映画で世界の人たちをポジティブにしたい〜『37セカンズ』HIKARI監督<映画を通して「社会」を切り取る10>

映画で世界の人たちをポジティブにしたい〜『37セカンズ』HIKARI監督<映画を通して「社会」を切り取る10>

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 生まれてくる時、息をしていなかった37秒間――そのわずかな時間で脳性まひになり、下半身不随になった23歳の女性ユマが主人公の映画『37セカンズ』。ユマの性、将来の夢、母親との葛藤、そして家族のつながりがみずみずしく描かれた同作品は、2019年3月、世界3大映画祭の一つである第69回ベルリン国際映画祭にて映画祭史上初の「パノラマ観客賞」と「国際アートシネマ連盟賞(CICAE賞)」をW受賞、他の数多くの海外映画祭でも賞賛され、高い評価を受けました。そして現在、日本でも新宿ピカデリー他全国の劇場にて公開されています。

 監督は、18歳で単身留学、大学卒業後は、女優、カメラマン、アーティストのキャリアを積み、名門南カルフォルニア大学の大学院で映画作りを学んだHIKARIさん。初の長編映画となった本作が早くもハリウッドの目に止まり、オファーが殺到しているHIKARIさんに、同作品に込めたメッセージやこれから挑戦してみたいことなどについてお話を聞きました。

◆資金集めは自分たちで

――今までは短編映画『Tsuyako』(11)、『A Better Tomorrow』(13)、『キャンとスロチャン』(14)、『Where We Begin』(15)と4本製作されていますが、今回は長編初挑戦です。今までと違って苦労したところはありますか?

HIKARI:短編映画はだいたい5〜7日間で撮影が終了しますが、今回の長編は45日間かかりました。まずは体力との戦いがありましたね。

 2018年の3月に主人公のユマを佳山明さんに決めてから、同年5月に正式に製作が決まり、助監督さんがチームに入って7月半ばからは撮影が始まっていました。急ピッチで製作が進んだ感じです。準備期間が短かったので、撮影の合間に撮影場所を探したりしたことも大変でした。

――資金集めなどはどのようにされたのでしょうか?

HIKARI:自分たちで個人の出資者を募ったり、協賛してくれる会社をみつけて、全体の製作費の半分以上を集めました。その製作費が集まった段階でNHKとの共同製作プロジェクトとして、テレビ版を制作することに賛同していただき、本作品の製作に踏み切りました。

――ユマはマンガのゴーストライターという設定ですが、劇中にはアニメやポップな音楽がふんだんに使われ、全体的に活き活きとした印象になっています。

HIKARI:ダンスの映画を作ったこともあり、ポップな音楽を入れたかったんですね。それから昔からマンガが好きだったんです。マンガ家さんは描きながらストーリーを描いていくという構成の仕方や想像力がすごいと思っています。その構成力や想像力を映画でどのようにして表現したらよいかを考えましたね。

――絵の中の人物が動くシーンが印象的でした。

HIKARI:あのシーンの父親役は、実はプロデューサーの山口晋なんです。彼のビデオを撮って、その様子をアニメーターの方に加工してもらいました。

◆名門大学院の実践的な映画教育

――HIKARIさんは『スター・ウォーズ』や『インディ・ジョーンズ』シリーズで知られるジョージ・ルーカス、『バック・トゥ・ザ・フィーチャー』『フォレストガンプ/一期一会』を手掛けたロバート・ゼメキスを輩出した映画の名門、南カリフォルニア大学(USC)の大学院で学ばれています。USCの教育はどのようなものでしたか?

HIKARI:USCでは1年目で映画作りの全てを学びます。脚本は「ショートフィルムの書き方」というようにさらっとやる程度ですが、演出だけではなく、プロデュース、編集、サウンド、撮影、照明とテクニカルなことをかなり学ぶんですね。

 1学年40数名いる入学式で「将来、監督になりたい人は?」と聞かれて全員が手を挙げていました。しかしそれを見た学長が、「この中でプロとして映画を製作できるのは2人です」とおっしゃいました。映画が好きなら、監督だけではなくて、編集でもサウンドでも何でもできるようになって映画の業界で食べていけるようになりなさいということなんですね。

――USCの学生でも40人中2人しか監督になれない。厳しい世界ですね。

HIKARI:私自身はUSCに入る前はカメラマンをやっていたので、入学してからは撮影監督として16ミリや35ミリの作品を撮っていました。

 ハリウッドということもあって、テクニカルなことだけではなく、契約書の書き方を含めたビジネスのことも叩き込まれます。

 その代わりに「クリエイティブなのはあなただから」と言って、学校はクリエイティブにはタッチしません。卒業後は自分で映画を製作して映画祭に応募してチャンスを待ちます。

