なぜ冬の信州を描きたがるのか…その答えを知るべく片桐仁が長野県立美術館へ

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週金曜日 21:25~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。1月8日(土)の放送では、「長野県立美術館」で多くの画家を惹きつけてきた冬の信州の魅力に迫りました。



◆多くの日本画家たちが描き続けてきた冬の信州

今回の舞台は、長野県長野市にある長野県立美術館。善光寺の隣にあるこの美術館は、開館から50年を迎え再整備が進められていましたが、2021年春に新築オープン。信州の雄大な景色も楽しめるランドスケープミュージアムとして生まれ変わりました。

そんな長野県立美術館には、長野県にゆかりのある画家の作品や信州の風景を描いた作品など約4,600点を所蔵。そこで今回は、数々の芸術家たちを惹きつけてきた冬の信州の魅力を探ります。

同館の学芸員・池田淳史さんの案内のもと、まずは雪景色を多く描いたことで知られる洋画家・金山平三が諏訪湖の表面に氷が張った光景を描いた「結氷」(1931年)を鑑賞。

下諏訪の厳しい冬の世界に魅了され、戦前は毎冬通っていたという金山は、ヨーロッパ各地を写生しながら絵を学んだこともあり、当時パリを席巻していた印象派の影響を色濃く受けました。印象派は細かい筆致を重ねていきますが、金山は横に大きく伸び上がる筆致を使うことで、空間の広がりや空気感の表現を試みています。

一方、長野県上田の風景、千曲川とその背後にそびえる山の姿を力強いタッチで描いたのは村山槐多の木炭画「千曲川風景」(1913年)。槐多は22歳で亡くなった夭折の画家で、16~17歳の頃に描かれた本作はモノクロでありながらもその質感、迫力は圧倒的で非凡な才能を感じさせる作品です。

そんな槐多を信州に誘ったのは、彼の従兄弟でもあった洋画家・山本鼎。信州で槐多は木炭画、素描の制作を本格化させ、絵画の道に邁進しますが、かたや山本は「農民美術運動」に注力。これは当時とても貧しかった農村に住む人々が工芸品を作ることで生活の糧にする活動で、そこに協力していたのが関東を中心に活動していた洋画家・倉田白羊です。

1922年、白羊も山本鼎に誘われ上田に移住。農民美術運動に関わり、技術の指導などを行っていたそうで、片桐は「農家の人が常に見ている山々を実は美しい、絵を描いたらこうなるって見せるのは面白いですよね。当たり前のように見ているものが(絵画になると)こうなるということを気づかせてあげることが結構大事だったりしますもんね」と尊重します。

そして、白羊が描いた作品「冬景色」(1937年)を前に、片桐は「細かく枝が描かれ、すごくリアルを追求している感じがありますけど、風吹き荒ぶ寒いなかでスケッチとかをしていたわけですよね……」とその制作過程に思いを巡らせます。しかも、当時50代の白羊は持病の糖尿病で片目がほぼ失明状態だったそうで、そうしたなかでもリアルな光景が描けることに、白羊のすごさが垣間見ることができます。

続いては、昭和期を代表する洋画家・安井曾太郎が上高地にある霞沢岳を描いた「秋の霞沢岳」(1938年)。ヨーロッパで絵を学び、特にセザンヌの影響を受け、帰国後は日本的な独自の油彩画を確立した安井の作品を前に、片桐は「今までのリアリティのある風景の後にこれを見ると、度肝抜かれますね」と目を丸くします。

本作では山の配置や構成などを正確に描き、その後により美しく、より生き生きと見せるために大胆に変形し、まるで蠢いているような表現を成し得ています。ここに至るまで、安井はヨーロッパの影響とモチーフとなる日本の風景の融合に大変苦悩していたものの、試行錯誤を重ねるなかで自身のスタイルを確立。片桐は、「この絵を見ているとだんだん面白く、よく見えてきますね。いろいろな人が信州の山を描いているが、全然違うんですね……」と信州の奥深さに感嘆します。

