元エロ本編集者が語る、19歳AV女優の怖い話!! 「朝、起きたら、部屋でユキちゃんが死んでたんです…」

元エロ本編集者が語る、19歳AV女優の怖い話!! 「朝、起きたら、部屋でユキちゃんが死んでたんです…」

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――編集者と小説家の黄泉比良坂を彷徨う「BURST」元編集長・ ピスケンこと曽根賢の“死ぬまで忘れられない体験”を綴る連載「無軌道狂気の回転男」シリーズ

 1990年から97年までの7年半、私はエロ本編集者(兼男優)をしていた。その間ざっと200人ほどのモデルたちを撮影し「からんで」きた。

 その中には、今も忘れられない顔がいくつかある。たとえば「単体モデル」のA子だ。その日A子はひどく泣き腫らした顔をして、待ち合わせ場所の新宿「中村屋」の喫茶店へ来た。

「どうしたの?」と訊いても、無理に笑顔を作り理由を話さない。スタッフ一同(といっても、カメラマン、ヘアメイク、編集者2人の計4人だけだが)、もやもやとした気分で撮影スタジオへ向かった。

 A子は典型的な妹タイプの、幼い顔とからだをした娘だった。舌っ足らずだが、言葉使いは丁寧で、気働きもいい。

 ベッドの上で、カメラマンの指示に従い、A子はにこやかに股を開く(その19歳の性器の亀裂が、鮮やかな緋色をしていたのを憶えている)。

 だが、フィルム・チェンジの度に、A子は沈んだ横顔を見せ、唇を噛んで何かに耐えていた。その姿に、私は次第にいじらしさを募らせていた。

 午後1時半に遅い昼食をとった。スタジオの広いテーブルで、出前の中華定食を食べた。A子は私たちの話に笑顔を向けるが、やはり食事は喉を通らないようだ。

 編集者としては、ここはそっとしておくべきだ。号泣されたりしたら、その後の撮影に支障をきたす。

 しかし、考えの浅い私はこらえきれず、何が悲しいの? 何があったの? 俺にできることなら相談に乗りたいんだ、と真顔で切り込んだ。

 するとA子の両目から、初めて涙がこぼれた。

「朝、起きたら、部屋でユキちゃんが死んでたんです」

 すっとA子は立ち上がった。スタジオの隅へ行き、置いてあった大きな黒いバッグをつかむと、テーブルへ戻ってきた。

「でも、撮影に行かなきゃならないし、どうすればいいかわからくなくて」

 私たちは無言で、それぞれの予感に身構えた。

 皿や鉢の並んだテーブルの空きに、A子は重たげな黒いバッグを置くと、ファスナーを一気に開いた。

 我々は恐る恐る立ち上がり、中を覗いた。

「だから、連れて来たんです」

 私の予感は外れた。それは死んだ赤ん坊ではなかった。

 バッグの中身は、スピッツの屍骸だった。

 A子はとことん真面目で優しい女だったのだ。撮影後、皆で砧公園へ行き、桜の樹の下にユキちゃんを埋めた。

 現在、A子は50歳近いはずだ。もう孫がいたっておかしくない。

 彼女はあの桜の位置を憶えているだろうか? 忘れてしまったのなら、教えてあげたいものだが。