“人類最大の祭典”リオのカーニバルの根底にある「持たざる者たちの、支配への抵抗」

“人類最大の祭典”リオのカーニバルの根底にある「持たざる者たちの、支配への抵抗」

パレード専用スタジアム。トップリーグで優勝したマンゲイラのパレード(1928年創立)

◆社会現象となったリオのカーニバル優勝曲

“人類最大の祭典”と呼ばれる、リオのカーニバル(カルナヴァル)が3月上旬に開催された。2019年は期間中ピークの4日間だけで約160万人の観光客を動員(史上最多記録)、1000億円越えの経済効果を記録した。日本の約23倍の面積を持つブラジル国内各地からだけでなく、世界各地からの観光客/参加者が集った。

 3月6日に、リオのカーニバルのメインイベント「エスコーラ」(リオ各地に根ざした伝統的サンバチーム)によるパレード・チャンピョンシップリーグでマンゲイラ(Mangueira)の優勝が決まり、3月9日に優勝パレードが終わってから、すでに1か月近くが経とうとしている。しかし、いまだにブラジル内外で優勝チームのパレードとテーマ曲サンバが話題を呼び続けている。

 リオで取材する、英国の『ザ・ガーディアン』や米国の『ニューヨーク・タイムズ』をはじめ世界中のメディアがこのムーヴメントの特集ページを掲載。またSNSでは優勝曲を歌う動画が次々にアップされて話題になっている。いったい、何が起きているのだろうか?

◆元軍警察に暗殺されたフェミニスト・人権運動家

 そこにはブラジルの歴史的な社会問題と、ブラジル大統領のジャイール・ボルソナーロ氏に対する国民の根深い不信と不安、そして2018年3月14日に発生したマリエーレ・フランコ(Marielle Franco)氏の暗殺事件が大きくからんでいる。

 フランコ氏はリオ市の女性市議会議員で、社会の底辺に追いやられている人々を守るべく、フェミニスト、人権運動家として活動していた。白人男性が占めるブラジルの政界の中で、「女性」「黒人や先住民の血を引く混血者(黒人の血が入っていると黒人として扱われる)」「ファヴェーラ(歴史的事情で生まれた貧民街)出身者」「LGBTQ」といったマイノリティの1人としてリオ市議選で当選したのだ。

 ファヴェーラの一つで生まれ育った彼女は、巨大麻薬組織ギャングの流れ弾で友人を失ったことをきっかけに、麻薬組織からファヴェーラの人々を守るために社会活動を始めた。その後シングルマザーとして働きながら大学を卒業し、公共政策の修士号を取得。ブラジル社会が抱える偏見や暴力などと戦っていた。

 しかし、軍警によるファヴェーラ住民への不当な暴力、殺傷について告発した直後、志半ば38歳で銃殺された。そして「彼女を暗殺したのは、実は退役軍警察と罷免軍警察の2人だった」ということが発表されたのは今年の3月12日。彼女の1回忌目前、マンゲイラのパレードが行われた直後のことだった。

◆ブラジルが抱える問題点・矛盾点を訴えるサンバ

 今年のマンゲイラのパレードは故フランコ氏への追悼を軸にして、「ブラジル史の知られざる偉人たちを讃える子守唄」をテーマにしたストーリー・サンバを制作。パレードは盛り上がり、270点の満点で創立91周年の名門が3年ぶり20回目の優勝を果たした。

 約3,500人によって繰り広げられたマンゲイラのサンバ・パレードは、ポルトガル統治時代から現在に至るブラジルの歴史的な支配・弾圧・差別・偏見・搾取・貧困……現在もブラジルが抱える、複雑な社会的構造の問題点・矛盾点をいくつも訴えた。そして、1500年のポルトガルによるブラジルの「発見」は「侵略」であるとして、それ以降の「支配者が作った歴史」の裏で葬り去られてきた、歴史的なブラジルの勇者たちを讃えた。

◆極右政権への抵抗運動としても注目を集める

 今年のマンゲイラのパレードは「ブラジルのトランプ大統領」というあだ名で世界的に知られる、ジャイール・ボルソナーロ氏(63歳)が率いる極右政権への抵抗運動としても注目を集めている。

 ボルソナーロ氏は2018年10月の大統領選で勝利。13年間続いた労働党政権の大規模な贈収賄汚職をはじめとした腐敗政治に対する国民の不信と不満を追い風にして当選した。新自由主義、反共主義を掲げ、女性蔑視発言、先住民やアフリカ系民への人種差別発言、同性愛者や宗教への偏見と否定など、その明確な排他的言動は海外のメディアでも幾度も報じられている。

