平成の流行・社会現象ランキング 1位 裁判員制度がスタート

平成の流行・社会現象ランキング 1位 裁判員制度がスタート

平成の流行・社会現象ランキング 1位 裁判員制度がスタート

平成の時代に印象に残っている「流行・社会現象」について調査しました。
総合で1位は「裁判員制度がスタート」で50.8%、2位は「東京スカイツリー完成」で50.1%、3位は「山中伸弥氏がiPS細胞でノーベル賞受賞」で47.9%、4位は「きんさん・ぎんさんフィーバー」で47.0%、5位は「西暦2000年問題」で44.1%という結果でした。

総合ランキングの詳細は以下のとおりです。
1位 「裁判員制度がスタート(平成21年)」 50.8%
2位 「東京スカイツリー完成(平成24年)」 50.1%
3位 「山中伸弥氏がiPS細胞でノーベル賞受賞(平成24年)」 47.9%
4位 「きんさん・ぎんさんフィーバー(平成4年)」 47.0%
5位 「西暦2000年問題(平成11年)」 44.1%
6位 「平成の米騒動(平成5年)」 39.9%
7位 「皇太子徳仁親王殿下・小和田雅子さんご成婚(平成5年)」 38.6%
8位 「将棋の藤井聡太さんがデビュー後の公式戦29連勝の新記録(平成29年)」 35.0%
9位 「たまごっちが大流行(平成9年)」 31.0%
10位 「2020年の五輪が東京に決定(平成25年)」 29.6%

■男性の1位は「東京スカイツリー完成」、女性の1位は「きんさん・ぎんさんフィーバー」

男女別にみてみると、男性の1位は「東京スカイツリー完成」、女性の1位は「きんさん・ぎんさんフィーバー」と異なる結果になりました。男女で差が大きかったのは「皇太子徳仁親王殿下・小和田雅子さんご成婚」(19.1ポイント)、「きんさん・ぎんさんフィーバー」(13.7ポイント)でいずれも女性が多くなっていました。

男女別ランキングの詳細は以下のとおりです。
【男性】
1位 「東京スカイツリー完成(平成24年)」 50.3%
2位 「裁判員制度がスタート(平成21年)」 50.2%
3位 「山中伸弥氏がiPS細胞でノーベル賞受賞(平成24年)」 46.4%
4位 「きんさん・ぎんさんフィーバー(平成4年)」 44.6%
5位 「西暦2000年問題(平成11年)」 44.5%
6位 「平成の米騒動(平成5年)」 39.5%
7位 「皇太子徳仁親王殿下・小和田雅子さんご成婚(平成5年)」 35.0%
8位 「将棋の藤井聡太さんがデビュー後公式戦29連勝の新記録(平成29年)」 34.7%
9位 「たまごっちが大流行(平成9年)」 28.7%
10位 「2020年の五輪が東京に決定(平成25年」 28.4%

【女性】
1位 「きんさん・ぎんさんフィーバー(平成4年)」 58.3%
2位 「山中伸弥氏がiPS細胞でノーベル賞受賞(平成24年)」 54.1%
3位 「皇太子徳仁親王殿下・小和田雅子さんご成婚(平成5年)」 54.1%
4位 「裁判員制度がスタート(平成21年)」 53.4%
5位 「東京スカイツリー完成(平成24年)」 49.2%
6位 「平成の米騒動(平成5年)」 42.2%
7位 「西暦2000年問題(平成11年)」 41.5%
8位 「たまごっちが大流行(平成9年)」 39.1%
9位 「感染症SARSがアジアを中心に流行(平成15年)」 36.8%
10位 「将棋の藤井聡太さんがデビュー後公式戦29連勝の新記録(平成29年)」 35.8%



ちなみに総合の11位以降は、11位が「SARS」がアジアを中心に流行、12位が後期高齢者医療制度発足、13位が「ゆとり教育」導入、14位が「O157」発生、15位が郵便番号が5桁から7桁にでした。

「調査団員の声」では平成に起こった文化・生活系の流行・社会現象で、印象に残っていることやエピソードを教えていただきました!

