銀獅子賞受賞の話題作『スパイの妻』。黒沢清監督はなぜ「妻」の視点で描いたのか?

銀獅子賞受賞の話題作『スパイの妻』。黒沢清監督はなぜ「妻」の視点で描いたのか?

?2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞、太平洋戦争前夜に国家機密を握った男とその妻を描く黒沢清監督『スパイの妻 <劇場版>』が全国の劇場にて公開されています。

 1940年、神戸で貿易会社の福原物産を営む福原優作(高橋一生)は、物資を求めて赴いた満州で、人道に反する恐ろしい国家機密を偶然知る。そして、優作は正義の実現のため、その機密を国際社会で明らかにしようとしていた。

 ある日、憲兵分隊長に任命され神戸へやってきた津森泰治(東出昌大)が、優作の仕事仲間であるドラモンドが、諜報員の疑いがかけられ逮捕されたことを優作へ告げる。泰治は、自身の幼馴染でもある優作の妻・聡子(蒼井優)のためにも人付き合いを考え直すよう勧める。

 ちょうどその頃、対日輸出制限が始まり、アメリカが敵国になるのは時間の問題だった。そんなある日、福原物産の倉庫で優作は国家機密の全貌を聡子に語る。それは国家にとって、あまりに不利益な事実。一度は正義よりも平穏な生活を選ぼうとした聡子だが、やがて「アメリカへ渡りましょう、わたしたち二人で」と言い、正義を貫こうとする優作と運命を共にする覚悟を決める。驚く優作に対し、聡子の瞳は心なしか輝いていた。そして、志を遂げるため、二人は亡命の準備を始める――。

 脚本は東京藝術大学大学院の教え子でもある濱口竜介監督(第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品『寝ても覚めても』『ハッピーアワー』)、野原位さん(『ハッピーアワー』脚本)が担当。今回は、本作監督の黒沢清さんに制作の経緯や本作に寄せる思いなどについてお話を聞きました。

◆太平洋戦争前夜の個人と社会

――今作は濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(’15)がご縁で、黒沢監督と脚本担当として、大学院の教え子でもある濱口監督、野原さんが集結したとのことでした。

黒沢清監督(以下、黒沢):僕が神戸出身なので、プロデューサーからは神戸を舞台にした映画をというリクエストがあって、それを受けて脚本家の濱口(竜介)、野原(位)がプロットを書いて持って来たんです。それはもう、読んでいて本当に面白かったですね。

 前から僕はこの時代をやりたいと言っていたのですが、それが彼らにも伝わっていたのかもしれません。この物語は原作もモデルとなった実在の人物もなく、オリジナルで思い付いたということに感心しました。

 ただ、スケールの大きな物語なので映画化は難しいと感じていました。最初、「お金あるの?」と二人に聞いたら「ありません」と。ただ、彼らはプロデュース能力もあって、各所に奔走をしてくれたこともあり、作品を完成させることができました。彼らの才能と機動力には敬服しますね。

――1940年代を舞台に「個人と社会」の関係を描いていると受け取りました。

黒沢:僕からは「個人と社会」がテーマだとは声高に言ってはいないのですが、自然にそうならざるを得なかったという感じですね。これまで主にホラーものや犯罪ものなどのジャンルの現代劇を撮ってきましたが、物語が何であれ「個人と社会」というテーマは避けて通れません。

 ところが、現代の設定で「個人と社会」を突っ込んで追求しても、社会は一見、個人の自由を保障しているように見えるので、主人公の行動は正しかったのか、それとも間違っていたのか、はっきりしない結末になってしまい、その結果、わけのわからない映画と呼ばれることが度々ありました。

 ところが、今回の舞台の1940年代前半だと社会が個人に対して強いるルールがかなりはっきり想定できます。それに対して、個人がどのように対峙するのかを明確に表現できる上に、結果的に社会がどうなったかみんな知っている。全てを描かなくても見る方が現実社会の結末をわかっているんですね。

 そうであれば、いつも手こずっていた「個人と社会」というテーマを明確に客観的に描けるのではないかとは思いました。僕は脚本担当の二人には要求していませんでしたが、この時代を描くなら自然に「個人と社会」というテーマになっていくんだろうと確信していましたね。

――作品の雰囲気は異なりますが、初期作の連続猟奇殺人事件を追及する刑事が心理的に追い詰められてゆく『CURE』(’97)、一本の大木を巡る人々の対立を描いた『カリスマ』(’99)、主人公の周りの人たちが次々と亡くなる『回路』(’01)などと通底するテーマを感じました。

