フラ・パフォーマー キャロル・ハルヨ 〜私がフラダンスを始めた理由

黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「あさナビ」(1月3日放送)にフラ・パフォーマーのキャロル・ハルヨが出演。フラダンスを始めるまでの経緯について語った。

キャロル・ハルヨ

黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「あさナビ」。1月3日(月)〜1月7日(金)のゲストはフラ・パフォーマーのキャロル・ハルヨ。1日目は、フラダンスを始めた経緯について—

黒木)2022年、最初の週にお迎えしているゲストは、フラ・パフォーマーのキャロル・ハルヨさんです。明けましておめでとうございます。

ハルヨ)アロハ。明けましておめでとうございます。

黒木)「アロハ」なのですね。

ハルヨ)「アロハ」はワンワードですべてが解決してしまうマジックワードです。

黒木)フラ・パフォーマーでいらっしゃるのですが、私も舞台でフラを披露したことがあります。歌いながら踊ったので、とても苦しかったです。

ハルヨ)黒木さんがパフォーマンスされたのは、古典フラですか?

黒木)古典ですね。

ハルヨ)難しいですよね。現代フラのモダンフラ、アウアナは、音楽に合わせて踊るものなので、歌わなくていいのですけれども、古典のフラは、歌いながら、ときどきは楽器を持ちながら、叩きながらパフォーマンスするので、体力勝負となります。

黒木)そんなフラをハルヨさんはフラ界のワールドカップとも言われる「メリー・モナーク・フラ・フェスティバル」で4年連続優勝を果たすなど、日本人のフラ第1人者でいらっしゃいます。いまは、日本とカルフォルニアとハワイを行き来して活動なさっているということなのですが、活動の内容を教えていただけますか?

ハルヨ)日本の方では、フラスタジオ、フラレッスンをしております。私もときどき行くのですが、東京、関西、四国にインストラクターがいて、フラの指導やストレッチなど、身体を綺麗にするためのエクササイズ的なものを展開しています。ハワイの場合は、ショーなどのパフォーマンスの仕事が多いですね。

黒木)ご自分でお出になる。

ハルヨ)そうです。

黒木)カルフォルニアの方では?

ハルヨ)カルフォルニアではとゆっくりしています。

黒木)ハワイに行って「私はここに住みたい」と思われたのは、1回目のハワイだったのですか?

ハルヨ)初めてのハワイでした。21歳くらいだったと思うのですが。

黒木)何が「ビビッ」と来たのですか?

ハルヨ)何でしょう。五感で感じたというか、「ここだな、私が住みたいところは」と思ったのですね。その当時はハワイも、もっと自然が豊かで、空気も澄んでいたし、ビルもいまのように多く建っていませんでした。飛行機を降りた瞬間にプルメリアのあの香りがすごくしたのです。それに恋をしたというか、「私ここで絶対に生活してみたい」と思いました。

黒木)そこからフラを習い始められるのですよね。

ハルヨ)そうです。

黒木)「ハワイに住みたい」という気持ちでフラを勉強なさったのですか?

ハルヨ)当時はインターネットがない時代だったので、海外に住むにはどうしたらいいのかということがわからなかったので、「とりあえずハワイに通じる何かを勉強してみよう」と思ったのですが、私は勉学が好きではないので、勉強は却下。

黒木)勉学からではなく。

ハルヨ)「そうだ、伝統舞踊のフラがあるな」と。私は小さいころからクラシックバレエやジャズダンスで育って来たので、これをやってみようと思いました。

黒木)そこでフラをなさろうと。

ハルヨ)最初は近所でやっているフラのお稽古場に行って、後ろの方で体験レッスンをさせていただいたのですが、このときも「ビビッ」と来たのです。初めてハワイに行ったときに「ここ住みたい」と思ったのと同じくらい。日本の先生だったのですが、「私、このダンスだったのかも」という感覚で。

黒木)バレエもジャズも経験なさった上で、やはりフラだと。

ハルヨ)そうですね。

黒木)ハワイへの魅力とは何ですか?

ハルヨ)まず、スタジオでハワイアンのミュージックがかかって、トラディショナルなアコースティックギターの音楽だったのですが、音楽がまず心地よいですよね。

黒木)そうですね。

ハルヨ)あの曲がスタジオに流れた瞬間、心も癒されて、「ああ、気持ちいいな」と思いました。

キャロル・ハルヨ

キャロル・ハルヨ / フラ・パフォーマー

■東京都出身。カリフォルニア在住。日本・ハワイ・カリフォルニアを往復。
■1995年・フラを習い始め、教室で講師なども務め、ハワイでの大会にも参加。
■1999年・フラを学ぶためにハワイへ移住。
■恩師であるパレカ・レイナアラ・マトスさん率いる「フラ・ハラウ・オ・カムエラ」(ハワイ名門フラスタジオ)でレッスンを受ける日々を過ごす。
■2000年にはフラ界のワールドカップとも言われる最高峰「メリーモナーク」の 選抜チームの一員に選ばれ優勝。その後・2003年まで4年連続優勝を果たした。
■恩師が亡くなったこともあり、2003年の大会出場を最後に独立。「HPOWER Co.(エイチパワーコーポレーション」をハワイに設立し、本場ハワイをはじめ、ワールドワイドにフラ・パフォーマーとして活動。フラ・スタジオの

運営やイベント開催・出演など、多方面で活躍。ボディメイクや美容に関する活動も展開している。

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