アンケート実施日時:2019年03月01日〜2019年03月14日/有効回答数:2,154

掲載情報の利用についてお問い合わせの方はこちら
https://inquiry.nifty.com/webeq/pub/news/editing

印象に残っている流行や社会現象は子供の成長と共に記憶に残っているように思う。まだネットショッピングという方法が普及していなかった時代に子供の誕生日プレゼントにしたくておもちゃ屋さんのたまごっちの列に並んだこと、USJプレ・オープン・ペアチケットに当選したのはいいが、子供が3人いるので誰が行くかを家族でじゃんけんしたこと、2000年のカウント・ダウンを家族揃ってハワイで迎えたこと、そして日曜の夜6時には家族揃って「ちびまるこちゃん」を見て「おどるポンポコリン」を口ずさみながら夕飯の準備に取り掛かるという習慣は、子供たちが巣立ったあとも何となく続いていて、子供たちの新しい一週間の無事を想う時間となっている。
58才 兵庫県 既婚 女性

「たまごっち」に「ちびまるこちゃん」!私と同じです!考えてると、私の人生がほとんど平成そのものです^▽^
調査団編集部: カワンヌ副団長

だれもがパソコンと携帯電話をもつのがあたりまえになったこと。平成になったばかりのときにはパソコンを持っている人は少数派だったのでは? 私は平成年に子どもを出産し、外出がままならなくなったのを機にパソコンを買いました。家にいながらにして、いろんなひととのコミュニケーションがとれるのが夢のようでした。ニフティさんのパソコン通信にもお世話になりました。いまではパソコン見過ぎで肩こりがひどい。こんな時代になるとは30年前は思っていなかった。
57才 東京都 既婚 女性

パソコンを通じての情報発信とコミュニケーション。それがスマホでもできるようになって。変わりましたね〜(´▽`*)
調査団編集部: マリカナ団長

阪神の震災と東北の震災は衝撃だったが、文化・生活系として「ボランティア活動の普及」を挙げたい。昔の「奉仕活動」ではなく、平成の時代にボランティアの活動として社会的に認知されたと思う。今では、多くのボランティアが社会の隅々まで活動を広げている。ボランティア活動の分野は様々あり、自分の生活範囲の中でできることが長続きのコツだと思う。
70才 神奈川県 既婚 女性

ネットでの人とのつながりも、ボランティアが根付いた要因のひとつかもしれませんね!もっと人にやさしい世界なってくれると嬉しいです>▽<
調査団編集部: カワンヌ副団長

電子マネー(ICカード型/スマホ型)の普及。当初磁気プリペイドカード方式で始まった電子マネー、JR東が自動改札機を導入したことで一気にメジャーになりましたが、その電子マネーにJR東は革命的変化をもたらした!それが2001年(平成13年)ペンギンがキャラクターの交通系ICカード型電子マネーの投入です。今や発行枚数6000万超。日本を代表する電子マネーになりました。そしてスマホの普及と共に電子マネーは爆発的に世界に広がり、遂に日本に逆上陸するモノも表れた!来年は五輪でたくさんの外国人が日本に来る。各国の媒体に対応しなければならない企業は大変でしょうが、今や電子マネー決済はグローバルスタンダード。これからもどんどん進化する便利な電子マネー。日本で生まれた技術に感謝です!
53才 東京都 既婚 男性

平成7年(1995年)にはWindows95が発売され、PCが個人レベルで使えるようになり、4年後の平成11年(1999年)には、Windwos98セカンドエディションが発売されてインターネットが誰でも使えるようになりました。翌、平成12年(2000年)に携帯電話にiモードが搭載されてインターネット機能が強化されました。その後、平成20年(2008年)にiPhone3Gが発売されてスマートフォンの普及が進み、現在に至ります。平成の時代にPCが一般に普及しましたが、更にPCいらずの便利な世の中になったものです。しかし、いまや、SNS依存が病気と判断される時代ですが、休む間もなく使い続けて心身に異常が起きることもあります。スマホやPCは利用しすぎないように注意が必要な時代となってしまいました。
60才 千葉県 未婚 男性

不評だったタイ米ですが、私はチャーハンなどに向いていることから好きで、日本米が出回るようになってからも、タイ米を探してお米屋さんに行きました。でも、無かったですけど。。。一昨年、タイに行った際には、自分用にタイ米を買って来ました。
59才 東京都 未婚 女性

「SARS」が大きな出来事でした。実は、その大騒ぎの最中に中国への出張となり、会社としても中止するのか迷った挙句に重要プロジェクトと言うことで出張が決定したのです。僕を含めて10人ほどで出張しましたが、やはり異様でした。行きの飛行機はマスクだらけ。現地でも異国からの訪問者ってことで、こちらでいう警察に張り付かれるじょうたいでした。一番驚いたのが、僕と4人の同僚は、1カ月ほどで帰国となりましたが、まだまだ収束しておらずに飛行機に乗る人が居なかったことです。確か百数十人乗りの飛行機だと思いますが、僕ら5人と他企業の日本人2人、あとは常務スタッフという考えられない状況でした。まぁ軽くて燃費は良かったでしょうけど、これって本当に「SARS」の怖さを感じた出来事でしたね。
54才 長野県 既婚 男性

