「太陽の道」の始点探しにでかけてみたら……神々しい場面に出会えた件

「太陽の道」の始点探しにでかけてみたら……神々しい場面に出会えた件

「太陽の道」の始点探しに行ってみた

古代ミステリーファンの間から長年熱視線が注がれる「レイライン」とも「太陽の道」とも呼ばれる存在。

太陽の道は日の出から日の入りまでに太陽が通る、一直線をいい、古代の太陽信仰と深く関わりがあると考えられています。
線上にある山のいくつかは古代より「ご神体」としてあがめられ、場所によっては神社が置かれているなど、大切に扱われてきました。今では歴史の中に埋もれてしまい、これらが本当に太陽を意識して作られたかはきちんと解明されていません。

しかし、その線上は見る者の好奇心をくすぐってやまず、興味を持ち各地を「聖地巡礼」して回るファンは多数存在しています。ちなみにそうした巡礼者は「レイラインハンター」と呼ばれることもあるんです。

■メジャーな太陽の道はほぼ近畿にあるけど……

さて、その太陽の道。奈良県の「三輪山(箸墓)」を中心に、三重県多気郡にある「斎宮」と兵庫県淡路島を結ぶ線、三重県伊勢市にある「神宮(内宮)」(以下、伊勢神宮)と京都府福知山市の「元伊勢皇大神社」を結ぶ線。
そして兵庫県淡路島の伊弉諾神宮を中心に、伊勢神宮と長崎県の「対馬国一宮海神神社」を結ぶ線などが業界(古代ミステリーファン)的にはよく知られています。

淡路島の伊弉諾神宮には「太陽の運航図」という石碑がたてられており、福知山の元伊勢皇大神社にも「日出の奇麻知」という図が置かれ、その不思議さを紹介しているとおり、この「レイライン」とよばれるもののメジャースポットは基本「近畿」に集中しています……。そう、関東は仲間はずれなのです。


■御来光の道

ところがどっこい、ようやく本題ですが実は関東にもあるんです!
その名も「御来光の道」。始点となるのは千葉県長生郡一宮町一宮にある「上総國一之宮 玉前神社」とされ、神奈川県高座郡の「相模国一ノ宮 寒川神社」や「富士山」などを経て、終点は島根県出雲市の「出雲大社(いずもおおやしろ)」と言われています。ロマン……ロマンです!

以前より小耳にはさんではいたのですが、始点となる玉前神社と深い関わりのある「釣ヶ崎海岸(通称、志田下ポイント)」が、2020年の東京オリンピックのサーフィン会場に指定されたこともあり、折角なので行ってきました。

■始点は「上総國一之宮 玉前神社」?

御来光の道は、秋分の日と春分の日にその道が開け、当日には各ポイントを太陽が通過します。

始点は「上総國一之宮 玉前神社」と考えられてますが、実は始点候補はもう1つあります。とりあえず一つ目の始点候補、玉前神社に。

玉前神社の創建は「不詳」。永禄年間に大きな戦火に巻き込まれ社殿から文書全てを消失し、創建の由来や年数などが一切不明となっています。しかし、毎年9月10日から13日に行われる例祭「上総十二社祭り(上総裸祭り)」は、大同2年(807年)創始と伝えられており、少なくとも1200年は存在すると考えられています。

訪れた日は最近の雨模様とは一転、綺麗な青空の広がる真夏日でした。
最寄り駅は、JR外房線上総一之宮駅で徒歩8分。車なら128号線から少し入ったところにあります。本来であれば「九十九里有料道路の一宮」を降りて〜と説明したいところですが、九十九里有料道路は現在一部区間が工事中です。そのため、もし東京方面から車でくる場合には、東金九十九里有料道路の九十九里ICで降り、県道30号を南下してください。(九十九里ICを降りて右)

筆者はこの日、自家用の軽自動車でブーンと1人訪れました。スマートフォンのナビには「玉前神社」と入れると一発ででてきます。九十九里ICで降りて40分ほど走ると、入り口の大きな鳥居がお出迎えしてくれました。駐車場は回り込んだ裏側にあります。東に向いた鳥居前から駐車場までは道が少し細めなので、車で行くときにはご注意を。駐車場は比較的広く、看板で正面への誘導もされていました。

さて回り込み正面の鳥居をくぐります。この最初の鳥居は東に向かって建てられていました。それをくぐると、次の鳥居の間に「茅の輪神事」の茅の輪が。茅の輪神事は、ここに限らず毎年二度(六月夏越、十二月年越)各地の神社で行われているもので、心身についた罪・穢れを清めて、神々の御加護を祈る禊ぎの神事。ここは折角なのでと、書かれる通りの作法で、「祓へ給ひ清め給へ」と唱えながら、輪の前で一礼し左を二回、右を一回回りました。


そして次の鳥居をくぐり、手水をいただき身を清め、本殿に向かうと、黒塗りの建物がみえてきます。最初の鳥居は東に向かいたてられていましたが、本殿は南を向いてたてられています。神社の多くは南を向いてたてられており、特に伊勢神宮に関わりのある神社にその傾向があることで知られています。中には伊勢神宮の方向を向いていることもあるんです。



