丸の内のオフィス街にダイナマイトが仕掛けられた「三菱重工爆破事件」。400名近くが犠牲になった、戦後最初の爆破テロ事件を解説

丸の内のオフィス街にダイナマイトが仕掛けられた「三菱重工爆破事件」。400名近くが犠牲になった、戦後最初の爆破テロ事件を解説

丸の内のオフィス街にダイナマイトが仕掛けられた「三菱重工爆破事件」。400名近くが犠牲になった、戦後最初の爆破テロ事件を解説の画像

 今回紹介するのは、ゆっくりするところさんが投稿した『【1974年東京】戦後最初の爆破テロ「三菱重工爆破事件」400名近くが犠牲に…【ゆっくり解説】』という動画では、音声読み上げソフトを使用して、1974年に発生した年、三菱重工爆破事件について解説していきます。

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丸の内の中心部で起きた大規模爆破事件

魔理沙:
 今回紹介するのは、以前から多くのリクエストがあった「三菱重工爆破事件」だ。これは昭和49年、1974年、わが国で初めて発生した大規模爆破事件だ。

 今回も例によってその紹介の一部でショッキングな表現をせざるを得ない部分がある。それにこれはあくまでも事故の概要を伝えるものであり、すべての事柄を詳細に正確に解説する動画ではないので、以上のことを理解し了承できる人のみ視聴を続けてくれ。

 それと、もうひとつだけ注意しておきたいことがある。この動画ではある政治的な思想を持った団体の話も出てくるが、意図して特定の政治的な思想や信条意見を主張するために作った動画ではない。あくまでも中立的な立場で客観的に事実を開設しているものに過ぎない。なので、ぜひコメント欄に書き込む人たちも、そういったことを留意した上で書き込みを行ってくれ。

 東京都千代田区、丸の内。ここは皇居外苑と東京駅に挟まれた地区で、日本屈指のオフィス街、超高層ビル街として発展した町で、大手銀行などが本社を置く、金融・経済の中心地として有名な場所。

 そんなここ丸の内には、かつて財閥であった大企業「三菱(重工)」の本社ビルがあった。先の大戦直後、GHQによって財閥はすべて解体されたが、かつての財閥は巨大企業グループの形を残し、金融などさまざまな分野で日本をけん引する企業となっている。「三菱」もそのひとつだったんだ。

 ここ丸の内にあったのは「三菱重工」グループの本社だった。1974年、8月30日、12時半頃。このビルは、地下4階、地上9階の大きなビルで、昼休みのこの時間は多くのサラリーマンやOLがエントランスを行き来している時間帯だった。

 そんなこの本社に、1本の電話がかかってきた。電話の相手は男性で「本社前の道路に、時限爆弾をふたつ仕掛けた。付近のものは直ちに避難するように。これは冗談ではない」と話し、爆破を予告する内容だった。実は前日の8月29日にも、まったく同じ内容の電話が2度ほどかかってきていたが、受付はただのいたずら電話だと判断し、問題視されていなかった。

 しかしこの日の電話は、「冗談ではない」ということを非常に強調した口調であったことから、電話交換係は、上司にこのことを報告しに行くことにした。

 しかし、この3度目の電話を切った数分後、突然本社1階のエントランスの出入り口付近で大爆発が起こった。この爆発で、瞬時にして1階部分は大破。エントランスにいた人たちは爆風に巻き込まれ、爆心地に特に近かった人は木っ端微塵に吹き飛んだ。

霊夢:
 いやああああああ!

魔理沙:
 天井が抜け、9階までの窓ガラスがすべて吹き飛んだ。このときの爆発はかなり大規模なもので、道を挟んで反対側にあった三菱電機ビル、丸ビルなどの窓ガラスも粉々に飛び散った。そして爆心地が1階出入り口付近だったこともあり、表の道路にも深刻な被害をもたらした。表に駐車していた車は破壊され、街路樹の葉っぱもすべて吹き飛んでしまうほどの爆風だった。

 この時間帯は最も人が多いお昼時。オフィス街であるこの場所には、三菱以外の企業に勤めるサラリーマンやOLたちが出歩いている時間だった。そのため、運悪くこのビルの前を通行してしまっていた彼らのもとには、爆風で破壊されたナイフのように鋭くなった窓ガラスが雨のように降り注いだ。

霊夢:
 いやああああああ!

