「首里城」は5度も火災に見舞われていた! 火災や戦災を受け、再建を繰り返してきた“世界遺産・首里城”の歴史を解説

「首里城」は5度も火災に見舞われていた! 火災や戦災を受け、再建を繰り返してきた“世界遺産・首里城”の歴史を解説

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 今回紹介する、事故と災害を解説するところさん投稿の『【ゆっくり解説】不審火により半壊した首里城|実は何度も燃えていた「首里城火災」』という動画では、世界遺産にもなっている首里城の火災の歴史について解説を行っていきます。

【【ゆっくり解説】不審火により半壊した首里城|実は何度も燃えていた「首里城火災」

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5度も火災に見舞われた首里城

霊夢:
 まず首里城の簡単な説明からはじめるわね。沖縄の方言だと「スイグシク」って言って、かつて海外貿易の拠点だった那覇港を見下ろすような、小高い丘に建てられた沖縄県内最大規模の城だったのよ。沖縄の歴史・文化を象徴する城で、首里城の歴史は琉球王国の歴史そのものって言っても過言じゃないわね。

魔理沙:
 やっぱり沖縄って言ったら、この「首里城」が有名だよな。由緒正しいお城だっていうのは何となく分かったんだけど、一体いつ頃から建てられたお城だったんだ?

霊夢:
 具体的な年代はまだはっきりしてないんだけど、近年の発掘調査によると14世紀末には存在したと言われているわね。日本だとちょうど、戦国時代の真っ只中ね。国王とその家族が居住する「王宮」だったと同時に、王国統治の行政機関「首里王府」本部の役目も果たしてたみたいね。

 あと各地に配置された新女(しんじょ)を通じて、王国祭祀を運営する宗教上のネットワークの拠点にもなっていたり、首里城とその周辺は芸能・音楽が盛んに演じられたり、美術・工芸の専門家が数多く活躍してたみたい。

 いわば琉球にとっての文化芸術の中心にもなってたみたいね。中国や日本と長く交流してたおかげで、ところどころで中国や日本の建築文化の影響を受けてるみたいだし。今でもお城の跡地として残っていて、国営沖縄記念公園の首里城地区、通称・首里城公園として都市公園になっているわ。

 ほら、標高120mの小高い山の上に建てられてるから、城内から那覇市内や東シナ海まで一望できちゃうのよ。

魔理沙:
 おお、これはなかなかいい眺めだな。

霊夢:
 城内にはレストランなんかもあって食事もできるし、タコライスやソーキそばなんかが売ってたりするのよ。あと地元産のオリオンビールを飲んでみるのもお勧めよ。

魔理沙:
 あれ、サイトをちょっと覗いてみたら、首里城はまだ復興の途中みたいだな。

霊夢:
 あれだけの火事になっちゃったくらいなんだもの。さすがに首里城全部を復興させるのにも相当な時間がかかっちゃって当然よ。その前に首里城は何度も火災に遭っちゃった過去があるの。先にこっちから説明させてもらうわね。

魔理沙:
 首里城ってあの時の火災だけじゃなくって、そんな昔から何度も火災に遭っちゃってたのか。

霊夢:
 まず一度目の焼失は1453年。享徳2年の出来事だったわ。どうも「志魯・布里の乱」っていう王位争いで、場内は完全に破壊されちゃったみたいなの。1度目はちゃんと首里城も再建されたんだけどね。

 今度は1660年、万治3年に首里城がまた焼失しちゃうの。これで2度目ね。それで結局、首里城が再建するまでに11年もかかっちゃったみたい。

魔理沙:
 復興させるまで11年もかかっちゃうもんなのか。当時は重機なんかもなかったはずだし、さすがに首里城を建て直すのも大変だったかもしれないな。

霊夢:
 さらに1709年、宝永6年、3度目の火災が起きちゃって、正殿や北殿、南殿なんかが消失しちゃったみたい。この当時は幕府の財政も逼迫しちゃって大変だったみたいだから、1712年、正コ2年に薩摩藩から木材2万本を提供してもらってたらしいのよ。

魔理沙:
 そんなに何度も火事になっちゃってるんだから、もっと燃えにくい素材を使ったほうが良かったんじゃないのか?

