「水を運ぶ人」から「便をもらう人」へ。鈴木啓太の挑戦

サッカー元日本代表・鈴木啓太氏、アスリートの便をもとに研究を重ねたサプリ発売へ

記事まとめ

  • サッカー元日本代表・鈴木啓太氏が創業した会社が、サプリメントを発売する
  • アスリートの便をもとに研究を重ね、独自の腸内細菌素材を開発した
  • ラグビーの松島幸太郎やプロ野球の嶋基宏、陸上の神野大地からも協力を得た

「水を運ぶ人」から「便をもらう人」へ。鈴木啓太の挑戦

「水を運ぶ人」から「便をもらう人」へ。鈴木啓太の挑戦

現役時代は、オシムから「水を運ぶ人」と評され、絶大な信頼を寄せられていた鈴木啓太氏

◆「水を運ぶ人」が起業家として活躍

 サッカー元日本代表の鈴木啓太といえば、浦和レッズ一筋でプレーを続け、献身的なプレースタイルからオシムに「水を運ぶ人(チームのために献身的に走るボランチを評しての言葉)」と呼ばれ、強く信頼されていた選手だった。

 そんな彼は、2015年から新たなフィールドでのチャレンジを始めている。それが「起業家」としての人生だ。

 鈴木氏が創業したAuB(オーブ)株式会社は、アスリートの腸内環境を研究するスタートアップ企業だ。これまでアスリート500人以上の便をもとに研究を重ねた結果、アスリート特有の腸内環境を発見。その知見をもとに独自の腸内細菌素材「アスリート菌ミックス」を開発し、その素材をベースに一般向けに開発したサプリメント「AuB BASE」を販売することを10月2日の記者発表会で発表した。

◆活躍のために「便を見ていた」現役時代

「選手時代を通じて、腸内環境によってパフォーマンスが変わることを僕自身が実感していました」

 便がスッキリ出ると、体が動きやすいと感じ、残便感が残ると思うように体が動かないことを身をもって体験してきたという鈴木氏。

「筋肉に硬さを感じたり、不調を覚えたときは、お腹にお灸をすえてほぐすといったこともしていました」と、ハードな現役時代のコンディションづくりを腹で整えていたと明かす。

 彼が「腸内環境」に拘っていたのは一朝一夕の話ではない。それは幼少の頃に遡る。

 調理師の資格を持つ母に「人間は腸が一番大事」「便を見なさい」と言われて育ったのだ。加えて高校時代から腸内細菌を整える乳酸菌サプリメントを飲み、食事を暖かい緑茶で終える、冷たいものを控える、といったことを心掛けてきた。海外遠征時にも必ず緑茶と梅干を持っていくことを徹底していたと明かす。プロになってからも、コンディションの確認方法は毎朝「便を見ること」だったという。

◆アスリートから便をもらう営業マン

 このビジネスを始めたきっかけは、プロ引退間際の2015年6月、便を調べている人がいると人づてに聞いたことだった。すぐに会いに行き、その人物から最新の研究内容を聞いたところ、その科学的な研究内容は、自身が身体を通じて経験してきた感覚と見事に重なった。

「アスリートの腸内環境を調べると面白いのではないか」と、その場でビジネスの構想が浮かんだという。アスリート時代の経験を多くの人のために生かしたいとの思いを胸に複数のメンバーで事業を立ち上げ、プロ引退後の2016年に代表取締役に就任。

 それからはアスリートから便をもらう営業マンに徹した。

「うんち、ちょうだい」がアスリートに会った時の挨拶代わりになったという鈴木氏。なかなか協力者を得られない中で、最初の協力者になってくれたのが、現在、ラグビーワールドカップで連日、大活躍している松島幸太朗選手だった。

 鈴木氏の要請に難色を示す松島選手に「将来のため、アスリートのためになるからと半ば強引に押し切った」という。2016年1月のことだ。

 その後は、箱根駅伝で「山の神」と呼ばれた陸上の神野大地選手、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスの嶋基宏選手などをはじめ、オリンピックの金メダリスト、海外の一流クラブやJリーグに所属するサッカー選手、プロ野球選手など、トップアスリート500人以上から協力を得た。競技はサッカーやラグビー、陸上など、27種目に及ぶ。採取したDNAは共同研究をしている香川大学の専用の冷蔵庫に保存している。

◆大手企業も注目。3億円の資金調達

「トップアスリートの便のデータをこれだけ多く保有する研究機関は国内にはなく、世界でも見当たらない」(AuB社取締役兼研究統括責任者・冨士川凛太郎氏)ことから、オーブが積み重ねてきた腸内環境のデータや知見は、食品分野の大手企業からも注目されており、すでに味噌・醸造品のハナマルキ、和菓子の五穀屋、キノコ生産最大手の「ホクト」などとの共同研究が進んでいる。

 資金面では9月に大正製薬と三菱UFJキャピタルなどを引受先とする第三者割当増資で総額約3億円を調達。「AuB BASE」を皮切りにフードテック分野へ参入する。また腸内細菌の特許ビジネスも進めようと、腸内細菌を培養して新菌を発見する取り組みも始めた。

◆便からやってる競技がわかる!?

