福島ユナイテッドFCとシリア難民が共鳴した「復興への思い」

福島ユナイテッドFCとシリア難民が共鳴した「復興への思い」

シリア難民の作った「サカベコ」を手にする武颯選手

◆シリア難民たちが、会津地方の伝統玩具「赤ベコ」を作った

 福島のJリーグ、福島ユナイテッドFCは3月24日、ホーム(とうほうみんなのスタジアム)で開幕戦を迎えた。

 試合前の記者会見で、エースストライカーの武颯選手は「東日本大震災で、悲しんだ人がたくさんいます。その人たちのためにも福島のプライドをもって、勝利で終わらせたい」と決意を語った。

 記者会見に参加した選手たちに、筆者は内戦で国外に避難しているシリア難民たちが作った「サカベコ」をプレゼントした。「サカベコ」とは、会津地方の伝統玩具「赤ベコ」に、福島ユナイテッドFCのユニフォームを絵付けしたものだ。

「べコ」とは牛のこと。つまり赤い牛の張り子だ。頭の部分を触ると振り子のように動く。かつて神社を建立する際に材木を運ばされた牛は、重労働で次々と倒れていった。「赤毛の牛だけが最後まで倒れずに仕事を成し遂げた」という伝説から、赤い牛は「無病息災」を意味するものとなった。そして、東日本大震災で脚光を浴び、復興のシンボルとなったのだ。

 今回、シリア難民たちに「赤べコ発祥の福島にもサッカーチームがある」ということを話したら、「みんなで応援しよう」ということになり、福島ユナイテッドFCのユニフォームを赤ベコに絵付けし、メッセージも書いてくれたのだ。サッカーのユニフォームを絵付けしたものは、サッカー+べコ=サカベコと呼んでいる。

 武選手は「遠いところから応援してくれてありがとうございます。自分はFWなのでゴールを決めたい」と目を輝かせた。

◆シリアと福島の「復興への思い」が共鳴

 筆者が所属するNGO「JIM-NET」は、福島から「赤べコ」づくりの技術を学び、シリア難民たちに内職仕事を提供することを検討している。

 東日本大震災が起きた2011年3月といえば、ちょうどシリアでも内戦が始まった時だ。こちらは、難民を670万人も生み出した。アサド政権を支持するのか、反対派を支持するのか、喧嘩どころか殺し合いをしてきたわけだ。

 ロシアの後ろ盾を得たアサド大統領がほぼ反体制派を抑え込んで、治安は落ち着いてきたが、復興が進んでいるわけでもない。難民たちは、シリアに戻っても仕事がない、あるいは捕まえられるのではないかと恐れてか帰れないでいる。支援も打ち切られ、生活は厳しい。

 シリア難民たちは小麦粉をお湯に溶いて糊を作り、和紙の代わりにアラビア語の古新聞を使って張り子を作っている。昨年の夏には、シリア難民の一人が来日し、会津の赤べコ屋さんから直接技術指導を受けることができた。

「平和になりますように」「優れたゴールキーパーがいれば勝てます!」といったメッセージから、将来の夢を描きこんだ子どもたちもいた。

 内戦で手足を切断した子どもたちも絵付けに参加してくれた。福島とシリアの、復興への強い思いが共鳴する。

◆福島ユナイテッドには、事故収束の見えない福島をまとめていく力がある

 福島原発事故から8年が過ぎた。いまだに3万2631人が県外に避難している。原子炉から溶け落ちた核燃料デブリの取り出しにめどがつかず、廃炉には40年かかるという。汚染水はたまる一方。小児甲状腺がんにも233人が罹患している。

 しかし避難指示は次々と解除されている。原発が立地する大熊町は全町避難が続いていたが、帰還困難区域以外の避難指示が4月10日に町面積の約4割が解除された。

「オリンピックまでに」という期限をつけて復興を急ぐ政府や財界は、さらに海外に原発輸出することまで考えていて、「全く問題はない」という。

「子どもたちの安全は?」とそれに待ったをかける慎重派。推進派は「風評被害を広めるな」とさらに応戦する。今もそんな構図が福島のあちこちで見て取れる。悲しいのは、原発に全く関係のなかった人々すらいがみ合い、家庭の中でも喧嘩が起きているということだ。

 福島ユナイテッドは、そんな福島をまとめていく力を持っている。

◆「ユナイテッドなくなっちゃうの」。小学生の一言が鈴木社長を奮い立たせた

 2011年、鈴木勇人社長が当時東北社会人リーグ1部だった同クラブを任されて、その直後に震災があった。退団を申し出る選手もいて、その存続が危ぶまれた。

 鈴木社長が炊き出しに行ったとき、小学生に質問されたという。

「ユナイテッドなくなっちゃうの」

 その一言が鈴木社長を奮い立たせ、チームはJリーグ入り。J3に昇格した。

 鈴木社長は「私たちはあの日、あの時を、決して忘れません。当たり前のようにサッカーができる喜びと、これまで支えて頂いた皆様への感謝の気持ちを持って歩み続けます」という。

 福島でのサカベコへの関心は高まっている。AXC福島ビル1階の「ユナイテッドサロン」に展示してもらえることになったし、「絵付けをしたい」というサポーターも出てきたた。

 開幕戦の前日には、郡山市の中学生たちにも絵付けをしてもらったが、「試合を見に行く」といってくれた子もいた。このつながりが、サポーターを増やすのに貢献できれば素晴らしいと思う。

◆シリア国内からも「赤ベコ作ったよ!」とメッセージが

 さらに数日後、シリアの首都ダマスカスから福島復興に向けたビデオメッセージが送られてきた。「ボクラ・エルナ」という子ども文化センターで赤べコを作ったという。

 筆者は昨年9月にダマスカスを訪問した際、日本からのお土産に赤べコをプレゼントとして持って行ったのだ。イラクやヨルダンのシリア難民には直接赤べコの作り方を教えてきたが、シリア国内にはなかなか入ることができず、指導することはできなかった。そのため、彼らは見よう見まねで作ったという。

「粘土に色をぬったのだろうか?」「首と銅の部分の構造がわからないから、首は動かないだろう」と思っていたが、首もよく動く。粘土で原型を作り、石膏で雌型をつくってシリコンを流し込んだらしい。シリア人の器用さ、コピー能力の高さに改めて驚いた。

 しかも、日本語で子どもたちがメッセージを書き込んでくれたのだ。

「日本のお友だちのみなさん シリアの子どもたちから愛と平和を贈ります」

 内戦で敵と味方に分かれてしまった子どもたちが再び一緒に活動するのは、それほど簡単ではない。しかし近い将来、一緒に赤べコやサカベコを作ることができたら素晴らしいだろう。福島の赤ベコは今や、遠い中東の地でも復興のシンボルになろうとしている。

<文/佐藤真紀(JIM-NET事務局長)>

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