 同大統領は元軍人で、1964〜85年の軍事政権時代を賛美。現政権の中枢に元軍人を多数起用している。またイスラエル・米国との共同政策も打ち出している。在イスラエル・ブラジル大使館を国際社会では首都と認められていないエルサレムに移動することも掲げ、アラブ諸国の反発を買った。今年3月末〜4月初頭にイスラエルを訪問しネタニヤフ首相と会談。嘆きの壁に同首相と共に手をつけ、祈りを捧げ、ヘブライ語で「私はイスラエルを愛している」とスピーチ。イスラム原理主義組織ハマスからの反発も報じられた。

 過激な問題発言や急進的な傾向が内外で懸念され、大統領選を前にブラジル全土〜世界各地で大規模な反ボルソナーロ・デモが起きたのは記憶に新しい。治安維持のために武器制度の緩和、積極的な武力行使を辞さないことを表明した。故フランコ氏はこれについても批判していた。

 同大統領の緊縮財政政策は物議を醸し、政治家である息子の政治資金問題も出ている。また、気候変動をめぐるパリ議定書からの離脱を表明するどころか、アマゾン地方に原発や水力発電所を建設する計画などが世界的な問題となっている。

 現政権に対して懐疑的なブラジル国民は多いものの「急進的で強権的なメスを入れない限り、ブラジルは変われない」という思いとの狭間で、ブラジルは大きく揺れ動いている。

◆サンバ文化そのものが、生き残るための手段・哲学

 優勝したマンゲイラのサンバの歌詞とパレードで讃えられていた“英雄”は、女戦士・ダンダーラ(Dandara)。ブラジルの黒人奴隷解放運動の英雄であるズンビーの妻で、彼女もまたブラジルのすべての混血民のために戦った。そして17世紀後半から18世紀初頭にかけブラジル北東部で蜂起した先住民カリリー族。

 さらにもうひとりの“英雄”が、昨年暗殺されたマリエーレ・フランコ氏。これは単なる2019年のカルナヴァル優勝曲として終わらない、歴史的なプロテスト・ソングとなりそうだ。現在のブラジルでは、強まる政治的社会支配に対するプロテスト・ムーヴメントの1つとしてカルナヴァルとエスコーラ(地域に根ざした歴史的サンバ共同体)、、そして「サンバの精神」が訴求されている。その「サンバの精神」による市民活動が古くから理解・認知されているフランスでは、早くもフランス人アーティストにフランス語でカヴァーされ話題となっている。

 今回、日本の一部のマスコミでは、政治・社会問題へのプロテストをテーマにしたパレードがカルナヴァルのメインイベントで行なわれたことを“珍事”のように取り上げていた。しかし、実はそうではない。

 たとえば昨年の覇者ベイジャ・フロール(Beija-Flor)は、階級差別・人種差別・アフリカ系旧奴隷民の社会的排他問題、抜け出せない貧困構造と社会暴力化問題をテーマにパレードした。同準優勝の トゥイウチ(Tuiuti)も、ミシェル・テーメル大統領(当時)を吸血鬼の姿で山車に登場させて政権批判していた(2019年3月21日に逮捕)。

 このように、社会問題への提起・告発や政治批判をパレードのテーマにするのは、今に始まったことではない。実はブラジルでは、何十年も前から続いているのだ。

 一方、日本では、リオのカルナヴァルやサンバが単なる享楽的なもの、音楽ジャンルやアレンジの一つでしかないと“誤解”されていることが多い。

 しかし、そもそもサンバやそのエスコーラは支配者によって奴隷化されたアフリカ系民にその源流を持ち、世界各地から大量の移民を受け入れたブラジルの混血とともに広がった「持たざる者たちの地域共生共同体文化」なのだ。

 サンバ文化そのものが生き残るための手段・哲学であり、「歴史的な持たざる者たちの、支配への抵抗=レジスタンス」と謳われてきたのだ。リオのカルナヴァルで知られるサンバチームの数々は、同時に下町地区に根ざした助け合いの共同体でもある。

 単なる“お祭り騒ぎ”ではない、リオのカルナヴァル。世界中の民族が流れ込み、混血したブラジルを象徴するこの祭典の注目度と存在感は増すばかりだ。

<文・写真/KTa☆brasil(ケイタブラジル)Riotur/LIESAリオ市公式取材者・プレゼンター 協力/Nikon>

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