売れる芸人が掴んでいる「運の法則」と「引いて見る力」は? ビートたけし、松本人志、有吉弘行…<ラリー遠田×キック対談 >

売れる芸人が掴んでいる「運の法則」と「引いて見る力」は? ビートたけし、松本人志、有吉弘行…<ラリー遠田×キック対談 >

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 お笑い評論家のラリー遠田の新刊『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が発売された。この本では、14の事件を題材に、平成のお笑いの歴史を振り返っている。本の発売を記念して、著者であるラリー遠田とサイキック芸人のキックの特別対談が行われた。第1回の今回は、この本を読んでキックが「絶望」を感じたという話をする。

ラリー まず、この本を読んで率直な感想を教えていただけますか?

キック 面白かったですね。この「お笑い」というショービジネスの世界で、ものすごいお金もかかっているところで天下取ってる人って、戦国武将みたいなものだと思うんですよ。その武将たちが平成という戦国時代にどういうふうに生きてきたのかっていうのがまとめられているので、ここから学べることはたくさんありますよね。

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ラリー たしかに、書いている僕としても「歴史書」みたいなイメージなんですよね。

キック 振り返ってみたときに、その武将たちの要点がまとまっているし、それにまつわるサイドストーリーも豊富に書かれているので読みやすかったです。改めて思ったのは、その人自身がドラマなんですよね。芸を見せているだけじゃなくて、生き様も含めてのエンターテインメントになっている。

 それこそ萩本欽一さんの「伝記理論」ですよね。伝記になるような偉い人の人生には必ず起承転結があって、すごく苦労しているときがある。だから、成功するためにはそのパターンになぞらえて苦労もしていかないといけない、っていうことですね。

 やっぱりみんな自分の中で何かを壊すとか、唐突に辞めるとか、「運」のバランスっていうものを考えて動いているんですよね。それで、これを読んで改めて思ったのは、自分は絶対スターになれないな、っていうことです。

ラリー えー! もう無理なんですか?

キック 無理です、無理です、絶対無理。やっぱりスターダムにのし上がる人って、その分だけ人に言えないくらいつらい思いをしてきているんですよね。(ビート)たけしさんだってバイク事故で死にかけているし、有吉(弘行)さんだって一発当てて落ちてからは地獄を見ているわけですよ。

 そういうものが自分にあるのかと言われると、ああ、スターにはもうなれないな。いや、ならなくてもいいな、というか。万が一、この状況でスターになってしまったら、やっぱりその反動で相当痛い目に遭うんだろうな、と思いますし。

 僕は普通の中流家庭に育って、大学まで出て、一度はテレビ局に就職もしているわけですよ。だからどこかで自分の人生でも事件を起こしたいという思いもあって。それでテレビ局を辞めて芸人になったり、私生活で離婚していたりはするんですけど、まだまだ振れ幅が小さいんですよね。

ラリー 逆に言うと、スターになるにはここまでやらないとダメなのか、って思わされたということですね。今キックさんがお話しされていた「伝記理論」も「運の理論」も萩本さんの教えじゃないですか。この本では、1998年に萩本さんが長野五輪閉会式の司会を務めたときのことも書いています。歴史的なイベントの司会に抜擢されたのに、本人としては芸人を引退する覚悟で臨んでいた、という。

キック このとき、萩本さんは「こんな大きい仕事が入ってきて、下手したらお母さんが死んじゃう」と思っていたらしいですね。これだけの仕事運が来ているんだったら、家庭に悪いものが来るはずだ、っていう。

 あと、印象に残ったのが、去り際がきれいだった上岡龍太郎さんと島田紳助さんですね。お二人とも、仕事でまだまだ使えた運があったのに、それを残したまま自ら幕を下ろしている。才能があるからまだ続けられるだろうに、その運をほかのところに回すことでバランスを取っているのかな、と思いました。

ラリー 紳助さんは問題を起こしてしまったという要素もありましたが、上岡さんは外から見る分には順調そのものだったわけですからね。たくさんのレギュラー番組があって、お金も十分に稼いでいて。まだまだいけるのになんで辞めんだろう、って普通は思ってしまう。でも、本人からしたら、これ以上行くとこれから大変なことが起こってしまうとか、何か感じるものがあったのかもしれないですね。

キック あと、戦っていく中で、お金で割り切れる部分と割り切れない部分っていうのがあったんじゃないですかね。他人から見たら、いっぱいテレビに出ているし、有名になって、リッチになって、って思うんだけど、本人にはそれじゃないところで自分の見せ方や芸人としてのこだわりがあるから。どうしても壊したくなるときっていうのはあるんでしょうね。松本(人志)さんも1997年に『ダウンタウンのごっつええ感じ』を降板する騒動を起こしていますけど、続けていればそのままお金は入ってきたわけじゃないですか。でも、そういう問題じゃないんでしょうね。

ラリー 松本さんは降板する前から番組スタッフに対して不満を抱えていて、それが原因だったと言われていますよね。それに加えて、番組の方針が変わって、松本さんが本来やりたかったようなコントができなくなっていたので、そのまま続けていても先がないと感じたのかもしれません。

キック 「先が見えちゃう」ってこともあるんでしょうね。

ラリー 松本さんは『ごっつええ感じ』を降板した直後、各週刊誌では「わがままだ」とか「自分勝手だ」とかボロクソに叩かれるんですよ。でも、この本でも引用していますけど、その直後のインタビューで「何年か経った後に振り返ったら大したことじゃないってなると思うんですよ」と言っているんですね。やっぱり見えてるんですよ。

キック あと、運の理論で大事なことは、無理矢理何かを起こしに行くものでもない、っていうことなんですよね。何かが起こったときにそれを真正面から受け止められるかっていう問題なんです。運に嫌われないように気をつけるぐらいは普通の人でもできるけど、そういう事件の渦中にいて自分が同じことをできるかっていうと、たぶんビビっちゃうと思うんですよね。

 やっぱりどうしても今から3カ月ぐらいの単位で見ちゃうじゃないですか。偉人と言われるような人は、10年、20年単位で先が見えてるんですよね。

ラリー たけしさんだってフライデー事件とバイク事故で、2回ともそこで芸人人生が終わっていてもおかしくなかったじゃないですか。全レギュラー番組に出られない状態になったわけですから。

キック それは「人生映画理論」ですよね。三次元の存在である我々が二次元で描かれている漫画を読んでいるっていうことは、三次元の我々の人生は、四次元の存在から見ると漫画や映画のような作品である可能性があるんですよ。

 だから、ストーリーが退屈だとつまらなくて打ち切りになっちゃうんです。意識しているのか無意識なのかは分からないですけど、自分の人生を作品として面白くするためには、そういう試みが必要だったりするんですよね。ここでこっちに行っちゃってもそれは物語としてはありだろう、と。

 だから、どこかで一歩引いた目で自分を見ているところはありますよね。たけしさんはバイク事故のときには極端に行きすぎて、もう自分が解離しているような状態で、自分自身を俯瞰で見てビートたけしのぬいぐるみで遊ばせてもらってるみたいな感じだったそうですね。そうしないと精神が持たないっていうのもあったのかもしれないですけど。

ラリー たけしさんはもともとそういう感覚があるみたいですね。常に自分が客観的に見えてしまう、みたいな。

キック 引いて見るっていうのは絶対必要でしょうね。格闘技と同じで相当厳しい世界だから、主観的になりすぎてる人って上手くいかないんですよ。
(ラリー遠田)