いまからでもできること【北海道胆振東部地震 被災地を歩く(3)】

【報道部畑中デスクの独り言 第84回】

9月6日未明、北海道を襲った最大震度7の地震。厚真町や安平町、むかわ町で大規模な土砂崩れや住宅の倒壊、札幌市清田区で液状化の被害など、そのつめ跡はすさまじいものでした。一方で地震の被害を全道的なものにしたのはやはり停電=ブラックアウトです。

週明けの札幌駅前。人はまばらだった(9月10日午前撮影)

地震の発生から週が明けた10日、市内の中心地、札幌駅。在来線は一部を除いて運転を再開していましたが、駅の売店の女性は「普段より人はまばら」と話していました。気温はぐっと冷え込み、どんよりとした空と相まって、どこか重苦しい雰囲気が漂っていました。

通信関係の会社に勤める女性は「会社に行ったが、戻されてしまった(休日になった)」と話します。会社のコンピュータシステムが復旧していなかったためで、週明けも余波は続いていたわけです。停電は道内の99%以上で解消したとはいえ、最大の供給源である苫東厚真火力発電所は復旧が遅れ、電力の安定供給には至っていません。

その後、発電所では配管の損傷なども見つかり、全面復旧は11月以降になるという見通しも明らかになりました。北海道電力では通常の2割程度の節電を呼びかけています。駅前で住民に聞いたところ、「家族ひと部屋にまとまって過ごすようにしている」「電気を早めに消して寝るようにした」「コンセントは外出の際、抜くようにしている」…それぞれの節電対策がありました。

札幌駅地下構内では北電関係者らが節電を呼びかけた。構内も照明は暗めだ(9月10日午前撮影)

コンビニでは義援金の募集と節電の張り紙、照明も一部消えている(9月10日午前 札幌市内で撮影)

停電は地震発生直後、全域の復旧に1週間程度かかるとされていました。確かに現在も震源地に近い約200戸の停電が続いており、その点では間違いではありません。また急ピッチで復旧に当たった作業員の方々には本当に頭が下がります。

一方で、この“1週間程度”という情報が人々をガソリンスタンドに走らせたことは否めません。電気がない…情報の入手や空調、車中泊…車から電気を得るためには燃料が必要と人々が考えたと思われます。

ガソリンスタンドには一時長蛇の列ができた(9月8日午前 苫小牧市で 飯田アナ撮影)

地震発生から3日間、道内のスタンドにはパニックとまでは言えないものの、長蛇の列ができ、「1回20リットルまで」などの給油制限を行う所もありました。「千歳から走ってきた。どこでも最低30分は待っている」…8日朝、苫小牧市のスタンドで給油を待つ男性はこう話していました。行列が道路の一車線をふさいだことで、道路自体が渋滞になるという「副産物」もありました。

しかしその後、9日にはスタンドの行列は沈静化していました。翌日10日、私は札幌から千歳を走りましたが、見る限り行列は皆無でした。停電がほぼ解消されたこと、ガソリンの在庫は1週間以上あるという石油連盟からの情報が浸透したと思われます。行列を鎮静化させたのもまた情報でした。

その後、ガソリンスタンドの行列は収まる(9月9日午後 千歳市で撮影)

こうしてみると、正しい情報をいかに正しいタイミングで発信すべきか、その重要性を改めて感じます。これは大変難しいことです。が、情報の内容、タイミングは人々の行動を大きく左右する…私たちメディアも含めてですが、発信する立場にある者は肝に銘じる必要があります。

新千歳空港 搭乗まで空港で一夜を明かす人たちも(9月7日夜撮影)

空の便、新千歳空港はいち早く電力が供給され、地震翌日には国内線が再開しましたが、エスカレーターなどは止まったまま。再開当日はチケットを求めて利用客が列をつくり、約1,600人が空港内で一夜を明かしました。

奈良から旅行に来ていた女子大学生2人は台風21号の影響で関西空港がマヒし、足止めされた北海道で地震にあうという「ダブルパンチ」に見舞われました。「家でゆっくりしたい」とポツリ、ちなみに2人とも阪神・淡路大震災の時には生まれていません。