 特に本作に登場する国家機密が記録された「フィルム」と「木」が重なっているようにも思えて『カリスマ』と物語の構造が似ていると感じましたが、その点はいかがですか。

黒沢:その点は意識していませんでしたが、言われてみればその通りですね。気恥ずかしいのですが、かつては、かなり無理をして全面的に「個人と社会」というテーマと格闘していました。多くの方はよくわからないが、一部のマニアの方が喜んでくださるというか…。

 『カリスマ』はまさにその一本です。山の中の一本の木を切るか切らないかで対立している場所がある。そこにやってきた役所広司さん演じる男がその場所をほとんど戦場のように変えてしまう…。そんな物語で、一種のダーク・ファンタジーですが、どこか『スパイの妻』に通じる部分があるかもしれません。

◆ジャンル映画が好きだった

――初期の頃、ホラーの作風の中で「個人と社会」というテーマ設定をしていたのはなぜなのでしょうか?

黒沢:テーマなどというものは、最初は何もなかったです。本当に映画が好きだったんですね。そんな時に最も作りたいと思うのはアメリカのジャンル映画なんです。アクション映画やSF映画、怪物が出て来るホラー映画も好きでした。

 ところが、アメリカの刑事物語や西部劇のような作品を撮りたいと思っても舞台は日本の現代になります。そこでどんな物語にすれば良いかを考え始めると、すぐに上手くいかないことがわかるんですね。アメリカのアクション映画の舞台と日本の社会はあまりに違います。

 「西部劇のクリント・イーストウッドみたいな人が出て来ちゃいけないのか?」と思っても、俳優やロケ場所のことを考えている内に気付くんです。そんな人は今の日本にいないと。現代の日本のリアリティーや厳然と存在する社会システムの中で映画を作ろうとすると、映画が現実を乗り越えられないんですね。

 ――日本はアメリカのように多くの人種の人たちがひしめき合っているわけでもなく、社会における宗教のプレゼンスも高くない、一見すればある意味「平らな」世の中です。そのことも関係あるのでしょうか。

黒沢:そうですね。そういう平らな世界で、自分の描きたい世界を撮ろうとすると、「異世界」を用意するしかなかったんですね。だから、『カリスマ』では登場人物を森の中へ連れて行ってみたり、『回路』では個人から見ると「回路のように見える社会が消滅する」という設定にしたんです。

 小説やマンガであればもう少し抽象的な世界を築けたかもしれませんが、映画は現実に存在する世界を撮らなくてはならないので、なかなか現実から離れられない。「現代の日本社会があって、その中に私やあなたといった個人がいる。クリント・イーストウッドはどこにもいない」のだと(笑)。

 そういうある意味、馬鹿げたところから失敗を繰り返して様々な映画を撮ってきました。「個人と社会」をテーマにして作品を撮りたかったというよりは、「ここをクリアしない限り映画を撮影できないんだ」という気持ちで「個人と社会」というテーマに毎回異なる形で向き合ってきたんだと思います。自分が見て来たような「面白い映画を作りたい」というところが出発点で、それを作るにあたって「個人と社会」というテーマが立ちはだかっていた、という感じですね。

◆妻の聡子の視点から描いた理由

――正義を実現しようとする福原優作ではなくその妻の聡子の目線から描く物語になっていますね。

黒沢:昔は僕も頑張っていたのですが(笑)、男はダメだろうなという気がしています。優作は個人と社会の対立の外へ飛び出ていく一方、憲兵隊に属する津森は社会の内部で自分が見えなくなってしまう。社会の内部に留まりながら、社会と対立したままの状態を保てるのは女性しかいないと思います。

 僕が男だから、そしてもう若くはないからなのかもしれません。女性にとっては迷惑かもしれませんが…。フィクションの世界では「女性に託す」という時代になってきたような気がしています。最近は、女性が主人公の物語が多いですよね。男には、社会に飲み込まれるか、もしくは完全に崩壊してしまうか、どちらかの結末しかないでしょうね。

 社会の外へ飛び出る優作、社会の内部に埋れてしまう津森、社会と対立を続けたままで生きる聡子という脚本にあった3人の構図は納得できました。

――この作品は昭和初期を描いていますが、黒沢監督にとって昭和とはどのような時代でしたか?

