映画『大コメ騒動』が2021年の現在と重なり過ぎる! 理不尽さに抗う庶民の物語

映画『大コメ騒動』が2021年の現在と重なり過ぎる! 理不尽さに抗う庶民の物語

??2021「大コメ騒動」製作委員会

◆豪華キャスト集結の群像劇

 1月8日より、映画『大(だい)コメ騒動』が公開されている。本作がモチーフとしているのは、タイトルでわかりやすく示されているように、実際に起こった米騒動だ。

 出演者はとても豪華であり、主演を井上真央、強烈な女性たちのリーダーである“おばば“役を室井滋、ストーリーテラーを立川志の輔が務めている。西村まさ彦や柴田理恵など舞台となる富山県出身の俳優たちも集結し、その他にも夏木マリ、鈴木砂羽、吉本実憂、工藤遥、三浦貴大、吹越満、中尾暢樹、木下ほうかなどの実力派が揃っている。主題歌を米米CLUBが書き下ろしているというのも素敵な采配だ。

 それぞれの俳優は出演時間が短かったとしても、その持ち味を活かしたインパクトの強い役を演じており、特に町の権力者を石橋蓮司がいつも以上に極悪非道に演じているのは見逃せない。多くの個性的なキャラクターを多角的かつ簡潔に見せていくという、“群像劇“としての面白みがある内容になっているのだ。

 予告編やパッと見のイメージでは、米騒動の最中に起きたドタバタを面白おかしく描いたコメディであるように思われるかもしれないが、実際は現代に通ずる大切な価値観を再認識できる、学びの多い社会派ドラマという印象も強かった。さらなる具体的な魅力と特徴を、以下より紹介していこう。

◆理不尽かつ我慢を強いられる物語が必要だった

 富山の貧しい漁師町で暮らす松浦いと(井上真央)は、米俵を担いで浜の船まで運び入れるという過酷な仕事を続けていた。当初はその日当で1日分の米を買えていたはずが、その後はコメの値段が際限なく上がっていく。やがて町の女性たちの不満は頂点に達し、彼女たちは米屋へと押しかけ、今までの値段でコメを売ってくれるよう交渉をすることになる。

 物語の根底にあるのは、庶民たちが直面する「理不尽」だ。自分たちは必死で肉体労働をして何とか1日分の米が買えるほどだったのに、米屋は自分たちの思い通りにコメの値段を釣り上げていく。その後は新聞社をも巻き込んで、それぞれの立場や思惑が交錯していく。

 米屋を初め、権力者側の策略ははっきりと非道なものであり、主人公がまんまとその罠にはまってしまったり、彼女たちを応援する立場であるはずの新聞社の青年にも大きな壁が立ちはだかってしまったりもする。仲間同士の内輪もめも起こり、中には逮捕される者も現われる。全体的には痛快無比なコメディというよりも、「我慢」を強いられる苦しい展開が多い。

 もちろん、その苦しい展開も意図的であり、作品には必要なもの。どの時代や場所でも、圧政や権力者に苦しめられる庶民という図式はよくあるものであるし、「家族にお腹いっぱい食べさせたい」という切なる願いがあるからこそ、登場人物に感情移入ができる。

 そこまでに我慢に我慢を重ね、追い詰められた彼女たちが、ただ苦しんで終わるはずがない。そのどん底から、どのように反撃に向かい、そして変革をもたらすのか、ということにこそ面白みとカタルシスがあり、最終的には十分にスカッともできる物語になっているのだ。

 なお、この『大コメ騒動』と同じく本木克英監督が手がけ、大ヒットした『超高速!参勤交代』(2014)も、実際の本編は大笑いできるコメディというよりも、ダウナーな雰囲気も存分にある映画だった。劇中の参勤交代は冒頭から「苦行」と揶揄されるほどにブラックな行事として描かれているし、種々のエピソードも良い意味で理不尽に感じるものが多かったのだ。こちらを楽しめた方は、今回の『大コメ騒動』も気に入るだろう。

