「きぼう」完成から10年…日本の実験棟が意味するもの

「報道部畑中デスクの独り言」(第147回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、国際宇宙ステーションでの日本の実験棟「きぼう」完成から、10周年を記念して開かれた記者会見について—

JAXA東京事務所で開かれた記者会見(会見席は小川センター長 2019年8月27日撮影)

「宇宙に“日本の家”ができた」

国際宇宙ステーションに建設された日本の実験棟「きぼう」。その完成からはや10年となりました。

当時、土井隆雄宇宙飛行士がきぼうを冒頭のように表現したことが思い出されます。実験棟の入口には、「きぼう」と書かれた素朴なのれんが掲げられ、最先端技術とのギャップも話題となりました。

10周年を記念するイベントや式典が予定されるなか、8月27日、JAXA=宇宙航空研究開発機構の東京事務所では、10年を振り返る記者会見が開かれました。直径4.4m、長さ11.2m、大型観光バスほどの大きさのきぼうの船内実験室。これまでにさまざまな実験が行われ、およそ1800件の査読付き論文を発表、特許を5件取得したほか、3件が現在出願中だということです。

特筆すべきは、小動物を使った実験。当初はメダカを使っていましたが、それがマウスになりました。しかも宇宙空間で人為的に、地上と同じ1Gの状態をつくり出す装置を使って、1Gと無重力状態、それぞれのマウスの様子を比べるという実験に発展しました。

2009年7月、宇宙飛行士が撮影した実験棟「きぼう」(JAXA・NASA提供)

もともとは細胞培養のための装置でしたが、それがマウスにも応用できた…会見した小川志保・有人宇宙技術部門・きぼう利用センター長は「よくはまった」と語ります。可変重力による実験手法は、月や火星を検証できるところまで広がったとしています。

一方で、タンパク質の結晶生成実験は、筋ジストロフィー治療薬などの開発につながると期待されていますが、現状は動物実験レベルにとどまり、臨床実験には至っていません。

小川センター長は宇宙実験で得られた成果が新しい薬剤の設計につながっているとし、「10年で動物実験に到達したことは大きな成果」と強調しますが、表情はやや曇り気味。「時代の変化で、重点化をせざるを得ない状況のなかで、利用が広まっていないところはまだあるのではないかという探索がしきれていないのが残念」とも話しました。

きぼうの完成時期については、アメリカ・スペースシャトルの事故などにも翻弄される不運もありましたが、完成後は「使い倒すしかない」と関係者が話していたことを考えると、ポテンシャルを生かし切っていないという忸怩たる思いがあるようです。さらに、新材料の開発につながることが期待されている静電浮遊炉については、動作が安定し、これからという状況です。

古川聡宇宙飛行士のVIPコール(2011年8月撮影 写真左は菅直人首相(当時) 写真右は野口聡一宇宙飛行士) 

国際宇宙ステーションの運用には、JAXAだけで開発費を含めて、1兆円近い費用が投入されたと言います。そうしたなかで、この状況はどう評価されるのか…費用対効果の面において、きぼうに対する目が今後厳しくなることが予想されます。

一方で、きぼうには成果とは別の存在意義があると私は思います。日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに滞在中、時の総理大臣らによる交信、いわゆる「VIPコール」がしばしば行われます。その場所は様々ですが、きぼうのなかで行われた交信の音声が極めてクリアだったことに当初、私は感銘を受けました。

それまで、宇宙の交信というと、ピーピーザーザーといった雑音のなか、宇宙飛行士の声が聞こえるというものでした。おそらくいまも多くの人が持つイメージであり、それはそれで「味がある」のですが、きぼうでの交信はそんな雑音は皆無。逆に「本当に宇宙と交信しているのか。地球上にいるんじゃないのか」というジョークさえ聞かれたものです。

筑波宇宙センターに展示されていた実験棟「きぼう」のレプリカ(2018年2月撮影)

その秘密をきぼうの開発に携わり、JAXAの理事も務めた長谷川義幸さんに聞いたことがあります。理由の1つは、ハイビジョン技術による鮮明画像と高音質、そして、もう1つがきぼう内の「静音設計」でした。しかし、JAXAとして自ら音が静かなことを求めたわけではありません。NASAが厳格な基準を出したのだそうで、その基準とは「ホテルのロビー並み」というもの。

「日本人だから守らなければいけないと思った」

長谷川さんは語ります。しかし、いざ完成する間際、いろいろな国のデータを比較したところ、全部満足していたのは日本だけだったというのです。「日本人はきちんとやっているから、日本の自動車も故障がないでしょう。それと同じ」と言うと、他国の担当者から「そりゃそうだね」と言われ、長谷川さんは苦笑するしかなかったようです。

「きぼう」レプリカの内部 のれんも再現されていた

もちろん他国の設計がいい加減と言うつもりはまったくありませんが、このようなエピソードからうかがえるのは、日本人の「律義さ」「誠実さ」ではないでしょうか。少なくともロケットをバンバン打ち上げる一方、寿命となった衛星を派手に破壊して“宇宙ゴミ”をまき散らす「どこかの国」と一線を画すものと言えます。

渋く輝く円筒型の実験棟は、本当に美しく見えます。その美しさは凝縮された技術と機能美によるものですが、「律義さ」と「誠実さ」の象徴でもあると思えるのです。そのDNAを守りながら、より目に見える成果を出してほしい…きぼう完成から10年、取材者としてのエールとさせていただきます。(了)

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