平成元年ごろ、一部の高級外車(ベ〇ツとか)に電話が付いているのが、何というかステータスを感じた。その直後に携帯電話を持つ人がちらほら出てきたと思ったら、あっという間にみんなが持っているようになり、そのまた数年後には子供ですら持っていても不思議ではない世の中に…。かつては固定電話がないと銀行口座も開設できなかったのに、この頃では固定電話のない家庭も年代に関係なく増えてきた。電話の環境が激変した時代だったと思う。
54才 神奈川県 既婚 女性

携帯生活の始まり。携帯のない時代に青春を過ごしたわたくしには、連絡がつかなくて右往左往した記憶がたくさんあります。同じところにいるのに出会えなかったたり、待てど暮らせど到着口から出て来ない恋人を待ったり、はたまた友達の家に電話するのにも勇気がいったり。そんなドキドキを今の若者が味わうことはないのだなと思うとなんだか得した気分。だって娘曰く「携帯がなくてどうやって待ち合わせするの?」ですから。
54才 兵庫県 既婚 女性

IT土方をしていて1999年の大晦日から元旦にかけて夜間作業となりイレギュラーな作業や日ごろ来ない文句ばかり言うお客様の団体(でも邪魔ばかりする)など異様な盛り上がりだったが何もなかったのが幸いだった。タマちゃん騒動のときも多摩川河川敷近くの職場だったので騒動をビルの上から眺めていたり、雇い先の人が「タマちゃん焼き」なる大判焼きもどきを買ってきたりしていたのを覚えています。
48才 千葉県 未婚 男性

オグリキャップだねえ。地方競馬出身という野武士だし、中央競馬に入って、連戦連勝し、勝って当然の馬でした。晩年、衰えが顕著になり、もう駄目だと思われた引退レースの有馬記念で、奇跡の復活。”オグリ”コールが止まらぬ中山競馬場。競馬場で、あんな光景は史上、初めてでしょう。そのオグリキャップの姿に、最後まであきらめず、がんばれば、報われるんだ、というのを、教わった気がしたのでした。
53才 千葉県 未婚 男性

韓流…でしょうか。メディアで言えばTVドラマだったりK-POPだったり。スポーツならワールドカップ共同開催もありました。韓国旅行や韓国料理も流行し、スマホや液晶TVも韓国産が席巻。私には正直、良さがサッパリ理解できないのですが、とにもかくにも、パクリだろうが反日だろうが、日本人であれば一般人であっても、彼の国を普通に意識するようになった時代だったのかなと感じています。
49才 東京都 未婚 男性

ガングロ:ちょっと理解不能で否定的に見ていましたが、ファッション界の大物女性(名前忘れた)がテレビで話してるのを聞いて目からうろこでした。ファッションセンスはともかく自分の好きにするという自由さを褒めてました。いつまでも続けるわけじゃなく一定の年齢になればやめるだろうし今しかできないことをするのは若さの特権と肯定的でした。なるほど〜と思いちょっと見る目が変わりました。
70才 大阪府 未婚 女性

比較的新しい事ですが東京スカイツリーの完成かな。自宅から比較的短時間で行ける事もあり工事中とほぼ完成時に見に行きましたが何故か完成後はまだ一回も行っていません。東京タワーのイメージが強いせいか何かいまいちなスタイルと言う感が強かったのですが会社のデスクから見える事もありだんだんと馴染んできました。あんな高いタワーを作る日本の建築技術は本当に凄いと思います。
70才 東京都 既婚 男性

冷夏の米不足の時には、友人たちのいろいろが見えました。実家のお母さんとあちこちにお米を買いに走った方に、自分たちだけよければいいとは思えませんでした。私はあるものを食べればいいと思い、タイ米でピラフを作ったりしました。ホームベーカリーを購入して家でパンを焼くようになったのも、このときの友人のまねでした。
61才 千葉県 既婚 女性

タイ米騒動があった冷夏は、就職して間もない頃で、初めての一人暮らしで心細かったのを思い出した。結局、祖父母が作ったお米を送ってくれたので、一人分には十分足りてほっとした。今はもう祖父母とも他界してしまったけれど、お米だけでなく、野菜やおやつも色々送ってもらったなあとしみじみ思い返した。
52才 愛知県 既婚 女性

