夏目漱石流の“色気”とは? 官能の世界に導かれる名作3冊!

男女の恋愛の深淵、奥ゆかしくも逞しい女性の美しさ、インモラルな官能の世界…。時代を超えて読み継がれる文学の名作には、今学ぶべき“色気”のエッセンスが詰まっている。

文学作品の色気は、知性の中にこそ漂う。


「色気の形はさまざまあると思いますが、文学に描かれる色気に漂っているものは“知性”。決してストレートな描写ではなく、美しい文体で綴られた表現のひとつひとつに、真の色気や美しさが宿るものなのです」(宇都宮大学教育学部教授・鈴木啓子さん)

文学に慣れ親しんでいない人でも手を出しやすい作品から、一見難解な文章で描かれた名著まで。それぞれの作家が描きたかった色気の正体を、象徴的な一文から感じ取って。

「現代に通じる感覚もあれば、その時代だからこそ感じられる色気もあり、違いを肌で感じてみるのも面白いはず。また、作品が描かれた時代背景や、作家自身の人生に思いを馳せて読んでみると、さらに味わい深く楽しめます」(書評家、ブックライター・石井千湖さん)

お二人に色気があふれる本を選んでもらいました。

画家の目を通して描かれる“色気論”。(鈴木さん選書)『草枕』夏目漱石


「美しい見た目ながら、薄幸というアンバランスな魅力を持つ女性・那美は、戦争に行く従兄弟を見送る場面で、野武士のように落ちぶれた元夫に再会します。その顔に浮かんだ“憐れ”の表情こそが、彼女の美を完成させる要素だったと、その様子をそばで見ていた画家は思うのです。つまり、色気とは“憐れ”。弱者へ共感を抱いた時にこそ発揮されるものだという、漱石独自の色気論ではないでしょうか」(鈴木さん)

住みにくい人の世を芸術の力で打破できぬかと思案する青年画家。温泉場の出戻り娘・那美に惹かれ、絵に描きたいと思うが何か物足りなさを感じていて…。新潮文庫 430円

決して触れ合えない、淡く切ない恋心。(石井さん選書)『たけくらべ』樋口一葉


「ある雨の日に、家の前で鼻緒が切れて困っている信如を美登利が見かける、という場面。今ではあまり考えられないことですが、物語の背景は男女が簡単に触れ合えない明治時代。二人が戸惑う姿は微笑ましく、また“触れたくても触れられない”ギリギリのところで、美登利が格子の隙間から端切れを“投げ入れる”という情景も味わい深い。初々しさの中にこの時代ならではの色っぽさを感じる一文です」(石井さん)

吉原の遊郭に住み、遊女を姉に持つ14歳の美登利と、ゆくゆくは僧侶になる定めの信如との思春期の淡く密かな恋を描く短編。『にごりえ・たけくらべ』新潮文庫 370円

“清潔”という言葉で色気を表現する奥深さ。(鈴木さん選書)『雪国』川端康成


「蛭の輪のようになめらかに伸び縮みする美しい唇を持つ芸者、駒子。その若々しい美しさを、この小説ではたびたび“清潔”という言葉で表現します。清潔と色気は一見、相反するものにも思えますが、それはまさに、穢れのない、生命体としての美しさに他なりません。“色気=奔放なもの”と捉えられがちな中で、“真面目で、心根の純な清らかさこそが真の色気である”と教えてくれる作品です」(鈴木さん)

無為徒食の男・島村は、芸者の駒子に会うため雪国の温泉場を再訪する。駒子から一途な情熱を注がれる一方、島村は汽車で出会った女・葉子にも興味を抱いていて…。角川文庫 362円

鈴木啓子さん 宇都宮大学教育学部教授。泉鏡花を中心に、日本近現代の小説を研究。一般学生に向けた「近代文学史」も開講している。監修した書籍『マンガで楽しむ名作 日本の文学』(ナツメ社)が好評。

石井千湖さん 書評家、ブックライター。書店員を経て、現在は書評とインタビューを中心に幅広く活動。著書に『文豪たちの友情』(立東舎)がある。また『週刊文春』にて、「名著のツボ」を連載中。

※『anan』2019年4月3日号より。写真・中島慶子 取材、文・瀬尾麻美

(by anan編集部)

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