空港内のコンビニには地震発生翌日も列ができていた(9月7日夜撮影)

また、地震発生後に北海道を訪れた台湾の男性は、8日に空港に到着、特急列車で札幌に向かったところ「札幌以外は真っ暗でビックリ」と話しました。食べるものがなく、当日はコンビニのカップスープで過ごしたといいます。
台風21号による関西空港閉鎖と合わせ、外国人観光客には今回の災害がどのように映ったのか…国際的な風評被害を出さないためにも、今後、検証が必要でしょう。

新千歳空港は運行をほぼ再開したが、エスカレーターは停止したまま(9月10日夕方撮影)

そして物資です。地震から週が明けた10日までの間、私どもが取材した限り、多くの食料が品薄状態となりました。コンビニではおにぎりはごくわずか、パンやサンドイッチ、レトルト食品が空っぽの店も少なくありませんでした。スーパーでも野菜、果物、水は品薄、乳製品は売り切れていました。今回の地震では酪農業が打撃を受けたといわれていますが、供給地の被害で影響が今後、全国に波及する可能性もあります。

コンビニはおにぎりがごくわずか、チルド系は空っぽだった(9月8日 札幌市内で撮影)

スーパーの乳製品は売り切れ。全国にも影響は出そうだ(9月9日 千歳市内で撮影)

その一方で、海の幸=魚や肉類は比較的揃っていました。しかし、これらは調理が必要です。地元の報道では果物の中でもバナナが飛ぶように売れているといいます。栄養があるだけでなく、皮をむき、刃物を使わず手で割って食べられることが重宝されているとか。

スーパーは水も品薄の状態(9月9日 千歳市内で撮影)

余震が続いていることもあり、刃物や調理器を使って食事をつくるという状況ではなかったのかもしれません。レストランや飲食店は市街地や街道沿いで徐々に営業を再開していましたが、液状化の被害があった清田区の女性は「まだ、(外食するような)そういう気持ちにはなれない。しばらくは家で…」と話していました。

スーパーで海の幸は揃っていたが…もちろん調理が必要だ(9月9日 千歳市内で撮影)

北海道を襲った今回の地震は、震源地のみならず、全道で大きな影響を及ぼしました。道内で一時ブラックアウトしたことは、北海道電力の危機管理のみならず、国のエネルギー政策の根本が問われることにもなるでしょう。

一方でこうも感じます。食料など物資の品薄、節電で駅の構内が暗めになっていること、コンビニで蛍光灯が一部外されていること、オフィスビルの「節電中」の張り紙…どこかで見た光景です。そう、7年前の東日本大震災発生直後の首都圏の状況です。あのころは首都圏の人々も節電に心を一つにしていましたが、いま一度あの時のことを思い返す必要があるのではないか…。

今年起こった地震、豪雨などの災害はいつどこで起きてもおかしくありません。今年、災害列島と化した日本の人々が、災害への思いを共有すべきと考えます。また、現在も震源地近くでは停電や断水を余儀なくされている…こうした現実にも改めて思いをはせなくてはなりません。

手元には北海道電力の関係者が札幌駅の地下構内で配布していた「節電方法のご紹介」というパンフレットがあります。一例をご紹介しますと…。

・炊飯器は早朝にタイマー機能で1日分をまとめて炊いて、冷蔵庫や冷凍庫に保存する。
・洗濯機の容量の8割を目安にまとめ洗いをする。
・お風呂はお湯が冷めないうちに、前の人との間隔を空けずに入浴する。
・リモコンではなく、本体の主電源を切る。

…どうでしょうか。私たちも普段からできることではないでしょうか。

なお、今回の地震では、ともに取材した飯田浩司アナウンサーもブログを掲載しています。あまり報道されない自衛隊の現場の活動についてもスポットを当てています。
http://www.1242.com/blog/iida/2018/09/
(了)

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