Windows95の発売をきっかけに、個人でパソコンを使う人が激増した。まだインターネットが普及する前に、パソコン通信にはまり、たくさんの友人と出会い、今でもつきあいが続いている。今こうして何でも調査団に答えている原点がそこにある。
69才 埼玉県 既婚 女性

山中教授が開発したips細胞は、頚椎や網膜への移植など治験が許可されるなど具体化が進んでおり、不治の病で悩む人たちへ光明をもたらそうとしています。ここまで実現化が進んでくると、「早くやっちゃってあげてよ」と言いたくなっちゃいますね。
76才 東京都 既婚 男性

世相を「平成」の時代と言うことで切り取れるのかどうかは疑問ですが、あえて「昭和」の「時代」との「この差ってなぁに」と問うのであれば、国際的背景からは「平成になくて昭和にあったもの」はズバリ「ソ連」だと見えてくるでしょう。その真似をしてみたり対抗してみたりで四苦八苦したのが「昭和」の緊張の60年間でした。その「ソ連の崩壊」後の「平成」の30年の社会とは端的に言えば弛緩・放縦・頽廃の時代だったと概括できるのでは。では「平成」のツギは? 某「お嬢様」の「駆け落ち」が「出戻り」を予感させながら取りざたされることのなかにその占いは見て取れるのかも知れませんね。
71才 愛知県 未婚 男性

平成時代は、職場の中で自分も若手から中核へ移行していった時期で朝から晩まで休みもなく仕事してた(働かされていた?)。当然TVなど見る暇もなく世の中のこと、特に芸能界のことはさっぱりで流行りも何もわからなかった。ただ日常の中で髪形やファッションには今と違う特徴があったような。いわゆるトレンディ。全体が短いわけではないが刈上げが入ったヘアスタイル、服はデザイナーズ系。アラレちゃん型メガネもあったかな。お金がある人もない人もそんな感じだった。自分が若かったせいもあるが先に対する不安より豊かな未来を感じられたような気がする。
56才 群馬県 既婚 男性

山一証券の自主廃業、そしてリーマンショックです。今まで半ば公然と行われていた金融界の悪弊が、透明性を求める世界の基準の変化とともに実は非常に脆弱で危ういものだったということが露呈された事件でした。ボーダーレスで金融が増殖する中、そのマイナスの影響は計り知れない破壊力を持ってしまうんだということを思い知らされました。経済の「血液」といわれる金融が、その規模の拡大ゆえ、一つの過ちや投機的な動きで、ここまで国内のみならず世界を翻弄するのは、金融システムの限界を感じさせるメッセージでした。
58才 千葉県 既婚 男性

「O157」です。その時勤めていたのが某臨床検査会社だったんですが、便検体が目に見えて増加しました。しかし、私が仕事していた施設では検査できる環境がなく、全て東京の本社に送っていました。東京本社では、日本全国から便検体が送られてきて、専用の検査室が使えないからと非常事態が宣言され、廊下で検査するというあり得ない状態になったそうです。ちなみに会社は「O157特需」で、納会では「過去最高の収益」になったそうで、お偉方が喜んでしました。
48才 北海道 未婚 男性

ニンテンドーゲームボーイカラーが買えなくて大変だった。クリスマスに子供のために、ゲームボーイを買いに行ったんだけどカラーは品切れで入荷は年明け。とりあえず子供の分2台を予約注文して、白黒の旧型を買ってクリスマスプレゼントに。子供が幼稚園と小さかったので、分からなかったらしくとっても喜んでくれた。年明けカラーが手に入ったら交換、旧品はリセールに。子供の夢を壊さないようにおとーさんは大変だったのです。
54才 茨城県 既婚 男性

髪の毛の色ですかね。今やある種の人々でしか見かけられない極端な髪色の人々ですが、当たり前のように金髪とか明るい茶髪がいたのにせいぜいちょっと茶色程度が主流になっています。ガングロとか、あの当時の格好を自分の子供や会社の同僚に見せてみてどんな反応をするか見てもらいたいですね。ただ、流行はその時の流行だから今流行っているモノも数年後には笑いの対象になる可能性があるのは当たり前で難しいのですが。
54才 新潟県 未婚 男性

なんと言っても、IT革命とか情報革命とか言われる、産業構造から個人のライフスタイルまでを様変わりさせた急激な技術の発展。パソコン、携帯電話、スマートフォンの普及で、私たちの生活様式はまさに革命的に変わった。その基礎には、今では誰もが無意識に使っている漢字変換、つまりは「漢字かな混じり文」という特殊な日本語をキーボードで打てるようにした日本語ワープロの発明があったことは、特筆されてよい。
63才 東京都 既婚 男性