魔理沙:
 放射状に広がった爆風によって、ほとんどの窓ガラスが割れ、およそ40トンのガラスが通行人たちを襲った。爆風自体も多くの犠牲を出したが、この窓ガラスによって被害が拡大した。昼下がりの平和なオフィス街が、一瞬にしてまるで戦地のような地獄絵図となり、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。  

すぐに救急や消防が出動し、被災者の救助を行ったが、この爆発で8名が亡くなり、376名が重軽傷を負った。ここまで被害が大きくなってしまったのは、日本最大のオフィス街ということと、爆発の規模が大きかったことなどもあったが、先日から数度かけられていた「予告電話」を実質的に無視してしまっていたことにあった。

 当日に事実確認を行う直前だったものの、警察への通報や、避難措置などは取られておらず、通常通りに営業を続けていたため、このような爆発が起こるとは誰も考えていなかった。この影響が大きく、甚大な被害を出してしまったと言われている。

霊夢:
 まさかこんなことになるなんて、通行人の人たちも思ってなかったでしょうね。

魔理沙:
 ああ。爆発の規模もかなり大きく、このときの爆発音は新宿でも聞こえていたという証言もあったらしい。事件発生後、すぐに捜査が開始された。使用された爆弾は、時限式のダイナマイトで、1階玄関部分に設置されていた、植木の脇に仕掛けられていた。  

 爆弾の総量は約40キロ。爆心地には直径30センチ、深さ10センチほどの穴が開いており、軍事用の列車爆破用爆弾を改造したものが使われていた。そしてあの時、予告電話をかけていたのは、過激派左翼団体の青年で、「狼」と名乗る4人のうちの1人であることが分かった。

霊夢:
 政治的な事件だったの?

魔理沙:
 ああ。事件直後にこの団体が「我々が爆破した」と声明を出しており、警察は捜査を開始した。この時代は60年安保、70年安保、連合赤軍事件など過激派左翼団体による事件が多く発生していた時期でもあり、この事件もそのひとつだった。

霊夢:
 そういう団体って、何の目的でこんなことをしてたの?

魔理沙:
 彼らは「東アジア反日武装戦線」と名乗り、先の対戦後の日本を侵略戦争を起こした国家だととらえており、政治家たち、わが国の防衛産業の中核を担っていた三菱重工業を恨んでいた。この辺の説明は非常に難しいんだが、簡単に言えば、彼らはかつての日本が悪いことをしたと思っていて、それを当時支えていた企業にも制裁を加えようとしていたんだ。

 この時代はこういった過激な活動家などが多く、当時の財閥企業などは、反戦団体やこういった左翼団体に抗議を受けていたという背景もあった。

霊夢:
 そういうことに反対するのは自由だけど、何の罪もない人を巻き込むなんて許せないわ!

魔理沙:
 ああ。国民がどのような思想を持つのも自由だが、暴力によって革命を起こすような、非人道的なものは決して許されるものではなかった。彼らは「狼」「大地の牙」「さそり」などといった各部隊を組織し、この事件の後にも、三井物産、帝人、大成建設など大手ゼネコンなどを対象にした爆発事件を起こし、「いつ、どこで、何が爆発するか分からない」という恐怖を国民に植え付けた。

 今回は最初に起きた三菱重工爆破事件の紹介にとどめるが、これらは判明しているだけでも9件の連続した事件になっており、後に「連続企業爆破事件」と呼ばれるようになる。そして、事件の翌年、1975年5月に、容疑者たちは逮捕された。

霊夢:
 え、1年も逮捕されなかったの?

魔理沙:
 ああ。彼らは「狼」という部隊の4名で普段は会社員などとして市民に紛れて潜伏していたため、捜査が難航したんだ。しかし警視庁は1975年2月に発生した別の爆破テロ事件後、緊急事態宣言を発し、この組織のメンバーを一斉検挙した。

 その捜査の中で、彼らは当初、昭和天皇の御召列車を爆破する計画を立てていたが、直前で中止になり、その時に用意されていた爆弾で三菱重工爆破事件を起こしていたことなどが判明。この中止された作戦は「虹作戦」、そして三菱重工の件は「ダイヤモンド作戦」と名付けられ、実行されていた。

 あの時使用された爆弾は、彼らの想定をはるかに上回る威力、そして被害だった。そのため、組織内でも一般市民に多数の被害を出してしまったことに対し、対立が生まれていたともいわれている。

 「狼」のメンバーで、リーダー格として逮捕され、その後死刑判決を受けた男性Aは、北海道釧路に生まれ、アイヌ居住区の近くで育ち、早くから政治的な意識に目覚め、大学に進学後、学生運動などに本格的に参加していた人物だった。

 Aは少年のころから、身近なアイヌ民族ヘの就職差別などを目の当たりにし、そういった思想に目覚めたと自身で語っていた。彼は「アイヌ民族を侵略した和人の末裔である」という強い贖罪意識を持っており、自分自身、そしてかつての帝国主義だった本国人に対して、強い嫌悪感を抱いていた。  