――現在は大手のエージェントに所属して米国のユニバーサル・ピクチャーズなどの映画スタジオやTVネットワークと共に長編映画やTVシリーズを開発中とのことですね。

HIKARI:2011年にUSCの大学院を修了して、ここまで来るのに本当に苦労しました。スチールカメラマンや映画の撮影監督、照明の仕事を続けながら、次につなげるためにずっと長編映画の脚本を書いていました。短編を作って賞を頂いていましたが、長編を作らないと監督としては認めてもらえないと周囲にも言われていたこともあって。

 今回、『37セカンズ』ができて、ベルリン国際映画祭で賞を2つ頂くことができました。それもあってハリウッドに戻った時にみなさんの目が向いたんだと思いますね。

――どのようにして大手のエージェントに所属することになったのでしょうか?

HIKARI:ベルリン国際映画祭での受賞後に2つの大手エージェントからお誘いがあり、今のエージェントに決めました。実はエージェントに所属する前からマネージャーはいたんです。USCの一年に一度出版される雑誌に「卒業生スポットライト」というコーナーがあるのですが、2017年にそのコーナーに掲載された記事を見て「ショートフィルムを送ってください」と今のマネージャーが連絡してきてくれました。彼は本当にすごいんです。

 エージェントに所属した後も個人的なつながりを通してオファーは来ています。ありがたいことですね。

――『37セカンズ』の海外の反応はいかがでしたか?

HIKARI:基本的には日本と同じですが、考えさせられたという人が多かったです。ドイツなどのヨーロッパの人たちは、自分の人生と置き換えた人が多かったですね。母親に感謝したいという声も聞きました。

◆「お客さんをポジティブな気持ちにして人生の後押しをする」

――この作品でHIKARIさんが観客の皆さんに伝えたかったことをお聞かせください。

HIKARI:18歳で留学のために単身渡米しましたが、その時は映画を作るなんて考えたこともありませんでした。自分が映画監督や脚本家をやっていること自体が奇跡的なんです。

 1作目の『Tsuyako』を2011年に製作した時に感じた自分のミッションは、世の中の人々の考え方をポジティブなものに変えていくことだということです。『Tsuyako』は、戦後のレズビアンの話だったのですが、世界を巡って上映した時に感じたのは、世界中どこに行ってもお客さんが感動するシーン、泣くシーンは同じでした。それだけ誰しもが抱えているものがあるということなんですね。

 イタリアでの上映会の直後に、40代の男性がやってきて「これから家に帰って母にカミングアウトをする。勇気を与えてくれてありがとう」と言ってくれました。

 そういう姿を見ると、お客さんをポジティブな気持ちにして人生の後押しをすることが自分のやるべきことなんだと思えました。

――映画はそれだけの力を持ちうるということですね。

HIKARI:この作品の主人公ユマもびっくりするぐらいポジティブです。もちろん、嫌なことに遭遇するシーンも出てきます。でもそれは彼女の人生の一部なんです。

人生には選択をしなくてはならない時があります。Aを選ぶかBを選ぶか、何も選ばないでその場で静止しているか。何も選ばなかったら何も始まらないですよね。

 今の自分を変えたかったら、何かを選んで前に進まないといけない。自分がポジティブに変われば出会う人たちも変わってきて、また新しい道が開ける。そういうことを伝えたかったんです。

◆アートで子どもたちをサポートしたい

――現在のご自分につながる過去の経験がありましたら教えてください。

HIKARI:失敗も泣いたことも含めて過去に経験したことの全てがつながっていますね。失敗したことの方が多いので、今では大きなスタジオの社長が来てもビクともしません(笑)

 女優をしていた時代も含めてですが、映画の仕事は話が決まりかけたと思ったら流れることも多いです。そうした部分も含めて自分の肥やしになっていますね。物事はなるようにしかならないんですね。

 日本を出た時には「好きなことだけやって生きていきたい」と決めていましたが、まさか映画を撮ることになるとは想像もできませんでした。いろいろやってみて、今の自分があるんです。

――今後取り組んでみたいことはありますか?

HIKARI:今回は「障害者の性」を描きましたが、今までも、LGBTや人種の違う人たちの恋愛など社会的なテーマを扱ってきました。今後もそうしたテーマには取り組んでいきたいと考えています。

 また、映画製作とは関係なく、貧困や虐待されている子どもたちなど厳しい状態にある子どもたちで音楽やアートの才能があったり、関心のある子たちをサポートしたいと考えています。子どもたちを支援する組織とコラボレーションして何かできたらいいですね。

<取材・文/熊野雅恵>

【熊野雅恵】

くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わっています。

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