 便を見ることでわかったことは多いが、その一つにトップアスリートの腸内には共通する条件があるということだった。

「トップアスリートの腸内は一般の人に比べて『酪酸菌』が2倍も多く、また菌の種類が豊富だということがわかっりました」(冨士川氏)

 この知見をもとに開発されたのがサプリメント「AuB BASE」で、2019年12月初旬から販売開始予定だという。すでにクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で先行販売しており、目標額100万円を大きく超える367万4000円の支援が集まっている。

 さらに、これまでの研究活動を通じて得られたデータを学習させるAIシステムを構築したことで、アスリートの便のデータからその人の競技をほぼ特定できるレベルまで腸内環境の特徴分析は進んでいるという。サッカーとラグビー、陸上(長距離)に限っては、92%の確率で判別が可能だ。

「今後は残りの8%の選手にも注目していきたいと思っています。これらの選手は、競技の軸から外れた腸内環境になっている可能性が高く、当社のコンサルティングによって選手のパフォーマンス向上に寄与できる可能性がある」(同)と、この研究分野が持つ可能性の大きさを主張する。

 これまでオーブでは、検体を提供してくれたアスリートに分析レポートと、腸内環境を整えるための食事等のアドバイスをお礼として提供してきた。

 その活動を通じて、筋肉量、疲労回復、選手寿命、メンタルにかかわる課題を持つアスリートが多いことがわかり、同社ではそうした観点でも研究してきたという。

「筋肉形成、鉄分吸収、疲労回復、メンタルコントロールで課題を持つ選手は、菌の多様性(種類の豊富さ)が低い傾向にあることがわかりました。彼らにアドバイスする内容は、一般の方々のやせたい、太りたい、疲れを取りたい、緊張ストレスを緩和したい、健康に長生きしたい、といった希望にも応えられるものです」(冨士川氏)

 そこで、自宅でも手軽に便から腸内細菌を検査できるキット「BENTRE」を開発。今年の4月からテスト販売を開始した。腸内細菌の種類や善玉菌、悪玉菌などの構成、バランスによる太りやすさや免疫力などに与える影響を測定し、報告書を利用者に届けると同時に、管理栄養士による食生活や運動習慣についてアドバイスをする。

◆スポーツ界とファンへの恩返しとしての事業

 鈴木氏は、アスリートの腸内環境の研究を行い、その研究データをアスリートの課題解決に役立てるのと同時に、「アスリートの腸内環境を一般生活者の生活に役立てる製品やサービスを提供する事業を目指している」と語る。

 とはいえベンチャー企業を軌道に乗せるのは並大抵のことではない。まして研究開発型のベンチャー企業は、事業で収益を生み出すモデルを構築するまでに時間がかかるというリスクがある。オーブも例外ではなかったようだ。

「会社の経営についてなんにもわからないで始めましたから、やってみると難しいことの連続です。毎日が苦労と悩みの連続で、特に資金ぐりでは眠れない夜もたくさん経験してきました。それでも少しずつこの研究の意味をご理解いただくことができ、なんとかここまできました。4年間の地道な活動から、ようやく成果物を生み出すことができ、ここから事業を成長させていきたいです」(鈴木氏)

 困難な時期を乗り越えてこられたのは、選手時代に多くの人に支えられた経験だという。

「僕にとってこの事業は、これまで応援してくださったスポーツ界、サポーターの方々への恩返しなんです。つらいことがあっても、こんなことで負けてたまるか、という思いでやってきました。アスリートの課題解決はもちろん、一般の人の健康やパフォーマンス向上に貢献できる事業に成長させたいです」

 自ら監督を務める「AuBフットサル部」の創設も、製品やサービスの提供だけでなく、コミュニティ作りも進めていきたいとの思いからだという。

「現役時代は多くのサポーターの方々に支えていただきました。特に僕が所属していた浦和レッズのサポーターは熱心な方々が多く、その連帯感の強さにはいつも感動していたんです。僕はこの事業でも、ただ製品やサービスだけを提供するのではなく、応援してくれる方々との絆を大切にしたい。そのためにフットサルを通じたコミュニティを作ることを決めました」

 4年間の地道な研究を経て、満を持して製品を世に出したオーブ。事業を通じてスポーツ界だけでなく多くの人々に貢献したいという鈴木啓太の挑戦はここからが本番だ。

<取材・文・撮影/大島七々三>

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