土煙を上げてカッ飛ぶ姿に憧れた世界の名ラリーカーを振り返る

土煙を上げてカッ飛ぶ姿に憧れた世界の名ラリーカーを振り返る

土煙を上げてカッ飛ぶ姿に憧れた世界の名ラリーカーを振り返るの画像

オートモビルカウンシル2021では、ヴィンテージカー販売店の出展以外に主催者テーマ展示としてラリーで活躍した国内外の名車が並べられました。

「時代を進めたラリーカーの戦闘美-2」と題されたこの企画。子供の頃にテレビや雑誌でマシンの活躍をドキドキしながら見たり、夢中でプラモデルやラジコンを作ったという人も多いでしょう。

そんな世界で活躍したラリーカーを写真とともに振り返ります。

 

■ランチア ストラトスHF Gr.4

1970年代のスーパーカーブームで人気を博したランチア ストラトスは、他のスーパーカーとは異なるオーラを放っていました。

我々にそう感じさせたのは、1750mmという広い全幅がありながら、全長はわずか3710mm、ホイールベースにいたってはわずか2180mmしかない異様とも言えるスタイルだからでしょう。このスタイルになった理由はただひとつ、ラリーに勝つため。

ストラトスを手がけたのはイタリアのベルトーネ。ディーノ246GTに搭載されていた2.4L V6エンジンをミッドシップに搭載し、1974〜76年のWRCでマニュファクチュアラータイトルを獲得しました。

このマシンは1981年のスペインラリー選手権、82年のスペインツーリングカー選手権を戦い、シリーズチャンピオンを獲得したものです。

 
■ランチア ラリー037エボリューション2

車名に“ラリー”を冠したラリー037は、1982年から導入されたグループB規定に沿って開発されたマシンです。開発はアバルトが中心となって行われました。ボディデザインはピニンファリーナが担当しています。

グループBではすでに4WDが常識となりつつありましたが、開発費に限りがあったランチア/アバルトは2WDのノウハウを熟成させて戦う道を選択。機械式スーパーチャージャーを採用した4気筒エンジンをミッドシップに配置し、後輪を駆動させるMR方式で参戦しました。

当時の規定では不利な条件ですが、ラリー037は1983年のWRCで5勝しメイクスタイトルを獲得。この年以降、2WDでタイトルを獲得したモデルはなく、ラリー037はWRCで2WDが勝利した最後のモデルとなりました。

今回展示されたのは、1984年にランチア・マルティニ・レーシングがエントリーしたワークスカー。アクロポスラリーで4位入賞を果たしたマシンです。

 
■フィアット・アバルト131ラリー

フィアットが1974年に発売したファミリーセダンである131をベースに開発されたラリーモデル。開発を担当したのはフィアット傘下に入ったアバルトで、フィアット・アバルト124ラリーの後続モデルになります。

大きく張り出したフェンダーと四角いボディが独特の雰囲気を醸し出す131ラリー。2L 4気筒エンジンをフロントに搭載するFRレイアウトのマシンは、1976年シーズンの途中から世界ラリー選手権に投入。最高出力は最終的に230psにまで高められました。

そんな131ラリーは1977年、1978年、1980年にメイクスタイトルを獲得。このマシンは1977年のモンテカルロラリーで2位になったマシンとのこと。当時、このアルタリアカラーに心を奪われた人も多いのではないでしょうか。

 
■ダットサンブルーバード1600SSS

1967年のモデルチェンジで510型へと進化したブルーバードは、2ドアと4ドアのセダン、2ドアクーペ、そしてワゴンとバンが用意されました。

1963年から東アフリカサファリラリーに出場していた日産は、1968年からセダンの510型ブルーバード160SSSを投入。1969年にはクラス優勝とメーカーチーム賞を獲得。そして1970年に悲願の総合優勝を果たします。この時はスタート8時間後から豪雨に見舞われ多くのチームが苦しむ中、日産ワークスブルーバードは逆に活気づいて順位を上げていったと言います。

SSSはスーパースポーツセダンの略。510 の活躍以降、ブルーバード=SSSとなりました。自分のクルマをラリー仕様にして走ったことが若き日のいい思い出という人も多いのではないでしょうか。

 
■ダットサン240Z

オープンモデルであるフェアレディに変わる形で1969年に登場したフェアレディZ(S30型。輸出名:ダットサン240Z)。アメリカ市場からの要望を受けて開発されたこのマシンは、世界のラリーフィールドで活躍することに。

510型ブルーバードが総合優勝を果たした翌年の東アフリカサファリラリーにおいて初出場で総合優勝します。この時、2位にも240Zが入っているので、日産はZでワンツーフィニッシュを達成。

そして1972年にはモンテカルロラリーに出場。モンテカルロ仕様のZは排気量2393ccの直6 SOHCエンジンの出力を220psにまで高めていました。雪のモンテカルロではFFのミニやシトロエンDSが活躍しておりFRは不利と言われていましたが、ダットサン240Zは3位入賞を果たしています。

 
■日産240RS

3代目となるS110型シルビアをベースにWRCのグループB規定で開発された240RS。ラリー専用のホモロゲーションモデルで生産台数はわずか200台、しかも大半は左ハンドルという非常に珍しい車種です。

搭載エンジンは2340cc 直4 DOHC 自然吸気のFJ24型で、ソレックスのキャブを2機搭載したモデルの最高出力は240ps。これが車名の由来となっています。日産のワークスモデルは最高出力が275psにまで高められたそうです。駆動方式はFR。

240RSは1983年のモンテカルロラリーでデビュー。同年のニュージーランドラリーで2位、1985年のサファリラリーで3位という戦績を残しています。

 
■スバル インプレッサ555WRC

スバルは1980年からレオーネ4WDでラリーに参戦、1990年からはレガシィでWRCに参戦していました。そして1993年の途中からレガシィに変わりインプレッサをWRCに投入。初参戦で2位入賞を果たします。

1997年からはワールドラリーカー規定に沿って開発した2ドアのインプレッサ555WRCを投入。1995年、1996年に続き、3年連続メイクスチャンピオンを獲得しました。このマシンは1998年のサンレモラリー出場車。ワークスカーが2位・3位入賞を果たしたときの1台です。

90年代のWRCといえば、インプレッサとランサーエボリューションの戦いが記憶に残っている人も多いでしょう。当時、どちらも新車はもちろん中古車でも人気が高く、なかなか相場が下がらないモデルとして知られていました。日本に強力なライバルがいたからこそ両メーカーとも本気で意地をぶつけ合い、我々も熱くなったのでしょうね。

 

<取材・文/高橋 満(ブリッジマン)>

高橋 満|求人誌、中古車雑誌の編集部を経て、1999年からフリーの編集者/ライターとして活動。自動車、音楽、アウトドアなどジャンルを問わず執筆。人物インタビューも得意としている。コンテンツ制作会社「ブリッジマン」の代表として、さまざまな企業のPRも担当。

 

 

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