撃は今でも忘れない。その年に京都に転勤になり、爪痕深い京都工場で働き出してから、もっと、災害の怖さを感じた。
54才 茨城県 既婚 男性