もう一度乗りたい!フィアット「パンダ」はクルマの楽しさを教えてくれる小さな名車

もう一度乗りたい!フィアット「パンダ」はクルマの楽しさを教えてくれる小さな名車

もう一度乗りたい!フィアット「パンダ」はクルマの楽しさを教えてくれる小さな名車の画像

先進技術を搭載した新型車が続々と誕生する一方、ここへきて1980年代後半から’90年代にかけて発売された中古車の人気も高まっています。

本企画では、そんな人気のヤングタイマーの中から、モータージャーナリストの岡崎五朗さんがもう一度乗りたい、記憶の残る旧車の魅力を解き明かしていきます。1回目のお題はフィアットの初代「パンダ」。イタリアが誇る小さな名車は、クルマの真髄を教えてくれた偉大なるベーシックカーでした。

■乗るほどに“自分色”に染まる初代パンダ

ーー2020年に誕生40周年を迎えた初代パンダを、五朗さんはかつて所有されていたそうですね。

岡崎五朗(以下、岡崎):親父がアルファロメオの「155」を買うというのでディーラーへついていった時、ショールームの片隅で出合ってしまったんだよね。それで思わず衝動買い。

ーーそれ以前から、初代パンダの購入を計画されていたんですか?

岡崎:いや全く。でも、ショールームにたたずむパンダは、ものすごく存在感があった。主張しすぎるわけでもなく、かわいらしいわけでもないけれど、オモチャのようなルックスに興味をそそられたんだ。

僕が購入したのは“セリエ2”と呼ばれる後期型だったんだけど、インテリアにはフカフカした座り心地のシートに青いチェック柄の生地があしらわれていて、とても素敵に見えた。初代パンダには、助手席の前にハンモック状の大きなトレーが付いているんだけど、そこにもシートと同じ生地が貼られていて、ものすごくオシャレだったね。

そこから天井に目を向けると、“ダブルサンルーフ”と呼ばれる、ふたつのキャンパストップが口を開けていて、とても開放的な気分になれた。しかも、キャンバストップを固定しているのは、ただのゴムバンド。「うわ、何だこのクルマ!」ってワクワクして、思わず契約書にサインしちゃったんだよね。

ーー初代パンダの魅力のひとつとしてデザインが挙げられると思うのですが、五朗さんはどのように感じていましたか?

岡崎:初代パンダで興味深いのは、全くカッコつけようとしていないところ。これこそがデザインにおける大きな魅力だと思うんだけど、それをカタチにしたジョルジェット・ジウジアーロは、やはりスゴいデザイナーだと思う。

イタリアに行くと、今でも初代パンダの姿を街中でたくさん見掛けるけれど、かつてはホントに“パンダだらけ”だった。それでもイヤな感じがしなかったのは、やはりデザインが巧みだったからだと思う。

ーーイタリアの街を走るパンダは、まさに十人十色。1台1台、色や仕立てが異なっていますよね。

岡崎:あるクルマはサビだらけだし、あるクルマはぶつけてしまったのか、運転席ドアの色が他のボディパネルと違っていたり、またあるクルマはピカピカだったり、4駆仕様の「4×4(フォー・バイ・フォー)」が走っていたり、中には、助手席前のトレーにファッション誌の『VOGUE』を挟んだセンスのいいクルマがあったり…。イタリアの街で見掛けるパンダには、乗る人たちの個性が映し出されているよね。

イタリアの人にとって初代パンダは、自分らしさを表現できるツールなんだと思う。長く乗り続けることで自然にオーナーの色に染まっていくような存在。お気に入りの服や自分の部屋のように、オシャレな人のパンダはオシャレになっていくし、はたらくクルマとして活躍するパンダは、質実剛健の実用車になっていく。これほどオーナーの“自分色”に染められるクルマって、ほかにはちょっと見当たらないね。

ーー初代パンダを普段使いされてみて、実用性に関して何か記憶に残っていることはありますか?

岡崎:パンダに乗っていた頃は子育ての最中だったから、ウチのクルマにはチャイルドシートが付いていた。それでも室内は広々としていたし、リアシートの背もたれを倒すことでラゲッジスペースを広げられたから、大きな荷物も結構積めた。全長3405mm、全幅1510mm、全高1485mm(FF仕様)というボディの小ささを感じさせないくらい実用性は高かったね。

ベーシックカーだから、後席の背面などは鉄板がむき出しだったし、荷室フロアにはビニールシートが貼られているだけだったけれど、安っぽさは全然感じなかった。そういった背伸びをしていない仕立ても、クルマの性格に合っていたと思うな。

ーー走ってみての印象はいかがでしたか?

岡崎:ひと言でいうと、初代パンダはものすごく楽しい。僕が乗っていたのは、1.1リッターの自然吸気エンジンを積むモデルだったけれど、最高出力は50馬力、最大トルクは8.6kgf-mと非力だから、決して速くない。一度、テストコースで最高速を試す機会があったけれど、140km/hくらいしか出なかった(苦笑)。あと、トランスミッションはMTだったけれど、タコメーターが付いていないから、シフトチェンジのタイミングはエンジン音で判断するしかなかった。

それでもエンジンは実用域でのトルクが豊かで、アクセル操作に対する“ツキ”が抜群。鋭すぎず鈍すぎず、ものすごく素直に反応してくれた。しかも車重は740kgほどと軽いから、アクセルペダルを踏むとシュッとクルマが前へと押し出されていく。

また、コクリと吸い込まれるように次のギヤへと入るMTのシフトフィールが格別だった。シフトレバーがしなり、その反力を手に伝えながら、スッと次のギヤへと吸い込まれていくような感覚で、ギヤチェンジの間合いがとりやすかったんだ。

僕が初代パンダを所有していたのは、25年くらい前のこと。それでも、エンジンやトランスミッションの素晴らしい感触がしっかりとカラダに残っている。初代パンダはそれだけ、いいクルマだったという証なんだと思う。

ーーコンパクトで古いクルマだと気になるのは乗り心地ですが、どんな印象でしたか?