霊夢:
 しょうがないでしょ、なにしろ江戸時代なんだから。今みたいにコンクリートを簡単に用意できるような時代じゃなかったのよ。それにあの当時だって、将軍様が住んでるお城ですら基本的に木造だったのよ。火の不始末にとにかく注意を払わなくちゃいけないような時代だったのよ。

 それで現在残されてる首里城は、3度目の火災後に再建された形をベースにしてるわけよ。1879年、明治12年に沖縄県立首里高等所学校、首里尋常高等小学校女子部、沖縄県立女子工芸学校の校舎として利用されてたの。

 この頃になると老朽化もだんだんと激しくなってきちゃってて、倒壊しちゃう前にいったん取り壊そうかって話まで出て来てたみたいね。

 でも沖縄の文化を保存しようって動きが出てきて、取り壊しも中止ってことになって、正殿の背後に沖縄神社も建てて、正殿を神社の拝殿って位置づけにすることで国の予算で修復できるよう取り計らうようにしたみたい。

魔理沙:
 度重なる火災だけじゃなくって、下手すりゃ老朽化のせいで取り壊されちゃうかもしれなかったんだな。無事に今でも首里城が残ってて本当に良かった。

霊夢:
 でも今度は1945年、昭和20年の頃だから、太平洋戦争の時代ね。今度は沖縄戦に巻き込まれちゃったの。太平洋戦争中の沖縄戦で日本軍が首里城の下に地下壕を掘って、陸軍総司令部を置いちゃったもんだから……。アメリカ軍としても当然、敵だった日本軍の基地を攻撃せざるを得ないわよね。

 1945年の5月25日から3日間にわたって軍艦から砲撃されちゃって、27日にまた首里城が消失しちゃったみたいなの。しかも日米両軍の激しい戦闘で、首里城や城下の町並みとか琉球王国の宝物や文書などの多くの文化財が破壊されちゃって大変だったみたいよ。

魔理沙:
 火災の次は戦争にも巻き込まれちゃったのか。

霊夢:
 戦後復旧の一環で琉球大学を建設したりして、首里城自体はほぼ完全に破壊されちゃったみたいなの。

魔理沙:
 あれ?でも今、ちゃんと首里城は残ってるはずだろ?今立ってる首里城ってもしかして偽物だったりしちゃうのか?

霊夢:
 まぁ、ちょっと落ち着きなさいって。城壁や建物の基礎の一部なんかがほんの少しだけ残ってただけだったんだけど、その後に琉球大学を移転することになって、1990年から首里城を本格的に復元することになったのよ。

 昭和初期の正殿改修図面・写真資料や、お年寄りの記憶なんかを元にして、工芸家や職人を動員して、当時の装飾・建築技術をわざわざ復元していったわけよ。

 例えば屋根瓦ひとつとっても、記録なんてまともに残ってなかったみたいだから、その当時の知るお年寄りたちを集めて話を聞いて回ったみたいなんだけど、やれ赤だの黒だの、とにかく意見がバラバラだったりして、当時は色々と大変だったみたい。

魔理沙:
 うへぇ、もともとの首里城を知っていた人たちに話を聞いてみても意見が食い違っちゃうのか。こいつは骨が折れそうな作業だな。

霊夢:
 それでも琉球瓦を生産していた唯一の瓦屋さんを突き止めたり、砲撃で壊されちゃった正殿なんかを旧来の遺構を埋め戻す形で復元していって、1993年、平成5年にNHK大河ドラマ『琉球の風』の舞台にもなったくらい無事に復興も進んだみたい。

 そんな絶え間ない努力が実ったおかげなのか、2000年、平成12年12月に首里城が「世界遺産」として登録されることになったのよ。

 首里城の周辺には同じように世界遺産に登録された玉陵(たまうどぅん)、園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)石門、第二尚氏の菩提寺である円覚寺(えんかくじ)跡とか、国楽孔子廟後、舟遊びの行われた池としても有名な龍潭、弁財天堂なんて文化財もあるのよ。

 そんな世界遺産にもなった由緒正しい首里城なんだけど、令和元年、2019年10月31日の深夜にまた火災が起きちゃったのよ。

魔理沙:
 3回の火災と砲撃を含めたら、これで5度目の消失になっちゃうのか。ちなみに今度はどれくらいの被害が出ちゃったんだ?