黒沢:僕自身昭和生まれですが、戦前と戦後では大きく異なっていると思います。豊かさも最初の方と最後の方ではかなり変わりましたし、そういう意味で大きく揺れ動いた時代ではないでしょうか。

 ただ、社会は大きく揺れ動く一方、人は社会に対応するために四苦八苦したのでしょうが、人の本質はそこまで変わらなかったと思います。

 戦争中なので苦しくて皆が地味に暮らしていたようなイメージがありますが、昭和を生きた人たちは皆地味で自由など考えなかったかというと、そうではありません。劇中でも福原家は優作や聡子はもちろん、女中や執事までもが洋装で、ウイスキーは舶来品なんです。

 映画に登場するのは明治の末から大正時代に生まれた人たちですが、大正時代のある種自由な空気を知って不穏な空気の漂う昭和に突入した。だからこそ、戦後を迎えた時に「何をやってもいいのだ」と満を持して、自由を謳歌し始めたんですね。戦後、活き活きと歌ったり踊ったりしていた人たちは、もちろん、戦前にも生きていた人たちなんです。

 今の令和の時代においても、完全な自由があるわけではありません。みんな世間体や物事の分別の中で悶々としながら仮の自由や幸せを味わっている。それで本当にいいのだろうか。そういう思いが、この作品を作る根っこの部分にありました。

◆様々なジャンルに挑戦して欲しい

――黒沢監督は、長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』(’79)の制作助手からキャリアをスタートし、『回路』(’01)、『トウキョウソナタ』(’08)、『岸辺の旅』(’14)他の作品でカンヌ映画国際映画祭などで受賞を重ね、今回ヴェネチア国際映画祭にて銀獅子賞を受賞されています。

 一方で、テレビドラマでも作品を送り出しており、幅広いジャンル、メディアで活躍されています。後進の監督もそうあるべきだと思いますが、残念ながら、現在はいわゆるテーマ性の強い自主映画の監督と娯楽色の強い商業映画の監督と2つに分かれている印象があります。その点についてはどのように感じていますか?

黒沢:商業映画と自主映画が別の物として存在していることはいい状態ではないと思います。その間には無限の組み合わせ、バージョンがあるにもかかわらず、「自分は自主映画の監督だから商業映画は撮らない」「商業映画には自主映画的なものは一切入れない」というのはおかしい。海外から見たらみんなまとめて「日本映画」と言われます。

 僕は幸いにしてその2つがはっきり分かれていない時代に、映画を撮り始めました。長谷川監督の名前が出ましたが、長谷川監督と同世代の先輩の監督に相米慎二監督がいます。相米監督の映画は自主映画のような作風でしたが、商業映画を送り出している会社が製作していました。そういうスタイルが許された時代を経験できたことはラッキーでした。

 商業映画と自主映画は無視し合っているわけではなく、気にし合ってはいるのでしょうが、なぜあんなに分かれているのかとは思いますね。例えば、自主映画的なスタイルの監督と評価されている三宅唱監督が、最近Netflixで『呪怨:呪いの家』という作品を撮りました。そうした試みはとてもいいことなのでどんどんやって欲しいですね。そして、その逆もやって欲しいです。メジャーな映画だと思って見たら、自主映画的な作風の映画だったというのもいいですよね。

――東京藝術大学で教鞭を取られていますが、若手育成について感じていることをお聞かせください。

黒沢:商業映画、自主映画、テレビドラマ、才能という点では区別する必要ありません。あらゆる才能があらゆる所から出て来て、どんなやり方で作っても構わないと思っています。

 ただ、映画館で巨大なスクリーンで不特定多数の人たちと一緒に見る、そこでみんなが同じように「わーっ」と同じように驚く、そういう経験をするのが映画ではないでしょうか。

 同時に「多くの人は首をかしげていたけれど、自分だけはエンドクレジットの最後まで席に座っていた。この映画を理解できたのは私一人だ」というのも凄い映画体験です。そういうものを日本映画関係者全員で目指してもらいたいですね。いろんなところにいろんな才能がある。自分から可能性を閉ざす必要はなく、上手く融合させていくべきだと思いますね。

――監督の映画の原体験はやはり神戸の映画館だったのでしょうか。

黒沢:そうです。幼い頃、神戸でよく怪獣映画を見ていました。僕が最初に見たのは、大人になってから調べたのですが、同時期に封切られていた『モスラ』か『怪獣ゴルゴ』でした。

 自分で撮りたいと思うのはかなり経ってからですが、初めて見た映画が怪獣映画だったということは大きいことでした。世代もあるのかもしれませんが、真っ暗闇の中でスクリーンを見つめていると、恐ろしい音楽が流れて町が破壊されてバタバタと人が死んでいく。

 作っている人たちは空襲の経験者ですから、町が破壊されている様子などは、セットは精巧なものでなかったとしても、逃げる演技は迫真のものです。つまり僕たちは「映画って恐ろしい」ということを幼い頃に経験してしまった世代なんですよ。そのトラウマからなかなか抜け出せません。

――今後、どのような方向で作品を撮りたいですか。

黒沢:新しい物語でもテーマでも技術でもいいので、何か新しいことにチャレンジしたい

ですね。常に、これまでやったことがないことをやり続けていきたいと思っています。

<取材・文/熊野雅恵>

<撮影/鈴木大喜>

【熊野雅恵】

くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。

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