◆2021年の現在と重なる世相

 劇中の年代は1918(大正7)年。その頃は第一次世界大戦後の好景気に沸き、都市にはホワイトカラーが生まれ、大正浪漫の華やかさがあり、米の消費が伸び続け、ちょうど男性たちのシベリア出兵の噂も出ていたため、結果として米の価格が天井知らずに上がり続けてしまった。いくつもの要素が重なったため、貧しい町では極端な格差が生まれてしまっていた時代だったのだ。

 この極端な格差社会は、2021年の現在にも通じている。新型コロナウイルスの第3波が訪れ、飲食や芸術に携わる多くの人々が経済的な打撃をさらに受け続けているが十分な保証は受けられず、一方で一部の資産家は私腹を肥し続けていたりもする。米価格の暴騰と、経済活動の自粛という違いはあれど、外的な要因により格差がさらに広がってしまうという図式が、劇中の1918年と、現在の2021年は共通していた。

 そんな世相であっても、『大コメ騒動』における女性たちは勇気を振り絞って団結し、権力者に立ち向かおうとする。彼女たちの姿は「#MeToo」などの社会を変えた女性の声にも重ね合わせられるし、新聞社の青年のエピソードも現代のフェイクニュースのあれこれをほうふつとさせたりもする。はるか100年以上も前の出来事を描いているのにも関わらず、存分に現代との符号を感じる内容になっているのだ。

 ちなみに、劇中で特に描かれているわけではないが、奇しくも1918年はスペイン風邪がちょうど流行の兆しを見せていた頃であったりもする。新型コロナウイルスが蔓延した今の状況と重ね合わせることができる作品は少なくはないが、ここまでの偶然の一致があるというのも稀だろう。

◆『鬼滅の刃』に通ずる要素も?

 本作は、言わずと知れた社会現象を巻き起こしている『鬼滅の刃』とも重ねて語ることができるだろう。同作の時代背景は大正時代であり、劇中で明示されているわけではないが、年号が変わったばかりの大正初期を想定しているという説が有力になっているのだから。

 『鬼滅の刃』もまた、強大な悪意に対して団結の力で立ち向かっていくという物語だ。『大コメ騒動』と『鬼滅の刃』を、ほぼ同じ時代の、別の理不尽な事象に対しての戦いの物語として観てみるのも面白いだろう。

 さらに、今は「農林水産省の公式サイトが攻略に役立つ」ほどにリアルな稲作が楽しめることで話題を集めたゲーム『天穂のサクナヒメ』が大ヒットしている(こちらも『鬼滅の刃』と同様に“鬼“と戦う要素もあったりする)。コメというピンポイントな題材のエンターテインメントが、ちょうどほぼ同じ時期に生まれたという偶然もあったのだ。

 そして、本木克英監督はこの『大コメ騒動』の大きなテーマについて「声を上げること、行動することが大事である」と語っており、「米騒動のイメージが変わるきっかけにもなってほしい」とも訴えている。

 確かに、本作の根底にあるのは「女性たちの行動が歴史を動かす」という普遍的な社会の変革の物語であり、個人的に米騒動に抱いていた乱暴なイメージとは少し違っていた。そう思えたのは、理不尽な状況に苦しむ彼女たちの姿が(現代に重なっていたこともあって)リアルに感じられ、心から応援できたことがいちばんの理由だろう。

 総じて、『大コメ騒動』は誰にでも共感できる親しみやすさを備えつつも、偶然と呼んでしまうだけではもったいない現代との符号があるため、社会問題をより考えるきっかけにもなる、確かな意義がある映画だ。誰もが不安を抱えている今こそ、(途中が苦しくはあっても)最終的には正月明けにふさわしい前向きさや爽快感も得られる本作を、ぜひ劇場でご覧になってほしい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「火垂るの墓」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF

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