◆山水画の巨匠、日本初のグラフィックデザイナーも信州の虜

次は、冬の信州のなかでもより深い山々を描いた作品へ。まずは志賀高原を描いた児玉果亭の「深山大沢」(1902年)。

伝統的な山水画のスタイルを踏襲したその作品に「すごい……岩山って感じですね。そして、下に木があって、根っこが岩のところに出ているのもかっこいい」と圧倒されつつ、「写実的でもありますね」と声を漏らします。実際、果亭は伝統的な山水画の系譜を引きつつも、この作品に限ってはとても写実的な仕上がりになっています。

また、「地獄みたいになっていますね……」と思わず声を詰まらせていたのが、当時繰り返し起きていた浅間山の噴火を描いた、杉浦非水の「激爆を想ふ」(1936年)。

画面上には金が散りばめられるなど、とても装飾性の高いその作品に「少しデフォルメしていたり、漫画みたいですね。ポスターになってもおかしくない……キャッチーですよね」と感想を述べていましたが、非水は日本で最初のグラフィックデザイナーとも言われる存在。この作品でも簡略化や装飾化がなされ、彼の洗練された形態把握と色彩感覚が見事に落とし込まれていて、彼の日本画はとても珍しいとか。ちなみに非水は片桐の母校・多摩美術大学の初代校長を務めました。

◆芸術家たちの創作意欲を刺激してきた信州の山々

最後は長野県出身の画家が描いた作品の数々を紹介。まずは、小説や雑誌の口絵で人気を博した長野県出身の日本画家・富岡永洗による三幅対「雪月花美人図」(製作年不詳)。三幅対とは3つで1組になる掛け軸のことで、ここまで見てきた作品とは趣が異なる美人画に「いいですね、人も」と新鮮さを感じる片桐。

そして、「大きな掛け軸ですね……。実物大の人間より大きい、このサイズの日本画は初めて見たかも」とそのサイズ感に驚嘆していたのは、現在の長野県中野市出身の日本画家・菊池契月の「寂光院」(1902年)。これは、「平家物語」の一場面が題材になっており、その伏し目がちの表情は契月の初期作品にしばしばみられる特徴で、画面に独特の物悲しい調子を漂わせています。

契月は後にヨーロッパへと留学し、古代のエジプト美術から当時最先端のキュビズムまで幅広く見識を広げ、自分のスタイルを確立していったそうで、その来歴に片桐は「すごいですね。日本の数百年前のモチーフの絵を描き、ヨーロッパに行ってさらに何千年も前のことを学んで、当時最先端も勉強する。ものすごい振り幅」と感心します。

これまでさまざまな芸術家を魅了してきた冬の信州。今後もより多くの人の想像意欲を掻き立てていくであろうその偉大な存在に「芸術家たちの創作意欲を刺激しまくった信州の山々、素晴らしい!」と片桐は賛美するとともに、信州を愛した芸術家たちに拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールは、町田曲江の「迦膩色迦王」

長野県立美術館の展示作品の中で、今回のストーリーに入らなかったものからどうしても見てもらいたい作品を紹介する「今日のアンコール」。片桐が選んだのは、町田曲江の「迦膩色迦王」(1960年)。

"迦膩色迦王(かにしかおう)”とは、2世紀頃のインドに実在したクシャン朝の王朝の王で、古代インドで仏教を保護し、仏教の広がりという意味では大きな役割を果たした人物。片桐はそれを聞き「いい王様なんですね……」と言いつつ、「にしては、この白鳥を後ろから棒で叩かんばかりの冷たい目線。白い牙のような付け髭ですかね。そして、顔が芸人のなすびさんみたいな感じ。想像以上に顔が長い(笑)」と率直な印象を語っていました。

最後はミュージアムショップへ。東山魁夷館を併設する長野県立美術館は、東山魁夷関連グッズも充実しており、片桐は傘や風呂敷などを物色。そして、カップ&スタンドを見つけると「マイコップが欲しかった!」と即購入。さらには木の化石でできたウッドコースター、石でできたリンゴなど、個性豊かなグッズの数々に目を輝かせていました。

※開館状況は、長野県立美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週金曜 21:25~21:54、毎週日曜 12:00~12:25<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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