 このような政治的思想を持っていたため、戦後アジアに進出していたかつての財閥企業にも「経済的にアジアを侵略している」という考えを持っていた仲間たちと、一連の事件を起こしていた。そしてAを含めた4名のメンバーにより、先述した爆弾、声明文などを準備し、実行に至った。その後東京地方検察庁は、彼らを起訴。殺人と爆発物取締罰則違反の罪に問われた。

 裁判で被告らは「爆弾の破壊力が予想できなかった。また予告電話をかけており、殺意はなかった」と、殺人罪の無罪を主張していた。しかしこれは明確に否定された。

 確かに、彼らは事件直後、グループ内で三菱とは無関係の人々に危害を加えてしまったことに対し対立していたし、後悔していたメンバーもいたことは確かだったが、本来予定していた決行日が休日であったことから、より多くの社員がビルにいるであろう平日にずらし、最も人の多い昼時を狙っていたことや、捜査段階で「死傷者が出てもやむを得ない」と話していたこと、また予告電話で避難を呼びかけてはいたが、具体的な爆弾の設置状況、種類などは明示していなかったし、電話の数分後には爆破していたことなどから、故意であるのは明らかだとされた。

 裁判所は「天皇暗殺目的の爆弾を転用したことは当然、三菱重工爆破事件でも殺意が適用される」「爆破数分前の電話は予告とは言えない」「爆破予告が有効にならなかった場合には時限爆弾を止める手段を講じておらず、爆破させる意思に変わりはない」などとして、リーダー格の男性に対し死刑判決を下した。

 このような新左翼に関係する事件での死刑判決は、戦後初めてのことであり、公安事件における死刑判決の確定も、あの「三鷹事件」以来のことだった。この一連の事件で、逮捕起訴されたメンバーのうち、3名の男女は後の日本赤軍による米スウェーデン大使館占拠事件、日航機ハイジャック事件で犯人側の要求をのんだ日本政府の超法規的措置により出国し、日本赤軍に合流し、国外逃亡している。

 彼らの行方は現在でも不明なままだが、国際指名手配となっている。

霊夢:
 たまに警察署とか行くと指名手配写真とかあるけど、事件そのもののことは全然知らなかったわ。

魔理沙:
 これは我が国で初めて発生した大規模な爆破テロ事件であり、これをきっかけとして、犯罪被害者に対する補償を求める声が高まった。そして後の1980年に、「犯罪被害者等給付金の支給等に関する法律」が成立。救済制度などに大きな影響を及ぼすことになった。これは何の罪もない人々が犯罪に巻き込まれた場合に、国が様々なサポートをする制度だ。

 この事件は非常に政治的な思想や背景があり、さまざまな書籍や映像作品、関係者本人による手記なども多く出版された。この惨劇は本当に大きな影響があった。たとえば、いたずら電話だと分かっていたとしても、即座に企業そして警察などが対応し、威力業務妨害などで摘発されるようになっている。現在の状況というのはこういった事件の教訓が生かされているからだろうな。

霊夢:
 確かに時々ニュースになるわよね。

魔理沙:
 ああ。SNSなどのネットの書き込みに対してもそういった対応がすぐにとられるくらいになっているしな。それに先ほど少し話したが、何の罪もない人々が大きな被害を被るこういった事件に対して、給付制度が新設され、その後少しずつ改正されていくことになったんだ。

 こういった補償、給付制度に関する議論研究などは、現在も続いている。重大な犯罪により、心身に大きな被害を受けた犯罪被害者や遺族に対する途切れのない適切な支援が行われるようになっているんだ。

霊夢:
 それもこの事件以前はなかったんだもんね。

魔理沙:
 ああ。これは本当に痛ましく、憤りを覚える事件だったが、影響は非常に大きく、その後の救済制度、警備体制などが改善されるきっかけになった。

霊夢:
 不幸な事件だったけど、こういう過去の積み重ねがあるから事前に防がれている事件とかもあるんでしょうね。

魔理沙:
 これは概要的な説明にとどめている動画なので、より詳しい背景などが知りたい人は関連した書籍などを読むことを勧める。ただ、ネットで画像検索をするとかなりショッキングなものが多く、示されるので注意してくれ。

 日本を震撼させた凶悪なテロ事件。何の罪もない一般人が多く巻き込まれてしまった悲しい事件でした。解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画を視聴してみてください。

[ゆっくり解説]ゆっくり霊夢と学ぶガンダムMS開発史講座 外伝part2

▼動画はこちらから視聴できます▼

『【1974年東京】戦後最初の爆破テロ「三菱重工爆破事件」400名近くが犠牲に…【ゆっくり解説】』

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