ローマ教皇だって怒る!?怒らない=美徳ではない(JINSEIのスパイス!第64回)

ローマ教皇だって怒る!?怒らない=美徳ではない(JINSEIのスパイス!第64回)

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【今週の悩めるマダム】

私のママ友に、仏様のように怒らない人がいます。子どもの学校関係や町内会でいろいろとトラブルが起きていても、いつもニコニコしていて冷静です。私には真似できません。ほんの少し悪口が聞こえてきただけで、何日も何日もそのことを考えて落ち込んでしまうのです。人間の器が小さいからでしょうか? (福岡県在住・50歳主婦)

感情を表に出さない人っていますよね。悪口を言われているのに平気な人が、僕の周りにもいます。だれかが事故にあって大変なことになっているのに普通にしている人とか……。昔、僕の知り合いにそういう人がいて、「あんなこと言われても平気なの?」と、尋ねてみたことがあるんです。すると彼は「全然平気。そもそも誰にも期待したことがないから、失望することもないんだ。僕には関係ない世界なので、何を言われても気にもならないし、へっちゃらだよ」と言いました。強がっていたのかもしれませんが、とにかく図太い。誰にも期待をしないということは、つまり彼は最初から誰も信じてないのだな、と思いました。僕のことも、信用してくれていなかったのかもしれませんね。

僕の個人的な意見ですが、そのママ友さんよりも奥様のほうがよっぽど人間的で、健全だと思います。怒りの感情を表に出さないのは、人間ができているからではないのです。そういう人は、人徳者であったり、優しい人ではないというのが僕の持論です。この前の大晦日のミサで、ローマ教皇が信者の女性に手を?まれ、危険だからとっさにその女性の手を叩いてしまった、というニュースがありました。その直後、教皇は謝罪したうえで「女性に対するいかなる形の暴力」も非難する演説を行ったそうです。どんなに徳のある人でもこうした行動が人間的であり、何より事後の対応が素晴らしいと思いました。

何をしても怒らない人は優しい人だと思われがちですが、実はその逆。そういう人は、世界を遮断しているだけなのです。自分には関係ないと、すべてをブロックしているので平気で微笑んでいられるわけです。怒ること自体が時間の無駄だと思っている人。「へ〜、そうなんだ」で、すべてを終わらせて何事もなかったかのように振る舞っている人。まぁ、これだけ複雑な世界になると、そうやって割り切って生きていくこともひとつの方法かもしれませんが、僕は正反対の考え方を持っています。嫌なことがあったら、苦しくても抱えながら生きていいんじゃないでしょうか? そのことで腹を立てたり、悶々としたり、疲れたりしていいんです。でも、それで自分があまりにも苦しくなったら、「すでに過ぎたことだから、これ以上抱えてもどうにもならない!」とようやく割り切って、苦しみを薄めればいい。そうやって日々と折り合いをつけながら生きていきましょう。どうしようもないこともありますし、最後はいい意味で開き直るしかありません。怒ることや苦しむことは、とっても人間的なことなんですよ。他人に期待も興味もいっさい持たないという生き方は楽かもしれませんが、奥様がそうする必要はないでしょう。悪口が聞こえてきたら、怒りましょう。それでいいんです。

【JINSEIの格言】

僕もそんなに大した人間じゃないので、いつもカッカしています。でも、それってとても人間的なことなのです。奥様も悪口を言われたら怒りましょう。ただし、あまり引きずらないで。

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