神社の多くが南向きである理由は定かではありませんが、南の方には「黄泉(生まれ変わる場所、再生の地)」があるという説もあり、もしかしたらそういう古代信仰の名残なのかな。と個人的には考えています。実際、和歌山県の熊野は近畿の南に位置し「黄泉がえり(再生)の地」として古来より信仰を集めています。さらに余談ですが、熊野神社が日本一多い場所は千葉県です。以前、熊野に別取材で訪れたときに、熊野本宮大社の看板に書かれていました。そう考えると何か信仰的つながりが熊野と千葉には深くあるのかもしれませんね。


さて、話を戻すと、玉前神社の本殿は内側から足下に至るまで全て綺麗に黒で塗り上げられていました。多くの神社にある朱塗りとはまた異なり、これはこれで美しい……。純粋に美しいと感じてしまいます。



そして訪れた時間は朝早いうちだったこともあり、ちょうど本殿の右側(東)から太陽が昇ってくる場面に立ち会えました。写真(見出し・本殿左側より撮影)ではうまく撮ることができませんでしたが、本当に神々しく。古くからある神社では太陽の効果をうまく利用しているところが多いといいます(本殿の真後ろから太陽が昇る・沈むなど)、きっとここもその一つなのだろうなと確信できました。


■祭神・玉依姫命は初代天皇の母

そして祭神は「玉依姫命(たまよりびめ)」とされています。玉依姫命は海神の娘。玉前神社の説明書によると、玉依姫命は海(竜宮)からこの地にあがり、姉の豊玉姫命(とよたまひめ)から託された、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえず)を養育したとされています。

これだけじゃ、なんで?となるかもしれないので、神々の事情を分かりやすく補足をしておくと、鵜葺草葺不合命のパパは火遠理命(山幸彦)。お産の時に覗くな!と散々念を押されていたにもかかわらず、いてもたってもいられない山幸彦はついうっかり覗いてしまいます。勿論、豊玉姫命は激おこ。妹に息子を預けて実家(海・竜宮)にプイッと帰ってしまったのでした。

そして、鵜葺草葺不合命を託された玉依姫命はこの地でせっせと甥の養育に励み……なんと!後に夫婦となったと言い伝えられています。つまり、逆源氏物語!それはさておき、二人は子供をもうけます。その子が後の初代天皇・神武帝。玉依姫命=初代天皇の母ということになります。

こうした言い伝えもあり、長年、安産・子育ての神様として親しまれています。特に昨今はパワースポットとしても注目され「女性にパワーを与える神社」としてネットで超話題になっています。色々気になる御利益はありますが、境内は美しく清められており、清々しい気持ちを沢山いただけたことはたしかです。

なお、本殿左に行くと「はだしの道」というものがあります。円形に整えられた盛り土のある木々の周りを裸足で時計回りに3周まわるそうです。「一周廻りて無垢となり、二周廻りて気を入れて、三周廻りて気を満たす」と書かれています。これも一種の再生の儀式のように感じられました。

■もう一つの始点候補

さて、長々なってしまいましたが、お次はもう一つの始点候補に。それが、今回オリンピック・サーフィン種目の競技場に決定した釣ヶ崎海岸!

場所は九十九里ICを降りてから30号ぞいを南にまっすぐ行ったところにあります。左手に看板がでていますが、かなりうっそうと茂っているので見落としがち。行くならばナビが必要です。
またサーフィンの聖地ともされる場所なので、土日は多くのサーファーがつめかけます。駐車場は終日埋まっていることも多いので、できれば平日訪れることをおすすめします。

そして交通機関を使う場合には、JR外房線東浪見駅から徒歩15分、JR外房線上総一宮駅からはタクシーがあるのでタクシーで7分の場所となります。

今回話題を取り上げるきっかけとなった「釣ヶ崎海岸」には、海に向かいぽつんと鳥居が置かれています。「釣ヶ崎の鳥居」とも「志田下の鳥居」とも呼ばれる存在。鳥居はもともと別の場所にあったそうですが、この場所は玉前神社祭神の由縁となる場所だそうです。

■神々が集う場所

毎年9月にこの場所では「上総十二社祭り」が行われます。大同2年(807年)創始とされ、この地方で最も古い浜降神事。9月13日の例大祭には「九十九里浜の釣ヶ崎海岸に玉依姫命の一族である神々集う」と言い伝えられており、その日は近隣の神社から神輿にのり、神々は釣ヶ崎の祭典場へ渡御(おでましになる)になるそうです。サーファーにとっての聖地は、本物の「聖地」でもあるのです。

そして春分の日、秋分の日の朝日をこの鳥居からのぞくことができます。鳥居越しに見ることができる朝日。神々しいことこの上ない美しさでしょう。なお、秋分の日の朝日のようすは、上総十二社祭の「釣ヶアTシャツ」にもプリントされ販売されていますよ。

(宮崎美和子 / 画像・編集部撮影)

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