霊夢:
 被害状況なんだけど、まず火元になっちゃった正殿と北殿は100%焼失、南殿・番所や書院・鎖之間、黄金御殿池、二階御殿なんかも、ほぼ焼失しちゃってるようなレベルね。

 奉神門は半焼、女官居室も一部焼損しただけでまだ残ってたみたいだけど、琉球王国時代に作られた1500点以上の絵画や漆器なんかも焼失しちゃったり、あとは高熱で変形しちゃったり、火災の時にすすが付いちゃったりして大変だったみたい。

 建物と貴重な展示物なんかも合わせて、約53億円も損害額が出ちゃったらしいわ。60台の消防車両と219人も動員して、さらに消防団も1団10人体制で消火作業に当たってたみたい。

 消火作業に当たってた消防士も1名脱水症状を起こしちゃって大変だったみたいだけど、他は人的被害も出てなかったのが唯一の救いよね。そもそも建物自体が木造だったから、ただでさえ火災には弱い作りだったのよ。

 さらに首里城全体に使われている赤い塗装に沖縄独特の「桐油」なんかを使ってたせいで、火の回りが早かったのも余計にいけなかったみたい。

魔理沙:
 ……そういえば火災が発生した場所って、一体どこからだったんだろうな。

霊夢:
 調査書によると、放火やタバコによる不始末のせいじゃなくて、正殿の北東側で溶けて細切れになった配線なんかが見つかってて、1階で通電してた延長コードと、その先の発光ダイオード(LED)照明器具で、何らかの電気的異常があったせいで出火原因になった可能性があるって指摘されてるわね。

 でも物的証拠や着火物すら特定できないレベルで、発掘したものや建物全体の焼損が激しかったみたいだから、「火災原因は不明」って結論で片付いちゃってるわ。

魔理沙:
 すると電気関係のトラブルが濃厚だったわけか。劣化するとショートして火事の火元になりやすいってよく聞くし、自分の家でも電気関係は定期的にしっかり点検しておかなくっちゃいけないよな。

霊夢:
 あとこれは直接的な問題じゃないんだけど、そもそも首里城の管理体制自体に色々と問題があったみたいなのよ。スプリンクラーの設置を推奨するって文書が文部科学省から来てたみたいなんだけど、首里城の建物内部には設置されてなかったのよ。

 どうも管理者が、文部科学省から来てた通達自体を把握してなかったらしいのよ。一応、正殿2階と3階には煙感知器を設置してたんだけど、今回の火災の火元になっちゃった1階にはどうも設置されてなかったみたい。

魔理沙:
 もし1階にもちゃんと報知器がつけてあったら、火災も小さいうちに防げたかもしれないのにな。なんだかやるせない気分だ。

霊夢:
 それにこの手の重要文化財って、防災訓練をちょくちょく行ったりするもんじゃない?でも夜間の火災を想定した訓練が行われていなかったのもよくなかったかもしれないとも言われてるわね。

魔理沙:
 ところでそんな被害がでちゃった首里城なんだけど、今はちゃんと復興できてるもんなのか?

霊夢:
 首里城が火災で崩壊しちゃった後、那覇市も復旧のために寄付を募集したみたいよ。今だったらクラウドファンディングなんて便利なものがあるじゃない?2019年11月21日の時点で、累計総額5.7億円を突破したみたいよ。

 今現在も首里城復興のために沖縄総合事務局、沖縄県、沖縄美ら島財団で連携して色々と頑張ってるみたい。沖縄の心のよりどころ、新たなる沖縄のシンボルになるよう、2026年の完成を目指してるみたいよ。

魔理沙:
 2026年かぁ。さすがにそれくらい時間をかけないと完全な復興は難しいもんなんだな。もし復興するなら二度と火事にならないような対策を徹底してもらいたいもんだよな。

霊夢:
 それに関してはぬかりないみたいよ。首里城復興のひとつに、ちゃんと「火災の原因究明及び防火設備・施設管理体制の強化」もしっかり組み込んでるみたいだし、二度と同じような火災を起こさないよう、きっちり防災に力を入れてもらわなくちゃ。おちおち観光も楽しめないわよ。

魔理沙:
 まあさすがに過去と同じ過ちなんて何度もおかしちゃうわけにはいかないからな。今年こそ沖縄に旅行して、地元の料理を、いや、首里城を満喫してやるからな。

 2026年に向け、日々再建が進められている首里城。早くお目にかかりたいものです。解説をノーカットでご覧になりたい方はぜひ動画をご視聴ください。

▼動画はこちらから視聴できます▼

『【ゆっくり解説】不審火により半壊した首里城|実は何度も燃えていた「首里城火災」』

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