『ある人質 生還までの398日』。ISに囚われたカメラマンと身代金のために奔走する家族の物語

『ある人質 生還までの398日』。ISに囚われたカメラマンと身代金のために奔走する家族の物語

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 2月19日より、デンマーク・スウェーデン・ノルウェー合作映画『ある人質 生還までの398日』が劇場公開されている。

 本作は、2013年5月から翌2014年6月まで、398日間にわたってシリアで過激派組織IS(イスラム国)の人質となり、奇跡的に生還を果たしたデンマーク人の写真家ダニエル・リューの実話の映画化作品だ。監督は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2010)のニールス・アルデン・オプレブが務めている。

 タイトルや設定からして徹底して重く苦しい内容と思われるかもしれないが、実際は先が気になるエンターテインメント性も十分あり、同時に「家族の物語」であるからこその親しみやすさも併せ持った、優れた作品であった。その具体的な魅力を紹介していこう。

◆突如として拉致監禁される恐怖

 ダニエルはデンマーク体操チームのメンバーだったが、負傷して選手生命を絶たれたため、かねてからの夢だった写真家になることを決意。戦争の中の日常を記録し世界に伝えることこそ自分の使命だと確信し、その撮影先としてシリアを選ぶ。だが、トルコとの国境付近の町で、ダニエルは突如として男たちに拉致されてしまう。

 この拉致までの過程が、「あっという間」ということがまず恐ろしい。ダニエルは家族に戦闘地域へは行かないと約束し、実際にも行かなかったのだが、それでも問答無用で車に乗せられてしまう。同行のガイドが自由シリア軍の許可証を持っていたのだが、それも全く役には立たなかった。

 実は、シリアでは情勢が刻々と変化しており、イスラム過激派の新興勢力が手を組んで一大組織を設立しようとしていたのだ。その資金調達のための誘拐ビジネスも活発化し、ダニエルのような駆け出しの若者だけでだけなく、ベテランのジャーナリストも拘束されるようになっていたという。

 言ってしまえば、ダニエルは最悪のタイミングでその場所に訪れてしまった、とてつもなく運の悪い青年だ。少しでも情勢が違えば、彼はこの後の生き地獄を体験せずに済んだだろう。

◆身代金のために奔走する家族の物語

 ダニエルの家族は、彼が予定の便で帰国しなかったために人質救出の専門家と連絡を取る。専門家は誘拐犯を突き止めるが、犯人から要求された身代金は70万ドルという大金だった。テロリストと交渉しない方針のデンマーク政府からは支援を期待できないため、家族が全額を用意するしかない。だが、家を担保にするなどしても25万ドルしか用意できず、家族はやむにやまれずその金額を提示すると、犯人側は激怒し身代金を一気に200万ユーロに引き上げてしまう。

 家族にとって、ダニエルの生還が最優先事項であることは言うまでもない。だが、身代金を政府に援助してもらえない上に、家を担保にしても提示された金額に届かず、さらに犯人を怒らせ身代金を引き上げられてしまうという理不尽に見舞われる。それでも家族はダニエルのために、募金活動などに奔走していく。しかも「マスコミに知られない」「違法にならない」ことも達成しなければならない。

 愛する息子の命は、大金との天秤にかけるようなものではない。だが、現実問題として1ユーロでも多くの金の集めなければならない家族には、多くの障害が立ちはだかる。もちろん、その間も息子は拷問され続けており、命を落とす可能性も十分にあることも、家族は理解している。その過程は想像を絶するほどに苦しく辛くもあるが、息子を救うというただ1つの目的のためにあらゆる手を尽くし状況を打開していく様は、同じように家族を大切に思う方の心に響くことだろう。

◆「エベレストに登るかのよう」な過酷なエピソード

 前述した身代金のために奔走する家族の物語と同時並行する形で、拉致監禁され心身ともに疲弊していく青年ダニエルの姿も克明に描かれる。そこには、もはや俳優の演技だとはとても思えないほどのリアリズムがある。

