親子で紡いだ音色 65年ぶりによみがえったオルガン

東京・杉並区の小学校で、半世紀以上も眠っていたオルガンが修復されてよみがえりました。音が出なくなっていたこのオルガンを修復をしていた、ある親子の思いを取材しました。

 杉並区にある松庵小学校で12月21日、終業式が行われました。この日、子どもたちの校歌斉唱は、古くて小さなオルガンの伴奏で行われました。実はこのオルガンは、1952年(昭和27年)当時、この小学校で使われていたものを修復したものです。卒業生によりますと、当時の父母会が学校に贈ったものですが、わずか1年ほどで使われなくなり、65年もの間、学校の倉庫に眠っていました。松庵小学校同窓会の野田隆造会長は「学校が翌年か翌々年にピアノを買い、それ以来、オルガンは使わなくなった」と、いきさつを語りました。

 2016年の春、オルガンはほこりがかぶった真っ黒な状態で見つかり、音も全く鳴らなくなっていました。

 このオルガンにもう一度音を取り戻したいと、修理を買って出たのは、八王子市で調律師をしていた、この小学校の卒業生・大庭輝夫さんでした。輝夫さんの娘の美歌さんは「(父が)倉庫から壊れたオルガンが出てきたと言っていた。父はずっと楽器に携わってきた人生だったので、壊れた楽器を見たら直さずにいられなかったのだろう」と語ります。

 輝夫さんは自宅にこのオルガンを運び、細かく分解しました。中の部品は失われてボロボロの状態でしたが、根気強く修理を進めていきました。しかし、2017年2月ごろから体調を崩して入退院を繰り返すようになり、残り1音まで直したその年の7月、69歳で亡くなりました。美歌さんは「高いレの音が出なかった。ここはいろいろな歌で使われる鍵盤」といいます。

 道半ばでこの世を去った父の思いをかなえようと、父の跡を継いで調律師をしていた娘の美歌さんが、オルガンの修理を引き継ぎました。美歌さんは「(父が)楽しそうにやっている状態を私が一番聞いていたと思うので、私が引き継がざるを得ないと思った」と遺志を継いだ思いを語りました。

 そして、ようやく全ての音が出るようになり、終業式を迎えたこの日、美歌さん自らが演奏するオルガンに合わせて、ついに65年ぶりに子どもたちの歌声が学びやに響き渡りました。美歌さんは演奏を終え、「やっと音が全部出るようになって、同窓会の方々と共に、そして今の松庵小学校の子どもたちと共に、大きな声で歌いながら、みんなで楽しむことができて本当によかった」と語りました。そして「一番最後に直ったところを父は見たかっただろうな。『直ったよ』って…、一番最後にお父さんが気になっていたところも直したよと墓前に報告しました」と語りました。

 松庵小学校によりますと、このオルガンは子どもたちが直接触れることができるよう、今後、学習室に展示するということです。