名物は生まれるものではなく「作るもの」  鳥取名物「元祖かに寿し」誕生秘話

【ライター望月の駅弁膝栗毛】

「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。

お好みかに寿し

駅弁で最も大事な要素の1つとされる「ご当地性」。山陰・鳥取といえば、何と言っても「かに」です! いまから70年近く前、冷凍技術が未熟でかにの商品価値がなかった時代に、いち早くご当地性に着目し「駅弁」として商品化、通年販売にこぎつけ、鳥取名物として、かにのブランド化の一翼を担ってきたのが「アベ鳥取堂」です。今回は、日本で初めての「かに寿し」駅弁の誕生秘話をご紹介いたしましょう。

キハ189系気動車・特急「はまかぜ」、山陰本線・鎧〜餘部間(2018年撮影)

「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾・アベ鳥取堂編(第3回/全6回)

東海道・山陽本線、播但線、山陰本線経由で、大阪・神戸と主に兵庫県の但馬地方を結んでいる特急「はまかぜ」。日本海に面し、かにの最盛期を迎えた真冬の但馬地方は、雪景色となる日も多くあります。キハ189系気動車によって運行される3往復の「はまかぜ」の定期列車のうち、上りの2号と下りの5号は鳥取発着で運行されており、早朝と深夜の鳥取駅にも顔を出します。

アベ鳥取堂・阿部正昭社長

冬の日本海を代表する味覚といえば、何と言っても松葉がに。鳥取駅弁「アベ鳥取堂」が昭和27(1952)年から販売している駅弁「元祖かに寿し」は、駅弁に“かに寿し”というジャンルを切り拓いたロングセラー駅弁です。そんな「かに」と一緒にカメラに収まっているのは、アベ鳥取堂の阿部正昭社長。「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾、阿部社長にかに寿しの誕生秘話を伺いました。

ベニズワイガニの棒肉

●じつは昔、山陰の「かに」の美味しさはほとんど知られていなかった!

―戦後、「元祖かに寿し」を開発したきっかけを教えて下さい。

阿部:昭和20年代半ば、当時の国鉄から全国の駅弁業者に「郷土色豊かな駅弁を作りなさい」というお達しが文書で出たと聞いています。それまでは食糧難もあって、とりあえず駅弁でお腹を満たすということが優先されましたが、(落ち着いてきたこともあって)移動する人が増えてきたのだと思います。そこで、アベ鳥取堂としては、「かに」に注目したというのが最初です。

―なぜ「かに」だったのでしょうか?

阿部:松葉がには美味しかったのですが、当時は「商品価値のないもの」でした。冷凍技術もなく、いまのような冷蔵庫もなく、かにを輸送できる物流もありませんでした。だから、港で揚がったものは、その周辺で食べるしかなかったのです。もちろん、漁業だけでなく、農産品も食肉も同様でした。美味しいから他のところへ持って行って「売ろう」という発想が、当時はなかったのです。

元祖かに寿し・初期の掛け紙

●菓子屋ルーツの店だからこそ「保存」技術を磨いて、通年販売を実現!

―開発のご苦労は、大きかったでしょうね?

阿部:お達しが昭和25(1950)年にあったと聞いています。そこから昭和27(1952)年の「元祖かに寿し」の開発まで、約2年かかりました。当初は松葉がにのシーズンだけでしたので、冬季限定販売でした。そのころの掛け紙は、冬の山陰の海らしい深い緑色で、70円と記載されています。そこから6年かけて通年販売にこぎつけました。

―「かに寿し」の通年販売を実現する上で、どのようなハードルがあったのでしょうか?

阿部:(通年販売の「かに寿し」の開発は)本当にゼロからのスタートだったと聞いています。ただ祖母が浜坂(兵庫県)の出身でした。この縁で、浜坂のかにの加工を行う業者さんとつながりができまして、祖父と一緒になって、通年でいただくことができる「かに寿し」を開発していくことになったと言います。加工・保存技術を持ったことで、他の駅弁屋さんへかにを送ったこともあったそうです。

お好みかに寿し(元祖かに寿しと同じ、かにのちらし寿しが入っている)

●オリジナルにこだわり続けて60年以上!

―通年で「かに」を提供するスタイルは、いまと変わっていませんか?

阿部:旬の冬場にまとめて仕入れ冷凍保存、通年で販売するスタイルはこのとき確立しました。(水揚げしたカニを30〜40分ほど茹でて、)かにの身を手作業でほぐしていきます。機械化してしまうと、流水を使うため、かにの身が傷ついてしまうのです。手作業で行うと、うま味が逃げることもありません。これを真空状態で冷凍・保存し、調理に当たって解凍する作業を行っているわけです。

―「元祖かに寿し」は、ほとんどアベ鳥取堂のオリジナルだそうですね?

阿部:これができた背景には、鳥取というまちが「閉鎖都市」であったことも大きいと思います。他の地域とつながっていないゆえ、全ての調味料を鳥取で調達することができました。酒、酢、醤油……すべての業者が小規模ではありますが、鳥取のまちにありました。奈良漬も、鳥取市内の造り酒屋にお願いして作っていました。いまは瓜の調達に難があり、灘の酒粕でオリジナルのものを作っていただいています。

お好みかに寿し

【おしながき】
・かにちらし寿し
・かにのにぎり寿し
・かにの細巻
・奈良漬け

お好みかに寿し

「元祖かに寿し」と並んで、鳥取駅弁のロングセラーと言えば、「お好みかに寿し」。この春、大幅にパッケージがリニューアルされ、封を開けると、ふたの裏側には、鳥取県の鉄道路線図ともに、かに寿しのエピソードが書かれたものとなりました。定番のかに寿しだけでなく、にぎり、海苔巻と、3つのかに寿しを楽しむことができます。また、にぎりは個別包装として、手を汚さずにいただくことができるようになりました。

キハ187系気動車・特急「スーパーまつかぜ」、山陰本線・末恒〜宝木間

阿部社長曰く、鳥取のまちへ入るには、必ずどこかでトンネルをくぐるのだそう。三方を山に囲まれ、目の前は海という地形は、鳥取の人やモノの他の地域への流出を防いで、ユニークな食文化が守られる結果となりました。その独自性にいち早く注目して「名物」として作り上げ、通年販売の実現を通してブランド化に成功した「元祖かに寿し」。

駅弁膝栗毛の人気特集企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾・アベ鳥取堂編。次回は、阿部正昭社長にアベ鳥取堂の食へのこだわりを伺ってまいります。

https://www.abetori.co.jp/

連載情報

ライター望月の駅弁膝栗毛

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!

著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/

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