 主演のエスベン・スメドは、主人公の元・体操選手らしい肉体を作るためにジムで念入りにトレーニングをする一方で、その後の人質のシーンのために2段階に渡って8キロも減量している。そのため、ファーストシーンでは健康そのものだった青年が、文字通り別人のように変わり果て痩せ細る様がスクリーンにまざまざと映し出されていく。(撮影の一部ではスタントマンも起用したそうだが)その身体能力を生かして命懸けの脱出を図るシーンも、とてもスリリングだ。

 スメドは実際のダニエル本人と何度も会って話を聞き、その人柄ごと再現できるように務めたそうだが、ダニエルの監禁時のエピソードで衝撃的なものがある。それは、最初に散々殴りつけられた状態で1日にできたのは、立ち上がって、再び横になることだけであったこと。しかも、丸1日かけてやっと可能になったその行動を、今度は1週間続けて行った。そのおかげで翌週には起き上がって1歩を歩いてから、横になることができるようになった。そのまた翌週には2歩を歩けるようになった。1ヶ月後に、ようやく収容所の2つの壁の間を往復できるようになった……と、彼はその時のことを「エベレストに登るような感覚だった」と振り返ったという。

 1年以上に渡る監禁と拷問の心身へのダメージは、そのエピソードで想像される以上に、スクリーン上では過酷に見える。それが俳優の尋常ならざる役作りと、リアリティをとことん追求した舞台立ての賜物であるということは言うまでもない。なお、劇中の拷問シーンは確かに苦しく辛いものであるが、過度に直接的でもなく露悪的にもなっていない、G(全年齢)指定で問題のない、必要十分の描かれ方であったということも付け加えておく。

◆「日常」を描いた、身近な物語

 本作は異国の地でテロリストに拉致監禁された上に拷問されるという、ほとんどの人が経験しない特殊なシチュエーションを描く作品だ。だが、意外と言うべきか「親しみやすい」「身近な物語」という印象も強い。

 それは、前述した「家族が大切な息子のために奔走する」という物語と並行して、主人公が数日前まで写真家という夢を叶えようとしていた普通の青年であり、拉致監禁されてからも同室の仲間たちと交流し、ユーモアも忘れないでいようするなど、その状況の残忍さに屈しない精神力が、その「人間くささ」も併せ持った形で描かれているためだろう。

 主演のエスベン・スメドもまた、「劇中の拷問は尋常ではないし、不快感を与えますが、それは原作と映画が意図することではありません。もっと重要なことは、この男性が置かれた尋常ではない状況、またそれが、彼の家族にどのような影響を与えたかということです」と語っている。劇中のような拉致監禁や拷問でなくとも、家族の誰かが期せずして辛く苦しい環境下に置かれてしまい、そのために良い方向でも悪い方向でも家族みんながその影響を受けるというのは、この日本でも十分にあり得ることであるし、確かにそのドラマこそが物語の本流であると観れば誰もが納得できるだろう。

 実際にダニエルが体験した398日もまた、彼にとっての「日常」になっていたという事実もある。私たちがいる安全な日常とは対照的な、このような生き地獄が実際に存在するということは信じがたくもあるが、だからこそ「あった」ことを克明に示すこの映画には、確かな意義がある。

 そして、ダニエルの写真家としての使命は、「戦争の中の日常を撮影し、世界に伝えたい」ということだった。皮肉というべきか、この映画もまた拉致監禁される青年と、その家族を姿を通した「戦争の中の日常」を描き、世界に発信する作品となった。そして、彼が体験したその生き地獄の日常を追体験させてくれるからこそ、この映画は世界をより良くするためには何ができるのか、ということを今一度考えさせてくれている。「どこか違う世界の話」だと決して思わずに、ぜひ観ていただきたい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF

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