岡崎:乗り心地はとても良かったね。サスペンションのストロークがたっぷりとられている上に、タイヤサイズは155/65R13と細くてハイトもあるから、ベーシックカーであることを忘れてしまうくらい優しい乗り味だった。

その分、箱根のワインディングなんかを走ると、コーナーで車体が大きくロールする(傾く)んだけど、「別にロールしたっていいじゃん!」と思わせるくらい、コーナーリングが楽しかった。たっぷりとしたサスペンションストロークを活かして、車体をロールさせながらもコーナーでしっかり踏ん張ってくれるんだ。そんな乗り味を日々味わっているうちに、パワーやロールの大きさというのは、走りの楽しさとか関係ないものなんだと教えられたね。

■クルマ作りのプロも高く評価する乗り味

ーー自動車メーカーの開発者にも、初代パンダの走りを高く評価する人がいますよね。

岡崎:とあるメーカーの人は、今でも大切に乗り続けているよね。「ロールは小さい方がいい」とか、「増大し続けるパワーに応じてタイヤをどんどん太くしなければ」といった、昨今のクルマ作りのメソッドとは対極にあるクルマだから、新鮮に感じられるんじゃないかな。

初代パンダは大衆車だし、多くの人々により安く提供したいという開発テーマを抱えていたはず。それをクリアするために、キャビンを囲むガラス類にはすべて、安価な平板ガラスが使われているし、組み付け精度が悪くても見栄えが悪くならないよう、エンジンルームの上から被せるようなクラムシェル型のボンネットが採用されるなど、コストダウンが徹底されている。エンジンだって構造はシンプルだし、今見るととても非力だよね。

それでもいざ走らせると、ビックリするくらい楽しい。それってまさに、イタリアンマジックだと思うんだ。初代パンダの開発陣は皆「安いクルマでも楽しくなきゃね!」という思想を共有していたんだと思う。乗る人の感性に訴えかける楽しさとは何か、どのようにすればそんな乗り味をカタチにできるのか、彼らはきっとツボを押さえていたんじゃないかな。

ちなみに、感性に訴えかける走りを具現するというのは、これまで日本車が苦手としてきたこと。それでもトヨタなどは、ようやくここへ来て感性評価を重視し始めた。従来、トヨタのクルマ作りはスペックありきで、数値的には十分満たされているものの、実際に乗ってみると「つまらない」と感じるモデルが多かった。でも、この2、3年で彼らの開発手法は大きく変わった。まずは乗った時に感じる、しなやかさとか楽しさといった感性評価を重視。それがどんな条件でカタチになっているのかを数値化し、図面へと落とし込んでいる。でもフィアットは、初代パンダの開発時にはすでに、そんな開発手法を採り入れていたんだよ。

成熟していない顧客やマーケットに対しては、数字をアピールした方がプロダクトの価値を理解してもらいやすい。とはいえ成熟した顧客は、数字だけでは価値を判断しにくい、奥深いプロダクツを求めるようになる。初代パンダの奥深さから判断する限り、ヨーロッパ、特にイタリアという国は、初代パンダ誕生時にはすでに、自動車マーケットが成熟していたんだろうね。

ーーでもここへきて、欧州やイタリアのクルマ作りも変わってきたように思います。

岡崎:それはきっと、中国という巨大市場を視野に入れたからだと思う。成熟とは対極の市場でより多くのクルマを売るために、分かりやすさ重視のクルマ作りにシフトしたんだろうね。

スーパーカーも同様で、昨今、600馬力だ700馬力だとパワー競争が激化しているけれど、それは基本的に、ニューリッチ層のデマンドに応えるためのもの。成熟したファンの本音はきっと「フェラーリは700馬力なくてもいい。400馬力でいいからあの頃の快音を聞かせてよ」という感じじゃないかな。数値という絶対性能を追い求める人たちのデマンドが、クルマを追い詰めているのかもしれないな。

ーー昨今、初代パンダが高い評価を受けているのは、そうした業界の動向に対する一種のカウンターカルチャーなのかもしれませんね。

岡崎:スペックを求め続けると疲れちゃうんだよね(笑)。例えば昔、PCはあれほどCPUのクロック数をアピールしていたのに、今ではほとんどアピールしなくなった。CPUの処理速度が遅かった時代はセールスポイントになったのかもしれないけれど、大半のPCがある程度の処理速度を得た今となっては、アピールすべき点はそこではなくなってしまったんだ。

クルマも同じで「300馬力のつまらないエンジンと、150馬力の気持ちのいいエンジン、どちらがいい?」と聞いたら、きっと多くの人が後者を選ぶと思う。実際、初代パンダは50馬力しかないのに、抜群に楽しかったからね。そういった気づきを与えてくれた初代パンダは、モータージャーナリストである自分にとってのメートル原器だと思う。

<SPECIFICATIONS>
☆CLX(1994年)
ボディサイズ:L3405×W1510×H1485mm
車重:740kg
駆動方式:FF
エンジン:1108cc 直列4気筒 OHC
トランスミッション:5速MT
最高出力:50馬力/5250回転
最大トルク:8.6kgf-m/3000回転

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コメント/ 文責/上村浩紀

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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